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あさかぜと富士

 寝台特急「あさかぜ」と「富士」と言うと、特別な思い出がある。
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 子供の頃の私にとっては、九州寝台特急の中では何と言っても「あさかぜ」が絶対的な存在であった。

 もちろん、九州寝台特急のエース的な存在であったから、当時ブルートレインに憧れた子供たちは誰しもそう思うところがあったのかもしれないが、私にとってはそれ以上に特別な存在であった。

 と言うのも、当時下関に住んでいた祖母が上京して来るときに必ず「あさかぜ」に乗ってやって来たからである。それで「あさかぜ」は、下関のおばあちゃんが乗って来る列車として思い入れも格別であった。

 ところがあるとき、祖母が「富士」でやって来ることとなった。何でも「あさかぜ」が満席で、寝台券が取れなかったのだという。

 それを聞いた当時の私は、なぜか「富士」がとても憎かったのを覚えている。

 いま考えてみれば、どうして「富士」が憎かったのかはよくわからない。憎むべきは満席の「あさかぜ」ではないだろうか。むしろ「富士」は空席があって祖母が乗れたのだから、感謝すべきであろう。

 子供の頃の感情なのでよくわからないが、とにかくそんなこともあって、幼いときは寝台特急「富士」があまり好きではなかった。

 しかし後年、この「富士」は私にとって最も思い入れの強い列車となる。そして九州寝台特急の中では一番多く乗車した列車ともなった。


寝台特急「富士」牽引機
EF651107号機
寝台特急「あさかぜ」牽引機
EF651115号機 田端運転所にて 2013.6.1
by railwaylife | 2013-10-30 23:50 | 寝台特急 | Comments(0)

PF世代

 九州寝台特急の東京-下関間の牽引機がEF65形500番台から1000番台PF形に置き換わったのは、1978年(昭和53年)9月のことであるという。

 そのときまだ幼稚園にも上がっていなかった私は、残念ながらEF65形500番台の牽く九州寝台特急の姿を見たことがない。いや、実際には目にしていたのかもしれないが、記憶には残っていない。

 私の記憶にある憧れの九州寝台特急の姿は、牽引機がPF形になって以降のものだけである。

 それだけに、PF形には格別の思い入れがある。

 だから、四台ものPF形がヘッドマークを掲げ並んでくれたのは、本当にありがたいことであった。
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 こんな風景は、私の九州寝台特急への憧れの原点であると言える。


EF651000番台電気機関車 田端運転所にて 2013.6.1
by railwaylife | 2013-10-29 23:30 | 寝台特急 | Comments(0)

北斗星入庫 3

 田端運転所の撮影会を訪れるのは「EF65電気機関車撮影会」でかれこれもう四度目のことだったので、その撮影会場で魅力的な出来事が起こることはわかっていた。

 それは、上野駅に到着した上り寝台特急「北斗星」が、ねぐらの尾久車両センターへ引き上げて来るところを目の当たりにできるということである。

 上野駅から機関車を最後尾にした推進運転で引き上げてくる「北斗星」の回送列車は、撮影会場すぐ脇の引き込み線を通る。その場面を、今回は待ち構えてみようと思っていた。

 ただそれはいつも、撮影会が始まってわりとすぐのことであった。

 それで今回も最初から気を付けてはいたが、係の方に案内され会場へ入るなり、青い回送列車はやって来てしまった。それで、展示車両をゆっくりと拝む間もなくまずはその推進運転にカメラを向けることとなった。
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 こうして青い車体が連なっているのを目にすると、寝台特急の牽引機の撮影会だけに気分も盛り上がってくる。

 そしてその最後尾を見届けると、なんとこの日は「カシオペア」専用塗装の「カシ釜」ことEF510形の509号機が牽引機であった。
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 そのカシ釜「北斗星」がPF「あさかぜ」の脇を通って行く。時代錯誤な場面ではあった。
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 さて、撮影会場奥の留置線に入った「北斗星」は、夜の下り列車に向けて整備が行われることになる。ただ、牽引機だけは入換のためにもう一度撮影会場の方へ戻って来るはずであった。その場面を待った。

 そして再度、九州寝台特急牽引機の横をカシ釜「北斗星」が往くという場面を楽しむことができた。
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 そのカシ釜が尾久車両センターの方へまた戻ってゆくのを見送り、ようやく撮影会に本腰を入れられるようになった。

 あとは憧れの九州寝台特急に夢中となっていたが、時折遠目に青い客車を見遣った。
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 ちょうど新旧「ひたち」に挟まれるような格好で、客車は佇んでいた。



 ところで、この撮影会の案内状には「特別ゲスト」なるものがあって、それは当日まで発表されないとも書いてあった。

 その「特別ゲスト」とは何だったのか。結局会場でも発表がなかったが、私はこの「北斗星」が特別ゲストだったと思っている。


EF510509号機牽引寝台特急「北斗星」 田端運転所にて 2013.6.1


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北斗星入庫
北斗星入庫 2

by railwaylife | 2013-10-28 22:45 | 寝台特急 | Comments(0)

