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初夏の桃太郎

 五月の初めにして、夏らしい風景が見られた。
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 なんて喜んでいたが、この日はこの後、この入道雲の所為でとんでもないゲリラ豪雨に見舞われることになった。

 最近の夏は、豪雨が多いから不安である。

 どうか、今年の夏は豪雨による被害が出ることのないようにと、夏の初めの今、祈りを込める。


JR貨物EF210形機関車 高島貨物線東高島駅~桜木町駅にて 2019.5.4
by railwaylife | 2019-05-31 23:20 | 貨物列車 | Comments(0)

E353系春

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 都会に残ったわずかな春景色に、E353系を組み合わせてみる。

 きっと郊外に出れば、もっとたくさんの春景色が、この車両の往く沿線にはあるだろう。

 それをいつか見に行きたいと思いながら、都会の只中でこの車両を見送った。


JR東日本E353系電車
特急「あずさ」
25号 中央本線飯田橋駅~市ヶ谷駅にて 2019.4.25
by railwaylife | 2019-05-26 23:00 | 中央本線 | Comments(0)

堀端のE353系

 外堀の堀端をE353系が往く。
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 こんな場面もまだ見慣れていなくて、違和感のある風景であった。

 でも、これから四季折々にこの場面を眺め、馴染みの風景にしていったらいい。


JR東日本E353系電車
特急「かいじ」
15号 中央本線飯田橋駅~市ヶ谷駅にて 2019.4.25
by railwaylife | 2019-05-26 22:45 | 中央本線 | Comments(0)

都内でE353系

 この春から一躍中央本線の主役となったE353系であるが、私にとってはまだまだ見慣れた存在ではない。

 だから、まずは手近なところでこの車両が往く風景を眺め、だんだんと馴染みの顔にしていくことだ。
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JR東日本E353系電車 中央本線飯田橋駅~市ヶ谷駅にて 2019.4.25
by railwaylife | 2019-05-26 22:10 | 中央本線 | Comments(0)

夕暮れ6両編成

 何でも近い将来、東急目黒線の電車が6両編成から8両編成になるそうだ。相鉄線との直通運転を見据えてのことらしい。

 昔から目黒線や乗り入れ先の地下鉄線のホームは8両編成に対応できるように作られていて、いつかはこの路線も8両化するんだろうなと思っていたから驚きはないのだが、私にはひとつ困ったことがある。

 それは、お気に入りの丸子多摩川の橋梁上で、6両編成の電車が見られなくなってしまうことである。

 目黒線の電車が8両編成になったら、東横線の各停や一部の急行電車と同じ長さになってしまう。そうなると、このコンパクトにまとまる6両編成の電車が往く風景をもう得られなくなる。
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 広い川原の風景の中にあって、この6両編成の電車が往くさまは何とも心地よく感じられる。

 そんな眺めが気に入っているだけに、寂しいことだ。

 だから、今のうちに6両編成の風景を目いっぱい楽しんでおこうと思う。


都営
6300形電車 東急目黒線多摩川駅~新丸子駅にて 2019.2.26
by railwaylife | 2019-05-21 23:20 | 東急目黒線 | Comments(0)

幻の東海道を往く

 江戸時代の東海道と言えば、品川から川崎、神奈川、保土ヶ谷、戸塚、藤沢と、海沿いを通る道筋であったが、その東海道をいっとき、内陸へ付け替えるという決定がなされたことがあったという。幕末の文久三年(1863)のことである。

 この前年、横浜で生麦事件が起きている。薩摩藩島津久光一行の列にイギリス人四人が乱入したため、薩摩藩士がそのイギリス人に切りかかった事件である。

 これをきっかけにイギリスは幕府と薩摩藩に賠償要求を迫ったが、この時にイギリス軍艦十二隻が横浜に入港した。これではいつ戦争になるかわからないということで、東海道のルート変更が計画された。その名目は「海岸防御のため」というものであった。

 計画によると、江戸から世田谷、二子、溝口、荏田、長津田、下鶴間、上鶴間、国分、厚木、田村、平塚に至るのが新しい東海道のルートであった。現代で言えば都心から東京メトロ半蔵門線、東急田園都市線、小田急江ノ島線、相鉄本線、相模線、東海道本線を経由して平塚に至るルート、と言えば良いだろうか。これはかつてあった矢倉沢往還のルートでもある。

 幸い、幕府がイギリスへ賠償金を支払ったため、江戸周辺が戦場となることはなかった。そのため、この東海道の付け替え計画も実行されることはなく幻に終わった。付け替えに関して、反対の声も多かったようである。

 でも、こういう幻の計画のことを知り、もしかしたら今こうやって田園都市線が走っているあたりが東海道の道筋になっていたかもしれないと考えると、風景がまた違って見えてくるものである。
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by railwaylife | 2019-05-19 23:35 | 東京メトロ | Comments(0)

さらば大井町線8500系

 田園都市線で活躍していた2000系が大井町線に次々と転属し、8500系があっけなく大井町線から一掃された。

 こうなることはだいぶ前からわかっていたのだが、8500系が残り一編成という段階になって慌てて見納めに行くことになった。
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 ほとんどが9000系で占められている大井町線にあって、数少ない8500系の丸い目玉と昔ながらの走行音は文字通り異色で、たまにこの車両を見かけると何となく嬉しかったものだが、これからはそういう楽しみもない。

