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正面から7700系

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 電車をただただ正面がちに捉える、ということはあまりしないけれど、もうすぐ引退してしまうとなると、そんなふうに捉えておいても良いかなとふと思ってこうして撮っておいた。

 これも、私にとっての7700系の大事な思い出の一つである。


東急
7700系電車(7905F) 東急多摩川線多摩川駅~沼部駅にて 2018.9.23
by railwaylife | 2018-09-30 22:40 | 東急7600・7700系 | Comments(0)

やがて1000・7000の時代へ

 東急7700系が引退すると、東急池上線・多摩川線を走る車両は、7000系と1000系(1500番台を含む)だけで占められることになる。

 古くからの車両が一掃されてしまうのは味気ない気がするが、1000系にはいろいろとバリエーションがあるので、興味深いものがある。東急の古いカラーを模したT.K.K.スタイルがその筆頭である。前面の貫通扉が中央に位置している異端車両も存在するし、今や数が少なくなったオリジナルの朱色の帯を巻いた車両も注目に値する。

 そして、新鋭の7000系も気が付けば10編成を越える大所帯となり、両線の主役と言っても過言ではなくなってきた。

 そんな1000系や7000系は、私にとっては馴染みの深い車両でもある。だから7700系が引退してからも、この両線の沿線風景を楽しみ続けると思う。
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東急
7000系電車(7114F) 東急多摩川線沼部駅~鵜の木駅にて 2018.9.23
by railwaylife | 2018-09-29 23:50 | 東急 | Comments(0)

EF5861の展示

 先月の東京総合車両センターの公開でEF5861号機の展示を見て思い出したが、その昔、意外な場所でEF5861号機の展示を目にしたことがあった。

 その意外な場所というのは、鶴見線の弁天橋電車区である。
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 いつ頃のことかはっきりしないのだが、同じときに撮った他の写真に写っているのは黄色い101系電車であった。しかもその101系電車に「JR」マークが付いていたから、JRになって間もなくの頃のことのようであった。

 それにしても、弁天橋電車区にEF5861号機とは、今考えると何とも贅沢なことである。

 また、そのEF5861号機の脇を固めている車両も、今見ると貴重なものばかりである。

by railwaylife | 2018-09-26 23:55 | JR東日本 | Comments(0)

さらば歌舞伎

 東急7700系の「歌舞伎」という通称はあまり好きではなかった。

 一部編成の前面の塗り分けが歌舞伎の隈取に似ているのがその名の由来とされているが、それで「歌舞伎」と呼ぶのは安直な気がしていた。だったら、隈取をする役で有名なのをこの編成の愛称にしたら良かったのではないかと思った。

 とは言え、隈取をしている役を具体的に挙げられるかというとなかなか難しい。するとやはり、通称としては「歌舞伎」で良かったのかもしれない。隈取のデザインは、歌舞伎という文化のシンボルの一つでもある。


 そんな「歌舞伎」の編成も、ついに東急線の運用から引退したということだったので、昨日最後の見納めをしてきた。
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 今後は岐阜の養老鉄道に譲渡される。すでに譲渡済みのもう一編成の「歌舞伎」とこの編成のどちらかは帯の色が緑色に塗り替えられ「緑歌舞伎」と呼ばれるそうだ。残りの一編成はこの色のままで「赤歌舞伎」と呼ばれるという。東急では通称だった「歌舞伎」が、養老鉄道では正式なデザイン名となるようだ。

 そんな「赤歌舞伎」「緑歌舞伎」をいつか訪ね、再会を果たしたいものである。


東急
7700系電車(7912F) 東急電鉄長津田車両工場にて 2018.9.23
by railwaylife | 2018-09-24 22:30 | 東急7600・7700系 | Comments(0)

いつか九州新幹線で

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 七月に関西へ出かけた際に新大阪駅で見かけた九州新幹線のN700系7000番台である。

 この車両を見るたび、いつかは東京から鹿児島中央まで新幹線を乗り通してみたいなと思う。もちろん、この新大阪駅での乗り継ぎは必要であるが、わずかな乗り換え時間で一気に鹿児島まで向かってみたい。

 その乗り換え時間を除くと、東京-鹿児島中央間の乗車時間は六時間ほどだ。わずか六時間、と言って良いのかわからないけれど、二十年前まで寝台特急「はやぶさ」が東京-西鹿児島間を二十時間以上かけて走っていたことを考えれば、あっという間の時間だろう。

 特に、九州に入ってからはわずか一時間半余りである。物足りないとさえ感じるかもしれない。

 でも、そんな物足りなさも感じてみたいものである。


新幹線
N7007000番台電車 山陽新幹線新大阪駅にて 2018.7.14
by railwaylife | 2018-09-15 19:20 | 700&N700 | Comments(0)

次なる世代交代

 どんな路線の車両にも、世代交代のときはやって来る。

 次は、横須賀線・総武快速線の車両で世代交代が行われるとのことだ。

 現在のE217系の後継として、山手線の新型と同じ形式のE235系の導入がJR東日本より発表された。ただ、横須賀線・総武快速線の車両はグリーン車も連結されるから、山手線のE235系の通勤型とは違ってE235系初の近郊型となるのだろう。

 そう思っていたら、横須賀線・総武快速線用のE235系の普通車には近郊型の特徴であるクロスシートが設置されないという。これは残念だ。

 今のE217系には少ないながらもクロスシートが設置されている。それで、千葉方面から都内へ戻って来るときには千葉駅で総武快速線の始発のE217系を待ち、わざわざクロスシートに座って帰ったりしたものである。千葉からの車窓風景にさして面白いものがあるわけでもないけれど、せっかくだからクロスシートに座りじっくりと車窓を眺めたいという想いは強かった。そのために、クロスシートは何号車だったっけ、と迷いながら千葉駅のホームで右往左往したこともある。それもいずれは、昔の思い出となってしまうわけだ。



