<   2010年 09月 ( 27 )   > この月の画像一覧

論より証拠

f0113552_2354861.jpg

 先日の「5050系×彼岸花」という記事で私は、東急東横線の「主役」が5050系とその仲間たちであることを書いたが、その中で次のように綴っている。



現在の東横線では、9000系がやって来る確率より、5050系とその仲間たちのやって来る確率の方が、はるかに高い。



 これは間違いのない事実であるが、その確率とは果たしてどのくらいのものなのか。それをきちんと説明しないと、5050系とその仲間たちが東横線の「主役」であることも、また私が9000系をありがたがっている理由もよくわからないだろう。

 そのためには、東横線の車両の「勢力図」をはっきりさせておく必要がある。そしてそれを示すには、それぞれの車両の編成数を数え上げれば良い。

 現在、日比谷線直通用の1000系を除いた東横線専用の車両は41編成ある。その内訳は5050系22編成、9000系9編成、Y500系6編成、5000系4編成となっている。すなわち、5050系とその仲間たちが計32編成、9000系が9編成であり、この数字から単純に考えれば、5050系とその仲間たちに遭遇する確率が約78%、9000系に遭遇する確率が約22%ということになる。

 ただ、この41編成全部が毎日動いているわけではない。本数の多い平日の朝ラッシュ時でも、稼動しているのは最大36編成である。また、5050系の22編成の中には現在、製造元の東急車輌に里帰りしているものもある。副都心線直通に対応するための改造を施されているのだという。

 そんな事情もあるから、編成数だけでそれぞれの遭遇率を議論しても仕方ない。まさに机上の空論というやつだ。

 それよりも実態を把握するためには、私自身がどのくらいの確率で両者に乗っているのかということをチェックしてみることである。

 そこで私はこの一ヵ月、毎日どの車両に乗ったのかということを記録してみた。その結果が以下の通りである。


 9/1  9008F/5159F
 9/2  5173F/5163F
 9/3  5166F/5160F
 9/4  5159F/5163F
 9/5  5167F/5118F
 9/6  5164F/5163F
 9/7  5151F/9005F
 9/8  5167F/5159F
 9/9  9013F/5153F
 9/10  Y512F/Y513F
 9/11  5158F/9008F
 9/13  5166F/5119F
 9/14  5153F/5165F
 9/15  5168F/5121F
 9/16  5165F/5163F
 9/17  5167F/5170F
 9/18  5153F/5151F
 9/19  5151F/5121F
 9/20  5168F/5170F
 9/21  5163F/5155F
 9/22  5122F/5162F
 9/27  5163F/9015F
 9/28  5121F/5174F
 9/29  5162F/5174F
 9/30  5122F/5159F



 これは、私が都立大学-渋谷間の往復に乗車した車両の編成番号を記したものである。今月の30日間のうち、平日の通勤と休日の外出を合わせて、私は25日、渋谷までの往復に東横線を利用した。往復で50回、同区間に乗ったことになるから、確率を出すには切りが良くてちょうどいい。

 さて、私の記録を分析すると、9000系に乗車したのはわずか5回、5050系とその仲間たちに乗車したのは45回であり、9000系に乗れたのは全体の10%であった。10回に1回しか、9000系に乗れないということである。編成数から割り出した遭遇率より、ずっと低いことになる。

 もちろんこの記録は、情報操作ができる。せわしない朝は、都立大学駅に着いてすぐに来た電車に乗るしかないが、帰りは始発の渋谷駅から乗るのだから、車種を選ぶこともできる。渋谷駅には1番線から4番線まであって、夕方から夜にかけてはだいたい3編成くらいが一度に停まっているので、何本か先までの電車の車種がわかってしまう。それで意図的に私が乗る車種を変えることもできるわけだ。私が9000系の「レア」度を強調したければ、5050系を待てばよい。

 しかし、私はあくまでも実状を知りたかったので、そういう「ズル」はしなかった。車種に関係なく、早く帰りたいと思えばすぐ発車する電車に乗ったし、何だか疲れて座りたいと思えば、一本待って着席して帰った。妻が一緒のときは、妻が乗りたいという電車に任せた。もちろん妻は、私がこんなくだらない調査をしていたことは、知る由もない。だいたい、私が自分の気に入っている9000系に乗れる機会を、わざわざ回避するわけがない。

 だからこの記録は、ごく自然に私が東横線を利用しての結果である。この2010年9月の状況として、残しておきたいと思う。

 さて、これが9000系の離脱が始まる前だったら、どんな調査結果になっただろうか。9000系は今より5編成も多かったのだから、遭遇率はもっと高かったはずである。だが、その頃はこれほど急激に9000系が減るとは思いもよらず、こんな調査をしようとも思わなかった。

 今後、9000系の遭遇率はどのように変化していくだろうか。もちろん、低くなっていくに決まっている。すでに5050系が新たに2編成も増備され、その出番を待ちわびている。これらの編成がデビューすれば、また9000系が離脱することになるのだろう。ただ、既存の5050系が副都心線乗り入れ対応の改造のために次々と里帰りして行くだろうから、それが落ち着くまでは、9000系の離脱はないかもしれない。そう願いたい。

 とは言え、9000系の東横線からの淘汰は時間の問題のような気もする。そのうち、残り1編成とか2編成になり、月に一度乗れるか乗れないかなんてことになりかねない。ただ、そうなると末期の8000系のように、朝だけの運用に固定される可能性もあるから、時間を選べば毎日のように乗れるかもしれない。でも、朝しか9000系を見られないというのも、何だか寂しい。

 だから、そうなってしまう前に、今のうちからやはり9000系のある東横線の風景を、しっかりと眺めておきたいと思う。


東急9000系電車(9113F)・5050系電車(5164F)
東急東横線渋谷駅にて 2010.9.28

by railwaylife | 2010-09-30 23:46 | 東急9000系 | Comments(0)

秋空

f0113552_23542341.jpg

 晴れた朝は、東中野の跨線橋に立ち寄ってみたくなる。それは、空が広く見える場所だからだろう。

 そんなわけで今朝も、私は自然と東中野駅に降り立っていた。そして、ホームを歩いて行くと、風が強く吹いてきた。その風はだいぶ冷ややかだったけれども、駅の外に出て日差しを浴びれば、まだまだ暑く感じるのではないかという気がしていた。

