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地震の日

 ようやく、その日のことを少し書いてみようかという気になった。

 2011年3月11日、東京でも今まで経験したことのないような大きな揺れを感じた。

 交通機関はマヒ状態になった。職場待機せよという政府からの指示もあったようだが、私の勤務先では明確な指示もないままであった。そんな中で、当日中の交通機関の復旧が無理と見極めをつけた人は、歩いて帰るために早々に職場を後にしていた。一方で、帰宅することをためらう人もいた。それぞれの帰途の、距離的な問題もあっただろう。

 私は徒歩での帰宅ルートを地図で確認だけして、職場を出ることにした。どのくらい時間がかかるか想像もつかなかったが、とにかく私は職場のオフィスを出たかった。度重なる余震で船酔いのようになって気分も悪かったので、とにかくもうそこにいる気はせず、外気のある表へ飛び出したい気分であった。もっとも、このときの状況で、私が職務を離れられる状態にあったということは、幸いであった。業務の内容によっては、職場を離れたくても離れられなかった人が世の中には大勢いたと思う。

 外に出て、とりあえず職場の最寄り駅に行った。数本のバスは動いていたが、方向がまるで違い、乗るだけ無駄であった。夜も早い時間なのに、灯りを消して真っ暗な表情になった中央線のE231系やE233系が駅に佇んでいる姿を目にしたとき、ひどく不気味な感じがしてきた。

 帰途の手段を失った人々でごった返す駅前で、私はもう一度地図を確認し、徒歩での帰宅の第一歩を踏み出した。

 幹線道路沿いをひたすら歩いた。無心で歩いた。車道の渋滞と、歩道に溢れる異様な人並にとまどいつつも、沿道にある公衆電話を探し続けた。携帯電話もつながらず、メールも届かない状況の中で、家族の安否を確認するには公衆電話しかなかった。探してみると、公衆電話はまだこんなにも街中にあるのかと驚いた。ただ、どの電話ボックスにも行列ができていて、空いている電話を探すのには苦労した。時間をかけて列に並んで家族に連絡をつけるか、それとも先を急ぐべきか、ずいぶんと悩んだりもしたが、途中何回か電話を家族に入れつつ、ひたすら歩いた。

 ひどくひっそりとした京王線や小田急線の線路を越え、次に東急世田谷線の線路が見えてくると、動く電車の姿が現れた。試運転のようであったが、私はその姿にほっとしたものであった。

 この辺りまで来ると、もう見慣れた風景であったので、先も見えてきた。それで一気に自宅まで歩き切った。

 期せずして私は、毎日のように通っている職場から自宅までの距離というものを実感することになった。それは、歩いた距離が何キロだったとか、何時間かかって歩いたとかいう尺度ではない。そんなものはどうでもいい。その距離を実感したのは、他ならぬ自分の足である。確かに歩き続けた自分の足だけが、距離を感じ取っていた。

 乗り物や、電話や、メールや、インターネットは、距離を縮めてくれる。遠くの場所も、近くのように感じる。その利便性は、本当にありがたいものだけれど、ひとたびそれが使えなくなったとき、自分自身は何もできないように感じた。己の無力さと、いかに自分が便利なものに頼り、すがって生きているのかということを、今回は思い知らされた。本当に思い知らされた。

 幸いにして家族は、みなそれぞれに夜のうちに帰宅することができた。そして、長い一日が終わった。




 この三日間、東北の被災地の状況を目にするたびに、本当に本当に、いたたまれない気持ちになる。そして、その気持ちを表す言葉も、これ以上見つからない。

 今はただ、一人でも多くの方が救われることを、切に切に願うばかりである。

by railwaylife | 2011-03-13 20:25 | 生活 | Comments(2)

さらばキハ58系

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 今週土曜日のダイヤ改正を機に、JR西日本の高山本線からキハ58系が定期運用を離脱するという。これで、キハ58系の定期運用は全国から完全に消滅するそうだ。 

 だいぶ以前にこのブログに載せた「キハ58系の思い出」という記事に綴っているように、私にとってキハ58系は、子供の頃からディーゼルカーの代名詞みたいな存在であった。昔はどこの非電化区間に行っても、キハ58系の顔があったからである。そんなキハ58系に何度も乗るうちに、憧れの車両の一つになったことは確かである。私にとって非電化区間の線区に乗るということは、旅であった。その非電化区間で現れるキハ58系への憧れは、旅への憧れでもあったと言える。

