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2年目の秋

 師走を目の前にして、今年ももう、秋と呼べる時期は終わりだろうか。

 その秋の間も私は、初夏から追いかけ始めたE259系の姿を捉えていた。

 2009年10月に登場したE259系にとっては、この秋は2年目の秋ということになる。しかし私は、昨年の秋にはこの車両にまったく興味関心がなかったので、初めての秋のようなつもりであった。

 そんな秋のE259系の姿を、いくつか載せておきたい。



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 これはまだ、かなり暑い日のものである。珍しくE259系と山手線のE231系500番台が併走して来たところを捉えられた。

 この組み合わせも、私にとってはすっかり日常の風景になっているが、少し前までは253系とE231系500番台の組み合わせであった。そしてもっと前は、253系と205系の組み合わせであった。そんな併走は、もう過去のものであるけれども、E259系と山手線のE231系500番台の併走風景も、いつ過去のものとなるか知れない。当たり前の風景も、やがては消えていく。



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 最初の写真から、一ヵ月ほど経ったときの同じ場所である。この日の秋空は、すごくすごく青くて、私はあちこちで空ばかり撮っていた。しかし、ここでカメラを構えてみると、空は白くなった。私は、もっと空が青くなれ、青くなれと思いながらE259系を待ち構えていた。



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 同じ日に別の場所で捉えたこの写真は、空が青かった。本当に、気持ちの良い日であった。



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 次は今月の初め頃に、渋谷で捉えたものである。ビルの谷底を往く姿はあんまり絵にならないが、右手の宮下公園の木々がほんのりと色付き始めた頃でもあった。しかし、その宮下公園は、この秋になって入れなくなってしまった。木々の色付きがじっくりと見られなかったのは残念であった。どんな形にせよ、早く開放してほしいものである。あの公園を通り抜けて行くのが、私は好きである。



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 これは原宿で「イチョウ越しの3086列車」を待つ間に捉えたものである。黄色いイチョウ越しのE259系を撮ることができ、ようやく季節感のあるE259系が表現できたかなと思った。



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 その原宿駅近くの線路際にあったこのイチョウは、やけに黄色く見えた。それで強引にE259系と絡めてみた。




 同じ日に、用事があって目白駅で山手線を降りた。普段あまり降りたことのない駅で降りてみれば、新しい風景が見えてくる。
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 晩秋の青空に向かって行くE259系の姿を、私は追っていた。



 用事のある場所へ向かいがてら、線路沿いの細道を歩いて行くと、再び線路がよく見えるところに出た。その線路際にあった色付いた葉を輝かせるために、あえて逆光の中で、E259系を待った。
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 午後の日に照らされ、紅く輝く葉の横をすり抜けて行く紅いテールランプを見たとき私は、E259系の秋を実感したものである。



 こうして私は、E259系の「2年目の秋」をしっかりとこの目で見届けた。これから「3年目の秋」も「4年目の秋」も、E259系を眺めていきたいものである。



 さて、私はこの秋が始まる前に「私の日常を少し離れて、E259系を追ってみるのも良いかなと最近は思っている」と書いていたが、それは未だできていない。来るべき冬か、もしくは来年の課題である。いや、課題などではない。それは、私にとっては楽しみにほかならない。


E259系特急「成田エクスプレス」
1枚目 成田エクスプレス26号 山手貨物線渋谷駅~新宿駅にて 2010.9.18
2枚目 成田エクスプレス26号 山手貨物線渋谷駅~新宿駅にて 2010.10.16
3枚目 成田エクスプレス37号 山手貨物線渋谷駅~新宿駅にて 2010.10.16
4枚目 成田エクスプレス12号 山手貨物線渋谷駅~新宿駅にて 2010.11.6
5枚目 成田エクスプレス16号 山手貨物線渋谷駅~新宿駅にて 2010.11.27
6枚目 成田エクスプレス25号 山手貨物線渋谷駅~新宿駅にて 2010.11.27
7枚目 成田エクスプレス18号 山手貨物線新宿駅~池袋駅にて 2010.11.27
8枚目 成田エクスプレス29号 山手貨物線新宿駅~池袋駅にて 2010.11.27

by railwaylife | 2010-11-29 23:40 | E259系 | Comments(0)

イチョウ300系

 東京駅を旅立ったばかりの東海道新幹線の車窓は、無機質なビルの連なりにうずめられる。それが、東京という日常を離れることの象徴的な風景であるとも言えるが、まるで「色」のない風景だ。かろうじて、遠目に見える皇居の木々がわずかな「色」である。

 そんな東京駅周辺の風景に、特異な彩りが加わる季節がある。それがまさにこの晩秋である。街路樹のイチョウが、激しい黄色を主張する。それは、葉の緑色だった時期とはまるで違って、無味乾燥な車窓に本当によく映える。いつだったか、この時期に東京駅から新幹線で旅立った私も、思わず目を奪われたものである。

 その鮮やかなイチョウ越しに私は、300系を眺めた。
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 昼間はよく晴れていたのに、この夕方になってどんよりとしてきてしまったのは残念であった。イチョウの黄色も、ちょっとくすんでしまった。

 そんな黄色をかすめて、この300系が都心の晩秋を往くのも、今年と、来年だけであろうか。


新幹線300系電車
1枚目 「こだま」654号 東海道新幹線東京駅~品川駅にて 2010.11.27
2枚目 「ひかり」479号 東海道新幹線東京駅~品川駅にて 2010.11.27

by railwaylife | 2010-11-28 21:42 | 300系 | Comments(0)

イチョウ越しの3086列車

 よく晴れた昨日土曜日、外出のついでにどうしても見ておきたい風景があった。

 それは、先日の「思考と感情」という記事に写真を載せた、原宿界隈のイチョウ並木である。

 この前見に行ったときは、天気の悪い朝で、イチョウの色も何となく冴えなかった。しかし、晴れていれば、その表情もまったく違ったものに見えてくるのではないか。そんな気がして私は、昼の原宿駅に降り立っていた。

 案の定、色付いた黄色は、先日よりもずっとずっと鮮やかであった。青空と黄葉の対比も、互いの色をより一層引き出しているように感じられた。
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 そんな黄色いイチョウ並木越しに、眺めてみたい列車があった。それは、私が山手貨物線の貨物列車として注目して止まない3086列車である。黄葉をかすめる紅いEH500形電気機関車、という情景が、私の脳裏には浮かんでいた。

 その3086列車がこのイチョウ並木辺りを通過するのは、昼の12時ちょっと過ぎのはずである。それで、11時50分過ぎに原宿駅に到着した私は慌てて、ヤングな人並をかき分けながら、イチョウ並木と線路がよく見える場所へと駆け付けていた。