 ところが、駅に出て日差しを受けても、今までのような暑さは感じなかった。風も冷たいままである。

 そんな涼やかな空気の中を、跨線橋へ向かって歩いて行く。すると、見えてきた西の空は、意外と雲が多かった。段々になった雲が空を覆っている。これでは、青空を見に来た意味がないなと思ったが、振り返って東の空を見てみると、小さく千切れた雲の合間に青色があった。跨線橋に上った私は、それを眺めることにした。

 青い空は広くは見えなかったけれども、今までに比べより遠くより青く見えた。私は、これが秋空なんだなと感じた。

 そんな秋空を、今日は新しいカメラで捉えてみた。今までのカメラと勝手が違って、巧く空が撮れたかどうかはわからないが、少しでも秋空が表現できていればいいなと思った。


中央快速線E233系電車 中央本線東中野駅~中野駅にて 2010.9.29

by railwaylife | 2010-09-29 23:55 | 中央本線 | Comments(0)

定番の9000系

f0113552_22241462.jpg

 東急線多摩川駅の3・4番ホームは、目黒線目黒方面行き、東横線渋谷方面行きの電車が発着するホームである。

 このホームの田園調布駅寄り先端から目黒・渋谷方面を眺めると、東横線・目黒線の複々線区間が見渡せる。特に、田園調布駅の地下から出てきた東横線横浜方面行きと目黒線日吉方面行きの電車が、この多摩川駅の1・2番ホームに到着するさまはよく見える。

 それでここの場所は、東横線や目黒線の電車を撮影するスポットとして超有名になっている。田園調布駅からの線路もほぼ直線なので、編成全体を捉えることができるという点が「有名撮影地」たる所以でもある。

 だから、ここで撮られた写真はネット上にゴロゴロしている。東横線の車両の写真をネットで探したりすると、この田園調布~多摩川間の写真ばかりが出てくる。それで私にはもう、食傷気味である。

 だいたい、この場所の写真はあまり面白くないと思う。確かに編成全体がおさえられる点は良いかもしれない。また、東横線の横浜方面行きは、線路が程よくカーブしているから、編成の後方がクネッと曲がった感じも特徴的なのだろう。とは言え、高架上を往く何とも殺風景な眺めだ。

 そんな写真は、やはりあまり意味がないなと思いつつも、私はこの前の日曜日にその「有名撮影地」にいた。

 と言うのも、目黒線の地下鉄直通が始まって十周年を迎えたことへの想いを綴る「直通十年」という記事に添える写真を何か撮りたいと思ったからである。そのとき私は単純に、目黒線へ乗り入れて来る南北線や三田線の車両の編成写真でも貼っとけばいいかなと思っていた。

 そこで、多摩川駅ホームの端に立って、ありきたりの編成写真を撮ってみたけれども、どうも面白くなかった。それでも、とりあえず南北線の車両も三田線の車両も撮れたので、帰宅することにした。

 家に帰り写真をパソコンに取り込んで見てみたが、やはりしっくり来なかった。それでずいぶん迷ったけれども、多摩川駅で撮った写真を「直通十年」に使うのはやめにした。結局、その記事に載せた写真は、多摩川の川原で遊び半分に撮った写真であった。でも、川原の写真の方がずっと良かったなと今は思っている。

 そういうわけで、多摩川駅での撮影は無駄になったが、一つだけ収穫があった。それは、目黒線を撮る合間、暇つぶしで捉えていた東横線に9000系が来たからである。

 ここから撮る東横線の車両は先にも書いたように、本当に見飽きたアングルではあるが、9000系をできるだけ多くの風景の中で捉えたいと考えている私としては、この場所の写真が一枚くらいあってもいいかなと思った。それに、こんなことでもなければ、わざわざ多摩川駅で9000系を捉えることもなかっただろう。そういう意味では、ここの「定番」の撮影も、無駄ではなかったなという気がしてきた。

 だが、私はありきたりの風景だけではなく、もっともっといろいろな景色の中で9000系を捉えていきたいと思っている。


東急9000系電車(9015F) 東急東横線田園調布駅~多摩川駅にて 2010.9.26

by railwaylife | 2010-09-29 22:27 | 東急9000系 | Comments(0)

多摩川にて 2010

 この秋、彼岸花への想いを表そうと、四年前に彼岸花のことを綴った「彼岸花を見逃すな」「観測地点開花」「多摩川にて」という三つの記事になぞらえ、これまで「彼岸花を見逃すな 2010」と「観測地点開花 2010」という記事を書いてきた。

 そこで、残る「多摩川にて」の2010年版もここに書き表しておきたい。その舞台となる多摩川は、先日載せた「彼岸花を見逃すな 2010」でも綴っているように、再度訪れて咲き揃った彼岸花を眺めたいと思っていた場所だからである。

 前回多摩川を訪れた9月20日敬老の日には、まだ花の開いていない彼岸花が多かった。それで私はそのとき、次の土日くらいが見頃かなと思っていたので、まさにその日にあたる一昨日9月26日朝、勇んで多摩川へと出かけた。彼岸花の見頃を見逃すまい、という意気込みであった。

 多摩川駅から丸子橋の上に歩を進めると、高く晴れた青空が広がった。東急線の電車が、朝日に車体を輝かせながら川を渡って行く。その橋梁の向こうには、青い富士の山容もあった。実に気持ちの良い朝であった。

 丸子橋を渡って神奈川県側の河川敷に出る。目指す花は、丸子橋と新幹線の橋梁との間にある。そこへ向かって川原の道を行く。サイクリングやランニングの人、ゴルフ練習場へ向かう人たちで、川原の早朝は賑やかだ。

 六日前に来たときは、新幹線の橋梁の手前にある土手で、叢の中に咲く彼岸花を見た。群生しているところもあって、それが咲き揃うのが楽しみであった。また前回は冴えない薄曇りだったが、今回は青々しい空があるので、その下で紅い花が一層輝くさまにも期待していた。

