<   2010年 05月 ( 28 )   > この月の画像一覧

成田エクスプレスの存在

 特急「成田エクスプレス」は、私が日常でよく目にする特急列車である。私にとって、日常の最たる場所である渋谷や新宿を通る列車であるからだ。

 調べてみると、その登場は平成3年(1991)というから、私が高校生の頃から走っていることになる。ずいぶんと長い間、あの赤い車体を目にしてきたわけである。



 ところで、いつも「どこか遠くへ行ってしまいたい」という「旅心」を人一倍強く持っている私は、日常生活の中で遠くへ行く特急列車を目にすると、つい「あれに乗ってどこかへ行きたいなあ」と思ってしまうものである。しかし、この「成田エクスプレス」という特急だけは、その姿を目にしても不思議とそういう気は起きず、乗ってしまいたいとも思わない。それはやはり、成田空港という行先の所為であろう。

 いや、成田空港だって、遠くへと行ける場所である。そこは海外への玄関口だ。成田空港から、海外のあちこちへ飛び立てる。だから、特急「成田エクスプレス」は、まさにその海外への旅の「序章」であると言える。

 きっと、人によっては、仕事帰りに山手線に乗り、日常に疲れた体でぼんやりとしているところへ、となりの山手貨物線に「成田エクスプレス」の姿がぬっと現れたりしたら、たちまちにその赤い車体に釘付けになり「ああ、あれに乗って成田へ行き、そのままどこかよその国へ旅立ってしまいたい」と思うのかもしれない。それは、日常からの脱出願望と旅への憧れである。だが、私はそうはならない。

 というのも、私は海外への憧れがさほど強くないからだ。いや、もちろん海外にもいろいろ行ってみたいところはある。ヨーロッパのサッカーを、一度で良いから生で見てみたいと思う。アラスカに行って、オーロラを見てみたいとも思う。スイスの登山鉄道も面白そうだ。また、海外には私が憧れるような豪華寝台特急がまだまだ健在の国がある。そういう列車に乗ってみたいという気持ちもないわけではない。

 しかし、現実問題を考えれば、そんなお金と時間はどこにあるのだということになってしまい、あまり海外への旅を真剣に考えたことがない。だから、特急「成田エクスプレス」に乗って海外へ!という旅立ちのスタイルへの憧れも、湧いてこないわけである。

 それに私は、やはり国内の旅への志向が強い。大学で日本史を専攻したように、私は日本の歴史や文化に強く惹かれている。それをより深く知るために、国内のあちこちの史跡や社寺を訪れてみたいという気持ちがある。そして私は、もっともっと日本のことを良く知って、何かを得てから、海外に行かなければならないのではないかというこだわりがある。

 ただ、そんな考えは、おそらく「井の中の蛙」というやつで、きっと海外に行って今まで目にしたこともないような景色を見れば、自分の価値観なんて大きく変わってしまうのだろう。また、異国の文化に触れることで、自分自身が成長するかもしれない。幕末に歴史を動かした多くの若い志士が、海外に行って見聞を広めてから活躍したのが良い例である。別に私も歴史を動かそうというわけではないが、きっと海外に行ったら、自分が変わるような気もしている。それは良くわかってはいるが、やはり「お金と時間」という現実を日々突きつけられ、国内のちまちまとした旅を志向してしまうことになる。しかし、今の私にとっては、それが身の丈にあった旅のスタイルであり、また何より国内の鉄道に乗ることに楽しみを見い出している。



 特急「成田エクスプレス」のことから、話はやけに大きくなってしまったが、私が「成田エクスプレス」を取り上げたのは、実はこの列車に使われている253系という車両が、あと一ヵ月で引退するということになったからである。

 また去り行く車両への郷愁話か、と思われるかもしれないが、私は上に述べてきたような理由で、この特急列車への思い入れがまるでない。それに、以前にも書いたが、253系のような低運転台で平面顔の特急車両は、あまり好きではない。特急電車といえば、あの151系に始まる、高運転台の車両こそ憧れの対象であるからだ。

 そういうわけで、253系が引退するということになっても、大した感慨はなくて、もちろん惜別乗車など思い立ちもしなかった。もしかしたら、人によってはこの253系にものすごく思い入れがあり、こんなふうに書くと怒られるかもしれないが、私にも「想い」というものがあり、すべての去り行く車両に惜別の念を送るわけにもいかないというのが正直な気持ちである。

