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夏はあけぼの

 東京総合車両センターの車両展示で、久しぶりに寝台特急「あけぼの」のヘッドマークを目にした。
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 早いもので、この「あけぼの」の定期運行が終了してもう四年余りになる。それでも、このマークを見ると胸の熱くなるものがある。

 そう言えば、最後に「あけぼの」を見送ったのは四年前の夏のことであった。その年の春に定期運行を終えたものの、夏の間は臨時列車としてまだ走っていた。それを、早起きしてわざわざ見に行ったことがある。

 そもそも「あけぼの」を上野から青森まで通して乗ったのも夏のことであった。今から二十年近く前のことである。当時はすでに上越・羽越・奥羽本線経由で、終着の青森までは12時間以上かかった。個室B寝台「ソロ」に乗車したが、羽越本線余目駅に到着する朝5時前には目を覚まし、そこから青森駅まで約5時間、飽かずにずっと車窓風景を眺めていたものであった。夏のことだから朝5時ですでに車窓は明るく、日本海の海原をはじめとする日本海縦貫線の沿線風景をたっぷりと楽しむことができた。おかげで、青森までの遠さを実感することもできた。いま、東北新幹線に乗って3時間ちょっとで東京から新青森まで行くのとは訳が違う。

 そんな寝台特急「あけぼの」での長旅が終わるとき、私の脳裏に流れたのは、大瀧詠一「カナリア諸島にて」の「防波堤の縁取りに流れてきた心は 終着の駅に似てふと言葉さえ失くした」という一節であった。まさにこのときの気分にぴったりの歌詞であった。だから今でも「カナリア諸島にて」を聴けば、この「あけぼの」での旅のことを思い出す。そんな「カナリア諸島にて」もまた、夏の歌の代名詞である。

 こうやって思い起こしてみると、私にとって寝台特急「あけぼの」は、夏と強く結び付いている。まさに「春はあけぼの」ならぬ「夏はあけぼの」である。

 そんな「あけぼの」のマークを、この夏の終わりに目にすることができて良かった。


JR東日本EF641052号機電気機関車 東京総合車両センターにて 2018.8.25
by railwaylife | 2018-08-31 23:35 | 寝台特急 | Comments(0)

209系500番台の存在

 今年の東京総合車両センターの車両展示には、錚々たる面々が並んでいた。

 数年ぶりに姿を現したEF58形61号機、そのEF58形61号機と同じくお召し列車の牽引機の実績を持つEF81形81号機、そして先頃茶色の塗装に化粧直しされたEF64形1052号機である。いずれも話題の電気機関車であった。

 そんな面々の横に「電車代表」ということなのか、209系500番台電車がポツンと停まっていた。
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 長く中央・総武緩行線で活躍してきたこの形式であるが、山手線へ新型E235系が投入されたことにより中央・総武緩行線に転属してきたE231系500番台に押し出されるようにして、武蔵野線や川越・八高線へ転出する編成が多くなっているようだ。今やこの黄色の帯の編成は数えるほどしかいないらしい。それらもいずれ、他線へ転属して行くのだろう。

 だから、この黄色の帯の編成は見納めという意味で、ここに並んでいたのかもしれない。


JR東日本209500番台電車 東京総合車両センターにて 2018.8.25
by railwaylife | 2018-08-30 23:35 | 中央本線 | Comments(0)

養老7700系

 岐阜県に、養老の滝という滝がある(居酒屋ではない)。

 むかしむかし、親孝行な若者がいたが、貧乏なので老いた父親の好きなお酒を手に入れることもなかなかできずにいた。

 ある日、たまたまたどり着いた滝で喉を潤してみると、それがなんとお酒であった。若者はそのお酒を腰のひょうたんに入れ持ち帰り、父親に飲ませることができた。きっとこれは親孝行していた若者への神様からのご褒美だということで、その話に感銘を受けたときの天皇も元号を「養老」に改元したとのことであった。そして、その滝が養老の滝と呼ばれるようになったとの話である。

 そんな昔話のある「養老」を冠した養老鉄道に、現在東急多摩川線・池上線で活躍する東急7700系が譲渡されるという。

 元の7000系の製造時期から考えれば五十年にもなる老体の車両なのに、まだなお活躍の場が与えられる。養老鉄道はまさに、読んで字のごとく、老いた車両を養ってくれる鉄道であろう。まさか電車にお酒を飲ませることはできないだろうけれど、きっと7700系を大事にしてくれるに違いない。

 養老伝説のある地での7700系の末永い活躍を、心から祈っている。
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by railwaylife | 2018-08-29 23:15 | 東急7600・7700系 | Comments(0)

