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2010年総括

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 昨年、一昨年と、一年の終わりにその年の総括をこのブログに掲載している。そんな一年前、二年前の自分に倣い、今年も2010年総括を書いてみようと思う。

 今年は何だかいろいろなことがあったような気がする。

 いや、それほど多くのことはなかったのかもしれない。いろいろあったように感じるのは、このブログを書き過ぎたからである。

 今年最初の記事である1月9日の「払暁の上野駅」から、昨日の「歳末築地行」という記事まで、数えてみるとその記事数は323に上る。

 今年2010年が始まるまでの三年半の間に、このブログに書かれていた記事数が265であったから、この一年でブログのボリュームが倍以上になったことになる。それを考えると、本当にたくさんの記事を書いたなと思う。何にしても、今までの私に比べればやりすぎた。

 そんなたくさんの記事をこの年末に読み返す余裕もなく、今の私にはどの記事が一番良いかということは言えない。また「今年一番の思い出はこれ!」と言えるものも見つけられない。

 だが、今年一番の出来事と言えば、実はこのブログをこれだけ書いた、ということなのではないか、という気がしている。

 もちろん、たくさん書けば良いというものでもない。量が増えた分、質が下がっているかもしれない。

 ただ一つ言えるのは、これらの多くの記事を書いたことによって、私がこの「2010年を確かに生きた!」と実感できるということである。それは、私にとってはとてもとても大切なことである。




 ところで、私にとってのこの一年は、あることに悩み続けた一年間でもあった。その悩みの元の症状とでもいうべきもの、いや、医者によればそれには立派な病名が付けられているから、病気と言ってよいのだろうが、とにかくそれは、何も今年になって始まったことではない。しかし、今年はそれに悩まされることが顕著になったと言える。

 それだけに、今年の私は、常に不安でもあった。そんな不安のことは、あまり直接的にこのブログには書かなかったし、書く必要もなかったのかもしれないが、実はその不安を取り除くために、このブログに記事を書きまくったのだと思う。私にとって、文章を書いて自分を表現するということは、ある意味で「救われること」だからである。

 もちろんこの病気のことはいろいろな人に相談し、また病院にも通い、さまざまな検査や治療を通して、不安を取り除こうとしてきた。だが、結局はまだ症状が改善がされていない。だから、来年も引き続き、このことに悩まなければいけない。来月にはまた、別の病院へ行く予定にもなっている。

 それで来年も私の不安が続くだろうし、その不安を取り除くために文章をたくさん書いていくかもしれない。とは言え、来年も今年ほどたくさんの記事が書ける自信はない。

 だが、そもそも、年間の記事数などを競う必要がない。また、不安だからとか不安じゃないからとか関係なしに、自分の思うままに文章を書いていけばよい。それだけである。 





 さて、理由はなんにせよ、記事数が多くなったために、今年はブログのアクセス数も格段に増えた。私の長ったらしい文章をどれだけの方が読んでくださったかはわからないが、混沌としたインターネットの世界の中で私のブログに行き着き、目を通してくださった方には心から感謝したい。私は、今年このブログを見ていただいたすべての方に、この場を借りて御礼を申し上げたい。

 この2010年という年に、この拙い私のブログをご覧いただき、本当にありがとうございました。


今年のお気に入りの場所と車両で撮り納め
E351系特急「スーパーあずさ」14号 中央本線中野駅~東中野駅にて 2010.12.31

by railwaylife | 2010-12-31 15:10 | 生活 | Comments(2)

歳末築地行

 昨日の朝、歳末恒例の築地買い出しに出かけてきた。正月の食材を求めての買い物である。

 以前の「玉子焼きと300系」という記事に書いた通り、この年の瀬の築地を訪れることは、毎年まさに「年暮る」を実感する機会でもある。

 子供の頃は、歳末という時期が、一年の中で一番好きであった。それは、クリスマスプレゼントがあるからとか、もうすぐお年玉がもらえるからとか、そういう理由ではなく、単に歳の押し詰まっていく雰囲気が好きなだけであった。

 だが、歳をとった所為なのか、はたまた時代の所為なのか、最近は一年間が平坦になり、歳末の雰囲気も感じにくくなってきた。それだけに、この築地への買い出しは貴重な時間ともなってきた。それで私は今年も、早朝から勇んで出かけた。

 去年までだと、こうして築地へ出かけるときには、冬の早朝の寒さが応えたものだが、最近休日の朝によく出歩いている所為か、今年はその寒さがあまり気にならなかった。

 家の最寄り駅から東急東横線に乗る。朝早いことと、年末年始の休みに入った人も多いようで、電車は思ったよりもすいていた。その車内に、朝日が眩しく差し込む。

 中目黒駅で日比谷線に乗り継ぐ。幸いに中目黒始発の電車に着席できた。築地まではけっこうあるので、居眠りでもしていこうかと思いつつ発車を迎え、すぐに一つ目の恵比寿駅に着いた。その恵比寿駅で電車のドアが閉まりかけたとき、私は重大な事実に気が付いた。