 しかし、通過予想時刻になっても紅い機関車は現れなかった。せっかく急いで来たのに、こんなときに遅れているかと思ってがっかりしたが、後々調べてみると、別に列車が遅れているわけではなかった。私の気持ちが余程逸っていたのだろう。

 湘南新宿ラインを一本見送った後、神経を研ぎ澄まし、耳を澄ませていると、電車ではない轟音が微かに聴こえてきた。緊張のひとときを迎える。

 すると間もなく、イチョウの合間に紅い機関車が悠然と姿を現した。
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 イチョウと3086列車を捉えるには、あんまりいい場所でないことはわかっていた。線路際にはユンボがあるし、道路にも車が駐車している。だが、そんな何だかゴミゴミした中にイチョウがあって、そしてこの貨物列車が駆け抜けてゆく。それが、私の見送った3086列車の風景にほかならなかった。

 機関車が目の前を過ぎて行くと、私は貨車の両数を数え始めた。それが、2077列車や3086列車を見送るときの「儀式」である。しかし、イチョウの向こうに続くコンテナの列を眺めていると、思わずシャッターを切りたくなった。
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 こうして都心を往く3086列車は、今まさに晩秋の彩りをかすめて行く。しかし、その始発駅の札幌貨物ターミナル駅は、もはや冬の装いだろう。この日見た3086列車が前夜に札幌を発ったときの気温は、後で調べてみると2.7℃であった。

 そんな季節の違いを感じられるのも、この長距離列車ならではのことである。


3086列車 山手貨物線渋谷駅~新宿駅にて 2010.11.27

by railwaylife | 2010-11-28 12:09 | 貨物列車 | Comments(0)

「ダイヤ改正について」を読む

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 2010年12月4日のJRダイヤ改正がいよいよ一週間後に迫ってきた。この改正の最大の目玉である東北新幹線八戸-新青森間の開業までの日数もいよいよ一桁台のカウントダウンということになったが、どうも私はそれが素直に喜べない。なぜだろうか。

 やはり、東北新幹線が、幼い頃に憧れて止まなかった上野駅の在来線特急列車の発着風景を奪い去った存在だからだろうか。日本最長の路線として憧れた東北本線をチョン切った存在だからだろうか。

 しかしまた、東北の新幹線網が整備されたことによって、私が東北地方のいろいろな場所を旅することができたというのも事実である。ハートランドフリーきっぷやウィークエンドフリーきっぷと新幹線を使いこなし、若き日の私は短い日程ながらも東北の奥深くまで旅ができた。

 とは言え、それは新幹線に「乗らされていた」に過ぎない。仮に新幹線がなかったとしても私は、幼い頃に憧れた「はつかり」や「ひばり」や「みちのく」といった特急を駆使して、東北を縦横無尽に駆け巡っていただろう。たとえ行ける場所が限られたとしてもである。

 私は、特急「はつかり」で、あの平泉に行ってみたかった。




 さて、私は何も東北新幹線への恨み節が言いたくて、この記事を書き始めたわけではない。ダイヤ改正のことを綴りたかっただけである。話を本題に戻したいと思う。

 ダイヤ改正があるとなると、だいたいその二、三ヵ月くらい前にJR各社から概要が発表される。各社のホームページに「ダイヤ改正について」といったプレスリリースが掲載される形での発表である。

 ここ何回かのダイヤ改正では、そのプレスリリースを見るのがつらかった。というのも、毎回、私の憧れる夜行列車が廃止になるという正式発表を目にしなければならなかったからである。  

 今年3月改正での寝台特急「北陸」の廃止、昨年3月改正での寝台特急「富士」「はやぶさ」の廃止、そして一昨年3月改正での寝台特急「なは」「あかつき」に寝台急行「銀河」の廃止と、この数年はダイヤ改正のたびに夜行列車が消えて行っている。

 ただ、こうした廃止の情報はだいたい先行して新聞報道されていたから、プレスリリースによって初めてその報を知るということはなかった。だから、プレスリリースではその新聞報道の真偽を確かめるというだけになる。それで、プレスリリースを開くまでは、もしかしたら廃止の報は新聞社のフライングで、実際には廃止されないのではないかという最後の望みを賭けることになる。プレスリリースのPDFファイルが開くまでの間は、緊張のときでもある。

 しかし、新聞報道が間違っているはずもなく、JRからの正式発表というものを目の当たりにして、何とも言えない絶望感を味わうことになる。しかもその廃止の報は、プレスリリースの末尾にあっさりと一行くらいで書いてあったりするから、こちらの暗く重い気持ちに比べて何とも素っ気ない。

 その上、表現も曖昧だからいけない。その語尾が「運転を取り止めます」みたいな書き方になっているから、私みたいな人間は「取り止めるっていうことはまたいつか運転するのか!?」と変な期待を持ってしまったりする。はっきりと「廃止します!もう二度と運転しません!」というくらいに書いてほしいものである。

 そんなふうに、見るのがつらいダイヤ改正のプレスリリースであるが、今回の改正に関しては気楽であった。夜行列車が廃止になるという情報が、事前に漏れ伝わって来ていなかったからである。

 最大の懸案であった、上野-青森間の寝台特急「あけぼの」の去就についても、夏頃だったか、沿線の秋田の新聞が新幹線新青森開業後の存続を明言し、安堵を得たものである。

 だから、今回の改正のプレスリリースは待ち構えることもなかったし、発表されたときも「ようやく出たか」と思って、何の覚悟もなしに見ることができた。

 とは言え、この手のプレスリリースはどうしても末尾を主に見る癖が付いてしまっている。そしてそこには、今回もやはり「悲しいお知らせ」が載っていた。

 プレスリリースの冒頭には、だいたい「いいこと」が書いてあるものである。今回のJR東日本のプレスリリースなら、東北新幹線の八戸-新青森間の開業と、それに伴う列車の増発、接続列車の説明、所要時間の短縮などについてである。続いて、東京メガループの輸送力増強と、明るい話題が続く。

 しかし最後には、お決まりの運転取り止めの話が載っていた。首都圏の特急列車の削減についてである。

 中でもショックだったのは、特急「あかぎ」や「踊り子」の一部廃止、特急「水上」の臨時化、特急「おはようとちぎ」「ホームタウンとちぎ」の廃止といった、185系の大粛清である。これにより、185系の運用はだいぶ減るだろう。

 国鉄型として、そろそろその引退もささやかれる185系であるが、その車両をお気に入りにしている私としては、悲しいことであった。老朽化により後継にその道を譲るという形での運用減ならまだしも、利用の減少に伴う列車の削減によって見る機会が減るというのは、何とも寂しい気がする。