 とは言え、やはり、私の日常風景に長く在った車両として、少しはその姿を記録しておくかなと思い、ここ一ヵ月ばかり、253系を執拗に追い回してみた。そして、私が普段目にする日常風景の中で、この列車を捉えておいた。

 と言っても、私はわざわざ「253系を撮りに行こう!」と思って出かけたことはない。週末の病院通いのついでとか、どこかへ出かけたついでとか、何か別の列車を眺めに行ったついでに撮ったものである。

 引退間近と言っても、この253系はまだ一日上下とも10本以上が山手貨物線を行き来している。そして、どの列車に入るかも決まっていて、後釜のE259系とは運用が厳然と区別されている。そのことは時刻表にも書いてあるし、ちょっと調べれば253系がいつどこに現れるのかはいともたやすく把握できる。だから、他の引退間近の車両のように、ネットの掲示板を漁って「今日の○○系は、××運用です!」なんていう書き込みを探す必要もなかった。

 私は、山手貨物線と品鶴線内だけの「成田エクスプレス」の時刻表を作り、それをいつでも持ち歩いていたので、出かける時間に合わせて、適当に253系を撮ってみた。その結果が、ここに掲げる写真である。
f0113552_2295098.jpg

f0113552_22101550.jpg

f0113552_22104665.jpg

f0113552_2212153.jpg

f0113552_22123956.jpg

f0113552_22132272.jpg

f0113552_2214465.jpg

f0113552_22142525.jpg

f0113552_22145410.jpg

f0113552_22151947.jpg

f0113552_22154892.jpg

f0113552_22161417.jpg

f0113552_22163410.jpg

f0113552_22165392.jpg

f0113552_22171687.jpg

f0113552_22173850.jpg

 とにかく、253系は日常の中にありふれていた。ここにヘタクソな写真をこれでもかと貼り付けたのも、それを言いたかっただけのことである。しかも、ここに載せた写真はごく一部で、他に失敗作もあり、また、撮り損ねたこともある。時間に間に合わなかったこともあるし、どこで撮ろうか考えているうちに目の前を行ってしまったこともある。それでも、悔いはなかった。次の列車を撮れば良いだけのことだったからである。

 そんな253系を追う日々も、もういいかなと思う。これだけ追いかければ、私の日常の中に在った車両として、記憶にも記録にも残った。あと一ヵ月は、たまたま見かけたら「ご苦労様でした」という想いで眺めていればよい。

 そして今後は、新鋭のE259系が勢揃いすることになる。私は、どちらかと言うと、253系よりもE259系の方が好きだ。理由は単純で、運転台が高いからである。151系から、181系、183系、189系、485系、489系、そしてE351系と続いてきた系譜を受け継いだ面持ちではないかと思う。特急列車らしい顔だ。

 だからこれからは、E259系の姿を、日常風景の中で気楽に追っかけてみるのも良いのではないかと思っている。それがまた、次の楽しみでもある。
f0113552_2218343.jpg


253系特急「成田エクスプレス」
1枚目 成田エクスプレス36号 山手貨物線大崎駅~恵比寿駅にて 2010.4.25
2枚目 成田エクスプレス27号 山手貨物線渋谷駅~新宿駅にて 2010.4.29
3枚目 成田エクスプレス28号 山手貨物線渋谷駅~新宿駅にて 2010.4.29 
4枚目 成田エクスプレス41号 山手貨物線渋谷駅~新宿駅にて 2010.4.29
5枚目 成田エクスプレス36号 品鶴線西大井駅~武蔵小杉駅にて 2010.5.4
6枚目 成田エクスプレス12号 山手貨物線恵比寿駅~渋谷駅にて 2010.5.7
7枚目 成田エクスプレス14号 山手貨物線大崎駅~恵比寿駅にて 2010.5.7
8枚目 成田エクスプレス23号 山手貨物線大崎駅~恵比寿駅にて 2010.5.7
9枚目 成田エクスプレス36号 山手貨物線大崎駅にて 2010.5.7
10枚目 成田エクスプレス12号 山手貨物線恵比寿駅~渋谷駅にて 2010.5.8
11枚目 成田エクスプレス22号 山手貨物線渋谷駅~新宿駅にて 2010.5.22
12枚目 成田エクスプレス22号 山手貨物線新宿駅にて 2010.5.22
13枚目 成田エクスプレス27号 品鶴線西大井駅~武蔵小杉駅にて 2010.5.23
14枚目 成田エクスプレス27号 品鶴線西大井駅~武蔵小杉駅にて 2010.5.30
15枚目 成田エクスプレス33号 山手貨物線恵比寿駅~渋谷駅にて 2010.5.30
16枚目 成田エクスプレス24号 山手貨物線新宿駅~池袋駅にて 2010.5.30
253系&E259系特急「成田エクスプレス」
17枚目 成田エクスプレス22号 & 31号 山手貨物線新宿駅にて 2010.5.22