 今年は築地で玉子焼きを並ばずに買おうと、事前に予約をしていた。その予約した玉子焼きの受取に指定したのが昨日29日であり、それに合わせて私は築地へ向かっていたわけだが、肝心の玉子焼きの引換券を家に忘れてしまっていた。

 はっとなったが、すでにドアは閉まりかけていて、降りるわけにもいかない。引き返すにしても、次の広尾駅まで向かうしかなかった。

 それにしても、行列に並ぶ時間を節約し、短時間で確実に品物を手に入れようとわざわざ予約をしたというのに、その予約引換券を取りに帰ったりしたらそれこそ時間のロスである。かと言って、このまま行っても、品物を確実に入手できるとは限らない。すでに売り切れていることだってある。

 それに私は、また重大な事実に気付いた。玉子焼きの予約は前払いだったということである。これは、引換券を取りに帰るしかない。それで広尾駅でおとなしく下車し、ガラガラの中目黒行きに乗って、来た道を戻った。

 事前に予約までし、その予約の当日には引換券を忘れてこうして引き返すとは、用意周到なんだかそうじゃないんだか、自分がよくわからなくなってきた。そんな自分がひどくおかしかったし、愚かしくもあった。ただ、広尾で気付いて良かったと思った。もし、築地の雑踏の中で忘れたことに気付いたりしたら、それこそ絶望しただろう。

 中目黒駅で素早く東横線に乗り換え、地元の駅に戻り、駅から自転車を駆って自宅へ急行した。走りながら私は、これは豊臣秀吉の「中国大返し」ならぬ「広尾大返し」だな、などと思い、一人で悦に入っていた。すると、私の中にいる一人の自分に「巧いこと言うねえ」と褒められたように感じたが、もう一人の自分には「なにバカなこと言ってんだ」と頭をはたかれたような気がした。

 帰宅してすぐに引換券を手にし、定期入れに押し込んだ。秀吉が「中国大返し」で手に入れたのは天下であったが、私が「広尾大返し」で手に入れたのは玉子焼きの引換券だけであった。しかも、またすぐに同じ道を行かなければならない。

 気を取り直して自転車に乗り駅へ向かう。私は何だか、中目黒駅から日比谷線に乗るのが「ゲンが悪い」ような気がして、渋谷駅から銀座線で銀座駅まで行き、そこから日比谷線に乗ろうかと思っていた。同じ道を行くのも嫌だったし、また恵比寿を出るときに忘れ物に気付きそうな気がしたからである。

 しかし、そんな私の気持ちをあざ笑うかのように、駅に着いた途端やって来たのは日比谷線直通の北千住行きであった。これでは、中目黒駅から日比谷線を利用するほかない。ホームに滑り込んできた東京メトロの03系が、目を吊り上げながら「なぜ築地へ行くのに日比谷線に乗らぬのか」と怒っているような気もした。私はおとなしく03系に乗り込んだ。

 時間が遅くなってしまったので、電車も混み合っているかと思ったが、さほど乗客は多くなく、ゆったりした気持ちで築地まで向かうことができた。やはり、地元の駅から一本で築地へ行けるのは楽であった。

 ようやく築地に着いた。
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 当初の予定より、広尾までの往復にかかった四十分の遅れとなった。日もだいぶ高くなってしまったが、気を取り直して場外市場の雑踏に歩を進める。

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 遅れた分、急がなければと思うが、それはもったいない。せっかくだから、ゆっくりと場外市場の雑踏を味えば良い。

 もちろん、買うべきものは決まっているし、買う店もだいたい決まっている。でも、それを機械的にこなしていくだけではなく、その店へ向かうまでの風景を楽しもうと思う。買う買わないは別にして、こんなものが売っているのか、とか、これは高いな、とか、これは安い、といった感じで、正月の食材が売られる風景を楽しめば良い。

 それにしても、昔に比べれば最近は歳末の築地の混雑が緩くなったなと思う。子供の頃から父に連れられて毎年のようにこの築地へ来ていたから、私にはよくわかる。三十年近く前は、場外市場内の道がどこもぎゅうぎゅうで、子供の私には本当につらかった。前から来る人とぶつかり、後ろから来る人に押されながら、父に付いて行くのがやっとであった。だから、子供の私にとって、築地へ行くということは、実は楽しみでもあり怖いことでもあった。でも、それだけに築地では、冒頭に書いたような歳の押し詰まる感じを強く得たものである。

 そんな昔の築地に比して、最近の築地場外市場は人が少ない。局地的にはぎゅうぎゅうに人が行き交う場所もあるけれども、そうでない場所も多い。以前は、どこへ行っても混んでいるという印象であった。

