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国鉄消滅三十年

 国鉄が消滅して、三十年になる。

 実際に国鉄があった頃のことを知らない人も多くなったと思う。

 でも、不思議なことに鉄道ファンの間ではいまだに「国鉄型」と呼ばれる国鉄時代に製造された車両が高い人気を誇っている。JRになって、各社がそれぞれに創意工夫を凝らして新しい車両を次々と登場させているというのにである。

 それは、単に懐古主義といった言葉では片付けられない気がする。

 国鉄型の人気の理由の一つとして、その車両が地域性を超越しているところにあるのではないかと思う。全国で画一的な車両が導入されていたから、どこの車両ということではなく、各地で見られた。地元で良く目にする車両が、旅先の遠い地でも見られたりした。おかげで、多くの人が国鉄車両への思い入れを共有することができたのではないだろうか。

 もちろん、国鉄が分割民営化されJRになり地域性が出てきたのは大きな効果であったと言える。各社が独自に車両を開発して、その土地に行かなければ見られない、乗れない車両があるのも魅力ではある。

 でもその分、多くの人が人気や憧れを共有できる車両や列車が減ってしまったのかもしれない。

 今後、国鉄型より高い人気を誇る車両は現れるのだろうか。
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by railwaylife | 2017-03-31 23:30 | その他 | Comments(0)

パノラマライナーサザンクロス

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 今から三十年前の国鉄末期、九州に登場した「パノラマライナーサザンクロス」である。

 九州から南十字星が見えるのかどうかは知らないが、南国のイメージのある愛称である。真っ赤な車体も、南国の太陽を想わせる。
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 このような専用のディーゼル機関車のほかに、電気機関車の専用機もあったはずである。ED76形だっただろうか。

 当時はこうした「ジョイフルトレイン」と呼ばれる特別な車両が全国各地に存在し、臨時列車や団体専用列車として頻繁に走り回っていた。九州にも、この「サザンクロス」のほかに、お座敷列車や、気動車の「ジョイフルトレイン」があったように記憶している。

 だが、JRになって三十年が経った今、この「ジョイフルトレイン」と呼ばれるような車両の系譜は全国的に見ても細々としか残っていない。特に、機関車の牽引する客車列車がほとんどなくなってしまったのは寂しい限りである。

 でも、現在の九州には「D&S列車」と銘打った、別の形での特別な列車がさまざまに走っている。

 そんな列車で旅してみるのも良いかなと思いながら、九州の鉄道への憧れを今も抱き続けている。

 今日はちょうど、私が初めて九州を訪れてから三十年経った日である。


「パノラマライナーサザンクロス」 鹿児島本線熊本駅にて
1987.3.27
by railwaylife | 2017-03-27 23:05 | JR九州 | Comments(0)

18時03分という時刻

 二週間ほど前に「8 Years Later」という記事を掲載した。

 この記事は寝台特急「富士」「はやぶさ」の廃止からちょうど八年が経ったのを機に書いたものであるが、その中で私は、寝台特急「富士」「はやぶさ」の東京駅発車時刻だった18時03分という時刻が未だに忘れられないと書いた。

 つい昨日も、夕方に買い物から帰って来て家の時計を見たらちょうど18時03分だったので妙に嬉しかった。この季節になると、18時03分でも空に明るみが残るようになる。

 ただ、考えてみるとこの18時03分というのは何とも中途半端な時刻である。

 そもそも優等列車の始発駅発車時刻は切りの良いものだったはずである。九州方面行き寝台特急の東京駅発車時刻も、歴史を少し振り返ってみれば、ちゃんとそうなっていたと思う。

 私がよく覚えているのは国鉄末期(1987年3月)の時刻である。その頃、東京駅から西へ向かって旅立つ寝台特急は合計9本あった。その発車時刻は以下のように毎時05分、20分、40分、50分のどれかに割り当てられていた。これらの時刻は、いちいち当時の時刻表を開かなくても、私の頭の中に記憶されていることである。

 16時40分 さくら    長崎・佐世保
 17時05分 はやぶさ   西鹿児島
 18時05分 みずほ    熊本・長崎
 18時20分 富士     宮崎
 18時50分 出雲1号   浜田
 19時05分 あさかぜ1号 博多
 19時20分 あさかぜ3号 下関
 21時05分 瀬戸     宇野
 21時20分 出雲3号   出雲市


 並べてみれば、実に美しい時刻である。

 ただ、この中の05分発というのは、もともと00分発だったのではないだろうか。

 そこで、もう少し時代をさかのぼってみると、このようになっていた。参考にしたのは、交通公社の時刻表1978年10月号である。

 16時30分 さくら     長崎・佐世保
 16時45分 はやぶさ    西鹿児島
 17時00分 みずほ     熊本・長崎
 18時00分 富士      西鹿児島
 18時20分 出雲1号    浜田
 18時25分 あさかぜ1号  博多
 19時00分 あさかぜ3号  下関
 19時25分 瀬戸      宇野
 20時40分 出雲3号・紀伊 出雲市・紀伊勝浦