 もともとその運用範囲の大部分が新幹線との併走区間であり、どちらかと言えば日の目を見ない存在ではあったが、それにしても残念である。

 特に、東北本線の特急「おはようとちぎ」「ホームタウンとちぎ」が消えてしまうのはもったいないことである。今や定期の昼行特急がない東北本線にあって、この列車は黒磯までしか行かないにしても、貴重な存在であった。冒頭に書いたような東北特急列車の系譜をかろうじて引くものだからである。これらの列車がなくなれば、東北本線の185系の特急列車も消滅する。185系の特急列車から、東北本線の車窓をもっと楽しみたかったなという心残りはある。

 もう一つ残念なのは、185系ではないが、武蔵野線の快速「むさしの」の車両交代劇である。これは、プレスリリースには書いていないことではあるが、ある鉄道雑誌によると、今回のダイヤ改正で現行の115系から205系や209系500番台に置き換わるということであった。115系はボックスシートがあるが、205系や209系500番台は通勤型のロングシートである。車窓が見づらくなってしまう。

 もっとも、この快速「むさしの」の運転区間は大宮-八王子間で、さほど眺めの良いところを行くわけではない。ただ、東北貨物線から武蔵野線への短絡線、武蔵野線から中央本線への短絡線を通るという点で、じっくりとボックスシートからその車窓を一度眺めてみたいという思いはあった。だが、それは結局、叶いそうにない。

 いや、この東北本線系統の特急廃止や、武蔵野線列車の車両交代劇を知ってからダイヤ改正まで時間はあったのだから、乗りに行けないことはなかった。でも、東北本線の185系にしろ、武蔵野線の115系にしろ、もういいかなと思った。なくなるから慌てて乗りに行って「寂しいですねぇ」なんていうのはいかにも愚かしい。本当に乗りたいのなら、廃止になるとかならないとか関係なしに、乗りに行っているはずだ。

 だいたい、東北本線の黒磯までの車窓なら、普通列車のグリーン車からでもゆっくり楽しめる。武蔵野線の快速「むさしの」だって、廃止になるわけではない。むしろ本数が増えるのだから、乗りやすくなる。それに車両が変わっても、車窓を楽しむ術はあるだろう。いちいち「なくなるから」ということに振り回されていても仕方のないことだ。

 ただ、来月中旬には早くも来年3月のダイヤ改正についてのプレスリリースが発表されるだろう。その末尾に、もしまた夜行列車が「運転を取り止めます」なんて書いてあったとしたら、私は「いま一度、闇の車窓を見てみたいものだ」とか言いながら惜別乗車を画策し、寝台券争奪戦に参戦したりして騒ぎ出すに違いない。


 われながら、まったく愚かなことだ。

by railwaylife | 2010-11-27 09:08 | JR東日本 | Comments(0)

思考と感情

 今日11月26日は、私の誕生日である。

 この晩秋という季節に生まれたことを、私はけっこう気に入っている。木々が色付いているということでも、印象的な季節ではないだろうか。以前、祖母から聞いた話でよく覚えているのは、私が病院で生まれたとき、その病院近くのイチョウ並木がまっ黄色だったということである。

 ただ最近は、都内のイチョウがそうなるのは師走に入ってからだったりする。それでも私は、自分が生まれたときの風景を、通勤の途中で見つけた。
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 さて、私はもう、誕生日を誇るほどの年齢ではない。だから、何歳になりましたと報告するほどのこともないだろう。もっとも、これだけこのブログに私の思い出やら趣味嗜好を書きまくっているのだから、そこからだいたいの年齢は見当がつくというものである。

 ところで、この歳にもなると、自分は歳相応に経験や知識を積んでいるのかなと考えることが多くなった。だが今は、歳相応かどうかなんてどうでもいいと思っている。これだけ生き方が多様化している世の中で、いわゆる「世間的」な尺度で自分を計ってみても仕方ない。大事なことは「自分らしく」生きているか、自己を発揮できているか、である。それが、世間で言う歳相応であるかそうでないかと考えることは、もはやまったく意味がない。人生は「自分らしさ」を出してなんぼである。今、私はそう強く思う。

 そんな考えに基づいて、私はこの歳での目標をひとつ立ててみた。もちろんそれがすべてではないが、自分らしく生きていくための一つの挑戦であるとは思っている。

 その目標のヒントは、このブログにあった。

 以前、私は「500記事突破記念 自選ベスト3記事」という記事で、こんなことを書いている。



 私のブログの記事には大きく分けて二つの種類があると思う。一つは、日々の出来事や旅の思い出を綴る「日記型」で、もう一つは、普段から考えていることをまとめ、文章にする「随想型」とでも呼ぶべきものである。

 ブログはウェブログとも呼ばれる通り、日記としての側面が強いわけだが、私としては、実は「随想型」の方が好きだ。それは自分の文章の書き方に合っているからである。私は、文章というものをじっくりと書くタイプである。何度も何度も推敲を重ね、文意がより良く通るように組み替えていく。そんな作業が好きだ。

 しかし、本来ブログの中心となるべき「日記型」の記事では、それがなかなかできない。その日にあったことはなるべくその日か、遅くとも翌日には載せたいと思うからである。扱う内容の鮮度というものもある。そうなると、記事を書く時間は極端に短くなり、十分な推敲もないままにアップしなければならないときもある。それは何だか心残りだし、あとでその記事を読み返してみると、あんまりいい文章じゃないなと思ったりする。

 そんな「日記型」に比べ、もう一方の「随想型」は、別にいつ載せなければならないというものでもない。だから、好きなだけ時間をかけて書いて良い。ただもちろん、私が話題として扱う鉄道にもさまざまな変化があり、早く書かないとその変化に追い付かないという場合もある。しかし、そんなに焦る必要はなく、変化があったなら変化を受け入れ、また書き直せば良いだけのことである。そうやって、のんびりと好きなように書けるところが良い。




 この記事を最近読み直して思ったことは、ここで言っている「日記型」というのは感情の表現であり、また「随想型」というのは思考の表現ではないだろうか、ということである。

 例えば、旅日記などというものは、感情の連続で成り立っているのではないかと思う。旅先で感じたままを書き連ねていく。いい風景を目にして良かった、嬉しかった、涙が出るほど感動した、心が高鳴った、あるいはがっかりした、悲しかったなど、感情の変化を綴っていく。もちろん、史跡や仏像などを眺めれば考えさせられることも多いが、それはほんのわずかな間のことで、おおかたは感情の動きを書いていくことでできあがっていく。

 そんな旅日記に比して、もう一方の「随想型」は、自分が普段思っていることを整理し考えながら綴っていく。それはまさに思考の結果であると言える。

 この二つの「型」に関して私は、先の記事で「随想型」の方が好きだと書いている。じっくりと時間をかけられるからだという理由である。

 しかしこのところ私は、この「随想型」にもあまり時間がかけられていない気がする。それは、なかなか書くための時間が取れないという所為もあるが、話題の旬に合わせて記事を載せたいという思いもあるからだと思う。