いつのまにやら多数派

 以前は中央・総武緩行線を通勤に利用し毎日のように乗車していたが、勤務地が変わったので最近はその電車を目にすることもほとんどない。

 それで、たまに目にすると、その変化に驚くことになる。
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 いつのまにやら、山手線から転属してきたE231系500番台がすっかり多数派になっている。

 私が通勤で利用していた頃は数えるほどしか走っておらず、見かけるだけで何となく嬉しかったものだが、今や珍しくない存在である。

 そしてその編成数は今後、さらに増えていくようだ。

 その準備の現場を、目撃することとなった。
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JR東日本E231500番台電車
1枚目 中央本線中野駅~高円寺駅にて 2018.6.9
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3枚目 東京総合車両センターにて 2018.8.25
by railwaylife | 2018-08-28 23:10 | 中央本線 | Comments(0)

渡道三十年

 私が初めて北海道へ渡ったのは、今からちょうど三十年前の1988年(昭和六十三)夏のことである。

 1988年(昭和六十三)と言えば、その年の三月に青函トンネルが開通している。これにより、青森-函館間の移動の主役はそれまでの航路から鉄路に移り、上野発札幌行きの寝台特急「北斗星」も走り始めた。

 だが、その年の夏に私が初めて渡道するときに利用したのは、青函連絡船であった。

 すでに青函トンネル開通前日に定期運航は終えていたものの、この年の夏は「青函博」というイベントがあり、その一環で青函連絡船は動いていた。いわばテーマパークのアトラクションの一つに過ぎなかったとも言えるのだが、私は初めての渡道にぎりぎりで青函連絡船が利用できたことを何とも嬉しく思った。

 それは、宮脇俊三氏の「はじめて北海道へ行く人は、片道だけでも青函連絡船に乗ってほしい」とか「北海道は遠いところなのだ。その遠さを実感させてくれるのが青函連絡船である。飛行機では不可」とか「青函連絡船は北海道というオペラの序曲である。そして、函館から札幌までの函館本線が第一幕だ。しかるに、飛行機で一気に千歳空港へ着くとは何事であるか。第二幕からオペラを見るようなものではないか」というような青函連絡船への賛辞に触れていたからであろう。北海道の遠さ、また津軽海峡という海を渡った向こうにあるということを実感するためには鉄道と青函航路を利用してまず渡道すべきであると信じていた。

 そして、北海道自体への憧れを膨らませてくれたのもまた、宮脇俊三氏の著書であったと言える。名作「時刻表2万キロ」や「最長片道切符の旅」には、北海道のローカル線に乗車したときの紀行文が出てくる。それを何度も読みながら、北海道の鉄道のイメージを膨らませたものであった。特に、北海道のローカル線に対する憧れは強くなった。いつか乗ってみたい。そんな想いがあった。しかし、北海道のローカル線の多くは、私が北海道へ行く以前、国鉄がJRになる前に多くが廃止となってしまっていた。もう少し早く生まれていたら多くのローカル線に乗れたのになあ、なんて思ったこともあった。

 そんな心残りもあったけれど、この年に北海道へ行くことができたのは本当に嬉しいことであった。

 その最初の北海道は、家族旅行として出かけたものであった。私は先発隊として北海道へ渡る前々日、父と二人で上野駅から夜行急行「津軽」に乗り込んだ。奥羽本線経由、青森行きの座席急行列車である。憧れの夜行急行列車への初乗車であった。また、米沢以北の奥羽本線に乗車するのも初めてのことであったので、大興奮であった。翌日、弘前を見物し、その日の東北新幹線と特急「はつかり」を乗り継いで青森入りした母と弟と合流し、浅虫温泉に一泊した。

 そしてその翌日、いよいよ青函連絡船に乗り込んだ。
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 連絡船は賑わっていた。演歌に出てくるような哀愁はなく、何とも明るい雰囲気であった。それと、3時間50分の乗船時間はちょっと長く感じられ、途中で退屈に思ったことを覚えている。

 無事北海道に着いてからは函館の街を見物した。石川啄木一族の墓や土方歳三最期の地を訪れたりしたが、とにかく暑い日だった。その翌日は函館駅から特急「北斗」に乗り、洞爺へ向かった。洞爺湖温泉で一泊し、さらにその翌日はバスで中山峠を越えて札幌に至った。そして、最後に立ち寄ったのがこの小樽であった。
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 帰路は札幌駅から寝台特急「北斗星」82号であった。開放B寝台ではあったものの、走り始めて間もない「北斗星」に乗れたのは幸いなことであった。ただ、帰路のことだったので、東京に戻らなければいけないという寂しさが何よりも強かった。