 やはり、00分ちょうど発の列車がある。このように優等列車は、他の列車より優先されて切りの良い時刻に旅立つところに風格があったと思う。

 それが晩年の九州行き寝台特急は、本数が減らされるとともに、中途半端な時刻にされていったものである。17時05分発だった列車は16時56分発にされ、18時05分発だった列車は18時12分発にされた。そして最後は18時03分発に落ち着くこととなった。それもこれも、東海道本線沿線の宅地開発が進み、通勤電車がどんどん増え、ダイヤに余裕がなくなってきた所為だろう。風前の灯火の寝台特急など、次第にダイヤの隅に追いやられていくこととなった。

 しかし、今に唯一残る寝台特急「サンライズ出雲・瀬戸」は、昔ながらの優等列車のように、22時00分ぴったりの発車である。さすがに一本くらい、また22時ともなれば、優等列車を切りの良い時刻に発車させるだけの余裕が今のダイヤにもあるのだろう。でも何にせよ、優等列車の伝統を、この列車の発車時刻に感じ取りたいものである。

 ただ、22時00分ぴったりだと、その時刻に18時03分みたいな特別な意味を込めるのが難しくなるから不思議である。たまたま時計を見たときに22時00分だったとしても、なかなか「サンライズの発車時刻だ」と思えないものである。

 やはり、寝台特急「富士」「はやぶさ」の発車時刻は、18時03分という中途半端な時刻で良かったのかもしれない。
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by railwaylife | 2017-03-26 22:00 | 寝台特急 | Comments(0)

特別仕様車

 銀座線1000系にはこの「特別仕様車」なるものがある。
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 この車両のモデルとなった、旧1000形の仕様を忠実に再現しようとした車両である。

 外観もさることながら、気になるのは車内の予備灯である。

 旧1000形など、銀座線の昔の車両は、駅到着時などに第三軌条からの通電が一時的に途切れることがあった。それは、ホームの位置によって第三軌条が線路の反対側に移る箇所があるからで、そのときに車内の室内灯が一瞬だけ消え、代わりに予備灯が点灯するようになっていた。私はそれを、旧1000形の後継車である2000形で経験している。ただ、幼い頃は怖いことだったし、今思えば防犯上も問題であったと思う。

 そんな一瞬の暗がりと予備灯の点灯を、新1000系特別仕様車では再現できるという。通常の運行ではさすがに行われないが、イベントなどでは再現されるそうだ。昔の一瞬の暗がりを知る者としては、ぜひ再体験してみたいものである。

 但し、現在は第三軌条からの通電が切れても室内灯が消えることはない。通電中の他の車両から電気が供給されるようになっているそうだ。そのため一瞬の暗がりは、コンピュータ制御によって意図的に発生するようになっているという。先頭車が第三軌条の途切れる区間に差し掛かったのを検知すると、電車の速度も加味しながら各車両がその区間に差し掛かる時間を計算し、それにタイミングを合わせて順次、各車両の室内灯の消灯と予備灯の点灯を行うのだそうだ。昔は起こらざるを得なかった室内灯の消灯を、今やコンピュータ制御によってあえて起こそうというのだから、時代は変わったものである。


 それにしても「特別仕様車」とはいい響きだ。

 銀座線は1000系一形式に統一されたが、この「特別仕様車」が来るかどうかという楽しみはある。


東京メトロ
1000系電車 東京メトロ銀座線渋谷駅~表参道駅にて 2017.3.11
by railwaylife | 2017-03-24 23:50 | 東京メトロ | Comments(0)

十年前の新鶴見

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 今からちょうど十年前の新鶴見機関区の様子である。

 当時はさほど貨物列車に興味はなかったと思うのだが、なぜかこの界隈へ足を運び、貨物列車の牽引機を眺めていた。

 この頃はまだブログを始めたばかりであり、世の中の鉄道ブログをいろいろと眺め、参考にしていた時期である。当時は、機関車の牽引する客車列車がどんどんと減っていき、貨物列車に人気が出てきた時期ではないだろうか。貨物列車の先頭にはまだまだ国鉄時代そのままの機関車が多く立っていた頃である。それで鉄道ブログでも貨物列車が頻繁に登場するようになっていたと思う。そういうブログに刺激を受け、新鶴見へ行ったのかもしれない。

 停まっている機関車の顔ぶれを見ると今とさほど変わらない気がする。ただ、もう引退したEF65535号機が写っている。それと、今人気のEF6627号機の姿が見えるが、当時から人気があったのだろうか。あと、目に付いたのは、EF200形がずいぶん綺麗だということである。

 さて、機関車ばかりに目が行ってしまったが、周囲の建物などの様子も、今と比べればだいぶ違うのだろう。今の方が、建物が増えているに違いない。

 十年後、この地はどんな風景になっているのだろう。

 そして、どんな機関車が停まっているのだろう。


新鶴見機関区にて
2007.3.22
by railwaylife | 2017-03-22 22:40 | 貨物列車 | Comments(0)