 時を経て、そのキハ58系も老朽化などを理由に次第に数を減らしていき、だんだんと稀少なものとなっていった。

 それで私は、先の記事に「叶うことならいま一度、キハ58系の車内からローカル線の車窓をゆっくりと眺めてみたいものである」などと綴っていたが、結局その機会もないまま、今回の定期運用消滅を迎えることとなってしまった。

 では、私が最後にキハ58系に乗ったのはいつだったかとさかのぼってみると、なんと八年前の2003年8月18日のことであった。山陰本線の快速「とっとりライナー」での乗車であった。

 この日のキハ58系乗車は、ごく短い区間でのことではあった。しかし、私はこのときすでに、これがキハ58系に乗る最後の機会になるかもしれないとは思っていた。それで、短いながらもこの車両の雰囲気をしっかりと味わっていたものである。

 結局それが本当にキハ58系の乗り納めとなりそうだが、自分で「これが最後かも」と思って乗っていたことは良かったのかもしれない。そう思っていなければ、また未練がましく「惜別乗車をしたかったものである」とか言い出しそうだからである。

 ただ、もうこの車両に乗ることはできなくても、これから先もいつでも見られるようにはしてもらいたいものだと思う。それは単に、私にお気に入りのディーゼルカーであるから、ということからだけではない。キハ58系が日本の鉄道の歴史の中で果たした役割も大きかったと思うからである。

 キハ58系の登場により、電化・非電化の別を選ばず、全国各地の線区に急行列車網が張り巡らされたと言えるだろう。また、急行運用を外れた後も、各地の非電化路線でローカル列車として活躍してきた。文字通り地域の足となっていたわけである。そういう意味でキハ58系は、ここ五十年の日本の発展に少なからず寄与してきたと言える。

 そのことを考えれば、この車両は鉄道博物館の展示車両のラインナップに加えられてもおかしくないくらいの価値があると思う。もちろん屋外などではなく、屋内のヒストリーゾーンで保存することである。まさに日本の鉄道の歴史を語るのに欠かせない車両であろう。

 だから私は、その歴史的価値から、キハ58系を鉄道博物館に並べるべきだと思っている。

 そうなれば私も、いつでも思い出ののディーゼルカーに会うことができるようになるというものである。


キハ58系快速「とっとりライナー」 山陰本線倉吉駅にて 2003.8.18

by railwaylife | 2011-03-10 22:48 | JR西日本 | Comments(2)

修学旅行列車

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 私にとっての修学旅行列車は、中学・高校ともに0系新幹線電車であった。

 中学の修学旅行は、定番の京都・奈良で、東京駅から京都駅まで新幹線を利用した。これは、私が初めて近畿地方を見物した機会であり、京都という街への憧れを形成する契機にもなったと言える。

 そして、高校の修学旅行は、山口県と九州北部であった。

 この修学旅行における最初の見学地は萩であり、行きは東京駅から小郡駅まで新幹線を利用した。小郡からはバス移動となり、萩から九州に入って、福岡・佐賀・長崎・熊本・大分と回った。熊本の菊池温泉や、大分の日田など、ちょっと変わったところに泊まった覚えがある。

 そしてこのとき私は、長崎と大分の初入県を、鉄道ではなくバスで果たすという「屈辱」を味わっている。鉄道のある県なのに、その記念すべき第一歩を鉄道で刻めなかったとは、何とも悔やまれることだったからである。

 ただこの後、寝台特急「富士」のおかげもあり、私は一人旅で大分には列車で何度も入県することができ、その旅によって磨崖仏の魅力にも惹かれ、今や大分は憧れの地になっている。

 片や長崎県は、この修学旅行以来足を踏み入れておらず、未だに鉄道での入県を果たしていない。そのことは、私の心の中にずっと引っ掛かっている。また、その長崎への列車での初入県は絶対に寝台特急「さくら」で、と決めていたのに、もはやそれも叶わなくなってしまった。返す返すも、私の怠惰が悔やまれるが、今はせめて、新幹線なんぞができる前に、在来線の特急「かもめ」で長崎入県を、と思っている。

