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2014年総括

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 2014年も、もう終わろうとしている。

 今年もいろいろあったが、例年のように一年の総括の記事を今年最後の記事として掲載しておきたい。



 ここ数年私は、近くを旅することの楽しさを知った。今年は、その楽しさをさらに深めた一年だったと言える。

 遠くへ行くばかりが旅ではない、の言葉通り、近所でもいくらでも旅はできる。遠くへ行ったときと同じような歓びや発見を、視点少しを変えるだけでいくらでも得られるものである。そしてそこに「こんな近いところにこんなものがあるのか」という驚きが加わる。その驚きはときに、遠くへ行って未知なるものに触れたときの衝撃を凌駕することさえある。

 また、近くを旅するときには、遠くを旅するときにはない「地の利」がある。それは、その場所で普段生活をしていてこそ得られるものである。例えば、土地の起伏などは身体にしみ付いているものだ。頭ではなく、何度も起伏を上り下りした身体が地形を覚えている。そこから見えてくるものもある。

 それと、近くであれば四季の変化をつぶさに知ることができる。葉の一枚もない冬枯れの風景を見知っている。強い日差しの照り付ける酷暑を体感している。そういう経験があってこそ、花が咲いたときや葉が色付いたときのありがたさ、はかなさがわかるようにもなる。

 無論、どこか遠くの花の名所や紅葉の名所の風景には敵わないかもしれない。しかし、そのどこか遠くの花の名所の冬枯れの風景を見ることはなかなか難しい。葉が黒々と生い茂る夏の風景を見ることもなかなか難しい。最近は、どこか遠い地で花を眺められたとしても、そのことが口惜しくさえ感じられる。

 だが、近くの花であれば、そんな想いになることもない。自然と、四季を通した風景が目に入って来ることになる。

 そんな近所の季節の移ろいが、今は何より大事に感じられる。今年もその季節が無事にめぐり、一年が終わろうとしている。本当にありがたいことだ。

 その季節の移ろいの中で、私は近くをたくさん旅した。そして、新たな発見をたくさん得ることもできた。今年最後に掲載した世田谷線の特集は、その一端でもある。そしてもう一つ、同じような特集を年明けに掲載しようと考えている。その二つが揃えば、2014年の集大成になるのではないかと思っている。

 それら今年の集大成の上に、来年もまた近くの旅を積み重ねていきたいと考えている。



 ただ、遠くへ旅することを忘れてしまったわけではない。

 かつて私は「遠くへ行きたいという想いは私の生命線である」と書いていた。その気持ちは、近くを旅する楽しさを知った今でもまったく変わることはない。遠くへ行きたいという想いは、私自身を生かす火種として、心の奥底でずっと燃え続けている。その想いを来年はもう少し強く燃やし、実際に遠くへ行けるようにしたいと思っている。

 遠くを旅することと近くを旅することは、何も相反するものではない。並立していくものだと思っている。近所も遠くも愛おしい。そう思って、旅を続けていきたい。

 とは言え、今年もまったく遠くへの旅をしなかったわけではない。そのときのことがまだこのブログに掲載できていないだけである。

 遠くへ行ったときのことは、どうしても大事にし過ぎてしまう。それで、なかなかブログに載せられないでいる。それは何も今年始まったことではないのだが、来年からはもっと気軽に、遠くへ行ったときのことも載せていきたいものだと思っている。



 最後に、本年も当ブログをご覧いただいた皆様には心より感謝を申し上げます。ありがとうございました。相変わらずのブログではありますが、来年もどうぞよろしくお願いいたします。

by railwaylife | 2014-12-31 12:30 | 生活 | Comments(2)

三ヵ月後の世田谷線

 この一ヵ月間、昨年末から今年初めにかけての東急世田谷線の風景をずっと掲載してきた。

 それらの風景は、今年2月に「世田谷線の地形を歩く」というタイトルの街歩きの案内役を務めるため下調べをしたとき沿線で集めたものであった。しかし、こうしてそのすべてを掲載し終えてみると、地形に関係ないものばかりだったな、という気がした。

 でも、私にとってはどれも、その街歩きを案内するために必要な風景であった。そして、その風景を集めることが何とも楽しく感じられた。

 街歩きで案内役を務めたのは一日限りのことであり、ひとつの結果に過ぎない。大事なのは、そこへ至るまでのプロセスである。案内をするために、どう歩き、どう調べ、どう感じ、どうまとめたかだ。そのことをこのブログに残すことができ、良かったと思っている。