 ところが、新幹線の橋梁に近付くにつれ、私は異変に気付いた。叢のあったはずの土手が、丸刈り頭のようになっていたからである。
f0113552_21412547.jpg

 彼岸花はもちろん、それを覆い隠すようにして生えていたねこじゃらしのような草もない。あのとき鳴いていた虫の音もない。すべてが刈られ、なかった。

 私は落胆した。河川敷の環境を維持するために、定期的に草を刈ることは必要なのだろうが、何もこのタイミングで刈ることはないだろう。彼岸花がちょうど咲きかけていたところである。草を刈った人も、まさかここの彼岸花をこれほどまでに楽しみにしていた人がいるとは思いも寄らなかったかもしれないが、本当に私は悲しかった。そして、ここの草を刈った人たちに対して「血も涙もない」と思った。

 群生していた花が咲き揃ったらどんなだったろうか、そしてそれが青空の下で輝いたらどんなだったろうか、と想いを巡らす。本当に残念であった。

 だが、そんなふうに私を失望させた丸刈りの土手に、一輪だけ彼岸花が咲いていた。
f0113552_21414943.jpg

 草が刈られた後に花芽が出てきたのだろうか。頼りなく咲くその花は、確かにここに多くの彼岸花が咲いていたことの証であるようにも思えた。

 さて、気を取り直してさらに歩を進める。楽しみはまだある。橋梁の向こう側にも花はあるはずだ。そこはすでに前回訪れたときに草が刈られていたが、その草地の跡から、いくつもの花芽が伸びてきていた。それが咲き揃っているはずである。

 そう思って橋梁をくぐって行くと、遠目からでも点々とする紅色が目に付いた。私は嬉しくなった。思っていた以上に、花開いた彼岸花があった。
f0113552_2142166.jpg

 土手に上って花に近寄り、私はそれをじっくりと見た。そして、青空に映える紅を楽しんだ。
f0113552_21423972.jpg

 それから私は、この花越しにある列車を待った。それは、品鶴線を往く特急「成田エクスプレス」のE259系である。
f0113552_2143726.jpg

f0113552_21433096.jpg

f0113552_21434919.jpg

 私の日常に現れるこの列車を、私は日常の中で追いかけている。そしてその列車が往く風景を通して、季節の変化を感じ取ろうとしている。だが、残念ながら私の日常は、季節感の乏しい都会の中に埋もれてしまっているので、それを表現するのがなかなか難しい。それでも、秋の彼岸だけに咲くこの花とこの列車を捉えることによって、今までよりは季節の変化が表せたかなあと思っている。

 そんな「彼岸花とE259系」という眺めを三度も目にした私は、いよいよこの紅い花咲く川原を後にすることにした。
f0113552_21441449.jpg

 彼岸花は近所にもあるし、まだまだこの秋見ることはできると思う。しかし、広く青い秋空の下で強く紅く輝くこの花を見ることは、もう来年までないかもしれない。そう思った私は、彼岸花にしばしの別れを告げる想いで、元来た丸子橋の方へと立ち去った。


E259系特急「成田エクスプレス」
5枚目 成田エクスプレス5号 品鶴線西大井駅~武蔵小杉駅にて 2010.9.26
6枚目 成田エクスプレス7号 品鶴線西大井駅~武蔵小杉駅にて 2010.9.26
7枚目 成田エクスプレス9号 品鶴線西大井駅~武蔵小杉駅にて 2010.9.26

by railwaylife | 2010-09-28 21:47 | E259系 | Comments(0)

彼岸花 × 5050系

 私は自分自身の思い入れもあり、近所の東急東横線の踏切端に咲く彼岸花を綴った「観測地点開花 2010」の記事で、9000系の写真ばかりをべたべたと貼り付けた。

 それは、私の花と列車への想いを正直に表した写真の選択であったけれども、別にここの彼岸花越しを往く電車は、9000系ばかりではない。

 先の記事を見ると、まるで東横線には9000系しか走っていないような印象を与えてしまう。だが実際は違う。この東横線の「主役」は今や、5050系とその仲間たちである。

 人の嗜好はそれぞれであり、自分が気に入ったものばかりをブログに取り上げるのは一向に構わないと思っている。他の人の鉄道ブログを拝見していると、それぞれに気に入って追っかけている車両が違う。ある車両ばかりがブログに登場していると「ああ、この人はこの車両が本当に好きなんだな」と感じる。そして写真や文章を見れば、その車両に対する思い入れもよく伝わってくる。それを目にすることは、私にとって本当に楽しいことである。だから私も、自分の思い入れのある車両について、このブログで多く取り上げたいと思っている。

 ただ、現実は現実として、伝えておく必要があるようにも思う。現在の東横線では、9000系がやって来る確率より、5050系とその仲間たちのやって来る確率の方が、はるかに高い。そのことを明確にしておかないと、なぜ私が9000系をありがたがっているのかということも、読み手の方には伝わらない気もする。

 だから、東横線の「主役」が彼岸花をかすめて往くさまも、ここに載せておきたい。
f0113552_230430.jpg

f0113552_2302491.jpg

f0113552_2304758.jpg

 ところで、なぜ5050系に「その仲間たち」という言葉が付くかというと、一見同じに見えるこれらの車両の中には、田園都市線からひっこ抜かれてきた5000系という車両が入っているからである。

 まあ正しく言えば、5050系も5000系の系列であり、まとめて称するには5000系と書いてしまえばいいのだろう。私もこのブログでは当初、東横線の5050系のことも5000系と書いていた。

 しかし、あるときから元田園都市線の5000系がその中に紛れたことにより、表記の仕方がよくわからなくなってしまった。現在、狭義の5000系は東横線では少数派であって、この車両群全体を5000系と言っても全体を指しているようには感じられない。だから私は、遊び半分で「その仲間たち」なんて言っているわけである。他にも色違いのY500系なんていう車両があって、これをまとめて言うにも都合が良い。

 ただ私は、別にこれらの車両を軽蔑しているわけではない。私にとって最も身近な路線の「主役」として君臨するこの車両を、大いに敬わなければならないと思っている。普段からよくお世話になっている車両である。