 羽田空港が国際化するとなれば「空港アクセス問題」について書かねばならないと思うし、東北新幹線の新青森開業まで一ヵ月となれば「MY FIRST AOMORI」について書かねばならないと思う。

 それで焦って記事を書いているためか、このところの「随想型」は、何となく中途半端な気がしている。後で読み返してみると、どうも腑に落ちないというか、何か「ストン」と落ちる感じがない。

 いや、それは別に落語やコントのように「おち」があるという意味ではない。読んだときに「なるほど」と納得がしないということである。また、どうも論調が弱いようにも感じる。

 そういう意味で、私の「随想型」はまだまだだなという気がする。もっともっと読んだ人が感心するような「随想」でありたいと思う。

 その点、私の旅日記などは、もはや確立しているようにも感じる。それは、このブログなどを始めるずっとずっと前から、旅日記というものを私が綴ってきたからである。それだけ、経験があるということである。

 そこを考えると、実は「日記型」の方が一日の長があって、私としては得意なのではないかと思ったりもしている。確かに「日記型」にも鮮度が求められて、急いで書かなければならないこともあるが、最近はそんなに慌てなくてもいいかなと思っている。このところの旅の日記を貯め込んで、じっくりと書いているのもそのためである。時間をかければ、いいものも書けるはずだ。

 そういう旅日記に比べて、私の「随想」執筆は、まだまだ経験が浅い。だから、もっと練習を積まなければならないと思う。そこで、これからも「随想」型を頑張って綴っていこうと思っている。

 もちろん、私の「随想」が人の目に触れられるほどのものかという不安もある。しかし、人の目を意識することで、その精度は上がっていくものである。それは文章だけではない。写真もそうだし、楽器の演奏だってそうだ。誰かが読む、見る、聴くということを意識してこそ、その技は磨かれていく。だから私は、ここに「随想」を載せ続けていこうと考えている。きっとまだまだ見苦しい点があるかもしれないが、読み手の方には少し我慢していただき、私の成長を待ってほしいと思う。

 そして、別に「随想」も焦って書くことはないと思っている。最初は時間がかかっても良い。そのうち早くなって、時事にも追いつけるようになればよい。



 さて、もう一方の感情表現とも呼ぶべき「日記型」であるが、こちらも大事にしていきたいと思う。やはり旅日記を書くという行為が、私にとって一番楽しいことだからである。そしてまた、自分の感情を表現するということも、私にとって非常に重要だからである。

 というのも、普段の私は、感情を表現するのが苦手だからである。ついつい感情を押し殺してしまう。人にはよく、感情よりも思考を優先していると言われる。確かに私は、いつもいつも思考しているように感じる。

 だったら、思考を表現する「随想型」はもっと得意のはずだが、なかなかうまくいっていない。それは、自分の思考をまとめるということに慣れていないからであろう。たくさんのことを思考していても、それを整理して人に伝わるようにするということは、案外難しいものである。

 ということで私は、感情の「日記型」と思考の「随想型」の両方を大事にしていきたいと思っている。もっと自分の感情を表すことができるようになること、また自分の思考をうまくまとめて表現できるようになることである。

 そしてその二つをうまく表現するということを、何も文章だけに留めるつもりはない。普段の生活の中で、言葉を口に出し、声にして、話すということにおいてもうまく表現できるようにしていきたいと思っている。ただ、口下手な私がいきなりうまく話そうと思っても無理だ。そのためにまず、文章という手段によって、もっともっと自分を表現できるようになっていきたい。それが、自分らしさを出して生きていくことにもつながるからである。

 そうやって、もっと自分らしく生きていくための手段として、このブログを有効に使っていきたいということである。もっと自分を表現できるようになるために、もっと自分らしくあるために、私はこのブログを書いていく。それこそが、これから始まるこの歳の、一つの目標である。



 さて、どうも「随想型」がうまくないと感じていた昨日までの歳の私は、今日からの新しい歳の私に向けて、一冊の本を贈ることにした。

 それは『徒然草』の文庫本である。自分の大好きな日本中世という時代における随筆の最高傑作を読んで、せいぜい「随想」とは何かということを勉強してくれ、という叱咤激励である。文庫本なのは、いつでも持ち歩いて勉強しろというメッセージでもある。

 何だか昨日までの歳の私はずいぶん偉そうだが、それこそ一日の長があるのだから仕方ない。何しろ、つらい日常を一年も生きてきた身である。そんな昨日までの歳の私に負けないよう、今日からの新しい歳の私もまた頑張らなければいけない。


写真は山手線原宿駅界隈にて 2010.11.24

by railwaylife | 2010-11-26 07:06 | 生活 | Comments(2)

ブログアクセス数 その後

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 今年の4月17日、私は「ブログアクセス数」という記事を掲げ、このブログの「全体の訪問者数」がその月の初めに20,000に達したことを記している。この20,000アクセスは、カウントが始まってから実に三年半近くかかっての達成であった。

 それから七ヵ月半ほどが経過した昨日11月24日、早くも「全体の訪問者数」は30,000を達成した。20,000アクセスから30,000アクセスまでの日数は235日であり、一日平均約40人が訪問したことになる。

 4月の記事に書いているように、このアクセス数というのは数字遊びに過ぎないと思う。しかし、自分のブログのアクセス数というのはやはり気になるものであって、多ければ多いほど嬉しいし、励みにもなる。だから、以前よりもアクセス数が増えていることは、単純に喜ばしいことであるし、私の文章を読んでいただいている方には心から感謝したいと思う。

 ただもちろん、このブログにアクセスしたすべての人が私の文章を読んでくれているとは限らない。拙い写真や文章が面白くないと感じ、すぐに閉じてしまった人もいるかもしれない。何かの検索で引っ掛かって見に来たものの、十分な情報が得られずにがっかりした人もいるだろう。

 この私のブログも、インターネットという混沌とした世界に漂っているわけだから、どこの誰がどんな形で目にしているかは知る由もない。だから、アクセスしてきたすべての人の要求を満たすことなどはできない。でも、そんな中でも、一人でも多くの人に共感や感動を与えていけるように、私は質の高い記事を書き続けていきたいと思う。

 その記事に関して、私は20,000アクセスを迎えたときに「もっと四季の移ろいが感じられるようにしたい」というようなことを書いていた。あれから春が過ぎて、初夏になり、梅雨があって、酷暑があり、急に冷え込んで今はもう晩秋である。そんな移ろいの中で、私はどれだけ季節を伝えることができただろうか。

 振り返ってみると、この七ヵ月半の間、季節の話題に関する記事はけっこう多かったように思う。それでも、まだまだだなという気がする。もっともっと、季節を感じられるはずだと私は思う。