 だから、昨日の築地も、私にしてみれば「すいているな」という感じがした。道行く人の中には「死ぬほど混んでいるな」などと漏らす人もいたが、そんな感想を言っているようではまだまだ甘いなと思う。

 でもその分、昔よりもゆったりと築地の雰囲気を感じられるようになった。それはそれでまた、たっぷりと「年暮る」さまを味わえる状況であるとも言える。
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 私は次々と目的のものを買い求めながらも、いろいろな正月の食材を冷やかして歩いた。そして、予約をした玉子焼きの店にも行った。予約者専用の受付があり難なく玉子焼きを入手できたが、見れば一般の購入者の行列もさほど長くなかった。ここ数年は、店のずいぶん離れたところに「最後尾」というプラカードを持った人がいて、長い長い行列が続いていたというのに、今年は店の前にちょろっと並んでいるだけである。予約した意味は、あまりなかった。まあ、そんなもんである。

 玉子焼きの予約をめぐる問題は忘れて、次の買い物をする。実は今年初めてのミッションとして、数の子を買うということがあった。今までこの築地では、数の子を買ったことがなかっただけに、どこの店でどれくらい買えばよいかということがまったく見当が付いていなかった。わが家ではそんなにたくさん要るものでもなかったが、店々の黄色い塊を見て行くと、けっこう量があって値段も高い。中には少量のものもあったが、そういうものは細切れにしてある。私はあまり好んで食べないからわからないが、数の子というのは大きな塊にかじりついて、その歯応えを楽しむ食べ物なのではないか。そう思った私は、細切れの数の子には手を出さなかった。そのうちにようやく、細切れになっていなくて量も少ないものを見つけ、それを購入した。

 買うべきものが揃ってみると、かなりの量になっていた。今年は自分たち夫婦の分と実家の分に加え、友人夫婦が年越しのときに遊びに来て一緒におせちを作るというので、その友人の家の分も買い、例年以上の買い出しであった。

 そんな重い荷物を抱えて、場外市場内のラーメン屋へ向かう。買い物の後、この築地で何か食べるというのも、この買い出しに来る楽しみの一つである。

 昔から買い出しのたびによく来ていた店へ行った。ここも以前は混んでいて長い行列があり、ラーメンにありつくまでにだいぶ待たされたものだが、行ってみると数人が並んでいるだけであった。待つほどもなく、熱いラーメンを手にできた。別にお店の人気がなくなったとか、そういうわけではないだろう。場外市場を訪れる人の数が減っているのだと思う。

 新大橋通りに面したその店は、調理場があるだけの小さな店で、店頭でラーメンを受け取った人は、歩道と車道の間のスペースにある台の上で立ち食いをする。そこまで、熱い丼を両手にして人通りの多い歩道をすり抜けて行くというのが、ラーメンにありつけるまでの最後の難関である。

 無事にこぼさず歩道の人ごみをくぐり抜け、ようやくラーメンを口にする。朝からどうしてもラーメンを食べたいというわけではないけれども、これは、買い物で冷え切った体を温めるという意味と、朝早くから買い出しをしたことの労をねぎらうささやかなご褒美という意味もあると思う。そんな意義付けをしながら、熱いラーメンをかきこむ。

 ラーメンを食べ終われば、この歳末の築地の買い出しは完了である。築地駅から日比谷線に乗り、すいた車内でぼうっとしながら暗闇を過ごし、中目黒の手前で地上に出て高くなった日に照らされたとき、私はいよいよ歳が押し詰まってきたなあと感じたものである。

by railwaylife | 2010-12-30 21:26 | 生活 | Comments(2)

長さ二倍 2

 知らない、ということは恥ずかしいことである。ましてや、その知らないことに気付かずに、人と話をしたり、ブログに記事を書いたりすることは、まさに「恥の上塗り」である。

 しかし、これだけ情報が溢れている現代にあって、すべてを知るということは、それこそ神様にでもならなければ無理だ。特に私がこのブログで扱っているような趣味の世界は、所詮プライベートなものであるし、仕事や資格試験の勉強で必要な知識や技術のように正確さや緻密さがそこまで求められるものではない。いや、求めようとしても、せわしない日常の中でその完璧さを求めることは、正直言って難しい。

 とは言え、世の中にはどんなことにでもその道の達人とでも言うべき人がいて、私などがここによく知らないままでいい加減なことを書いたりすれば、そんな人たちに「何を言っているのだ」と蔑まれてしまうだろう。

 また、以前にも書いたことだが、インターネットという世界にこうして何かを書く以上、それを誰が何処でどのように活用しているかは計り知れないということも肝に命じておかなければならない。