 いろいろと能書きを付けたが、要するに現在の東横線の風景を表すのに、5050系とその仲間たちは外せないということである。

 これが二年後には副都心線と直通し、この場所にも東京メトロやら東武やら西武やらの見慣れない車両がわんさかやって来るのかもしれない。そうなると、今「主役」として東横線に君臨している5050系たちも、雑多な車両の中に埋もれてしまうだろう。

 その前にこの5050系とその仲間たちの様子を記録しておくのも悪くない。そしてそれを、私の思い入れがある彼岸花とともに捉えた姿で、ここに表しておきたい。


東急5050系電車 東急東横線都立大学駅~自由が丘駅にて 2010.9.24

by railwaylife | 2010-09-27 23:04 | 東急5000系列 | Comments(0)

直通十年

f0113552_00843.jpg

 今日2010年9月26日で、東急目黒線と東京メトロ南北線、都営地下鉄三田線が直通運転を開始して十年が経った。

 当初は、見慣れない南北線の車両や、都営地下鉄の車両までが東急線を走り、しかも私の日常である東横線の車両と併走することが、言ってみればカルチャーショックでもあったが、その風景は今や当たり前となっている。東急の3000系に5080系、南北線の9000系、三田線の6300系、さらには埼玉高速鉄道の2000系までが多摩川を越えていくことにも、何ら違和感がない。

 そんな目黒線に、地下鉄の直通電車が乗り入れ始めた日の記録があるので、この十年の節目にあたってここに掲載したい。尚、できるだけ当時のままの文章を掲載したいと考えていたが、今の私が読むとどうしても気に入らなかったので、手を入れた。ただ、そのとき感じたままをなるべく残したつもりではある。 



 今日2000年9月26日、営団地下鉄南北線の溜池山王-目黒間、都営地下鉄三田線の三田-目黒間(正確には三田-白金高輪間)が開業した。両線は目黒から東急目黒線に乗り入れ、武蔵小杉まで直通することとなり、三社による相互直通運転が始まった。

 尚、東急目黒線とは、旧東急目蒲線のことである。目蒲線を多摩川園(現・多摩川)で二つに分けて、目黒線・多摩川線としたものである。そして、目黒線の目黒から来た電車は、多摩川から複々線化した東横線に乗り入れて、武蔵小杉まで直通するようになった。すなわち、目黒-武蔵小杉間が目黒線を名乗っている。

 この開業を、私はかなり以前から注目していた。東横線や目蒲線で地下鉄乗り入れのために大工事を行っていたのを目の当たりにしてきたし、身近な目黒に地下鉄が来るというのも気になることだったからである。

 そして、私の通勤にも少なからず影響がある。私は現在、東横線都立大学から渋谷へ出て、半蔵門線に乗り換えて神保町まで行き、さらに都営新宿線に乗り換えて菊川まで通っている。これに対して、この度目黒線に乗り入れてくる都営三田線が神保町で都営新宿線に接続するので、新開業区間を経由して通勤するルートも考えられる。目黒線に乗ってしまえば、神保町まで乗り換えなしで行くことができる。

 ただ、目黒線に乗るには田園調布まで出なければならないので、乗り換えは三回と変わらない。また、開業前に時刻表をみたところでは、従来の半蔵門線経由より所要時間も余計にかかるようである。ただ、東急-都営という二社の経路で済むので、定期券が安く上がることが予測される。

 そういうこともあって、私は開業当日の今日、仕事帰りに開業区間を試乗してみることにした。まあ、通勤に使えるかどうかというのは表向きの理由であり、要するに新しくできた路線に乗ってみたいだけであった。開業するのを長年待っていた新線である。地下鉄が目黒線に乗り入れていくさまも体験してみたかった。

 仕事の帰り、いつものように菊川から都営新宿線に乗り、いつものように神保町で下車した。だが、今日はここで都営三田線に乗り換える。三田線のホームへ下りて行くとき、もう武蔵小杉行きの電車が走っているのだと思うと、ちょっとドキドキしてきた。

 ホームへ下りると、ちょうど武蔵小杉行きの電車が行ってしまった。次の電車は白金高輪停まりである。私はその電車をやり過ごして、その次の武蔵小杉行きを待つことにした。目黒線まで直通する電車に乗りたかったからである。

 新開業区間のうち、白金高輪-目黒間は南北線と三田線が線路を共用しているため、地下鉄から東急線へ乗り入れる電車は双方から交互に入っていくダイヤになっている。東急線から地下鉄へ乗り入れる場合も同様である。それで、一本待てば武蔵小杉行きが来ることになる。

 18時23分発の武蔵小杉行きに乗車する。ところで、三田線・南北線・目黒線の三線では、ワンマン運転が行われ、車掌が乗務していない。これもこの三線相互乗り入れの売りだ。ワンマン運転によって、人件費が削減できるというメリットがある。

 ただ、ワンマン運転というのは、今まで乗降客の少ない地方で主に行われていたものであり、客の多い都市部の鉄道においてはその例がない。そこで、安全対策に問題はないのかという指摘もある。

 そういうこともあってか、三線の各駅には、ホームと線路の間に安全柵が取り付けられている。電車が到着すると、柵に付いている扉が開き、乗降できるようになる。

 さて、私が乗った電車は都営三田線用の6300系である。最近三田線には何度か乗る機会があったので、まあ見慣れている車両ではあるが、これが東急線まで乗り入れて行くのかと思うと、ちょっと不思議な感じであった。それにしても、車内の広告が何となくローカルである。三田線は板橋区の西高島平まで延びている。そちら方面の広告を載せられても、私としては見応えがない。

 電車は大手町・日比谷と停車していく。日比谷で日比谷線に乗り換えた方が早く帰れるような気もしたが、今日のところはそういう考えを無視する。とにかく新線に乗ってみたい。

 乗り換え駅が続くので降りる客も多く、車内はそれほど混雑しなかった。その後は内幸町・御成門・芝公園と、あまり馴染みのない駅が続き、昨日まで終着だった三田に到着する。ここで客のほとんどが下車する。延伸開業しても、急に人の流れが変わるというわけにはいかないのだろう。