 しかし、このブログにただただ季節の移ろいだけを表せばよいというものでもない。大切なのは、それを通して私が何を感じ、どんな想いを持ったか、ということである。

 私は、私の感じたこと、想うことを巧く綴り、伝えていきたい。そうすることによって、自分の気持ちも整理できるし、またそのことが誰かの共感や感動を生めるようでありたいと思う。

 そしてまた、自分の想い表現するということを通して、自分らしさを見つけ、発信していきたいとも考えている。なぜなら、書くことが私の自分らしさを最も巧く表現できる手段だと思うからである。

 そんな発信を通して、結果的にまた「全体の訪問者数」が少しずつでも増えていったらいい。別にもう、アクセス数を競う必要はない。ひっそりとやって、ひっそりと「訪問者数」が増えていけばいい。そんな気持ちでまた続けていって、いつか40,000アクセスを喜ぶ日が来たらいい。




 改めて、当ブログをご覧いただきありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




30,000アクセスの喜びになぞらえて「スマイルトレイン」の西武30000系

by railwaylife | 2010-11-25 07:11 | その他 | Comments(0)

京の旅2010秋 イントロダクション

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 先日の「そうだ 京都、行こう」の記事に書いた通り、先週末から京都へ出かけてきた。

 金曜日の夜に東京を発ってその日のうちに関西入りし、日曜日の夕方に京都を発って夜には帰京した。帰宅して旅の荷物を解くだけで寝て、起きたら月曜日の朝というのは最悪だったが、今日火曜日が休日なのは幸いであった。

 そんな週末のほぼ丸二日間の京への旅で私はまた、いろいろな風景を眺めた。そして、京都という街のことをより深く知ったように感じた。

 別に目新しい場所へ行ったわけでもない。今までの京都訪問で何度も行ったことのある場所ばかりが今回の目的地であった。それでも私はまた、たくさんの新しい風景を手に入れられたように思っている。

 そして、この旅の思い出も、私にとって大切な大切なものになった。その思い出をまたじっくりと綴っていくことが、旅を終えた今の私の楽しみでもある。そしてその記録がこのブログにも載せられたら幸いである。

 自分の大切な旅の思い出をどう残すかは、人それぞれであると思うが、今の私にとっては、このブログに旅日記を掲載するという方法が何よりの楽しみになっている。わずかでも人目に触れることを想定すると、旅の記録のまとめには客観性が求められ、文章が整然としてくるように思うからである。

 もちろん、自分自身の旅の記録なのだから、主観的であっても一向に構わないと思う。しかし、そう思っていられるのは旅をしたばかりの今のうちのことである。

 旅から時間が経過してしまうと、どうしても旅の記憶は薄らいでいってしまうものである。そうなったときに、その旅の記録が客観的に残されていると、当時の私が何を目的で旅をし、何をその旅で感じ、考え、得たのかということがよりわかりやすく伝わってくるように思う。そしてそれを読み返せばまた、自分の記憶が蘇ってきたりもする。

 旅日記もしばらく経ってしまえば、その旅をした私自身も、もはや書き手ではなく読み手になるということである。そのときに私が、面白いと感じられるかどうかである。

 そんな未来の私も含めた読み手が面白いと感じてもらえるように、この旅の記録を綴ってみたい。ただ、それには時間がかかる。でも、焦ることはない。自分のできる範囲で書き、旅の想いを綴ることに楽しみを見出せばよい。

 もちろん、旅をしてから時間が経ってしまえばしまうほど、旅での想いは紅葉のように色褪せていってしまう。しかし、幸いなことに私は、この旅での想いをすでにだいぶ書き殴ってある。

 その言葉を再構成し、ひとつの旅日記に仕立てていけばよい。そんな作業を日常の中で少しずつやっていくことも、私のひそやかな楽しみの一つである。

 綴るべき旅の思い出がある。これは、幸せなことである。そしてもし、その旅日記を楽しみにしていてくれる方が一人でもいたなら、私はもっと幸いである。


京都タワーと223系新快速電車 東海道本線山科駅~京都駅にて 2010.11.20

by railwaylife | 2010-11-23 16:38 | | Comments(0)

そうだ 京都、行こう

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 JR東海の「そうだ 京都、行こう」というCMのシリーズが始まったのは、もう十五年以上前のことではないかと思う。昔から京都という街に並々ならぬ憧れを持っていた私は、このCMが始まった当初からお気に入りであった。

 毎回、その季節に合った魅力的な寺社をチョイスして紹介すること、渋い声のナレーション、映像にあわせてアレンジの異なるテーマソングが、京都の魅力を余すところなく伝えているように思う。テーマソングの「MY FAVORITE THING」は、文字通り私のお気に入り曲にもなった。

 そんな思い入れのある「そうだ 京都、行こう」のCMがテレビに流れると、ついつい見入ってしまうものである。例えば、キッチンで洗い物をしているときにリビングのテレビでこのCMが始まったなら、私はわざわざ洗い物の手を止め、テレビの前まで行って京都の風景を食い入るように見つめるだろう。その風景をわずかでも目にすることができるだけで、私は何だか、とても良い心地になる。思わずうっとりする感じだ。

 また、最近は見かけないが、以前は首都圏の私鉄の各駅にもこのCMと連動したポスターが貼ってあった。そのポスターを見かけたときにも、思わず足を止めて見入ったものである。

 こうしてこの「そうだ 京都、行こう」は、私の京都への憧れの象徴みたいになってはいるが、実は私自身が「そうだ 京都、行こう」と思い付いて京都へ行くことはない。

 なぜなら、私にとって京都という場所は「そうだ」とあるとき思い立って「行こう」というところではなく、いつもいつも「行こう」と思っているところだからである。私は「京都、行こう」という想いを片時も忘れたことがない。

 とはいえ、この「そうだ 京都、行こう」という言葉は、実にいい響きだなと思ってはいる。だから、CMも好きだ。

 では、なぜ私が「そうだ 京都、行こう」という言葉があてはまらないほどに京都へ憧れを抱いているかというと、それはやはり、京都の歴史に憧れているからであろう。

 実に千年以上もの間、いわゆる「都」が置かれていただけに、京都はさまざまな日本の歴史の表舞台になってきた。京都に行けば、その多くの舞台が体感できる。小学生の頃から日本の歴史に興味を持ち、ずっと勉強してきた私にとってみれば、それはとてつもなく魅力的なことである。

 もちろん、日本の歴史は、京都だけで形作られたわけではない。この列島の津々浦々に、日本の歴史はある。そのことを私は強く意識していて、今までに京都以外の「地方」の歴史に触れる旅にも数多く出かけてきた。しかし、どこへ行ってもやはり、京都との関係というものが出てきた。そしてその場所から京都までの距離を意識しなければならなかった。それゆえに、また「京都、行こう」という想いを強くすることにもなった。そのため、例えば西の方へ出かけた旅で、帰路に京都を素通りしなければいけないときなどには、またここへ来ようという想いを強くもしたし、何だか素通りしてしまうのが申し訳ないような気さえしていた。