ちょこっと富士 ふじかわ編

 興津駅から清見寺までぶらぶらと歩き、寺に参詣してからまた同じ道をぶらぶらと興津駅まで戻った。

 駅が見えてくると、ちょうど特急「ふじかわ」が通過する時刻となっていた。

 それで、興津駅に降り立って最初に眺めた「ちょこっと富士」と同じ風景に、その特急「ふじかわ」をあてはめてみた。
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 わずかに見える頂を背に走り去る「ふじかわ」を見送ったとき、これからこの列車の車窓に大々的に広がる富士山の眺めが想われた。


駿河路の春
JR東海373系特急「ふじかわ」5号 東海道本線清水駅~興津駅にて 2014.3.23



 さて、これで三年前の駿河路で見た風景の掲載はおしまいである。このときから三年、駿河路を列車で通り過ぎたことは何度かあるが、列車を降り立ったことはない。また機会があれば、駿河路をのんびりと旅してみたいものである。
by railwaylife | 2017-03-21 22:50 | 東海道本線 | Comments(0)

東海道沿線で想うこと

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 東海道本線の風景を車窓から眺めたり、沿線を歩いたりしたときにいつも想うことがある。

 それは「この場所もブルートレインに乗って通ったんだな」ということである。

 何か思い入れのある場所だったり、特別に目につくもののある車窓だったりしなければ、ブルートレインに乗ったときの記憶としては残らない。でもどの場所も、ブルートレインに乗って通ったことは確かである。

 そのときの自分が、今はただただ羨ましく思える。


駿河路の春
JR東海313系電車 東海道本線興津駅~清水駅にて 2014.3.23
by railwaylife | 2017-03-21 22:35 | 東海道本線 | Comments(0)

駿河路の貨物列車

 東海道本線の駿河路では、貨物列車を牽く直流電気機関車のほとんどすべての種類を見ることができるという。

 貨物列車の本数も多いし、次に来る貨物列車はどんな形式の何号機が牽いているかという楽しみがあるだろう。

 そんな駿河路の貨物列車を、私も少しだけ楽しむことができた。
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駿河路の春
JR貨物5092列車 東海道本線興津駅~清水駅にて 2014.3.23
by railwaylife | 2017-03-20 22:05 | 貨物列車 | Comments(0)

折り返し列車

 興津の清見寺付近で東海道本線を眺めていると、けっこう電車の運転本数が多くて、それを見たり撮ったりするのがなかなか忙しいものであった。

 というのも、静岡方面からやって来る列車の何本かは興津行きで、興津駅からすぐにまた静岡方面へ折り返して来るからである。

 そんな興津折り返しの列車は、興津駅に到着する前の上り列車のうちからすでに折り返し後の静岡以遠の行先を表示していた。きっと、一つ手前の清水駅を発車したあたりで行先表示幕の変更が行われるのだろう。

 その行先表示を見ていると、いったい自分が今どこにいるのか、よくわからなくなってくるものであった。上り列車も下り列車も、静岡以遠の行先を表示していたからである。

 でも、そんな不思議な感覚になれるのも、この興津駅近くならではのことだったと思う。
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駿河路の春
JR東海211系電車 東海道本線興津駅~清水駅にて 2014.3.23
by railwaylife | 2017-03-20 22:00 | 東海道本線 | Comments(0)

清見寺を往く

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 私が静岡県内の東海道本線沿線でずっと訪れたかった場所のひとつ、清見寺踏切は、踏切のすぐ近くに清見寺という古刹があることから名付けられている。

 この清見寺の歴史を紐解くと、奈良時代にまでさかのぼる。この場所に清見関という関所が設けられ、その関所の鎮護として仏堂が建立されたのがその始めとされている。当初は天台宗の寺院だったようだが、鎌倉時代になると禅宗に改められたそうだ。

 その後、足利尊氏がこの寺を深く崇敬したことから、室町幕府は「官寺」とし、また「全国十刹」のひとつとして保護したという。

 戦国時代になると、寺は今川、徳川、武田、徳川の各戦国大名が陣を敷き攻防を繰り広げたということだ。古くから関所が置かれたことからわかるように、山が海に迫るこのあたりは交通の要衝であった。

 江戸時代になると、徳川家康が幼少時に清見寺住職より教育を受けた縁もあり江戸幕府から帰依を受け、三葉葵の紋の使用を許されるまでになったという。

 こうした寺の歴史を見てみると、この場所が東海道の中でもかなり重要な場所であったことがわかる。

 そういう場所をこうして訪れた私も、これから東海道本線を下るときには、ここを大事な場所のひとつとして強く意識することになるだろう。


駿河路の春
JR東海211系電車 東海道本線興津駅~清水駅にて 2014.3.23
by railwaylife | 2017-03-20 12:20 | 東海道本線 | Comments(0)