 客の下車が終わると、若干の乗客があった。その顔はみな何となく嬉々としている。いよいよここからが新開業区間だ。

 三田を発つ。今まで毎日ここを利用してきた人にとっては何とも興味深いことであろう。私は三田線で三田に来たのもおそらく初めてなので、それほど感慨はもてない。でも、トンネルの雰囲気や走り方も少し変わり、新線に入ったなという感じがしてきた。にわかに緊張感が走る。

 乗客はみな興味深げだ。地下鉄なのに窓外を一所懸命に眺めたり、キョロキョロしたりしている。他の乗客の反応を窺ったりもしている。私はつとめて冷静さを装っていたが、実際には落ち着かなかった。

 ただ、そうやって新線区間を楽しんでいるのは、ほとんどが男性である。女性は概して無関心だ。三田に着く前から眠りこけているオバサンがいるが、乗り過ごしではないかと心配になってしまう。

 新線区間に入って、最初はおそるおそるといった走り方だった電車も、次第に速度を上げていった。やがて南北線との接続駅である白金高輪に着いた。この駅は南北線仕様だ。ガラスの壁によってホームと線路が完全に遮断されている。その一部が扉となっており、電車が着くとそれが開く。照明もオレンジを基調としていて重厚だ。

 南北線の電車の接続を待つ。乗り換え客は多く、車内はかなりの混雑となった。私は一番前に乗っていたが、そこに物見高い子供も多く乗って来た。二人の小学生が、両渡りシーサスという白金高輪駅のポイントの話をしてはしゃいでいる。

 ここから目黒までは南北線と三田線の共用区間であるが、正式には南北線であるようだ。だからまた新線区間に入り直したような気になる。ところで、白金高輪という駅名は、仮称の段階では「清正公前」と言った。地上には同名の交差点もあるが、麻布・六本木・白金台を通る新線区間の中では、ちょっと古くさい感じだ。歴史好きの私としては「清正公前」の方が良かったのだが、白金高輪の方が路線のイメージには合っていると思う。

 南北線に入って、次の駅は白金台だ。けっこう降りていく客があった。白金台といえば高級住宅地である。今までこの辺りは交通の便に恵まれなかったところでもある。ただ、地下鉄が通って便利になることで逆に賑やかとなり、閑静な雰囲気が崩されてしまうのではないかと危惧する声もあるという。不便さゆえの静けさのようなものがなくなってしまうかもしれない。

 そしていよいよ次が目黒だ。また緊張してきた。ゆっくりと目黒駅に到着する。きれいな地下駅に改装されたばかりの目黒駅であるが、何度も利用しているので馴染みがある。ずっと終着だった駅である。そこへ、都心方向から地下鉄で入って来た!これには感動した。延伸開業を実感する瞬間でもあった。

 目黒からも乗客は多かった。昨日までは始発駅であり、座って帰っていた人もいただろうが、今日からは単なる途中駅となり、目黒から乗る人は座ることもできない。ちょっと気の毒にも思えた。

 目黒を出て、さあ地上に出る。すでに日は暮れているので、それほど感慨はないが、地下鉄の車両で目黒線を走っているというのは何とも言えないものがある。

 そして最初の駅は不動前である。以前、この近くのスーパーでアルバイトをしていて、毎日のように通った駅だ。その不動前に、都心から地下鉄でやって来た!これは何とも言いようのない感覚だ。私が通っていた当時とは駅の位置も変わっており、同じ駅とは思えない。

 不動前を出ると武蔵小山・西小山と続くが、この辺りは地下化へ向け工事の真っ最中で雑然としている。武蔵小山と西小山は仮駅で、ホームに安全柵もない。白金高輪などと比べるとかなり見劣りする。この区間では電車もスピードを出せない。その点はこれまでの目蒲線を彷彿とさせる。ついこの前まで、7200系というくたびれた車両が4両でのんびり走っていて、ローカルな路線であった。

 それでも雰囲気は変わった。すれ違う電車は南北線の9000系であったり、東急の最新鋭3000系であったりするからだ。

 洗足まで来ると徐行区間は終わる。半地下で薄暗かった洗足の駅はきれいに装飾されていた。そして、地下化された大岡山に着く。大井町線との接続駅である。東急の従来型車両と三田線の車両が並んだ!信じがたい光景である。

 大岡山で大井町線に乗り換えても良かったが、地下鉄の直通から東横線に直接乗り換えてみたかったので田園調布まで行く。検車区のある奥沢を過ぎて、田園調布に到着する。18時58分の到着である。神保町からちょうど30分だ。ここで下車する。田園調布に三田線の車両が停車している!言葉はない。

 ここも以前にコンビニでアルバイトしていたとき、毎日のように乗り降りした駅だ。あのときはまだ地下鉄乗り入れがはるか先のことのように思えたが、ついにその日が来た。

 となりの上りホームへ行って、東横線の渋谷行きを待つ。ほどなく19時00分発の各駅停車がやって来たが、ちょうど目黒線の上りホームには南北線9000系車両の赤羽岩淵行きが入って来た。両者は同時に発車し、しばらく併走した。東横線の電車が、南北線の赤羽岩淵行きと併走している!これも信じられない光景だ。

 この田園調布付近も、長年大規模な工事が行われてきた。それもすべて、今日のためであった。ここ以外の目黒線沿線、東横線沿線の工事にしてもそうだ。そのために私だって、いくらかの不便を被ってきた。しかし、やっとそれが実を結ぶときが来た。長年変遷を見守ってきた私である。今回の開業は感慨もひとしおというところである。

 19時04分、都立大学に着く。神保町で電車を待ったりしたので、今日は余計に時間がかかってしまったが、その分を差し引いても、半蔵門線経由より10分ほど所要時間が長いようだ。通勤の経路を変えようかどうしようか、迷うところである。運賃は安くても、時間が余計にかかるというのは痛手だ。朝の10分は貴重である。

 改札前の自動精算機で精算する。渋谷-都立大学という定期を自動改札に突っ込んでもよかったが、実は今日からフェアスルーシステムという制度が導入されている。入場記録のない乗車券を自動改札に入れると、扉が閉まることがあるという。不正乗車を防止するための措置である。私も持っている定期で出場すれば不正乗車になるので、ここはおとなしく精算する。