 そんな京都の歴史への強い想いに任せて、私は大学生の頃から一人で何度も京都を旅してきた。ただそれは、本当に歴史だけを求める旅であった。初めて泊まりがけで私が京都の一人旅をしたときは、昼食をとる間も惜しんで、一日に何十という寺社を回ったものである。帰京してから家族に呆れられたが、別にそれはお金がなかったわけではない。まさに食を忘れるほどに、寺社めぐりに熱中していたということである。

 しかし、今思えば、せっかく京都の食に触れる機会だったのに、もったいないことをしたと思う。ただ、そう考えるようになったのは、結婚してここ何年か妻と一緒に京都を旅するようになってからであろう。

 子供のときに関西に住んだことがあり、また家族でも以前から何度か京都を訪れていたことのある妻もまた、この地には特別の思い入れを持ってきたようである。その上、最近まで妻のお姉さんが京都在住だったということもあり、妻は京都の食や文化の本当に「いいもの」に詳しい。おかげで、一緒に旅する私もそういうものに触れられるようになり、最近は余計に京都の楽しみというものが増えてきた。

 さらに今は、妻にとって京都という場所が特別なところにもなってきている。というのも、妻のライフワークのお師匠さんが京都に教室を持っているからである。いつもそこで「お稽古したい!」という想いを持っている妻の京都への憧れは、ここ最近より強くなってきているように感じられる。

 そんな二人それぞれの京都への想いが重なって、二人で京都へ行くということが非常に重要な意味を持つようになってきた。それも、ただ一度行けば気が済むというものではなく、何度でも、いつでも行きたいという想いがそこにはある。

 そうなると、いかに安く東京から京都まで行けるか、ということがいつも課題になる。もちろん、新幹線で速く楽に乗り付けるというのが理想だが、頻繁に行きたいと思えばそうも言っていられない。

 私が一人旅のときによく使っていたのが、東海道本線の「大垣夜行」とその後継の快速「ムーンライトながら」である。乗車券のほかに指定券の510円だけで行けるし、青春18きっぷの時期なら乗車券代も抑えられる。

 しかし、今やこの快速「ムーンライトながら」は季節列車に成り下がった上に、その指定券は何だかプレミアチケットみたいになってしまった。特に「大垣夜行」の頃は、思い立ったが吉日ではないけれど、その日でも頑張って始発駅で並べば乗れたというのに、今は一ヵ月前から仰々しく指定券を確保しておかなければならない。昔を知る者としては、それも何だか阿呆らしいし、いつでも動いていないというのも困る。私たちは、どちらかというとオフシーズンに京都へ行くことが多い。

 ほかに「夜行」となると、やはり深夜バスだろうか。これは頻発しているみたいだし、料金もともかく安い。実際妻も、去年友人と京都へ行くときには深夜バスを利用している。

 だが、正直言って私は、深夜バスで京都へ行くのは嫌だ。深夜バスには昔からいい印象は持ってなかった上に、最近見始めた某番組の影響で、その印象はさらに悪化している。東京から京都までは、時間的に言えばあの「キングオブ深夜バス」の「はかた」号の半分くらいなのだろうが、所要時間の問題ではなく、私はバスそのものが苦手である。

 やはり、京都へは列車で行きたいと思う。在来線にしろ、新幹線にしろ、京都駅の手前で、逢坂山トンネルと東山トンネル、あるいは音羽山トンネルと東山トンネルをくぐるという「儀式」があってこそ、初めて京都に着いたという気になるものだ。バスでどこをどう通ったかわからないまま着くのは、もったいない。

 だったら、そのトンネルの手前の大津まで深夜バスで行って、そこから東海道本線に乗れば良いのかもしれない。いやいや、大津行きの深夜バスなんてないだろうと思っていたが、あるとき気になって調べてみたら、ちゃんと都内から大津行きの深夜バスは走っていた。おそるべし、深夜バスである。

 しかし、無論私は、大津行きの深夜バスから東海道本線に乗り継ぐという手段で京都へ行く気はない。トンネルの話は、京都へ行くときの最終的な「儀式」の一つに過ぎず、そこに至るまでの列車でのいろいろな過程が京都までの道のりにおいて欠かせないということである。つまり、どうしても鉄道を利用して京都へ行きたいということである。

 ならば、新幹線でふつうに乗車券と特急券を利用して行くより安価に行く手立てはほかにないのか。もちろん、乗車券もしくは青春18きっぷだけで日中の鈍行列車を乗り継いで行くという手もあるが、それはやはり時間がかかりすぎる。勤め人にはつらいことだ。

 そこで目を付けたのが、JR東海ツアーズの販売している「ぷらっとこだまエコノミープラン」である。京都まで新幹線の各駅に停車する「こだま」を利用することになるが、正規の乗車券と特急券を購入するよりだいぶ安く行くことができる。

 ただ、いくら新幹線とは言っても、各駅停車の「こだま」だと、東京から京都までは3、4時間かかってしまう。前にこの「ぷらっとこだまエコノミープラン」を妻に提案したときもそこがネックで、妻は「新幹線に3時間も4時間も乗ってられないわ」と言っていた。

 だが、このプランを京都に住む妻のお師匠さんがよく使っているということで、妻は最近お師匠さんに勧められたらしい。勧める人が違うと結果も違ってくるもので、妻はこの「ぷらっとこだまエコノミープラン」で京都へ行くことを了承してくれたものである。

 そして明日の夜から、ようやくこのプランを利用した二人での「京の旅」が叶うことになった。と言っても、往路は満席で取れず、帰路だけの利用になってしまった。それでも、少しは安価で行くことができるというものである。

 折しも京都は錦秋である。実はちょうど一年前のこの時期にも、私たちは京都へ行っている。だが、二人ともそれほど京都の紅葉というものには執着がない。どんな時期でも、行ければいい。

 それなのに時期が昨年と重なってしまったのは、妻のお師匠さんのところでのお稽古に「回数券」みたいなものがあって、その有効期限がちょうど一年間なので、昨年購入した「回数券」が、もうすぐ使えなくなってしまうというだけのことである。それを慌てて使おうというわけだが、もちろんこの時期に京都へ出かけて紅葉を楽しまない手はない。それも、今回の旅の目的にはなっている。

 さて、憧れの京都への旅にあたって私は、CMの受け売りだが、この秋の「そうだ 京都、行こう」のキャッチコピーを掲げておきたい。


「暑い」「寒い」だけで私の一年が終わるなんて、ジョーダンではありません。


 歴史と文化に溢れた京都の地で、私は「季節」というものを多くのことから「これでもか」というくらい感じて来たい。そして私は、CMのセリフにみたいに、京都で「ああ、きれいだ」と絶対言ってやろうと思っている。