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2010-05-31 22:26 | JR東日本 | Comments(0)

堀端を往く

f0113552_22311948.jpg

 江戸城の外堀に沿って走る中央本線飯田橋-四ツ谷間は、都内のJR線の中でも特異な眺めだ。この区間に乗ると、ついつい水辺の風景に見入ってしまうものである。

 幅の広い堀を横目に往く通勤電車は、さながら山間の大河の流れに沿うローカル列車のようでもある。

 それで私は、この堀の眺めを、どこか遠くの名も知らぬ川の流れに見立てて、自分の「旅心」を慰めていた。

中央快速線201系電車 中央本線飯田橋駅~市ヶ谷駅にて 2010.5.30



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2010-05-30 22:31 | 201系 | Comments(2)

川辺の9000系

f0113552_22222870.jpg

 せっかくの週末なのに、この土日は両日とも曇り、しかも季節外れの冷え込みがあった。

 それで今日の多摩川も、白い空に照らされて色を失い、重々しい流れであった。そんな川面を、東横線9000系がゆったりと渡って行った。

 来週末は、初夏らしい青々とした川辺の風景を見たいものだ。



 ところで今日は、ある掲示板に、26ある東横線日中運用すべての車番を書き込んでくれている人がいた。

 その内訳を見てみると、5050系が16本、Y500系が2本、5000系が2本、9000系が6本となっており、5050系一派が全体の約77%を占めていた。やはり、9000系はもはや「脇役」なのだなあと改めて思い知らされた。

東急9000系(9008F) 東急東横線多摩川駅~新丸子駅にて 2010.5.30


にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2010-05-30 22:24 | 東急9000系 | Comments(0)

たそがれ9000系

f0113552_2313975.jpg

 私はこれから、折にふれて東横線9000系の姿を残していくことにした。

 5050系の増備により、9000系の活躍の範囲が狭められていくことは、わかっていることである。本数が減ってから慌てて追っかけ始め、掲示板の「今日の東横線90XXFは○○運用です!」なんていう情報に踊らされるのは嫌だ。

 幸いにして、今は10編成以上あるから、目にする機会はまだまだ少なくない。そんな9000系の日常の風景を、しかと残していきたい。

 今日は夕刻に、近所への買い物ついでに9000系を見送っておいた。


東急9000系(9015F) 東急東横線都立大学駅にて 2010.5.29

by railwaylife | 2010-05-29 23:16 | 東急9000系 | Comments(0)

あさま色現る

f0113552_23352997.jpg

 夕刻の慌しい新宿駅に、長野総合車両センター所属の189系「あさま」色が現れた。はるばる長野から、篠ノ井線と中央本線を経由してやって来たらしい。

 新宿駅で見られる「あさま」色189系といえば、この前ゴールデンウィーク中に見送った臨時特急「あずさ」があるが、何でも今度は千葉方面に送り込まれて、今週末と来週末の臨時特急「あやめ」に使用されるそうだ。

 そういえば今は、あやめの花の季節なんだろうなと思う。それでこの「あさま」色が借り出されたのだろうが、今までの「あさまあずさ」に加えて、今度は「あさまあやめ」ということになる。何だかよくわからなくなってくる。どうせだから、あやめの花の紫色を、車体の帯に加えたらいい。

 でも、鹿島線を189系で往くのもいいものだろうなあと思う。あの長い長い北浦橋梁を、久しぶりに渡ってみたい。

 思えば、私が特急「あやめ」に乗ったのは、もう三十年近く前のことだ。小学校に上がるか上がらないかの頃である。家族旅行で銚子へ行った帰りに鹿島神宮へ立ち寄り、そこから特急「あやめ」で帰途に就くことになっていた。私はその「あやめ」乗車を余程楽しみにしていたのか、鹿島神宮でお参りしたときに「どうか無事に特急「あやめ」に乗れますように」と祈っていたのを覚えている。しかし、肝心の「あやめ」の車内では、旅の疲れでぐっすりと眠っていたような気がする。