 さて、こうして後継車両の導入が発表されると、既存の車両の残り時間が限られたものとなる。

 そうすると、既存の車両の姿を「今のうちに記録せねばならない」といった気持ちになる。でも、いちいちそう思ってしまう自分が私は嫌だ。

 そもそもE217系は、普段良く行く多摩川で、その姿を頻繁に目にしている。
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 だから今まで通りに、このE217系が往く風景を楽しめばいい。

 ただ、この車両は三浦半島から房総半島まで、広い範囲で活躍している。そんなE217系を、さまざまな風景の中で眺めておきたいなとは以前から想っているところである。


JR東日本E217系電車 横須賀線西大井駅~武蔵小杉駅にて 2017.6.16
by railwaylife | 2018-09-10 23:00 | E217系 | Comments(0)

生きた証を

 台風に地震と、今月に入ってから大きな災害が相次いでいる。

 今まで、こういうことがあると私は、しばらくブログの更新ができなくなってしまっていた。

 もちろんショックだということはある。特に今回の北海道の地震には大きな衝撃を受けた。

 少し前に書いたが、北海道は今や私にとってとても身近で、親しみのある土地になっている。出身地でもないし、それほど多く訪れたことがあるわけでもない。でも、彼の大地のことに年々詳しくなり、本当に身近に感じるようになっている。それだけに、今回の出来事はとてもつらいことである。

 そんなときに、私はこのブログで何を発信できるだろう。何ができるだろうか。そう考えると、何も更新できなくなってしまう。

 だが、いずれ気付くことになる。それは、何か特別なことができるわけではないということである。どんなときでも、普段通り更新を続けていくことが、私がこのブログでできることに他ならない。それ以上も、それ以下もない。

 そう思って今は、ブログの更新を続けていきたいと考えている。



 それともう一つ、今回の災害を受けて考えたことがある。

 もはや今は、いつどこでどんな災害に遭うかわからない時代である。

 もし自分が災害に遭い、命を落とすようなことがあったとしたら、その瞬間にさまざまな後悔が生じることだろう。その中にきっと「もっとブログを更新したかった」という後悔もあるに違いない。

 それを考えると、ブログの更新に間を空けている暇などない、という気がしてくる。やがて来るその日までの間に、可能な限り更新を続けてゆくことだ。

 もちろん、日常のせわしなさはある。だが、それを理由にブログをかまけてしまうのは、災害を気にして更新ができなくなること以上にもったいないことだ、と思う。だから今まで以上に多くの更新をしていきたい。

 そもそもこのブログは、私にとって自分を表現する手段である。たとえネットの片隅に漂っていたとしても、私には大事な大事なツールである。そのツールを使って私は自分を表現し、少しでも多くの「生きた証」を残しておきたい。

 今はそんな覚悟を持っている。
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by railwaylife | 2018-09-09 23:00 | 生活 | Comments(0)

西武2018夏

 東急東横線に西武の車両が乗り入れて来るようになって以来、いつか西武線内をのんびり旅してみたいなとずっと思っている。途中下車しながら、沿線の史跡や花をのんびり見て巡りたい。その合間に、西武線の電車が往く風景を眺めてみたい。幸い東急沿線からは「東急西武線まるごときっぷ」という便利な切符もある。

 そう思いながらも、なかなか出かける機会がない。この夏も、西武線沿線には出かけずに終わってしまった。

 それでまた、近所でこうして西武の車両を見送りながら「そのうち行きたいな」と思うばかりである。
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西武
6000系電車 東急東横線多摩川駅~新丸子駅にて 2018.8.17
by railwaylife | 2018-09-05 23:20 | 西武 | Comments(0)

江戸ヲ称シテ東京ト為ス

 慶応四年(1868)七月十七日(西暦では九月三日)、明治天皇より「江戸ヲ東京ト称ス」の詔書が発せられた。

 詔書というのは天皇が発する公文書で、広く国民に公示されるものだという。

 この詔書の中で江戸は「東国第一の大鎮四方輻輳の地」と位置付けられ、その江戸を東京と改め、明治天皇が東京で政務を執るという宣言がなされている。

 つまり、今日平成三十年(2018)九月三日で、東京が誕生してちょうど百五十年が経ったということになる。

 その東京が誕生した慶応四年(1868)七月といえば、江戸もまだまだ政情不安定な時期だったであろう。江戸城が開城されたのが四月、上野の彰義隊が鎮圧されたのが五月、そして東北では戊辰戦争がまだまだ続いていたときである。それでも「御一新」が次々と行われていたわけであるが、当時江戸に暮らしていた人々は東京という名をどう思っただろうか。使い慣れた江戸の名がいきなり東京に変わるとなったら、どんな気分だろう。現代では想像の付きにくいことだ。

 でも、このとき江戸が東京とならなかったら、いま何気なく使っている「東京」が「東京」じゃなかったかもしれない。

 東京駅も、東京駅じゃなかったかもしれない。
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 それを思うと「江戸ヲ東京ト称ス」の詔書は大事なものだ。

 さて、その東京誕生百五十周年のこの時代に生きる私が想うのは、百五十年後も東京が人の住める街であってほしい、ということである。

 ちょっと極端な話かもしれないが、最近の異様な気候や災害を考えればまんざら杞憂でもない気がする。

 それに、住めるといってもただ住居があればいいということではない。東京の文化や、歴史や風習が息づいた上に人々の暮らしが続いていてほしいということである。

 だから、誕生百五十年の東京に生きる身として、さらに百五十年後の東京のために、できることを探していきたい。

by railwaylife | 2018-09-03 00:00 | その他 | Comments(0)