京都へ向かう700系電車 東海道新幹線品川駅~新横浜駅にて 2010.5.4

by railwaylife | 2010-11-18 23:03 | | Comments(0)

いつのまにやら700系

 2010年11月13日土曜日、有楽町へ買い物に行ったついでに私は、東海道新幹線の300系を眺めていくことにした。

 昔から「光陰矢の如し」と言うように、日常にかまけていると歳月なんてあっという間に過ぎてしまう。東海道新幹線の300系も、気付いたときには残りあと1編成になったりしていて、いわゆるにわかに「惜別」を称する人たちの狂想曲が始まっているかもしれない。

 そんなことが始まる前に私は、じっくりと300系を眺めておく。だから、どんなついでであっても、300系を見ておくようにしたいと思う。

 この日、有楽町の東京交通会館で用事が済んだのが昼の12時15分くらいであった。私が以前にJTB時刻表10月号を見ながら作った「300系時刻表」をバッグから取り出してみると、ちょうど東京発12時26分の655A「こだま」655号と、同じく東京発12時33分の513A「ひかり」513号が300系であることがわかった。

 短時間に二本の300系が立て続けに見られるとは運のいいことだと思いながら私は、どこで300系を見送ろうかと考えた。有楽町といえば東京交通会館のテラスが新幹線の「撮影名所」だが、そこにはこの前行ったので、別の場所を考えた。

 私は数寄屋橋に出た。線路が晴海通りを跨ぐ橋が、新幹線を眺めるにはちょうど良かった。無論、周囲にはビルが建ち並び、晴海通りにはせわしく車が行き交っている。だが、そういう都会らしい風景の中で300系を見送ることが、この日の私の狙いであった。

 それでそんな街中にカメラを持って佇んだ。レンズを向けるのは、何でもない都会の只中の風景だ。しかし、そこをすり抜けて行く300系の姿はもう間もなく過去のものになろうとしている。それを私は、捉えるつもりだ。

 12時26分を過ぎた。東京駅からここまではいくらもないから、程なく300系「こだま」655号がやって来るはずだ。

 カメラを構える。白い車体が現れる。しかし、そこには私が思い描いた風景は現れなかった。白い車体の鼻が長かったからである。700系だ。
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 そういえば、時刻表10月号の東海道新幹線のページには、300系の列車の横に「11月1日からは700系車両で運転」とか「11月2日からは700系車両で運転」といった文句が躍っていたなと思い出す。先日、私が東京駅で「300系並び」と称して見送った「こだま」647号もそうであった。この「こだま」655号もその対象であったのだろう。

 先月、300系の時刻表を作るときにそんな文句を見ていた私は、11月になったらこの時刻表を更新しなきゃなとは思っていたが、忙しい日常に追われてそんな暇もなかった。でも、それは仕方のないことだ。

 それに、数分も待てばもう一本の300系がやって来る。まさかこの近接した二本の300系が二本とも700系になってしまったということはないだろう。時刻表にも、例の文句はそんなに近くに書かれていた記憶はない。とびとびにあったはずである。

 だから、次の「ひかり」513号はおそらく300系だという確信があった。それで、東京発12時30分のN700系35A「のぞみ」35号をやり過ごし、今度こそ私の思い描く風景が現れるのを待った。

 12時33分を過ぎた。カメラを構える。白い車体が現れる。しかし、やっぱりそこには私が思い描いた風景は現れなかった。また白い車体の鼻が長かったからである。これも700系だ。
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 まさか二本ともが700系に置き換わっているとは思わなかった。私は、何が悲しくて、まったく同じような写真を二度も撮ってしまったのだろう。むなしく、地下鉄の銀座駅へ向かうしかなかった。

 それにしても、時刻表にはこの二本ともが700系に置き換わるとは、やはり書いていなかった気がした。有楽町からの帰路にも、そのことがずっと頭にあったので、帰宅してから改めて時刻表を見てみた。すると、思った通り「11月1日からは700系車両で運転」と注記されているのは一本目の「こだま」655号の方だけであった。二本目の「ひかり」513号には、何の注記もなかった。

 それなのに「ひかり」513号が700系だったのは何故だろうか。たまたまこの日が700系だったのか。それとも、時刻表にも断りもなしに700系に置き換わってしまったのだろうか。私は「ひかり」513号を毎日見張れるわけもないので、そのどちらかはわからない。

 しかし、遅かれ早かれどの300系も後継の車両に取って代わられることは間違いのないことだ。そしてそれは、時刻表という机上で眺めている世界よりもずっと早く進んでいるということでもある。だから、どんな機会であれ、やはり今のうちから300系をよく見ておくべきであろう。

 何にせよ、今回狙った「数寄屋橋の300系」はやり直しである。まあ、この日は予報のわりに天気が悪く、ちっとも冴えない空だったから、別に悔いはない。また冬晴れの日にでも、改めて「数寄屋橋の300系」を捉えることにしよう。


新幹線700系電車
1枚目 「こだま」655号 東海道新幹線東京駅~品川駅にて 2010.11.13
2枚目 「ひかり」513号 東海道新幹線東京駅~品川駅にて 2010.11.13

by railwaylife | 2010-11-16 23:15 | 300系 | Comments(0)

旅立ちの185系

 先週水曜日の夜から発熱し、木曜日・金曜日と二日間寝込んでしまった。熱が上がったほかに喉もおかしかったから、おそらく風邪なのだろう。だが、自分ではオーバーヒートした機械が火を噴くかのように、体から熱が発せられた気がした。思えば先月くらいから、公私ともに気の休まる間もなく何かに追われていた。その疲れがたまって、体が悲鳴を上げたのだと思う。

 二日も仕事を休めたならいろいろとやることがあったのに、などと思ってしまったが、それも悲しい性である。きっと熱でも出さなければ、一日中寝るなんていうこともなかっただろう。だからちょうど良かったのかもしれない。

 そして考えてみると、このブログの記事を毎日のように更新するということも、自分にとっては負荷の一つだったのだろう。

 もちろん、何かを「書きたい」という衝動だけによって記事を更新し続けていたつもりではあるが、実はそれがいつしか「書かなければならない」に変わっていたのかもしれない。先日、三日間記事を更新しなかったことに悔いていたのはその証でもある。

 インターネットの情報というのは、常に常に新しいものが求められるように思われる。ニュースサイトに掲示板やSNSの書き込み、ツイッターのつぶやきは無論のこと、個人のホームページやこうしたブログも然りである。私は、いつの間にかそういう「常に常に新しく」というインターネットの功罪の片棒を担がされていたような気がしてきた。

 別にそんなにいつも新しくなくていいと思う。ブログなんて、個人が好きでやっているものである。いつまでに何を、なんてものは一つもない。だから、自分の時間があるときに好き勝手にやればいい。そう思えてきた。