 それから特急「あやめ」に乗ったことはなく、鹿島線に乗ったのも、十年程前に一回きりである。ぜひ、113系の在るうちに鹿島線に乗っておきたいものだ。

 それにしても、この「あさま」色189系は長生きだ。もう特急「あさま」の運用から引退して干支が一巡りしたというのに、まだ元気に働いている。普段は信越本線の「妙高」として活躍しているし、こうやって首都圏にも遠征してくる。国鉄型の「残党」が健在なのは、嬉しいことだ。

 ただ、私はこの「あさま」色にあまり思い入れがない。やはり特急「あさま」といえば、クリーム色に赤帯の国鉄色が想起される。碓氷峠の青い機関車EF63との色の組み合わせも絶妙であった。叶うことなら、いま一度あの碓氷峠越えというものを味わってみたいものだ。

 そんな「あやめ」や「あさま」への想いを巡らせながら、189系を眺めていると、この車両が停まっている10番ホームが大変な人だかりとなってきた。となりの9番線から発車する特急「あずさ」31号に乗る人たちの行列ができ始めたからである。私はその列に挟まれて、身動きができなくなってしまった。思えば今日は週末で、特急列車が混み合うのも無理はない。

 しばらくして「あずさ」31号の車内清掃が終わり、行列は車内に吸い込まれていき、私はようやく動けるようになった。

 19時01分、189系は喧騒の新宿駅を後にして、特急「あやめ」運用の基地となる幕張車両センターへと向かって行った。いつもは新宿駅で特急「あずさ」に想いを馳せる私であるが、今日ばかりは「あやめ」や「あさま」に想いが跳んでいた。

189系「あさま」色 中央本線新宿駅にて 2010.5.28



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2010-05-28 23:41 | JR東日本 | Comments(0)

五月空2

 先週の金曜日も良く晴れて、東中野で気持ちの良い青空を見上げたが、今日も朝から好天となった。私はまた、通勤の途中に、そして昼休みに、青空が広く見える線路端に立ち寄った。そこで、五月空の下を往くオレンジの車体を見送った。

f0113552_2222184.jpg

f0113552_22224060.jpg


1枚目 中央本線中野駅~高円寺駅にて 2010.5.28
2枚目 中央本線荻窪駅~西荻窪駅にて 2010.5.28



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2010-05-28 22:26 | 201系 | Comments(0)

東急9000系の日常

f0113552_033221.jpg

 私にとって、最も身近な路線である東急東横線で、いま変化が起きている。

 先月、新鋭5050系が新たに2編成も増備された。5169Fと5173Fである。これらの編成は、今月になってすでに運用に就いているようである。実際、私はこの前の日曜日、初めて5169Fに乗車している。

 これで5050系は、既存の18編成と合わせると20編成となり、登場からわずか六年の間にすっかり東急東横線の「主役」となった。また、昨年にはもともと田園都市線用だった5000系を三編成も横流しし、東横線のラインナップに加えているから、5050系に5000系を合わせれば、合計で23編成である。これに「色違い」の横浜高速鉄道Y500系6編成を加えると、29編成になる。

 さらに、雑誌「鉄道ダイヤ情報」によれば、6月1日と15日にも新製5050系が甲種輸送されて来るというから、5050系とその仲間たちは、総勢31編成となり、ついに30編成の大台に乗ることになる。東横線の運用はラッシュ時の最大でも35だから、そのほとんどを、上記の編成だけでまかなえるわけである。

 こうなると、肩身の狭くなるのは、古参の9000系である。東横線に最大14編成存在した9000系は、すでに少しずつ数を減らし、現在は11編成となっている。先月にも、9003Fが長津田送りになったという話題が鉄道ニュースサイトに載っており、これは5169Fに押し出されるようにして運用を外れたものと見られる。今後も、5050系が増殖すれば、入れ替わるように9000系は減っていくのであろう。

 だが、そうでなくとも、最近は9000系を見る機会が少なくなってきた。通勤のときも、休日に出かけるときも、やって来るのは5050系か5000系かY500系ばかりのような気がする。すでに9000系は、東横線の「脇役」であると言って良い。