 でも、転属してきた2000系が9020系を名乗り、大井町線の各駅停車のすべてが9000系列で占められるようになったのだから、これからはその9000系天国を楽しんだらいい。


東急
8500系電車(8638F) 東急大井町線尾山台駅~等々力駅にて 2019.2.26
by railwaylife | 2019-05-18 23:45 | 東急8000系 | Comments(0)

妙なトレイン

 先月のこと、珍しく昼時に渋谷界隈にいたので、久々に山手貨物線日中唯一の貨物列車3086列車を見送ってみようかと、線路端で待ち構えた。

 すると、3086列車がやって来るはずの時刻に、見慣れない電車が現れた。
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 色白の顔をしたこの電車はミュートレインと言って、技術開発の試験をするための事業用車両である。そんな電車が貨物列車の代わりに現れたのだから、面食らってしまった。

 それで「ミュートレインだけに、妙なトレインだ」なんてことを思いながら貨物列車を諦め、恵比寿駅までぶらぶら歩いた。

 恵比寿駅近くのガードまで来ると、聞き慣れない列車の通過音がした。姿は見えなかったが、長く続いたその音は、どうやらお目当ての3086列車だったようである。

 妙なトレインのおかげで、せっかくの貨物列車を見損ねてしまった。


JR東日本209系電車 MUE Train 山手貨物線恵比寿駅~渋谷駅にて 2019.4.25
by railwaylife | 2019-05-16 23:40 | JR東日本 | Comments(0)

世田谷線50周年

 世田谷線は今年で50周年。

 そんなキャッチコピーを東急線の電車の中吊り広告か何かで見たとき、妙な違和感があった。

 このキャッチコピーをふつうに読んだら、世田谷線が開業して50年という意味に取れるだろう。だが、そんなはずはないと思った。数年前に私は街歩きの会で世田谷線沿線を案内したことがあり、そのときに世田谷線の歴史も調べていた。当時参考にした資料を引っ張り出してみれば、現在の世田谷線が開業したのは大正十四年(1925)のことで、玉川電気鉄道玉川線下高井戸支線として開通した、とある。

 本線の玉川線(渋谷-玉川間)が東京市の市区改正事業(現在の都市計画事業)に必要な土木・建設工事用の砂利を多摩川から運搬する目的で建設されたのに対して、下高井戸支線は地元住民による「世田谷の奥地開発」の要望が背景にあったという。なお、住民から上がった開設要望はもともと三軒茶屋から世田谷通りに沿って陸軍自動車隊(現・東京農業大学)付近までの路線であった。しかし玉川電気鉄道はその方面では採算性が見込めないと判断し、すでに開通していた京王線の下高井戸駅への乗客を見込み、上町駅から下高井戸駅方面への路線を設定して開通させたそうだ。現在、上町駅付近で線路が急カーブしているのは、この計画変更の痕跡である。

 そうやって玉川線下高井戸支線が開業してから、今年で94周年ということになる。

 では、何が50周年なのか。

 それは、世田谷線が世田谷線と名乗るようになってちょうど50年ということである。

 もともと玉川線の支線の下高井戸支線として開業したわけであるが、その本線の玉川線や他の支線が今からちょうど50年前の昭和四十四年(1969)5月11日に廃止されてしまった。

 取り残された下高井戸支線は、翌日の5月12日から東急世田谷線と名乗り、新たなスタートを切ることとなった。それから今日で50年が経ったということである。

 東京にあったほとんどの軌道線が時代の波に呑まれて消えていった中、50年も単独で残り、今も地域の足として重要な役割を果たしているというのは、実に素晴らしいことだ。また、本線や他の軌道線がモータリゼーションに敗れて消えていった中、生き残った世田谷線は今、再生可能エネルギーだけで運行している。それも誇るべきことである。

 こういう開業以来の歴史をもっとちゃんと噛み締めた上で、世田谷線命名50周年を祝ったらいいと思うのだが、ただ記念フェスをやって沿線に人が集まれば良いものなのだろうか。

 私はこのような歴史を持つ東急世田谷線が身近にあって、その路線に愛着を持っていることを、誇りに思っている。
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by railwaylife | 2019-05-12 23:50 | 東急世田谷線 | Comments(0)

あたらしもの好き

 レアな車両、珍しい列車、そんなものは追いかけなくていい。

 それよりも、普段あたりまえに走っている列車がいつも通り無事に走っていることが何よりありがたいんだ。

 そんなふうに自分に言い聞かせてはいるけれど、結局は新しく走り出した車両なんかが気になって、ついつい見に行ってしまう。

 この車両だって、わざわざ見に行ってしまった。
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 まだ走り始めたばかりの東京メトロ丸ノ内線の新型2000系である。

 でも、これを見に行ったおかげで、同じ場所で期せずしてこういう自分の本当に見たかった風景を得られてしまうのだから、新型を見に行こうと思う気持ちも、まんざら悪いもんじゃないなって思ったりしている。
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東京メトロ
2000系・02系電車 東京メトロ丸ノ内線四ツ谷駅にて 2019.4.25
by railwaylife | 2019-05-11 22:30 | 東京メトロ | Comments(0)