 さて、こうして街歩きの会までは頻繁に世田谷線沿線を歩き回っていたのだが、会が終わってからはなかなか世田谷線を訪れる機会がなかった。次に世田谷線を訪れたのは三ヵ月余り後、6月初めのことであった。三軒茶屋駅から下高井戸駅まで通しで世田谷線に乗車した。

 季節は初夏となり、熱心に歩いていた頃と沿線の草木の様子がすっかり変わっていた。その変化が、何とも嬉しく感じられた。

 また、自分が歩いて調べたことが、沿線のそこかしこでつぶさに頭の中に蘇ってきた。

 それで世田谷線沿線の風景は、会のために下調べを始める前と比べ、ガラリと変わったように見えた。



 もし、この世田谷線の特集を見てくれた人がいたとして、次に世田谷線に乗車する機会があったとき、私と同じように沿線風景が今までと違って見えることがあったとしたら、私は嬉しい。また、今まで世田谷線に乗ったことのない人がこの特集を見て、その後初めて世田谷線に乗ったとき「あぁ、ここがあのブログに載っていたところだな」なんて思ってくれたりしたら、私は嬉しい。

 そんな想いを込め、この特集の締めくくりとしたい。
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東急
300系電車(305F) 東急世田谷線山下駅~松原駅にて 2014.6.7
by railwaylife | 2014-12-30 11:40 | 東急世田谷線 | Comments(0)

セタガヤ・カーブ

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 世田谷線の沿線を歩き始めた頃に思ったのは、ずいぶんカーブが多い路線だなということであった。

 そんなカーブの多くが、川の流れと密接に関わっているのではないか。何度も沿線を歩くうちに、そんな気がしてきた。

 と言うのも、線路が川と常に垂直に交わるようカーブを描いているからである。

 以前に何かで読んで知ったことだが、線路が大きな川を渡るときは、川の流れと垂直になるよう橋梁を架けるという。それが流れを渡る最短距離になるし、流れの中に建てる橋脚にかかる負荷も少ないという理由だったと思う。

 ただ、世田谷線が渡る流れはどれも小川程度で、橋梁の最短距離を考えたり、橋脚への負荷を考えたりするほどでもないとは思う。でも、世田谷線の線路の敷設にも、川の流れと垂直になるという原則が貫かれているように思う。

 そしてそれは、もしかしたら川の流れと垂直に、というよりも、谷と垂直に交わるためのカーブなのかもしれない、という気もしてきた。

 谷も水の流れと同様、垂直に交われば最短経路で横切ることができる。また、谷へ下るにしても上るにしても、勾配を最短経路で越えることができる。

 世田谷線のカーブのほとんどは、そうやって谷と直角に交わるためのカーブなのだろう。

 そう考えると、線路のカーブから世田谷線の地形を知ることができるようにもなる。

by railwaylife | 2014-12-29 22:00 | 東急世田谷線 | Comments(0)

暮れのキャロット

 日が暮れて、三軒茶屋のキャロットタワーを背に往く世田谷線の風景もじわじわと暗闇に覆われようとしていた。

 そんなときに見上げるキャロットタワーは、もはや「にんじん色」とは言えないような暗い色を帯びていた。
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 さて、このキャロットタワーの下が世田谷線の三軒茶屋駅である。一ヵ月前に下高井戸駅から始めた「世田谷線の地形を歩く」特集の記事も、ようやく終着にたどり着くことができた。


東急
300系電車(306F) 東急世田谷線三軒茶屋駅~西太子堂駅にて 2014.2.1
by railwaylife | 2014-12-27 22:20 | 東急世田谷線 | Comments(0)

スイセン越しの緑

 三軒茶屋駅近くで、線路際に咲くスイセンを見つけた。

 その花越しに現れた電車は、スイセンの葉の色と同じ緑色であった。
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東急
300系電車(304F) 東急世田谷線三軒茶屋駅~西太子堂駅にて 2014.2.11
by railwaylife | 2014-12-26 23:45 | 東急世田谷線 | Comments(0)