四たび田端へ

 2013年6月1日、田端運転所で開催された「EF65電気機関車撮影会」に参加した。

 現役の寝台特急牽引機が所属する田端運転所では数年前から定期的に機関車の撮影会が開催されるようになったが、その展示内容は毎回異なり、幼い頃から寝台特急に対して格別の思い入れを持ってきた私はそれぞれに惹かれるものがあった。そんなこともあって何度も参加することとなり、数えてみるとこれが四度目の参加であった。

 ただ、今回の撮影会はこれまでと内容がだいぶ異なっていた。

 それは、今までの展示がいずれも北へ向かう寝台特急の牽引機を展示するものであったのに対し、今回は西、すなわち九州へ向かう寝台特急の牽引機を展示する機会となったことである。

 その九州寝台特急に何よりの憧れを持ってきた私は、会場に入りそこに展示された牽引機を目にしたとき、今までにないほどの言い知れぬ高揚感を覚えることとなった。そしてまさに幼い頃の憧れのままに、その牽引機群に夢中でカメラを向けていた。
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 そうしているうちにこの場所は、私の中では田端運転所ではなくなっていた。かつて九州寝台特急の牽引機が所属していた品川の東京機関区にいるような気にすっかりなっていたものであった。

 そんな東京機関区気分の撮影会はあっという間に終わってしまった。今までのここでの撮影会と同じ30分間であったけれども、今回は初めて時間が「足りない」と感じた。

 もちろん、今までの撮影会だってもっとその場にいたいという気はした。それでも、決められた時間の中で十分見られたなという満足感はあった。

 しかし今回は、夢中になっているうちに気が付いたら終わりの時間を迎えていたという感じであった。もっとその風景に想いを込めたかった。もっと憧れに浸りたかった。

 でも、そうやって夢中になれた時間は私にとって本当に大切なものとなった。そんな撮影会で感じたことを、これからいくつかの記事で思いのままに綴っていきたいと思う。


EF65500番台・1000番台電気機関車 田端運転所にて 2013.6.1
by railwaylife | 2013-10-27 23:05 | 寝台特急 | Comments(0)

機関車の展示

 秩父鉄道広瀬川原車両基地の「わくわく鉄道フェスタ」では、電気機関車の展示も目を引くものであった。
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 秩父鉄道にはセメント輸送があるので、地方私鉄には珍しくこうした電気機関車がまだまだ健在である。

 少し小柄な機関車ではあるが、こんなふうに並んでいるところを見てみるとなかなか壮観ではある。

 ただ、残念ながら私はこの秩父鉄道の電気機関車に何の思い入れもなく、今まで見たり撮ったりしたこともなかった。こんなにカラーバリエーションがあることさえ知らなかった。

 だから、せっかくこういう展示の機会があっても、そのさまをただ型通り写真に撮るだけになってしまった。

 もちろん、この展示に価値がないと言っているわけではない。秩父鉄道の貨物列車を普段からよく撮ったり眺めたりして愛着を持っているような人がいれば、この展示はまさに「垂涎の並び」ということになるだろう。人の思い入れはそれぞれである。



 私にだってそうやって、想いを強くするような、胸の熱くなるような機関車の展示がある。

 そういう展示を、この広瀬川原の訪問からちょうど二週間後に目にすることとなった。
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 その展示のことについて、次の記事から載せていきたい。


1枚目
秩父鉄道デキ
100200300500形機関車 広瀬川原車両基地にて 2013.5.18
2
枚目
JR東日本
EF65500番台・1000番台機関車 田端運転所にて 2013.6.1
by railwaylife | 2013-10-25 23:30 | 私鉄 | Comments(0)

黒い貨車

 最近の貨物列車と言えばコンテナ列車ばかりであるが、そのコンテナ列車には色とりどりのコンテナが載せられるから列車としての色彩はカラフルである。また、石油を輸送するタンク車なども淡いグリーンに塗られていたりして、なかなか鮮やかな編成である。それに牽引する機関車も今は派手派手しいものが多く、貨物列車に彩りを添えている。

 でも、昔の貨車はこういう黒色ばかりだったと思う。
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 黒くて重々しい印象の貨車を黒い蒸気機関車が牽く。そんなモノクロみたいな風景を眺めてみたかったものである。


秩父鉄道トキ
500形・ヲキ100形貨車 秩父鉄道広瀬川原車両基地にて 2013.5.18
by railwaylife | 2013-10-24 23:50 | 貨物列車 | Comments(0)

リバイバル塗装の意味

 最近、JRや大手私鉄から地方私鉄へ譲渡された車両が引退近くなると、もとのJRや大手私鉄時代の塗装に戻されることが多い。

 いわゆるリバイバル塗装である。
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 このリバイバル塗装はいったい何のために行われるのだろうか。