 そういう意味で、たかがブログ、されどブログであって、知らないで適当なことは書けないなと思ってしまう。

 とは言え、やはり個人がやっているブログには限界がある。もちろん、私が自分を表現する手段として、このブログは大切にしているけれども、仕事だ家事だ何だという中で片手間にやっているというのが現実である。だから、情報の正確性、迅速性においてはどうしても甘くなるところがある。それは、受け手の側に認識していただきたいことである。


 ところで、最近の私は、知らないことに気付いたとき、その知らなかった自分というのを楽しむようにしている。そして、知ったときの自分とのギャップを面白がってもいる。

 知らないことを知るということは、利口になるということである。そして、知らないときと知ったときでは、まるで行動が違ってくる。そのギャップが、自分にとっては面白いということである。

 もちろんこれは、自分の中ですべてが完結する場合の話である。知らないことで人に迷惑をかけてしまったなら、それは素直に自分を恥じ、相手に詫びなければならない。楽しいとか言っている場合ではない。また、知らなかったことで不利益を被ったがために、自分に腹を立てたり、あるいは開き直ったりした上に、相手に責任を転嫁することなどは言語道断である。

 しかし、知らなかったことを恥じ、後悔し、自身を責めるだけでは、自分のためにもならない。自分が塞いでしまう。それよりも、知らない自分を笑えばよい。そして、知らないことを知った今の自分を認めればよい。少しは利口になったということである。それからまた、知らなかったことを知った上で、行動の仕方を変えればよい。今まで知らないで行動していたときより、ずっとその行動が楽に、また有益になってくるはずである。そのときに、今まで苦労していた自分と今の自分を比べて楽しめばよい。なあんだ、こんなことだったのか、という「気付き」である。その「気付き」が自分にとって大切だ。


 さて、私は何を長々と書いてきたのかといえば、要するに「知らなかったことを知った」という出来事があっただけのことであり、それを弁明するためにだらだらと言い訳じみたことを書いてみたまでのことである。それもようやく気が済んだので、そろそろ本題の「知らなかったことを知った」という話に入りたい。






 今年の初夏の頃から私は、E259系という車両を追ってきた。日常に近い山手貨物線や品鶴線で頻繁に見られるこの車両を私は、ただ「見た目がカッコイイ」という理由だけで注目してきた。

 ただ、私が普段目にするE259系というのは、6両編成の小ぢんまりとした姿ばかりであった。しかし、特急「成田エクスプレス」として運行されているこのE259系は、東京駅で山手貨物線方から来た車両と品鶴線方から来た車両を繋ぎ、12両編成となって目的地の成田空港へ向かうことになる。そんな特急列車らしい長大編成のE259系を、私は見てみたいと思うようになった。

 そのためには、東京駅以東の総武本線沿線まで出向かねばならなかったが、私は夏の暑い盛りにわざわざ総武本線市川駅まで出かけて行って、12両編成のE259系を眺めたことがあった。いつも見る6両編成が、二倍の12両編成でやって来たということで私は悦に入り、そのときのことを「長さ二倍」という記事に綴っている。

 だが、実は総武本線まで行かなくても、山手貨物線で「長さ二倍」のE259系を見ることができる。東京駅で12両編成が分割されずに、すべての車両が山手貨物線に入ってくる列車があるからだ。例えば、成田空港発池袋行きの「成田エクスプレス」48号などがそれに当たる。全車両が、終点池袋まで切り離されずに駆け抜ける。

 秋の頃だったか、仕事帰りにたまたまその48号を見かけた私は、なんだ、山手貨物線にも「長さ二倍」があるんじゃないかと思ったものである。

 しかし、この48号の渋谷着は20時35分、新宿着は20時42分で、日もとっぷり暮れてから山手貨物線を走ることになる。だから、その「長さ二倍」のE259系が堂々と駆けていくさまを撮影することは、無理であった。やはり、12両編成のE259系が走る姿を捉えるには、また総武本線まで行かなければいけないなと私は考えていた。

 ところが、明るいうちに山手貨物線を駆ける12両編成のE259系もちゃんとあった。新宿発8時02分の「成田エクスプレス」13号である。これも、新宿から成田空港まで、全区間が12両編成の列車である。

 この13号が12両編成であるということを知ったのは、実はついこないだのことである。何とも恥ずかしいことであった。わざわざ総武本線にまで「長さ二倍」を眺めに行った自分が馬鹿らしくもあった。

 しかし、無理もない。私は今までこの「成田エクスプレス」13号をほとんど目にしたことがなかったからである。

 平日だと、13号が走る新宿8時02分、渋谷8時08分というのは、通勤にはちょっと早い時間である。休日の通院の途中に見るのは9時台、10時台くらいの列車だったし、どこかへ出かけるついでに眺めたりするのは、もう少し早い時間の列車であった。この8時台の13号だけが、私の目にする対象からすっぽりと抜けていた。