 私はデビュー時から、ずっと東横線の9000系を見続けてきた。そしてまさに9000系は、私の日常であった。高校の通学のときも、大学の通学のときも、そして通勤をするようになってからも、9000系はいつも私の日常生活の場面に在った。9000系は、いわば私の青春の象徴でもある。若くて愚かだった私は、学校で、会社で、起きた出来事を、行き帰りの9000系の車内で、思い、悩み、憂えていたことだろう。そんな私の思いを、9000系はずっと運んでくれた。物心付いたときに最も身近にあった8000系ほどの思い入れはないけれど、私の「レィルウェイライフ」を振り返ったときに、9000系は欠かすことのできない存在である。そんな車両が次第に追いやられて行くのは、やはり寂しいものである。

 とはいえ、9000系はデビューからすでに二十余年を経ており、劣化は否めない。湘南新宿ラインとの激しい競争の中で、東横特急としてぶっ飛ばすのにも限界があるのかもしれない。また、環境面でも後継の5050系の方が優れているのだろうし、乗り心地だって5050系の方が良い。暑い夏の日などに9000系が来ると、正直がっかりするものである。空調の効き具合が、5050系と9000系では全然違うからである。私の想像なので、間違っているかもしれないが、9000系は空調を「入れる」か「切る」かしかないのに対し、5050系は車内の温度を何度にするかなど、きめ細かな設定ができるのではないかと思う。

 また、電車の走りっぷりも、5050系の方がずっと安定している。加速の仕方も良いし、高速走行時の揺れも少ない。東横線の下り電車は、学芸大学を出ると時速100kmにまで達するが、そのときの9000系の揺れには、時々恐ろしくなるものである。

 そんなことをいろいろ考えると、やはり9000系は先行き長くないのではないかと思う。だいたい東横線は、いよいよ二年後に東京メトロ副都心線との直通運転開始を控えている。地下鉄と直通するということは、各車両にそのための機器をいろいろと搭載しなければならないだろうし、優等列車は10両編成化されることにもなっている。そういった改造や増結が、もはや「旧型」となった9000系に施されるとは考えにくい。この時期になって必死に5050系を増備しているのも、すべて副都心線直通対応を睨んでのことと思われる。

 そうすると、9000系の東横線での活躍は、長くてもあと二年ということになるのだろうか。あるいは、副都心線直通後も、ローカル運用で残るのだろうか。私にはわかるはずもないが、とにかく今のうちに、9000系の日常をしっかりと目に焼き付けておいた方が良さそうだ。乗り心地がどうのと言いつつも、乗れなくなったらなったで虚しいものだからである。

 さて、今日の通勤では9000系に乗れるだろうか。


東急9000系電車 東急東横線多摩川駅~新丸子駅にて 2010.5.4





追記:この記事を書いたせいか、今日は行きに9008F、帰りに9012Fに乗ることができた。2010-05-27 22:37




にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2010-05-27 07:10 | 東急9000系 | Comments(2)

ツツジ列車

 車窓の花は、春先から梅、モクレン、菜の花、ソメイヨシノ、八重桜、ハナミズキと来て、次はツツジであった。

 先月末頃から現れ始めたこの花は、代々木あたりや東中野あたりなど、通勤の車窓にもけっこう咲いていて、目に付いたものである。だから、そんな花越しに列車を捉えてみるのもいいものだなと思っていた。

 ところが、気が付くとツツジの花はほとんどが散っていた。いや、散っていたというのは適切ではないだろう。枯れていたと言った方が良いかもしれない。桜のようにはらはらと花びらが舞うというのではなく、しおれてグシャっとなった感じで残っていたからである。そんな状態の花を見たとき私は、咲き揃っていたときに撮ろうとしなかったことを申し訳なく思った。

 ツツジが咲いていたときに、格別忙しかったというわけではない。ソメイヨシノのように、咲いている時期が極端に短いわけでもないから、撮る機会はいくらでもあったはずだ。いや、もしかしたら、その「いつでも撮れる」という油断がいけなかったのかもしれない。

 何にせよ、ツツジには申し訳ないので、ここにわずかに撮った「ツツジ列車」の写真を掲げておく。
f0113552_23431258.jpg


 さて、次の車窓の花は、いよいよあじさいである。今度は「あじさい列車」を見逃すまいと、今から待ち構えている。
f0113552_23433587.jpg


1枚目 外房線安房小湊駅にて 2010.5.16
2枚目 家の近所にて 2010.5.23



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2010-05-26 23:46 | | Comments(0)

