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勢揃い

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 運転再開された「はやぶさ」を見に行った朝、私は多くの新幹線列車を見送っていた。

 この日からの運転本数は、通常ダイヤの86%という話であったが、ようやくそれぞれの車両が、それぞれの本来の列車の任に就き、列車が勢揃いしたなという実感があった。

 それらの列車が、次々と東北という地へ旅立って行くさまを、私は静かに、静かに、じっと、じっと眺めていた。

 珍しい列車を追いかけるもいい。でも、あたりまえに走る列車が、あたりまえに走ること、それを今こそありがたく、ありがたく思うときだ。


東北新幹線E3系電車 東北新幹線上野駅~大宮駅にて 2011.4.29




昭和の日の風景 2011.4.29

01 久々の山手早朝貨物

02 早朝の新緑

03 ツツジ東横線

04 国鉄用地

05 東中野 × E259系

06 早朝の緩行線

07 特急「あずさ」3号の旅

08 外堀房総特急

09 水鏡ごっこ

10 カナリヤ色はナノハナ色

11 菜の花越しの「なのはな」

12 翼に負った使命

13 勢揃い

14 新緑205系

15 新緑越しのE259系

16 ツツジ185

17 都電ツツジ

18 駒込ツツジ

19 ツツジ2077

20 ツツジ湘南新宿ライン
by railwaylife | 2011-04-30 10:15 | 新幹線 | Comments(0)

翼に負った使命

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 その車両を、その列車を、私は今日初めて見た。

 デビューする前も、そしてデビューしてからも、正直言うとあまり興味のない列車であった。

 だから、こうして初めて見る機会に特別な感慨を抱こうとは、思ってもみないことであった。それは、東京と青森が、新幹線によって再びつながったのだということを実感する機会であったということである。

 鳥の名を付けられたこの列車は、いまその翼に、東北地方の希望となるという使命を負って、再び羽ばたき始めた。

 そんな列車に向かって私が何よりもまず願ったことは、どうかもう二度と、長く翼を休めることがないように、という想いであった。



東北新幹線E5系電車
「はやぶさ」501号 東北新幹線上野駅~大宮駅にて 2011.4.29




昭和の日の風景 2011.4.29

01 久々の山手早朝貨物

02 早朝の新緑

03 ツツジ東横線

04 国鉄用地

05 東中野 × E259系

06 早朝の緩行線

07 特急「あずさ」3号の旅

08 外堀房総特急

09 水鏡ごっこ

10 カナリヤ色はナノハナ色

11 菜の花越しの「なのはな」

12 翼に負った使命

13 勢揃い

14 新緑205系

15 新緑越しのE259系

16 ツツジ185

17 都電ツツジ

18 駒込ツツジ

19 ツツジ2077

20 ツツジ湘南新宿ライン
by railwaylife | 2011-04-29 18:12 | 新幹線 | Comments(0)

葉桜、E259系

 二週間前に満開の桜花を眺めていた渋谷の公園も、今やすっかり葉桜となった。
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 その葉桜は、朝に眺めると表情が暗い。ビルの谷底みたいなこの公園に、朝日は当たらないからである。

 そんな黒い葉桜の脇を、E259系が勢いよく駆けてゆく。
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 その白い車体を、私は葉桜越しにじっとじっと見送った。

 いま、この季節、この朝に、この場所で、この車両が往く風景が見られることを私は幸いに思っていた。


E259系特急「成田エクスプレス」
1枚目 成田エクスプレス7号 山手貨物線渋谷駅~新宿駅にて 2011.4.24
2枚目 成田エクスプレス9号 山手貨物線渋谷駅~新宿駅にて 2011.4.24

by railwaylife | 2011-04-28 23:57 | E259系 | Comments(0)

久しぶりの185系

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 節電ダイヤが始まった頃は、この車両の走る姿がほとんどまったく見られなくなってしまった。

 今月になってから、ようやく日常的にこの車両が眺められるようになった。その185系を、今日は久しぶりにじっくりと見てみた。

 今度は、どこか「いい風景」の中でこの車両を見送ってみたいと思いながら、私は新宿駅のホームに佇んでいた。


185系電車「ホームライナー小田原」21号 山手貨物線新宿駅にて 2011.4.28

by railwaylife | 2011-04-28 23:47 | 185系 | Comments(0)

春電車

 月に一度、通っている病院がある。

 その病院は敷地が広く、病棟の周りには多くの木々がある。また、病院のとなりには公園があって、そこにも木立がある。

 先月の通院のときは、その木々がまだ冬の装いであった。しかし、今月の通院に先日行ってみると、病院の周りはすっかり若葉に覆われていた。

 そして、病院の近くを通る西武線の線路脇には、菜の花が勢いよく咲いていた。診察が終わった後、私はその菜の花越しに西武電車が来るのを待ってみた。

 西武電車といえば黄色い電車である。それで私は、黄色い菜の花越しに黄色い西武電車が現れるという風景を思い描いていた。




 しかし、やって来たのは白い西武電車であった。
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 その顔には「春」と書かれていた。文字通り、電車は「この場所にも春がやって来たぞ」と告げているようであった。