 でも、それが何だかおかしくもあった。また、今さらながらもそのことに気付いたという自分が良かったとも思った。これから好きなだけその13号を眺め、いわゆる「長さ二倍」のE259系を身近なところで楽しめば良いだけだからである。

 その最初の機会を私は、この前の日曜日に作った。

 さて、この「長さ二倍」を最初に楽しむ場所としてはどこがよいか。私はまた、渋谷駅近くの跨線橋を選んだ。ついこの前も、185系の回3493Mを見送ったり、貨物列車の2077列車を眺めたりしたところである。私はこの場所が気に入っている。特に、恵比寿方へ走り去る山手貨物線の南行列車を背後から捉えるのが好きだ。

 それで私は、またお決まりの場所へと朝から出かけた。回3493Mのときのこともあるので、現地には少し早めに着いた。

 出足の遅い冬の朝日はビルに阻まれ、まだ線路上に日差しは回っていなかったけれども、そんなことは気にしなかった。私の頭の中には、恵比寿駅に向けて走り去る「長さ二倍」のE259系長大編成の姿がすっかりイメージされていた。

 埼京線や湘南新宿ラインの電車を何本か見送り、ようやく「成田エクスプレス」13号を迎える時刻となった。被るかもしれないと心配した埼京線の753K普通赤羽行きも事前に走り去り、12両編成のE259系を迎える準備は整った。いつになく、カメラを持つ手が緊張していた。思えば馬鹿らしいことである。

 私がいる跨線橋の階段に一番近い線路上に、列車の迫り来る気配がした。そして目の前を、12両の特急列車がゆっくりと過ぎ去って行く。やがて、私の構えたカメラのファインダーに、その全車両が入り込んだ。最後尾の車両に、わずかながら日差しが当たった。
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 山手貨物線を往く「長さ二倍」のE259系を、巧く表現できたであろうか。

 長く弧を描き、恵比寿駅の構内へと吸い込まれて行くその列車を、私はじっと見送っていた。そしてこれからも、この「長さ二倍」を、身近なところで楽しもうと思った。

 こうして、特急「成田エクスプレス」13号が12両編成であることを知った私は、また一つ自分の楽しみを増やした。それは、こうやってブログに長々とした記事を書くほどのことではないかもしれないが、そのことを知らない私よりは、ずっと幸いだと思っている。


E259系特急「成田エクスプレス」
成田エクスプレス13号 山手貨物線恵比寿駅~渋谷駅にて 2010.12.26


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by railwaylife | 2010-12-29 21:35 | E259系 | Comments(0)

師走の課題

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 クリスマスもあっという間に終わり、2010年もいよいよ残り少なくなってきた。

 せわしない日常の中で、下らないことから大事なことまで、今年やろうと思っていたことがまだいろいろできないままでいる。そんな怠惰な自分を相変わらず責めつつも、できなかったんだから仕方ないという気もしている。

 ただ、そういう中で、できれば今年のうちに片づけておきたいと思ってきたことがある。それは、この秋の旅日記をまとめ、ブログに掲載することである。

 旅日記を書くことは楽しい。日常の中で、自分が最も憧れて止まない旅の瞬間を思い出し、その想いをまとめていくからである。単に文章を書くということが楽しい上に、その対象が憧れた瞬間のことであったなら、書く楽しみはさらに大きくなる。だから、じっくりと綴っていきたいと思う。

 しかし、旅から時間が経てば経つほど、その憧れた瞬間の想いは忘れ去られていく。日常に縛られていると、その忘却は余計に早まっていく。それは残念でならない。

 ここで言っている想いというのは、旅の途中でどこへ行って楽しかったとかつまらなかったとか、そんな単純なものではない。旅先で肌に感じた「感覚」というか「雰囲気」というか、そのとき五感のすべてで得たもののことである。それが自分の中に残っているうちに紡ぎ出される旅日記は、時間が経ってから書くものと明らかに違ってくる。だからこそ私は、年が変わってしまう前に今年の旅日記をまとめておきたかった。私は、でき得る限り、旅での想いを遺していきたい。旅は私にとって、本当に本当に大切なものだからである。

 そこで私は「この秋の旅日記を完成させる」ということを、この師走の課題として取り組んできた。そして、日常の中にあるほんんの細切れの空き時間を使って、少しずつ少しずつ旅日記を綴ってきた。

 しかし、そんな隙間の時間だけでとてもとても書き切れるものではなかった。端から見れば大した旅でもないかもしれないが、私にとっては実に壮大な旅であったからだ。

 そのため、旅日記の執筆を年内に終わらせるということが、私にとってだんだん負担になってきた。これはいけないと思った。自分にとっての楽しみが、苦しみになってはいけない。そう気付いた私は、何も今年のうちに無理矢理ブログに詰め込むことはないんじゃないかと考えるようになった。また、せわしないこの師走に慌てて綴っても、ろくなものができないだろうという気もしてきていた。