 さて、そんな悔しい思いもした高校の修学旅行であったが、帰途は博多駅から0系に乗り、東京駅へ向かった。これは、私が0系で東海道・山陽新幹線を乗り通した唯一の機会となった。今にしてみれば、大変貴重な経験だったと思うが、団体旅行なので騒々しくて車窓などを楽しむ余裕もなく、ざわざわしているうちに東京駅に着いてしまったような気がする。




 それから時はずいぶんと流れ、私の修学旅行も遠い記憶の彼方に行ってしまったいま、首都圏の修学旅行列車には、波動用へと成り下がった183系・189系特急型車両が、昔ながらのクリーム色のボディに赤帯という出で立ちで用いられている。シーズンともなれば、そんな修学旅行列車を私は日常の中で時折目にすることもある。

 そのとき私は、平成生まれの児童生徒諸君が、国鉄を代表するような特急型車両で修学旅行に出ることができ、さぞ感慨深いことだろうと思いながら、羨ましく列車を見送っている。

 いや、何を言っているのだ、今の子供たちが国鉄を知っているとは思えないし、国鉄型車両と言われても、何のことだかわからないだろう。

 だいたい、修学旅行でどんな列車に乗ったかなんて、ほとんど誰も覚えていないものだ。修学旅行の思い出と言えば、気になるあの子と自由行動で同じ班になれたとかなれなかったとか、宿舎で就寝前にやった枕投げ戦争とか、消灯してから周りの布団の人とクラスのどの子が気になるとか話したこととか、その話題が次第にヒートアップして見回りの教師の耳に届き、部屋の全員が連座で廊下に引っ張り出されて正座させられたとか、そんなことである。

 だから私が、183系や189系を見ながら、修学旅行生がさぞや感慨深いだろうなどとしみじみ感じていても仕方ない。彼らの関心は、乗った列車の形式などにはなく、全く別のところにあるに違いないからだ。国鉄型が、とか言ってみても無駄である。




 もったいないことだ。


189系集約臨時列車 山手貨物線大崎駅~恵比寿駅にて 2010.6.12

by railwaylife | 2011-03-09 22:41 | JR東日本 | Comments(0)

老朽化により

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 さっき、ネットのニュースを見ていたら、新幹線のE1系・E4系が五年後を目途に全廃する方針になったと書かれていた。

 その理由として「老朽化進み」という文句が挙げられていた。特異な車体構造が利用しにくいという乗客の声も車両の置き換えを決める後押しになったようだが、それにしても「老朽化」でもう引退とは「あんた、いくつやねん」と言いたくなってしまう。

 なんだか、世の中の移り変わりの早さをまた改めて実感させられた気がする。昔の車両のように、長く長く自分の人生に関わって、思い入れを強くするということはもう、できないのかもしれない。


新幹線E1系電車 東北新幹線大宮駅にて 2011.2.11

by railwaylife | 2011-03-09 22:26 | 新幹線 | Comments(2)

多摩川の300系

 多摩川橋梁は、私が東海道新幹線を見送るのに最も手軽な場所だ。そして、私が新幹線に旅心を乗せる場所でもある。西へ向かう列車が東京を脱し、いよいよその足取りを速めるところだからだ。なかなか東京を脱け出せない私が、西への想いを旅立たせるには格好の場所だ。

 そんな場所で私は、いま注目の300系も見送る。
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 できるだけ多くの風景の中で300系を眺めておきたいと思っている私にとっては、この多摩川を渡る300系も、記憶に留めておきたい風景である。


新幹線300系電車
「こだま」654号 東海道新幹線品川駅~新横浜駅にて 2011.2.27

by railwaylife | 2011-03-07 23:14 | 300系 | Comments(0)

梅見9000系

 二月最後の土曜日、東急大井町線に乗っていたら、車窓に白梅が見えた。

 その白梅がずっと気になっていたので、翌日曜日に近くまで行ってみた。等々力駅のそばである。
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 白梅があるのは、線路際の生産緑地地区であった。さまざまな草木が植えられている場所である。こういうところは「植木溜め」というのだと、私は幼い頃から聞かされていた。

 そんな「植木溜め」は、私の家の近所にも昔はあちこちにあったが、最近は次第に宅地へと変わってしまっている。その分、街の緑も少なくなってきている。

 そうやって今や貴重になりつつある「植木溜め」が大井町線の車窓に現れ、そして白梅が楽しめるというのは、嬉しいことである。

 ところで、この「植木溜め」には紅梅もあった。しかもそれは、白梅よりも線路に近いところにあった。ただ、それはまだ蕾であったので、車窓から見ていてはその存在に気付かなかった。