 渋谷-神保町-菊川という定期を精算機に入れる。目黒経由というボタンを押すと、乗り越し金額は380円と出た。これは南北線永田町経由の運賃ではないか。私は三田線経由なのだが、そこまでは把握できないらしい。まあよしとしよう。機械がいうことなので、私はそれに従って精算した。

(2000年9月26日執筆)




 この記録を書いてから十年が経った。十年一昔というけれど、この「直通十年」に関して言えば、文字通り直通運転が始まった十年前はもはや昔であるという気がする。

 この十年、私にはいろいろなことがあった。勤め先が目黒線沿線に移転し、この路線を通勤で使うこともあった。その通勤を繰り返すうちに、目黒線の地下化や急行運転の開始を目撃することになった。ちょうどこのブログが始まった頃のことである。その後私は、この路線で勤めに通うことを諦めなければならなくなった。それもあって、未だに目黒線には良い印象がない。そんな私の「直通十年」である。

 これから十年の後、私は目黒線に対してどんな印象を持っているだろうか。目黒線をめぐる風景も、これからどんどん変わろうとしている。再来年には、併行する東横線に、東京メトロ副都心線の車両、さらには東武線、西武線の車両までが乗り入れて来ようとしている。日比谷線に南北線に副都心線と、東京メトロ三線の車両がこの東急線の複々線に入り乱れることになるのだろうか。さらには、目黒線の終点である日吉から相鉄線に直通する東部方面線の建設も計画されている。その開通予定は2019年度となっているから、十年後には東部方面線との直通運転も始まっているかもしれない。そうなると目黒線も、今とはまただいぶその風景が変わっていることだろう。

 そんな目黒線の変化をまた、私は見守っていきたいものである。そして、目黒線に対して良い印象を持てるようになれればいいなと思っている。


東急5080系電車 東急目黒線多摩川駅~新丸子駅にて 2010.9.26

by railwaylife | 2010-09-26 23:54 | 東急目黒線 | Comments(0)

黄色先生あらわる

 祝日だったこの前の月曜日、新しいカメラで東急9000系の「試し撮り」をすべく、多摩川の丸子橋にいた。

 お目当ての9000系が走る東急東横線の多摩川橋梁は、丸子橋から見ると上流にある。それで上流側の欄干にくっ付いてカメラを構えていたけれども、車道を挟んだ下流側の欄干をふと見ると、カメラを手にした人たちが何人も見受けられた。

 丸子橋の下流側には、東海道新幹線と品鶴線の橋梁が見える。私はすぐに、何か珍しい列車が来るんだろうなと思った。でも別に、あまり興味はなかった。何が来ようが、そのときの私には、9000系の方が大事であった。

 ところが、私が9000系を十分堪能して丸子橋を後にしようかという段になっても、まだ下流側の人々は動いていなかった。それどころかギャラリーは増えていた。近所の人なのか、Tシャツに短パンで自転車にまたがったオジサンも立ち止まって、下流の橋梁に熱い視線を送っていた。

 いったい何をそんなに長いこと待っているのだろうか。だんだん気になってきた私も、横断歩道を渡って下流側の欄干に行ってみた。そこでしばらく、待ってみることにした。私にはもう一つ、彼岸花の咲き具合を確かめるという使命があったけれども、それは別に急ぐことではなかった。だからしばらく、得体の知れない何かを待ってみても良いかなと思った。

 いつ来るとも知れないその何かを待つ間、私は暇つぶしに新幹線や品鶴線の列車をずっと捉えて遊んでいた。ここで300系の「試し撮り」もできたし、再びE259系を捉えることもできた。
f0113552_1245219.jpg

 それから、N700系の長い鼻も捉えて遊んだりしていた。
f0113552_124343.jpg

 だが、そうやってずいぶん遊んでいても、人々の待つ何かは一向にやって来なかった。Tシャツに短パンのオジサンはしびれを切らして自転車で走り去ってしまったし、私も橋梁上の列車を撮るのにさすがに飽きてきて、空を撮ったりして遊んでいた。
f0113552_125153.jpg

 それでも、カメラを手にした人々は悠々としている。そこまでして待つ何かとは「いったい何なんだ!」と私は叫びたいくらいであった。だったら、その辺にいるカメラを構えている人に聞けば良いだけのことであったが、それも何だかつまらない気がした。そこでもう少し辛抱して待つことにした。

 そして、私が下流側の欄干に張り付いてから三十分が経ったとき、新幹線橋梁の神奈川県側の方に、黄色い車体がちらっと姿を現した。やがてそれは川の上に躍り出る。やって来たのは、新幹線電気軌道総合試験車「ドクターイエロー」である。通称「黄色先生」だ。丸子橋の上の人たちが待っていたのは、紛れもなくこれであろう。

 私も慌ててシャッターを切った。冴えない薄曇りの空と冴えない川面の色の間を往く黄色が、妙に映えて見えた。
f0113552_1254562.jpg

 新幹線の線路や架線の状態を検測するこの「黄色先生」は、その運転日やダイヤが公式には発表されておらず、まさに神出鬼没であるらしい。それで珍しがって、熱心に追っている人々がいるそうだ。そしてその人たちにとっては、目撃情報というものが重要なようである。

 私はその手の情報にまったく疎く、またいわゆる「ネタもの」にも興味がないので、この「黄色先生」を追ったりしようとも思わないが、こうしてたまたま巡り会えたのは、良かったのかなあと思う。こんなことでもなければ、私のブログに「黄色先生」が載ることもなかったはずである。

 ただ、こういう「ネタもの」の記事を書くには即時性というものが重要で、おそらく見たその日に「本日黄色先生捕獲!」みたいにアップしなければならないのだろう。こんな一週間近く経ってから載せても意味がないのかもしれない。それにこうやって今日、こんなタイトルの記事をアップしたら、熱心に「黄色先生」の動向をチェックしている人が、昨日今日また走ったのかと思って慌ててしまっては申し訳ない。