 そんな「はじめての北海道」以来、私は今までに何度か北海道へ渡っている。

 特に、四年前の春から昨年の春までは弟の一家が仕事の関係で札幌市内に住んでいて、その間に何度か遊びに行くことができた。

 そしてここ数年は、北海道の文化や、グルメや、美味しいお店や、農業や、風習や、方言などにすっかり詳しくなってしまった。それは、中央のキー局が作るバラエティ番組はほとんど見ないのに、北海道のローカル局が作るバラエティ番組や旅番組や農業番組ばかり熱心に見ている所為である。

 でも、おかげで北海道がとても身近に感じられるようになったし、また北海道に行きたいと常に思うようになっている。

 そしてもちろん、北海道の鉄道にももっともっと乗ってみたいと思っている。

 今やすっかり骨だけみたいになってしまった北海道の鉄道だけれど、子供の頃に宮脇さんの作品を読んで憧れた気持ちのままに、いつか自由に乗り回してみたい。

by railwaylife | 2018-08-27 23:20 | | Comments(0)

東京総合車両センター公開2018

 昨日、何年ぶりかに東京総合車両センターの一般公開へ行ってみた。

 一番奥の車両展示がやけに混み合っているなと思ったら、久しぶりにEF58形の61号機が姿を現していた。

 みな食い入るようにしてその姿にカメラを向けており、私も文字通り人垣の隙間から垣間見るようにして眺めた。
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 ただ、ここ東京総合車両センターの公開で本当に大事なのは、この場所が果たしている役割を改めて知り、感謝することである。

 日々、首都圏を走り回っているJRの電車の多くが、ここで定期的に検査を受け修繕され、ダイヤ通り安全に走行できるよう保たれている。

 これまでに乗ったことがある車両も、これから乗るかもしれない車両もみな、ここできちんとメンテナンスされているからこそ、安全に利用できる。

 そのことを何よりありがたく感じようと、猛暑の会場で想っていた。
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JR東日本 東京総合車両センターにて 2018.8.25
by railwaylife | 2018-08-26 19:00 | JR東日本 | Comments(0)

品川新駅への想い

 現在、山手線・京浜東北線の品川-田町間に「品川新駅」の建設が進められている。田町車両センターを再編した跡地に設置されるもので、2020年の暫定開業を目指しているそうだ。

 先頃、この「品川新駅」の正式な駅名が公募されていた。私は応募はしなかったが、ここに駅ができると知ったときから私には「この駅名になってほしい」というものがあった。

 それは「札ノ辻」である。

 この「札ノ辻」は新駅設置場所近くの第一京浜の交差点の名でもあるが、その由来は江戸時代にここを通っていた東海道沿いに高札場があったことによる。

 高札場とは、文字通り高く掲げられた札が立てられた場所のことで、江戸幕府が禁令や定めを世に知らしめるために設けたものである。江戸市中の各所に設けられていたそうだが、その中でも日本橋南詰、常盤橋門外、筋違橋門内、浅草橋門内、麹町半蔵門外、そしてこの札ノ辻の六ヵ所は特に大高札場と呼ばれていた。

 高札に書かれていたのは忠孝の奨励、毒薬売買の禁止、キリシタン宗門の禁止、伝馬賃の定め、火付けの禁止といったものであった。

 つまり、現代ふうに言えば、交通ルールを守りましょう、とか、危険ドラッグ禁止、とか、歩きスマホはやめましょう、とか、火の用心、といった標語のようなものだろうか。それで江戸の庶民も普段は高札にあまり興味を示さなかったようである。ただ、この札ノ辻は、江戸市中へ入る東海道が、道筋を二手に分けた場所でもあった。一方は飯倉から虎ノ門を経て江戸城へ、もう一方は芝から日本橋へと向かう道筋である。

 二つの道の分岐点であり合流点でもあったから、行き交う人は多かっただろう。そういう場所だから、高札場があったと言える。

 そんな札ノ辻の賑わいと高札場の歴史を伝えるべく、新しい駅の名は札ノ辻として、駅前広場には高札のレプリカを立てたらいいんじゃないかなと思っている。

 ただ、最近の傾向からして、こういう古い地名などを新しい駅の名に採用する可能性は極めて低いと言える。でも、たとえどんな駅名になったとしても、せめて駅のコンコースの片隅に札ノ辻の歴史を伝えるコーナーくらい作ってもらいたいものである。