 それで私はもう、年内に今年の旅日記をすべて掲載するという目標の撤回を決意した。別にプライベートのことだから、目標が達成されなくても困る人はいないだろう。

 いや、すでにこのブログに、いくつかの旅の「イントロダクション」という記事は載せていて、これから旅日記を書いていきたいということも記しているから、もしかしたら旅日記が載るのを待ってくれている人がいるかもしれない。

 そういう方が万が一にもいらっしゃったなら、旅日記の掲載が先になってしまうことに関して、心からお詫びを申し上げたい。そしてどうか、来年の楽しみとしていただけたら幸いである。その分私も、いい旅日記が披露できるように、頑張って綴っていきたい。そして何より、自分が納得のいくような形の旅日記を載せられるようにしたいと思う。

by railwaylife | 2010-12-27 23:13 | 生活 | Comments(0)

たそがれ9000系 2

 先週末の夕暮れ時、買い物帰りに通りかかった東急東横線の踏切で私は、9000系がやって来るのを待ってみた。夕暮れ色に染まる空を背景に、たそがれの9000系を捉えてみたかったからである。だが、そのときやって来たのは「たそがれ5050系」であった。

 もう何本か待てば9000系が来たかもしれないが、その日は急いで家に帰らねばならず、私の思い描いた9000系の姿を捉えることはできなかった。それでまた、同じ場所で同じ時間帯に9000系がやって来るのを待ってみたいと思っていた。

 今日の夕方、家の窓から西方を眺めてみると、ちょうど夕日が眩しく沈もうとしていた。それで私は、9000系を見送るべき踏切へ行ってみることにした。今日も夕暮れ色に空が染まるだろうという確信があったからである。

 日没の時刻を気にしながら自転車に乗って線路沿いに出ると、踏切の警報機が鳴り出した。やって来るのは、撮影対象の上り電車だ。まだ目指す踏切には着いていない。このタイミングで9000系が来たら悔やまれるなと思ったが、やって来た急行は5050系であった。ほっとした。

 撮影場所に着いて、続行の各駅停車を迎える。先週は夕暮れ色に染まっていた空が、今日は何だか冴えない。橙色や桃色が薄くて、藍色にほとんどかき消されている。そんな空にがっかりしていると、また5050系がやって来た。次の特急を待つことにする。

 だが、この後さらに5050系が二本続き、Y500系の急行を一本挟んだ後にまた5050系が三本続いた。いや、もしかしたら5000系が含まれていたかもしれないが、文字通りたそがれ時のことであり、車番を確かめるのも面倒になっていたから、はっきりしたことは言えない。とにかく私が線路沿いに来てから、いわゆる「5050系とその仲間たち」が八本も続いたことになる。それでも私は、踏切に着いてから迎えた二本目以降を、飽くこともなく判で押したように同じアングルで撮っていた。
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 だが、何だかそのうちに気分が悪くなってしまった。それにだいたい、途中から夕暮れ色はまったく消え、ただの曇り空になっていた。冷え切った夕方の大気の中で体も冷えてきて、私は何をやっているのかわからなくなってきた。

 それで、八本目の電車が「5050系とその仲間たち」だとわかったところで、私はもう踏切を後にし、買い物をするためにスーパーへと向かった。夕暮れ色を背景にした「たそがれ9000系」は、またの機会にやり直しである。近いから、いつでも来られるところではある。

 とは言え、今回のように「5050系とその仲間たち」が八本も連続することがある。それが、今の東急東横線の現実でもある。

 そんな中で、八本の「5050系とその仲間たち」が来る間に、対向の下り電車でかろうじて「たそがれ9000系」を捉えられていたのは、もはや貴重な機会だったと言えるかもしれない。
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1枚目 東急5050系電車(5154F)
2枚目 東急9000系電車(9011F)
東急東横線都立大学駅~自由が丘駅にて 2010.12.26


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by railwaylife | 2010-12-26 22:42 | 東急9000系 | Comments(2)

帰福の旅

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 2010年12月23日から24日まで、妻の実家のある福岡へ行って来た。

 年内のうちに一度実家へ行っておきたいということで帰省する妻に、私も付いて行くことにした。義父や義姉にしばらく会っていない私も、元気な顔を見せたいという想いがあったからである。

 寝台特急「富士」「はやぶさ」が健在であったなら、これはその憧れの列車に乗り込む絶好のチャンスであった。しかし、もうその列車はない。だから今回は、往復とも飛行機の利用となった。もちろん新幹線という手もあったが、飛行機の安さと速さに釣られてしまった。日程が短かったということもある。

 いや、24日に有給休暇を取って四連休にしているのだから、もっとゆっくりしてくれば良かったものであるが、実は今日から航空券が年末年始料金となり、格段に高くなる。それで、料金の安い昨日のうちに帰って来た。年末の慌しいときに、家を長く空けられないということもあった。