 でも、木々の若葉や、菜の花の色や、柔らかい風で、すでにこの場所の春をいっぱいに感じていた私は、その電車に向かって「そんなこと、言われなくてもわかってるさ」と、心の中でささやいていた。


西武多摩湖線青梅街道駅~萩山駅にて 2011.4.20

by railwaylife | 2011-04-27 22:35 | 西武 | Comments(0)

かいじ残り桜

 桜の花が散ってしまったからと言って、その桜のある場所へ行かなくなるのはもったいないことだ。花が散れば、葉が現れる。その葉が、花のあった頃とはまったく別の風景を作り出す。その新しい風景を楽しみに行けばよい。

 しかも、花と葉は徐々に入れ替わっていく。だから、わずかな間とはいえ花と葉を同時に眺めることもできる。そんな眺めもまた、楽しみに行けばよい。
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 いま、散り残る桜花と、現れたばかりの若葉越しに、特急「かいじ」102号が往く。
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 私は、この列車が往く風景の記憶に、また新たな1ページを付け加えた。

 そしてまた、この東中野の風景が季節の移ろいとともに次々と変わっていくことを、心待ちにもしている。


E257系特急「かいじ」102号 中央本線東中野駅~中野駅にて 2011.4.25

by railwaylife | 2011-04-25 21:59 | 中央本線 | Comments(0)

山吹越しのグリーン車

 桜花が散りかけてくるのを待っていたかのように、黄色い山吹の花があちらこちらで勢いを増してくる。

 その強烈な黄色も、春を彩る色の一つである。

 いま、その山吹の花越しに、湘南新宿ラインのグリーン車が往く。
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 グリーン車の車窓は、今しも山吹色に彩られているだろう。

 花越しにグリーン車を見送っていた私も、あの車両の乗客となって春の車窓をどこまでもどこまでも眺めてみたいと、切に切に願っていた。


湘南新宿ラインE231系電車 山手貨物線恵比寿駅~渋谷駅にて 2011.4.15

by railwaylife | 2011-04-24 09:43 | 湘南新宿ライン | Comments(0)

選択肢がある、ということ

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 ある人が、ある場所へ向かおうとしたとき、その場所へ向かう道が一本だと知ったら、どう感じるだろうか。迷うことがないと喜ぶだろうか。でも、その一本の道に何か障害があって通れないとしたら、どうするだろう。道は一本しかないのか、と思うのではないか。



 東北新幹線が一部区間で運転を見合わせている今、今月初めから運転を再開している寝台特急「あけぼの」は、東京から青森へ直通で行ける貴重な列車となっている。この「あけぼの」が青森までつながっている意義が、今こそ発揮されていると思う。

 私は常々、長距離旅客輸送には選択肢が必要だと思ってきた。特に、鉄道の長距離旅客輸送の担い手をすべて新幹線に任せるのはどうかと思っていた。

 ただ、ここで言う選択肢とは、何も経路上のことだけではない。列車の所要時間や設備も含めてのことである。

 もちろん、航空機や新幹線によって短い時間で目的地に到達できるということは大変素晴らしいことである。中でも新幹線は、安全性も非常に高い。

 しかし、誰もが航空機や新幹線をありがたがれるわけではない。

 たった二時間、三時間でも、座りっぱなしであることがつらい人もいる。健常に暮らしていればそれはなかなかわからないことであるが、そういう人も世の中にはたくさんいるはずである。

 それを考えると、自由に足を伸ばしたり、寝転がることもできる寝台列車は、貴重な存在だと思う。時間はかかってしまうが、姿勢を楽にして移動したいという人も多いだろう。

 そういう意味でも私は、在来線の寝台列車というものがもっと見直されて良いのではないかと考えている。

 無論、今は震災で被災した路線や車両の復旧が最優先である。しかし、長い目で今後の長距離旅客輸送体系を考えたとき、寝台列車という選択肢はあっても良いと思う。

 それに私は、寝台列車と言っても豪華寝台特急を新設してほしいなんていう気持ちはさらさらない。だいたい、新しい寝台列車というと豪華な列車だという今の発想がいけない。

 別にスイートルームは要らない。きらびやかな食堂車も要らない。ごくふつうのスタンダードな設備を、廉価で提供すればいい。

 もちろん、豪華寝台特急で移動そのものを目的として楽しませるというのも、寝台列車の役割であり魅力ではあると思う。だが、それよりも今は、移動の手段となるような寝台列車が必要だと私は考える。そういう、どこかとどこかをつなぐという使命を帯びた寝台列車こそが、本来のあるべき姿であるように感じる。そして、そんな寝台列車が、人々が移動する手段の選択肢の一つになってほしいと思う。