 また、梅の手前には別の花もあった。
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 沈丁花、だろうか。これもやがて色が付き、いい香りがしてくるだろう。春を告げる匂いで、私は好きだ。

 その沈丁花や紅梅が咲き揃うときに、またここを訪れてみたいものだ。

 そんな想いにふけっていると、白梅の横を9000系電車が勢いよく駆けて行った。
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東急9000系電車(9007F) 東急大井町線等々力駅~上野毛駅にて 2011.2.27

by railwaylife | 2011-03-06 23:11 | 東急9000系 | Comments(0)

カワヅザクラE259系

 私が見つけた「陽のあたる場所」で、どうしても見送りたい車両があった。

 それは、最近ずっと熱心に追いかけている特急「成田エクスプレス」のE259系である。移りゆく季節の中、さまざまな風景の中でE259系を見送りたいと思っている私にとって、この「陽のあたる場所」にある河津桜越しに往くE259系という構図は、どうしても見てみたい風景であった。

 それで私は、E259系がやって来る時刻に合わせて「陽のあたる場所」へ行った。

 この日は横須賀線で車両点検があった影響で、ここを通る山手貨物線にもダイヤ乱れが波及していたが、幸い数分程度の遅れのようであった。私が待ち構えた「成田エクスプレス」27号も、四、五分ほどの遅れでやって来た。そのときまさに、私の思い描いていた風景が現れようとしていた。

 しかし、実際の風景の中には、想定外のものが入っていた。それは、道端に止められた大きなトラックである。その車体が、E259系を見えづらくしてしまっていた。
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 思いも寄らぬことで、私の頭の中にあった風景と、目の前にある風景が違ってしまった。だが、そんなにがっかりすることもない。なにせE259系は、三十分おきにここを通る。だから、三十分待てばいいだけのことだ。それまでにトラックも移動していることだろう。そうすれば、私の思い描いた風景が現れるはずだ。

 こういうところが、このE259系の追っかけのいいところでもある。一日一本しか走っていない車両となれば、その一瞬に賭けるしかない。でも、運転本数の多いE259系なら、やり直しがきく。

 そして、三十分なんて、花を愛でていればあっという間である。
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 その間にも、上りのE259系が並木に咲いたたくさんの花をかすめて行く。
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 そうやってしばらく花を眺めている間に、多くの人が通りかかったが、花を目にした人たちの反応は実にさまざまであった。だいたいの人は、最初に「何の花だろう」と言う。ただ、木に掛けられた「カワヅザクラ」という名札を見て納得する人もいれば、名札に気付かないまま行ってしまう人もいた。

 また、ある人は「わあ、きれい」と何度も早口で唱えながら、足早に過ぎ去って行った。きっとその人は、本当はじっくりと眺めたいのに、時間がなかったのだろう。発せられた「わあ、きれい」という言葉に、何とも実感がこもっていたからである。私はその人が、いつかゆっくりとこの花を眺められればいいなと思った。

 さて、再び私の思い描いた風景が現れる時刻となった。もう、トラックはいなかった。そして、今度のE259系はほぼ定刻通りにやって来た。私は、想いを込めて、そのときを待った。

 やがて、ついに待ち焦がれた風景が現れた瞬間、私は桜越しの白と赤の車体を捉えた。
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 最初のときより花が少なくなって空が大きくなってしまったが、まあよい。青い空も、この「陽の当たる場所」の大事な要素である。

 撮り終えてカメラから目を離した私は、桜越しに往くE259系を、ただただ見送っていた。

 思えばこのE259系を追い始めたのは、昨年の初夏の頃であった。それからもう、いくつかの季節が過ぎ、さらにまた今、新しい季節を迎えようとしている。河津桜越しに往くE259系を目にしてそのことに気付いた私は、この車両を通して見てきた季節の変化を、改めて実感したものであった。


E259系特急「成田エクスプレス」
1枚目 成田エクスプレス27号 山手貨物線渋谷駅~新宿駅にて 2011.2.26
3枚目 成田エクスプレス20号 山手貨物線渋谷駅~新宿駅にて 2011.2.26
4枚目 成田エクスプレス29号 山手貨物線渋谷駅~新宿駅にて 2011.2.26

by railwaylife | 2011-03-05 19:17 | E259系 | Comments(0)