世田谷線のゲージ

 東急世田谷線の軌間は1372mmで、東急の他の鉄道線よりも幅が広い。

 沿線を歩きながらその軌間をずっと目にしていると最初は違和感があるものの、次第に目に慣れてくる。

 そして、その幅の広い軌道に、安心感を得るようにもなった。
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東急
300系電車(304F) 東急世田谷線西太子堂駅~若林駅にて 2014.2.11
by railwaylife | 2014-12-25 23:55 | 東急世田谷線 | Comments(0)

雪の西太子堂駅

 世田谷線の起点である三軒茶屋駅から一つ目の西太子堂駅は、上下の電車がよく離合する駅である。
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 単線になった三軒茶屋駅から下り電車が発車した後、それほど間を空けずに次の上り電車が到着するので、三軒茶屋駅からすぐのところにある西太子堂駅で電車が行き会うことになる。
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 なお、この駅はもともと西山駅といったそうで、後に西太子堂駅に改称された。あたまに西と付くのは、本線であった玉川線の三宿-三軒茶屋間にかつて太子堂駅があったためだという。

 その太子堂とは円泉寺の境内に聖徳太子像を安置する「太子堂」のことで、付近の地名にもなっている。


東急
300系電車(304307F) 東急世田谷線三軒茶屋駅~西太子堂駅にて 2014.2.11
by railwaylife | 2014-12-24 23:50 | 東急世田谷線 | Comments(0)

夕暮れ時の枯れ枝

 夕暮れ時に見かけた枯れ枝は、その枝ぶりと木の幹のゴツゴツした感じからおそらく桜のものだろうと思った。
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 薄い藍色の空を背に浮かび上がるその枯れ枝を見ながら、この場所に花の咲くときのことを想っていた。


東急
300系電車(308F) 東急世田谷線西太子堂駅~若林駅にて 2014.2.1
by railwaylife | 2014-12-23 22:20 | 東急世田谷線 | Comments(0)

夕空世田谷線

 世田谷の住宅街を縫うようにして走る東急世田谷線であるが、意外とその電車の上に広い空の見えるところもある。高い建物があまりないからかもしれない。

 そんな広い空が見える場所の一つで、夕空の下の世田谷線電車を見送ってみた。
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東急
300系電車(310F) 東急世田谷線西太子堂駅~若林駅にて 2014.2.1
by railwaylife | 2014-12-23 22:15 | 東急世田谷線 | Comments(0)

あの日の踏切2

 2011年3月11日のことは今までに何度か書いているが、もう少し書いておきたいことがある。

 あの日、地震の後、首都圏の鉄道のほとんどが運転を見合わせ、多くの人が歩いて帰宅することとなった。私も、当時の勤務先であった荻窪から自宅まで歩いた。

 青梅街道沿いを都心方面へ向かい、高円寺陸橋からは環七通り沿いを歩いた。途中、代田橋駅付近で京王線、世田谷代田駅付近で小田急線の線路を横切った。

 金曜の夜、普段ならたくさんの帰宅客を乗せた電車が頻繁に行き交う時間帯であるが、その日はもちろん電車の姿を目にすることはなかった。小田急線の線路脇では青色のシグナルが不気味に灯っていた。そのときのことは「あの日の踏切」という記事にも書いている。

 その小田急線の踏切から若林陸橋を過ぎ、烏山川の谷へ下ると、環七通りは世田谷線と交差する。若林踏切である。

 遮断機のない踏切で幅の広い環七通りを電車が横切るこの場所は、世田谷線が一番路面電車らしい雰囲気を持つ場所として有名である。しかしその日、世田谷線も運転を見合わせていたから、二両編成の電車がのどかに環七通りを横切るさまは見られなくなっていた。

 だが、線路の近くまで歩いて行くと、三軒茶屋方から忽然と電車が現れた。試運転電車であった。線路に問題がないことを確認するための試運転だったのだろう。

 何だかすごく久しぶりに動く電車を見た気がした。また、何ともホッとする心地であった。

 そして、普段あたりまえに電車が動いていることがいかにありがたいかということを、改めて知ることともなった。



 あれから三年、世田谷線は毎日運行され、沿線を歩きながらその電車が往く風景を眺めることもできる。
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 そのありがたさを、この若林踏切という場所を通るたびに感じている。


東急
300系電車(302F) 東急世田谷線西太子堂駅~若林駅にて 2014.2.11
by railwaylife | 2014-12-22 23:35 | 東急世田谷線 | Comments(0)