夕霞

f0113552_235110.jpg

 夏至まで一ヵ月を切り、最近はだいぶ日が伸びてきた。この時期は、頑張って仕事を早く切り上げれば、平日でも夕暮れを目の当たりにすることができる。

 今日の日の入りは、18時47分だという。あの、東京発18時03分の寝台特急「富士」「はやぶさ」に乗ったとしても、暮れていくさまを十分に楽しめた季節である。しかし、なぜ私は日の長い時期に「富士」「はやぶさ」に乗っておかなかったのかと、未だに心残りがある。

 そんな想いを胸に、今日は夕暮れの列車を見送ることにした。お目当ては、新宿18時36分着の特急「あずさ」26号である。私が出迎えることにした東中野より292.7km、はるか南小谷から大糸線・篠ノ井線・中央本線を通ってやって来る列車だ。

 ところが特急「あずさ」26号は、新宿到着時刻の18時36分を過ぎてもやって来なかった。この列車を撮ろうと思っていた私は、やきもきしてきた。夕暮れ時は、刻一刻と空の色が変わり、どんどんと明るさが失われていく。ISO感度の低い、今日の手持ちのカメラでは、うまく捉えられるかどうか、不安であった。

 18時40分頃、列車は低速で悠々と現れた。高尾からの快速線の区間で先行列車に阻まれて遅れたのか、それとも山岳区間を行くうちから遅れていたのかわからないが、長距離列車ならではのことである。そんな列車を、ボロいカメラでどうにか捉えた後、足元をすり抜けていく列車からの風に、私は北アルプスの空気を勝手に感じていた。

特急「あずさ」26号 中央本線東中野駅~中野駅にて 2010.5.25



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2010-05-25 23:08 | 中央本線 | Comments(2)

あずさ9号の旅

f0113552_23333737.jpg

 列車番号59M 新宿9:00発 特急「あずさ」9号 松本行き


 いま、私が通勤で最も良く目にする特急列車だ。

 雨模様の今朝の通勤では、途中下車して歩く気もしなかったが、かと言ってまっすぐ職場へ向かう気もせず、新宿駅の構内をウロウロしていた。そんな折、10番線で発車を待つ特急「あずさ」9号に出会った。

 雨の月曜朝なんて、決して良い気分ではない。だから私は、その特急列車に乗ってしまいたい衝動に駆られた。

 新宿を発った列車は、あの東中野の桜並木をかすめ、荻窪という日常の地をすり抜け、東京を西へ西へと向かう。早く東京を脱け出せ、という思いと裏腹に、東京の眺めは長いこと続く。

 でも、高尾を過ぎて緑の中に飛び込めば、いよいよ東京脱出である。県境の小仏トンネルを抜けていくときの、胸の高鳴りが好きだ。

 やがて列車は桂川に沿う。今日のような天気では、川岸の緑はすっかりくすんでいるだろう。でも、対岸の低い山並には白い霧がたなびき、幻想的な眺めが車窓に現れるはずである。そんな景色が見てみたい。

 やがて勝沼ぶどう郷を過ぎれば、左窓には甲府盆地が広がるはずだが、そんな眺望も、今日は白くけぶっているに違いない。白い白い車窓だ。

 甲府を経て、列車は高原へと向かう。遠くの山並は、無論見えるはずもない。沿線の新緑も、陰鬱だろう。そんな景色の中を、純白のE257系は往く。すでに信州は目の前だ。ようやく遠くへ来たなあと感じるだろう。

 信州に入って、小淵沢、茅野、上諏訪、下諏訪、岡谷、塩尻と停車駅を重ねていく。そして、終着松本に到着するのは、昼前の11時57分である。

 松本に着いたら、ぜひ松本城を訪れたい。ちょうど先週、城めぐりを特集した雑誌を衝動買いしてしまい、お城の魅力に取り付かれているところでもある。

 その後は、大糸線でも、篠ノ井線でも、どっちでもいいから、信州の奥に進みたい。大糸線も捨て難いが、やはり篠ノ井線の普通列車が良い。あの、姨捨駅のスイッチバックは、いつ訪れてもワクワクする場所だ。

 特急「あずさ」9号を目の前にして、私はそんな想いを巡らせていたけれど、ふと我に返り、となりのホームの快速電車におとなしく乗り込んだ。心の行先は、はるか信州だったけれど、現実の行先は、目と鼻の先の荻窪であった。


特急「あずさ」9号 中央本線新宿駅にて 2010.5.24



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2010-05-24 23:36 | 中央本線 | Comments(0)