 ただ、寝台列車を走らせるには、いろいろなコストがかかる。車両だけがあればいいというものではない。列車の走る深夜帯に、沿線の設備を稼動させたりしなければならない。

 しかし、実は多くの幹線では、深夜帯も貨物列車が頻繁に行き来している。そういう路線であれば、新たに設備を稼動させたりする必要もないのではないかという気がする。

 そうやって、必要最低限の投資によって、長距離旅客輸送の選択肢を増やすことはできないものかと、私は考えている。

 もちろん、長距離旅客輸送を運営しているのは営利会社であるから、収益性も考えなければならない。しかし、旅客輸送には公共性も必要である。世の中のいろいろな人にとっての文字通り「足」でなければならない。そして、今回のような非常時にも、多くの代替手段を持つことによって、どこかとどこかをつなぐという役割をできるだけ維持してほしいと思う。そのためにも、寝台列車の復権を含め、在来線を再び長距離旅客輸送の担い手にするということは考えられないものだろうか。



 さてここで、冒頭の話に戻りたい。

 どんなことでもそうだが、それしかないと思うことは、つらいことだと思う。

 例えば、人生という道も「この道しかない」と思い詰めると、つらい。他の道もあるんだと思えば、楽になる。

 それは決して逃げではない。予期せぬことが起きる人生において、自分が人生を続けていくために、そしてまた希望を持ち続けるために、必要な考え方であると思う。

 病気を経験したりしたこともあって、私はこの歳にして未だに自分の人生の道がはっきりと見出せないでいる。でもそれも、ようやくぼんやりとではあるが、見えつつある。

 そんな私にこの前、親友がこんな言葉をくれた。


もし君が、これだという道を見つけたとしても、決してそれしかないと思うんじゃないよ。



復活!寝台特急「あけぼの」 東北本線尾久駅~赤羽駅にて 
2011.4.3
by railwaylife | 2011-04-22 23:46 | 寝台特急 | Comments(0)

山桜、山手線

 その桜は、山桜なのだろうか。
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 ソメイヨシノよりも、花が小さく、白い。そして、葉の出てくる勢いが早い。それで、花の姿はよく見えなくなってしまうけれども、花の色が白い分だけ若葉の緑との対比が鮮やかだ。



 そんな山桜の脇を、白い顔に若葉色の帯を巻いた山手線の電車が、頻りに行き交う。
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 鈍い朝日に照らされた山桜は、電車の横で白くぼんやりと輝いた。

 そして、電車が行ってしまった後の静寂の中、白く小さな花びらが、日の光で微かにきらめきながら、ゆっくり、ゆっくりと散ってゆくのを、私はじっと、じっと見つめていた。


山手線
E231500番台電車 山手線恵比寿駅~渋谷駅にて 2011.4.15
by railwaylife | 2011-04-22 23:45 | 山手線 | Comments(0)

散りかけの風景

 桜の花の風景は、花が散り始めるとすぐに汚れてしまう。

 鮮やかな一色だったのに、そこへ泥をかけられたように、他の色が入ってくる。あれは、紅色のガクがあらわになってくるから、汚れたように見えるのだろうか。

 そうなってしまうと、何だか花を眺めるのがいたたまれなくなる。それで「もう桜も終わりだな」とか言って、桜を見たり撮ったりするのをやめてしまう。

 そして、花が散るというさまへ目が行くようになる。風が吹いて、花びらがパーッと散るさまなどは、満開の眺めよりも美しいと言われたりもする。そんなときにはもう、桜の木そのものへの関心は薄れている。

 しかし、花が散るときは、木の方もどんどん表情を変えている。花びらを一枚一枚、減らしていくからだ。そんな木の表情の変化も、私は楽しむべきだと思った。

 もっとも、どんなに激しい花吹雪に出会ったとしても、見るからに桜の木全体の様子が変わっていくのがわかるということは、あまりないだろう。それほど短い時間で、木の表情が明らかに変わっていくわけではない。

 それでも、たとえ一枚でも花びらが散れば、自分の見ている桜の風景が変わっていることには違いない。花びらが散るたびに、まさに一瞬一瞬、桜の木の様子が変化していると言える。

 だから、満開の桜が静の風景であるのに対して、散りかけの桜の風景は動の風景であると言える。

 そんな動の風景を、一瞬一瞬の風景を、見逃すまいと思って、私はこの場所の散りかけの桜の木をじっとじっと、見つめていた。
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 私はいま、わずかに散り残った桜花を前にして、最後の一枚の花びらが散るところまでその一瞬一瞬の風景を見届けてやる、というくらいの気概で、日々桜の木を眺めている。


中央本線大久保駅~東中野駅にて 2011.4.13

by railwaylife | 2011-04-21 07:44 | 中央本線 | Comments(0)