A PLACE IN THE SUN

 先週の火曜日、私は「春を見逃すな」などと言って、通勤途中の車窓に見えた花を、わざわざその場所まで見に行ってみた。

 その花は、車窓から見ているときは何の花かわからなかったが、近くに行ってみると河津桜であることがわかった。

 そのときの気持ちを私は、こんなふうに綴っていた。



 たった一本だけれど、都会にもこの花は在る。伊豆まで行かなくても、この花は在る。リゾート21に乗らなくても、この花は見られる。身近な場所にも、探せばちゃんと春は在るじゃないか。

 ただ、ビルの谷間にひっそりと在るこの花には朝日が届かず、その表情は暗い。

 でも、ここが「陽のあたる場所」になったとき、また来ればいいだけのことだ。




 それで私は、この河津桜のあるところが「陽のあたる場所」になるだろうと思った土曜日昼に、再訪してみた。
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 そこには、思った通りの風景があった。私が心に描いた通りの風景があった。花が、明るい表情をしていた。花の色が、鮮やかさを増していた。それだけで私は、この上なく嬉しかった。本当に、嬉しかった。

 そして、前回訪れたときはたった一本しかないと思っていた河津桜が、実は何本もあることにも気付いた。

 それはビルの反対側にあった。ちょっとした河津桜の並木が、そこにはあった。
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 この前来たときは通勤の途中で余裕がなかったから、この並木には気付かなかった。でも、休日の今回は時間にも気持ちにも余裕があったから、気付くこともできた。

 その並木に咲いた、たくさんの花の向こうを、湘南新宿ラインのグリーン車が過ぎてゆく。
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 きっとグリーン車の車窓も、河津桜色に染まっていることだろう。そんな車窓がこの都会の只中に現れるというのも、嬉しいことである。

 私は、嬉しくて仕方がなかった。以前にここへ来たときに思い描いた風景が、本当に目の前に現れたからである。だから、この場所の空気も、花の色も表情も、青い空も、列車が往く風景も、すべてが心地よく感じられた。そこは、まさに私にとっての「陽のあたる場所」になっていた。

 この「陽のあたる場所」という言葉に込められた意味はもちろん、そこに日差しが当たっているか、いないか、ということだけではない。自分の心に、陽があたっているか、いないか、ということも含まれている。自分がその風景を見て嬉しいと思えばそこは「陽のあたる場所」になる。そんな私にとっての「陽のあたる場所」すなわち「A PLACE IN SUN」を、たくさん見つければいい。そしてその場所を、いつも心に描けばいい。


 There's a place in the sun
 And before my life is done
 Got to find me a place in the sun


(Stevie Wonder『A PLACE IN THE SUN』)



山手貨物線渋谷駅~新宿駅にて 2011.2.26

by railwaylife | 2011-03-02 08:10 | | Comments(0)

アロエE259系

 E259系の往く風景を眺めようと、品鶴線の線路沿いを歩いていたら、珍しい植物を見かけた。なぜそれが線路沿いにあるのか知る由もなかったが、私はその植物越しにE259系を捉えることにした。
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 アロエ越しに往く、E259系である。

 一応、花らしいものの紅色もあったが、もう盛りは過ぎていただろう。でも、私は別にこの花にはあまり興味がないので、よしとしたい。それよりもこの、異国っぽいトゲトゲの葉越しにE259系の往く風景が、何とも違和感があって面白かった。

 アロエの花が咲くのは一応、冬のこととされている。とは言え、このアロエの花を見たからと言って「ああ、冬だな」とどのくらい感じられるかというと、ちょっと微妙である。少なくとも、水仙や椿を見たときよりは冬らしさを感じられないだろう。

 だから、このショボくれたアロエの花越しのE259系を捉えたところで、どれだけ季節感を表すことができたかはわからない。E259系が往く風景に季節感を求めている私としても、あまりいい風景とは思えなかったが、こういう何か奇妙な物越しのE259系という風景を楽しむのも、面白いかなという気がしてきた。

 何にしても、たくさんの風景を探し、眺め、それを楽しむことである。


E259系特急「成田エクスプレス」
成田エクスプレス13号 品鶴線品川駅~西大井駅にて 2011.2.12

by railwaylife | 2011-03-01 07:43 | E259系 | Comments(0)