 ところで、福岡に住んでいる人や、妻のように福岡出身の人が、地元に帰ることを「帰福」という。今回の妻はまさに「帰福」だったわけだが、それに付いて行く私が「帰福」と言ってよいのかはわからない。だが、東京に生まれて東京で育ち、東京に住む私には、帰省というものがない。だから、こうして妻の帰省に付いていくことは、私にとっても帰省気分であり、その意味では「帰福」と言って良いのかもしれない。

 ただ、あえて「帰福」と言わせてもらったとしても、それは私にとっては「旅」になる。もう何度も訪れて見慣れた風景にはなっているけれども、福岡という、日常から遠く離れた地へ出かけることは、まさに「旅」にほかならないからである。

 そういう想いを込めて私は、今回の福岡訪問を「帰福の旅」と名付けてみた。字面だけ読むと、何だかよくわからないが、私のこの「旅」を表すのにふさわしい名前だと思う。

 そんな今回の「帰福の旅」で私は、往復に鉄道の旅が楽しめなかった分、目的地で鉄道の風景を少しだけ眺めてみた。それは、普段なかなか目にすることのできない九州の鉄道を眺める貴重な機会となった。

 その場面を含めた、この「帰福の旅」の旅日記を、私はまたじっくりと書き、このブログに掲載していきたいと思っている。おそらくもう年内は時間的に厳しいと思うので、年明けの落ち着いた頃にでも、記事が載せられるようにしたいものである。

by railwaylife | 2010-12-25 18:35 | | Comments(2)

緯度差5度08分45.989秒

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 東北新幹線が新青森まで開業した後も、都内のJRの駅々には「MY FIRST AOMORI」のポスターが溢れ、人々を盛んに北の地へといざなっている。

 この「MY FIRST AOMORI」のポスターにはさまざまなバージョンがあり、それぞれに異なるキャッチコピーが付けられている。いろいろ考えるよなあと思いながら、見るともなしにそれらを見ていくと、気になるキャッチコピーが一つあった。


 青森とNYの共通点は、緯度と、オシャレな美術館だ。


 なんで、東京とか、ニューヨークとかにいちいち近付こうとするのだろうか。そこがわからない。青森は青森じゃダメなんだろうか。青森が青森だから、私は青森に行きたいと思う。もし青森がニューヨークと同じなんだというなら、私はお金を貯めてニューヨークへ行くよ。あっちの方が本場だからね。

 そうじゃなくて、どうして、もっと青森の青森らしさ、唯一無二である青森をアピールしようとしないのだろうか。

 例えば、緯度のことを云々したいなら、こんなキャッチコピーはどうだろう。


 緯度差5度08分45.989秒、東京にはないアートが、青森にはある。


 これは、東京駅の緯度である北緯35度40分52.975秒と、新青森駅の緯度である北緯40度49分38.964秒の差である。地図で見てもらえばわかるが、緯度差5度というのは、けっこうな距離である。それだけ東京から離れた青森の地には、そこでしか見られないアートがある。行く価値があるのではないだろうか。

 新幹線でいくら時間を縮めたところで、空間を縮めることは、誰にもできない。でも、それだけ離れた空間にあるところだからこそ、今いる自分の空間にはないものがある。そんな「ここにはない何か」を見に行くために、人は旅するのではないだろうか。何処と同じでもない、そこにしかないものを見るためにそこへ行く。そんな「旅心」を沸き立たせるようなキャッチコピーであってほしいと思う。


緯度差5度08分45.989秒を駆けて来た「はやて」32号
東北新幹線東京駅にて 2010.12.17

by railwaylife | 2010-12-22 23:52 | 新幹線 | Comments(2)

日の出後の始発電車

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 埼京線の大崎-新宿間の始発電車は、動き出しが遅い。朝7時台にならないと、新宿から南では埼京線の電車が走らない。これは、同区間を走る湘南新宿ラインの始発電車よりも遅い。

 だから、日の出が最も遅い今の時期でさえ、この区間に埼京線の始発電車が通るのは日の出時刻後のことである。

 そんな始発電車の205系を、都会のイチョウの残り葉越しに、見送ってみた。
朝日が出ればイチョウはもっと輝いたのだろうに、この朝は雲が厚く空を覆っていた。でも、そのおかげで何となく、かはたれ時みたいな雰囲気であった。


埼京線205系電車
652K普通 山手貨物線渋谷駅~新宿駅にて 2010.12.19

by railwaylife | 2010-12-21 22:30 | 205系 | Comments(0)

キロポストの旅

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 山手線・山手貨物線の渋谷-原宿間に、起点から8kmを示すキロポストが立っている。これは、品川駅からちょうど8kmを指し示すものである。