 だが、私には私のペースがあるし、記事を載せる順番も気ままである。この「黄色先生」に対する想いもさほどではないから、優先順位も低くなる。それはそれで別に構わないだろう。私は私の好きにやっていこうと思う。

新幹線電気軌道総合試験車「ドクターイエロー」
東海道新幹線品川駅~新横浜駅にて 
2010.9.20
by railwaylife | 2010-09-26 12:08 | 新幹線 | Comments(0)

観測地点開花 2010

 有給休暇の朝、家でゆっくりする決意をした私は、午前中に洗濯をしたりしてから、昼頃に最寄りの駅までちょっと買い物に出かけた。

 その途中、彼岸花の咲くところまで来ると、昨日は開いていなかった花が、見事に開いていた。私にとっての観測地点の開花である。
f0113552_22155128.jpg

 一晩で花開いたということは、やはりこの冷え込みが良かったのだろうか。

 そして、近くにある東急東横線の踏切端の彼岸花も、咲き誇っていた。
f0113552_22161817.jpg

 例年に比べると、花の数が多いように思った。その咲きっぷりは、私にしてみれば「群生」と言って良かった。
f0113552_22164025.jpg

 強い紅色は、今日の曇り空でも映えた。これぞ、彼岸花である。
f0113552_22172044.jpg

 そんな紅い花は、電車が来ればその風圧に激しく揺れ、電車が去れば涼やかな風にひっそりと揺れた。その風はもう、誰が受けたとしても「秋風」と言えるものであった。私はまさに、秋を感じていた。



 そしてこの花越しに眺める車両は、もちろんこれである。
f0113552_22174546.jpg

f0113552_2218637.jpg

f0113552_22182624.jpg

f0113552_22184679.jpg

f0113552_2219675.jpg

 私が今、東急で最も気になる車両と言うべき9000系である。

 この秋は、別に車両や場所を問わず、彼岸花越しに往く列車を眺めたいと思っていた。だが、これほど家の近くで、しかもお気に入りの車両を背景にした彼岸花の「群生」を見られるとは思っていなかった。

 もちろん、この踏切端に咲く彼岸花のことを忘れていたわけではなかったけれども、正直ここまで咲き揃うとは考えてもみなかった。例年だと、申し訳程度に咲くくらいだったからである。だから、この場所で多くの花越しに9000系が見られたことは、本当に嬉しかった。

 これから9000系は、数を減らしていく一方である。まさか来年の今頃に東横線から姿を消しているとは思えないけれども、確実に見る機会は減っていく。そして、来年もこんなふうにたくさんの彼岸花が咲くかどうかはわからない。だから、まさにこの秋、何本もの9000系が多くの紅い花を揺らしながらここの踏切を駆け抜けて行くさまが見られたことは、とても良かったと思う。



 実は今日、本来であればどこか彼岸花の「名所」といわれるようなところへ出かけようかと目論んでいた。それは天気の悪さを理由にやめてしまったけれども、遠くへ行かなくて正解だったかなと思った。私の見たかった風景は、こんなにも近くに在ったからである。

 ただ、天気予報は外れた。昼過ぎから雨が降り出し、台風の影響もあって風雨ともに強まると朝は予報していたのに、結局日が暮れるまで雨はほとんど降らなかった。ちょうど私が出かけた昼頃に、ポツポツと来ただけである。それはまるで「雨と予報されたので一応降らせておきました」みたいに天気の神様が言い訳しているような降り方で、私がどこかへ出かけるにはまったく支障がなかった。

 そんな天気だったから、出かけなかったことに悔やまれる思いはあったし、雨の予報を出勤する妻にそのまま伝えたことも、何だか私が嘘を付いたようで申し訳なかった。しかし、予報の大元であるテレビの天気予報では、夕方になっても予報が外れたことについて何も言っていなかった。ちょっと「カチン」と来た。

 でも、出かけたくもないのに無理に出かける必要もなかった。それに何より、ほんの近所で私の求めていた風景に出会えたのだから、幸いなことだと思いたい。知らない土地の花より、自分のよく知った土地に咲く花の方が、たとえ数は少なくとも、印象に残るだろう。

 私はこの、紅い彼岸花越しの9000系電車を、大切な思い出としてずっとずっと脳裏にとっておきたいと思う。


東急9000系電車(9012F・9010F・9001F・9011F・9013F)
東急東横線都立大学駅~自由が丘駅にて 2010.9.24

by railwaylife | 2010-09-24 22:22 | 東急9000系 | Comments(0)

有給休暇の天気

f0113552_1021769.jpg

 休日の谷間ということもあって、今日は有給休暇を取っていた。

 せっかくの休みだから、どこかへ出かけたいという気持ちは当然あった。それで少し前から、日帰りの旅の計画を立てたりしていた。

 ただ、私が有給休暇を取って出かけようとすると、天気は優れないと相場が決まっている。実際、一週間前くらいからの週間予報でも、前日の秋分の日から天気が崩れることになっていた。

 どこへ出かけるにせよ、天気の良い方がもちろん望ましい。だが、私の有給休暇の日に晴れの天気を求めるのは、もう無理なことだという気がしていた。それで私は、有給休暇を申請したときから今日の天気が崩れることを覚悟し、たとえどんな天気でも出かけてやるとさえ思って意気込んでいた。

 しかし、昨日の秋分の日になって本当に天気が崩れ、その雨が今日も残るという予報を聞くうちに、何だか自分の意気込みが消え失せてしまった。覚悟をしていたとはいえ、実際に冴えない空を目にすると、やっぱりがっかりするものである。そして、自分の有給休暇のたびに天気が悪いということも、本当に嫌になってきた。実際このブログでも、その天気の悪さが記録されている。

 2010年4月5日  さまざまのこと思い出す桜かな
 2010年5月7日  113系を見に行く
 2010年6月28日 あじさい列車2010 第13章
 2010年8月9日  都区内パスの旅


 毎回のように冗談で「自分の日頃の行いが悪いからだ」などと書いていたけれども、ここまで悪いと本当に「私は何か普段悪いことをしているのだろうか」と真剣に考えてしまったりする。