 歴史を伝える、と言えば、もう一つこの「品川新駅」あたりの歴史で伝えてもらいたいことがある。

 現在、この「品川新駅」一帯は田町車両センターと呼ばれているが、以前は田町電車区、品川客車区、東京機関区に分かれていた。そして品川客車区には九州行きブルートレインの客車が、東京機関区にはそのブルートレインの牽引機であるEF65形などが所属していた。青い客車や機関車たちが常にたむろする風景は壮観であり、物心ついたときから九州行きブルートレインに憧れて止まなかった私は、ここを山手線や京浜東北線の電車に乗って通るたび、品川客車区や東京機関区の風景に釘付けとなったものであった。

 そんな品川客車区や東京機関区の歴史を伝えるコーナーも、新駅の一角にできたらいいなと思う。当時の写真をたくさん貼り出してほしい。そうしたら私など、そのコーナーを見に行くためだけに新駅へ行ってしまうだろう。
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 この写真は、十年近く前に一度だけ東京機関区を訪れたときのものである。

 いよいよ九州行きのブルートレインがすべて廃止になる直前のこと、特別に公開されたものであった。正式にはこのときはもう東京機関区とは呼ばれていなかったのであるが、憧れの場所にようやく入ることができたという嬉しさはあった。

 そんなこの場所の思い出が、形としてずっと残っていったらいいなあと思っている。

by railwaylife | 2018-08-19 15:00 | 寝台特急 | Comments(2)

期間延長

 東急電鉄のホームページによると、当初の予定では今月末までであった「東横線90周年記念ラッピング電車(青ガエル)」が「ご好評により」一年延長になったとのことである。

 この「ご好評により」とはどういうことだろう。東急電鉄に「青ガエル最高」とか「青ガエルかっけー」とか「青ガエル元に戻さないで」といった声が寄せられたのだろうか。もしかしたら私がこのブログに青ガエルが往く風景を楽しんでいるさまを載せていることも「ご好評により」に含まれるのだろうか。いやいや、こんなブログがチェックされているはずもない。

 何にしても、期間が延長されて良かった。

 これでまた、この青ガエルを、秋空の下や冬空の下で見送ることができる。桜花や青葉とともに見送ることだってできる。
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 そんな風景をまた楽しめるようでありたいと今、心から願っている。

by railwaylife | 2018-08-15 23:20 | 東急5000系列 | Comments(0)

定番の700系

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 東京国際フォーラムを背景にしたこの場所は、都心で東海道新幹線の列車を捉えるときの定番スポットの一つである。

 700系の引退が迫ってきたときには、ここも大勢の人で賑わうのだろうか。

 今はただただ暑いだけの場所で、新幹線を眺めようという人もまばらである。


新幹線
700系電車
「のぞみ」
381号 東海道新幹線東京駅~品川駅にて 2018.8.5
by railwaylife | 2018-08-13 23:15 | 700&N700 | Comments(0)

たそがれの灯

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 UVカットガラスやLEDライトを備えた車両が増えた所為で、たそがれの空の下や夜闇の中で窓明かりの目立つ列車はだんだん減ってきている。環境保護といった観点からはもちろんそういう設備のあった方が良いのだが、列車の灯が目立たなくなるのはちょっと寂しい。



 そういえば、列車の灯で思い出す光景がある。

 深夜に見送るブルートレインである。

 旅先で、線路際にあるホテルに泊まったとき、何度か見たことがある。

 客車の側面に取り付けられた行先表示の白い光が闇の中で等間隔に連なり、ゆっくりと動いていく。すでに開放寝台のブラインドは閉められ室内の灯はもう漏れて来ない。それでも、所々に灯の見えることがある。個室寝台の窓明かりだ。あの個室の乗客はまだ寝ていないんだな、なんて思いながら見送る。

 やがて最後尾の赤いテールランプが見えてくる。そしてその間にテールマークの光が淡く浮かび上がる。遠目にはもちろん文字やイラストは見えないが、地の色でどの列車かわかる。そのときに、ちょっとだけ安心感が得られる。

 でも、闇夜に見るテールランプの色は、なぜあんなにも物悲しいのだろう。小さくなっていくその赤色を見送るとき、なぜ自分はあの列車の乗客ではないのかと寂しくなってくる。そして、列車の灯がすっかり見えなくなるまで、そのゆくえを追う。それは、またあの列車に乗りたい、ブルートレインに乗りたいという想いを強くしていく瞬間でもあった。

 いま、そんなふうにしてブルートレインを見送ることはできない。

 でも、列車の灯を見送るときには、そんな闇夜のブルートレインの光景を鮮明に思い出すことができる。


東京メトロ
7000系電車 東急東横線多摩川駅~新丸子駅にて 2018.7.13
by railwaylife | 2018-08-12 20:50 | 東京メトロ | Comments(0)