 なぜ品川駅からの距離かといえば、それは山手線の本来の起点が品川駅であるからだ。

 運転される電車は環状にぐるぐると回っているが、山手線の正式な区間は品川-渋谷-新宿-池袋-田端の20.6kmである。それで、この区間のキロポストも品川駅からの距離を表していることになる。ちなみに、田端-東京間は東北本線、東京-品川間は東海道本線の別線という扱いである。

 物心付いた頃から鉄道の「英才教育」を受けた私には、こういう豆知識は幼いときに当たり前のこととして刷り込まれたものだが、最近のテレビでは「雑学」などと言われてもてはやされたりしている。

 しかし、何にしても利用客にしてみれば「どうでもいいこと」で、CMの歌にあるように「まあるい緑の山手線」と覚えておけば事足りることである。





 さて、私がこのキロポストを取り上げたのも、こんな薀蓄を記すためではない。注目したいのは、キロポストの存在である。

 線路沿いに100mごとに現れるキロポストは、言ってみれば旅の車窓の小道具ではないかと、私は思っている。

 例えば、車窓を眺めていて、たまたま目に付いたキロポストの数字が292くらいだったとする。すると、ああ、起点からもうこんなに来たのかと思うとともに、何とか切りのいい300のキロポストを見てやろうという気になってくる。それで遠くの風景はそっちのけになって、ひたすら線路際のキロポストばかり注視していく。1kmごとの大きなものはもちろん、100mごとの小さなキロポストだって一つたりとも見逃さない。

 そのうちに駅もいくつか過ぎて、いよいよ297、298と、目的の300が近付いてくる。キロポストを追う目にも力が入る。そして、300と書かれたキロポストをしかと見届けたときには、この上ない歓びがあるものだ。

 だが、後で考えてみると、なんでそこまでキロポストに夢中になっていたのかはわからない。その証拠に、300kmを過ぎると途端にキロポストなんてどうでもよくなって、ちっとも気にならなくなる。それを思うと、線路際のキロポストばかりを追っているうちに、私は遠くのいい風景を見逃していたかもしれないという気もしてきて、余計にキロポストを追っていた自分が馬鹿らしくなってくる。

 とは言え、そんなキロポストが、いっときは車窓の主役であったことは間違いない。だから私は、車窓の旅にキロポストは欠かせないと思っている。

 そして、そのキロポストの数字は、私にとっては大きければ大きいほどいいことになる。多くの路線が東京を起点にしているので、その数字が大きくなるほど、日常から離れられることになるからである。

 だが、最近はなかなか、数字の大きなキロポストをゆっくりと楽しめるような旅には出ていない。長距離の旅と言えば新幹線ばかりだ。新幹線にもキロポストはあるのだろうが、在来線ほど目立たないし、気にしたことがない。だいたい車窓の流れが高速なので、追いかけるのもつらい。やっぱり、在来線でキロポストの旅をするのがちょうどよい。でも、キロポストを追って「遠くへ来たなあ」と感じるには最低三桁の数字は欲しい。

 そういう旅を在来線でするのも、なかなか難しくなってきた。この山手線の8キロポストをかすめて行く湘南新宿ラインの高崎行きにしても、車窓に見えるキロポストは、大宮起点の高崎線のものが、終着までにせいぜい70台に乗るくらいである。

 でも、そういえばこの前、すごく大きな数字のキロポストを目にした。先月の京の旅で、大阪方面から京都駅へ新快速で向かう途中に、500台のキロポストが車窓に見えた。それは、東京起点の東海道本線のキロポストである。何だか本当に久しぶりに大きな値のキロポストを見たような気がしたが、何せ混んだ車内からのことであったので、見えたキロポストは一個だけであったし、ゆっくりと眺めることもできなかった。

 来年は、できれば久しぶりに、数字の大きいキロポストの旅を、のんびりとしてみたいものである。


8キロポストを往く湘南新宿ライン 山手貨物線渋谷駅~新宿駅にて 2010.12.11

by railwaylife | 2010-12-20 23:03 | | Comments(2)

たそがれ5050系

 夕暮れ時、自由が丘の街から帰宅する途中、東横線の線路沿いに出た。

 まさに日没時刻であったそのとき、線路の向こうの空が、紅く染まっていた。

 踏切の警報機が鳴り出した。私は、この黄昏の風景の中に、9000系がやって来ないかと期待した。それで、カメラを構えてみた。

 自由が丘の駅構内から、電車が動き出すのが見えた。その前照灯は、鋭く白く輝くものであった。

 やって来たのは5050系である。
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 がっかりした想いはあったが、それでも私は、その5050系に見とれていた。 ピリッと冷たい大気が闇に滲んでいく冬の黄昏時の風景が、愛想のない5050系が往く姿さえも、幻想的なものにさせていたからである。


東急5050系電車 東急東横線都立大学駅~自由が丘駅にて 2010.12.18

by railwaylife | 2010-12-19 23:06 | 東急5000系列 | Comments(0)