 そんなふうに深刻に捉えるのもばかばかしいので、もう天気に対する不安や恨み節は述べないことにする。

 そして今日は、すっかり出かける気分がそがれてしまったこともあって、一日家でゆっくりすることにした。家にいても、いろいろとやることはある。そして、来るべきいつかの旅に備えて、じっくりと計画を練ることにもしたい。

 そんな自分の決意を確かなものにするべく私は先ほど、冴えない空を眺めに行ってみた。

 雨は落ちていなかったが、いつ降るとも知れない怪しい空だ。そんな空を見つめていると、折しも東横線の9000系が、朝のラッシュの中でせわしなく立ち働いているところに遭遇した。私はそう遠くないいつか、冴えわたる青空の下で、この東横線の9000系から旅を始めたいと強く想った。


東急9000系電車(9008F) 東急東横線学芸大学駅~都立大学駅にて 2010.9.24

by railwaylife | 2010-09-24 10:08 | 東急9000系 | Comments(0)

彼岸花を見逃すな 2010

 このブログをまだ始めたばかりであった2006年9月に、彼岸花のことを話題とした「彼岸花を見逃すな」「観測地点開花」「多摩川にて」という三つの記事がある。

 日常生活の記録に、鉄道や季節の変化の話題をうまく絡めた記事で、我ながらうまくコンパクトにまとまっているなと、今になって感心している。最近の記事は、一つ一つが長ったらしくていけない。

 さて、それらの記事に綴られているように、私は彼岸花という花にけっこう執着している。とは言え、ここ何年かは秋の彼岸の時期になっても、彼岸花の話題がほとんどこのブログには出てきていない。わずかに昨年、秩父の旅へと出かけたときに、往路の車窓から花を見かけたことを書いただけである。

 そこで今年は、まさに四年前の記事のタイトルのように「彼岸花を見逃すな」というわけで、暑いうちから待ち構えていた。

 ところが今年は、その暑さが異常だった所為で、この花の開花が遅れているようであった。今月になってから、彼岸花の「名所」といわれる場所の開花情報をネットでチェックしたりしているが、どこもみな開花が遅れ気味という情報が載っていた。

 暑いと開花が遅れるということは、この彼岸花が咲く条件には気温が関係しているのだろうか。暑さ寒さも彼岸までという言葉の通り、秋の彼岸になれば暑さもだいぶ落ち着いてくるはずだが、今年は彼岸の入りを迎えても最高気温が30℃を上回ったりしているのだから、確かに異常である。

 そんなわけで、普段なら秋分の日を目がけてこの花をチェックすれば良かったものを、私が注目しようとした今年に限ってその時期がずれるとは、何とも困ったことである。

 実際、四年前の「観測地点開花」という記事に出てくる、私の家の近所の彼岸花も、彼岸の入りを迎えた今週月曜日になっても、小さな芽が二、三本見え始めたところであった。これでは秋分の日に咲き揃うというわけにはいかないなと思った。

 そんな状況の中で、私はこれまた四年前の「多摩川にて」という記事に出てくる多摩川べりの彼岸花を見に行ってみようと思い立った。ちょうど私が新しいカメラの「試し撮り」をした日のことである。そのとき私は、東急9000系や新幹線300系の「試し撮り」と称して多摩川を訪れているけれども、実はそれは、彼岸花の咲き具合を確かめるためでもあった。

 丸子橋でお気に入り車両の「試し撮り」を終えた私は、そのまま橋を神奈川県側に渡り、下流に架かる東海道新幹線の鉄橋目指して歩き始めた。彼岸花が咲くのは新幹線の鉄橋の手前と向こう側だったはずである。

 冴えない空の下、ゴルフ練習場を見ながら歩いて行くと、秋の虫の音が聴こえる叢が見えてきた。彼岸花があったのはこの辺ではなかったかと思う。しかし、ねこじゃらしのような草が繁茂するばかりで、あの花の強烈な紅色は見えて来ない。やはり、まだ彼岸花を見に来るには早かったかなと思えてきた。

 それでもよくよく見れば、周囲の草に埋もれるようにして咲く、何輪かの紅い花を見つけた。私は急に嬉しくなった。
f0113552_18161188.jpg

f0113552_18163981.jpg

f0113552_1817127.jpg

 さらにもう少し歩けば、群生とは言えないまでも、花の固まっている場所も見えた。ただ、まだ完全に開き切ったとは言い難いものが多い。
f0113552_18172516.jpg

 とは言え、咲いていることには違いない。私は、ここへ来た甲斐があったと思った。そして、新幹線の鉄橋を越えれば、もっとたくさん彼岸花が咲いているのではないかという期待が出てきた。

 それでさらに下流へ歩を進めてみたが、何だか川原の様相が変わってきた。道沿いが黄土色に変色し、草がない。どうやら刈られてしまった後のようだ。もしかしたら夏草が伸び過ぎて、道を覆うばかりになっていたのかもしれない。そんな状態なので、花があるはずもなく、私は何だかがっかりしてしまった。

 ただ、雑然とした草地の跡を注意深く見て行けば、あのヒョロッとした彼岸花の茎が勢い良く何本も出て来ていた。まだ花は開いていないものの、確かに彼岸花はあった。私はそれでまた嬉しくなった。
f0113552_1825394.jpg

 まだまだとても見頃とは言えない多摩川の彼岸花であったが、私はこれからに期待が持てた。彼岸の中日である秋分の日では早過ぎるかもしれないが、今度の土日くらいには、多くの花が開いて見頃を迎えるのではないかと思う。そのときにまたぜひ来てみたいと思う。

 そして、鉄橋を越えた方の花は、品鶴線を往く列車とともに捉えられそうであった。彼岸花をかすめる列車、という風景も見てみたい。そのときに狙う列車はもちろん、これである。
f0113552_18175317.jpg

 そんな列車とともに、今年の彼岸花を見逃すまい。




追記
 この記事を書き上げてから最寄駅まで買い物に行ったので、観測地点の彼岸花を見てみた。
f0113552_18185673.jpg

 三日前より花芽は膨らんでいたが、まだ咲いているものはなかった。やはり見頃は来週以降なんだろうなと思った。

by railwaylife | 2010-09-23 18:32 | | Comments(0)