 もちろん、私の中にはいつも「書きたい」という気持ちが絶えることはない。しかし、私は物書きではないのだから、書きたいときに書けるというものでもない。いや、物書きの人だって、書きたいときに書けるというものでもない。締切があったりするわけだから、やっぱり「書かなければならない」ということにはなったりするのだろう。だから「書きたいときに書ける」というのは、すごく難しいし、贅沢なことなのだという気がしてきた。

 そういうわけで私のブログも、私が忙しければ別に何日記事が更新されなくたってもいい。忙しくて書けなかったのなら、正直にそうやって「忙しくて書けませんでした」と次の記事で書いておけばいい。それが私自身の「日記」にもなる。

 さて、四日間また記事の間が空いてしまったことの長い言い訳はこのくらいにしたい。いや、今後もうこういう言い訳も要らないのかもしれない。ともあれ、表題に基づいた内容の話に移りたい。






 金曜日と木曜日の二日間寝込んでいたので、家から出ることもなかった。この間の天気は良かったようだが、空を見ることもほとんどなかった。ちゃんと出勤していたら富士山が見えたかなとも思ったが、季節はずれの黄砂が飛んできたというニュースもあったので、見通しは悪かったのかもしれない。

 土曜日になって久々に外へ出てみると、近所の桜並木の葉がやけに色付いたような気がした。
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 二日間見なかっただけでこうも変わるのか、季節はけっこう早く進んでいるんだなあと感心したが、もしかしたらその前からだいぶ色付いていたのかもしれない。振り返ってみると、最近は朝の最寄り駅までの道で桜の木を見上げる余裕もなかったのだろうという気がした。

 そんな土曜日に私は、有楽町まで買い物に出かけた。駅前の東京交通会館のアンテナショップへ行くためである。なぜそこへ行く破目になったかというと、APECの煽りを喰らったからである。

 もともとこの日は、私の友人が夕方から家に来ることになっていた。友人が以前に「もつ鍋が食べたい」と言っていたのを聞いた福岡出身の私の妻が、家で作ってあげると言ったからである。

 それで妻は、この日に合わせて福岡の馴染みの店から通販で「もつ鍋セット」をお取り寄せしていた。ところが数日前になり発送元からメールが来て、いつもより配送に時間がかかる旨の連絡があった。APECによる交通規制のためだという。

 だったら早く言ってくれという話だったが、とにかく私たちは都内で「もつ鍋セット」が手に入るところを急ぎ探した。そこで見つかったのが、有楽町東京交通会館の「ザ博多」というアンテナショップであった。それで私は、有楽町へと向かったわけである。

 山手線1120Gで有楽町駅2番ホームに降り立ったのが昼前の11時57分であったが、私はすぐにとなりの3・4番ホーム東京方先端へと急いだ。

 というのも、東京発12時00分の3035M特急「踊り子」115号の旅立ちを眺められることに思い至ったからである。

 有楽町駅3・4番ホームの東京方先端は、東京駅を旅立ったばかりの東海道本線下り列車を見送ることのできる格好の場所だ。東京駅から出てきた東海道本線の列車が左から右に弧を描きながらカーブしてくるので、長い編成全体を捉えることはできないにせよ、その大部分は収めることができるからである。そういうわけで、かつては寝台特急「富士」「はやぶさ」の旅立ちを見送る「名所」でもあった。

 その有楽町駅は、東海道本線の下り列車に乗って車窓から見ていると、東京駅を発って車窓が動き出してからほんのすぐに見えてくる風景だ。まさに旅立ちの風景そのものである。

 そんな風景の中に紛れて私は、185系特急「踊り子」115号の旅立ちを見送ることにした。

 ただ、この場所はまた、被りの名所でもある。東海道本線よりも手前を通る京浜東北線南行や山手線外回りの線路に電車の姿があったら、弧を描く東海道本線の列車の姿も通勤電車に隠れてしまい、元も子もない。

 そういう被りの覚悟はある程度あったけれども、悪いことに山手線外回り電車の次の発車案内は12時01分発と表示されていた。その山手線の1175Gと、特急「踊り子」115号は、東京駅を同時発車することになる。

 時計が12時00分を過ぎると、ごちゃごちゃした東京駅の構内から185系特急「踊り子」の白い車体がのっそりと動き出すのが見えてきた。それが思ったよりも速めにこちらへ近付いてくるのとともに、山手線1175Gの姿も現われた。予想通りの被りである。
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 左側の視界に入って来る山手線電車の所為で、何となくタイミングも外れた。そして、185系の裏側には新幹線の車体も視界に入って来た。東京着12時03分の116A「のぞみ」116号であろうか。

 せっかく185系の旅立ちに想いを込めようと思ったのに、何だか余計なものがいろいろと入って来てよくわからなくなってしまった。

 ならば、振り返って去り行く185系の最後尾を拝もうと思ったら、今度は上り東海道本線の211系普通列車がその視界を塞いだ。東京着12時03分の826Mである。それが、タイミングよく185系の後ろ姿を遮ったので、がっくりしてしまった。

 いろいろと邪魔が入って、私の「旅立ちの185系」への想いはだいぶそがれてしまった。だが、それでもしっかりと、いつかまた自分が東京駅から185系で旅立つというさまを、私は思い描いた。それにまあ、こうやって多くの列車が行き交う中を抜けて行くのが東京駅からの旅立ちの象徴的な風景なのかもしれないなという気もした。

 改札を出て、目の前にある東京交通会館へ入ると目的の店はすぐに見つかり、無事に「もつ鍋セット」とシメのちゃんぽんまで入手できた。さらに、家の近所のスーパーでハチノスも買い込み、何とかもつ鍋を作るだけの準備は整った。

 その具材を妻が午後中かけて煮込み、私たちは友人ともつ鍋を楽しむことができた。私も友人も美味しくいただくことができたが、本場の味をよく知る妻としては今回の「もつ鍋セット」の味は納得がいかなかったらしい。

 通販で頼んでいた肝心の「もつ鍋セット」は、ようやく昨夜届いた。APECも無事終わり、福岡から東京めがけてやって来た「もつ鍋セット」も、やっと横浜を通過することが許されたのだろう。そう考えれば、まあ仕方ないかなとも思う。ただ、さっそく冷凍庫に押し込んだ「もつ鍋セット」は、次の来客のときまでとっておくしかない。

 さて、いったいこの記事は、185系の話なんだか、もつ鍋の話なんだか、よくわからなくなってきた。でも、ただ有楽町に行って185系を見ました、被りました、と書いてみても何の面白味もない気がした。だからこうしていろいろと書き綴ってみた次第である。


185系特急「踊り子」115号 東海道本線東京駅~新橋駅にて 2010.11.13

by railwaylife | 2010-11-15 22:01 | 185系 | Comments(0)