 もちろん、懐かしさを感じられるということはある。JRや大手私鉄で引退してからだいぶ年月を経過しているわけだから、譲渡前の姿を知る人はきっと懐かしく感じるだろう。

 でも、その地方私鉄沿線の人たちにとっては懐かしいかどうかはわからない。

 車両が譲渡された当時、地方私鉄ではだいたい塗装の変更が行われる。使い古されたイメージを払拭し、文字通りその鉄道の色に染めるためである。そうやって塗り替えられた車両は、その鉄道の「新車」として迎えられる。

 そんな新塗装の車両はその地域の足となり、老体に鞭打ちながら長年走り回る。そしていよいよ引退となったときには、その鉄道のカラーですっかり愛着を持たれていることだろう。

 そういう車両が突然前の鉄道に所属していたときの色に戻される。沿線の人たちにとっては馴染みのない色である。そのリバイバル塗装を見たら、今までの塗装に馴染んでいた人はどう感じるだろうか。

 そうやってその車両を普段利用してきた人たちのことを考えれば、リバイバル塗装というものはどうなんだろうか、という気もする。最後までその鉄道の車両の色で活躍するのがいいんじゃないかなと思う。
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1枚目
秩父鉄道
1000系電車 秩父鉄道広瀬川原車両基地にて 2013.5.18
2
枚目
秩父鉄道
1000系電車 秩父鉄道行田市駅~持田駅にて 2013.5.18
by railwaylife | 2013-10-23 23:50 | 私鉄 | Comments(0)

古い三田線

 秩父鉄道の普通電車に使用されている5000系電車は、かつて都営三田線を走っていた6000形車両である。
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 その6000形が三田線から完全に引退したのは1999年で、三田線が東急目黒線と直通運転を開始する前年のことである。

 もし、6000形が引退をせず東急目黒線に乗り入れて来ていたら、どんな風景があっただろうかと想像してみる。

 たとえば、多摩川橋梁上の複々線区間で東横線を往く東急8000系とデッドヒートを繰り広げていたかもしれない。

 かたや「急行」「日吉」かたや「特急」「元町・中華街」という種別・行先を掲げながら互いに轟音を上げ、広い川原を競い合って渡っていたかもしれない。
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1枚目
秩父鉄道
5000系電車 秩父鉄道広瀬川原車両基地にて 2013.5.18
2
枚目
秩父鉄道
5000系電車 秩父鉄道ひろせ野鳥の森駅~大麻生駅にて 2013.5.18
by railwaylife | 2013-10-22 22:40 | 私鉄 | Comments(0)

101系の記憶

 秩父鉄道1000系はもともと、首都圏の国電として活躍していた国鉄101系である。
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 101系は都心でも走っていたが、その姿を私がどれだけ実際に目にしたことがあるかとなると、記憶があやふやである。確かなのは、末期に鶴見線で黄色い車両に乗ったということくらいだ。

 そもそも、都心ではどの時期にどの路線で活躍していたのだろうか。

 たとえば、神田駅でこんなふうに中央線快速電車と京浜東北線電車の並びが見られたりしたのだろうか。
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 そんなことを考えながら、この秩父鉄道1000系の展示を眺めていた。


秩父鉄道
1000系電車 秩父鉄道広瀬川原車両基地にて 2013.5.18
by railwaylife | 2013-10-21 23:00 | 私鉄 | Comments(0)

新デフ

 今年の秩父鉄道の「わくわく鉄道フェスタ」は、蒸気機関車C58363号機の新しいデフのお披露目会でもあったそうだ。

 デフとはデフレクターの略で、日本語では除煙板という。蒸気機関車の先端両脇に付けられたもので、走行中の空気の流れを上向きに誘導し運転室からの視界を保つ役割を持っている。この日からC58363号機はそのデフが特殊なものに取り替えられていた。

 特殊なデフといえば、かつて九州の門司機関区に属する機関車が付けていた門デフが有名であるが、この日お披露目となった新しいデフも、その門デフに似た形状であった。
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 ただ大きく違うのは、そのデフに国鉄を表す「JNR」マークが入っているところであった。
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 こういう装飾のあるデフを見るのは初めてだったので、いくらなんでもちょっとやりすぎではないか、なんていう気がした。

 だがこのデフは、かつて実際に存在していた由緒あるものであった。後藤工場タイプと呼ばれるもので、鳥取県の後藤工場で1957年に改造されたC58385号機に装着されたものを再現したのだそうだ。

 そのことを知ってみると、このデフのJNRマークからは、かつての国鉄の誇りが感じられてきたものであった。


秩父鉄道
C58-363号機 秩父鉄道広瀬川原車両基地にて 2013.5.18
by railwaylife | 2013-10-19 23:30 | 私鉄 | Comments(0)