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荻窪へ

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 職場で所属する部署の移転に伴い、明日から勤務地が変わることになった。今度の勤務地の最寄り駅は、中央本線の荻窪駅である。

 自宅から荻窪へ通うとなると、東急東横線で渋谷へ出て、JR山手線に乗り換え新宿まで行き、中央快速線に乗り継ぐのが最速ルートであろう。ただ、朝はいつも時間に余裕をもって出かけているため、新宿からは中央緩行線を利用しようかと考えている。朝の新宿以西の中央緩行線はすいているから、のんびりと行くことができる。それに新宿での山手線からの乗り換えも、中央緩行線だと同じホームなので楽だ。

 いずれにせよ、新宿から中央本線を利用するというのが通常のルートになりそうである。ただ、代替ルートもいくつかある。まず思い付くのが東京メトロ丸ノ内線である。丸ノ内線も、荻窪駅を通っている。この路線に乗るためには、渋谷から東京メトロ副都心線で新宿三丁目に出れば良い。このルートだと、JR線をまったく使わずに荻窪まで行くことができる。これは心強いことだ。JR線が何かで止まってしまったときに、有効な代替ルートとなる。時間的にも、JR線を利用する場合とさほど変わらないのではないかと思う。

 もう一つの代替ルートは、渋谷から京王井の頭線で吉祥寺に出て、吉祥寺から中央本線を利用する方法である。吉祥寺からは、新宿方面へ二駅戻る形になる。これは見るからに遠回りだし、時間もかかりそうだ。しかも、短い区間とはいえ結局は中央本線を使うわけだから、中央本線が止まっていたら元も子もない。

 ただ、このルートは趣味的には面白い。京王井の頭線が利用できるからである。もしかしたら、引退まで間もない京王3000系に乗れるかもしれないという期待がある。それに、始発から終点まで乗るわけだから、電車を何本か待てば座って行くこともできるだろう。あまり実用的なルートとは言えないが、たまに気晴らしで利用してみたいと思う。

 通勤についていろいろと考えを巡らせてみたが、これから始まる新しい勤務地での日々には、多少の不安もある。ただ、そんな中でも、毎日の通勤の中で、何らかの楽しみを見つけていければ良いと考えている。


荻窪駅に進入する中央快速線E233系電車 中央本線荻窪駅にて 2010.1.23



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by railwaylife | 2010-01-31 22:50 | 生活 | Comments(0)

西武新宿線の日々

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 来月初めから勤務地が移転することになり、通勤に利用する路線も変わることになった。今までは東急東横線・JR山手線・西武新宿線を利用していたが、これからは東急東横線・JR山手線・JR中央線を利用することになる。そのため、西武新宿線にはもう乗らなくなる。

 通勤に西武新宿線を利用し始めたのは半年前のことであったが、その間にすっかりこの路線での通勤には慣れた。これまで何の関わりもなく、ほとんど乗ったことのなかった西武新宿線が、最近では生活の一部になっていたと言っても良い。

 そんな西武新宿線で通勤するのは、一昨日の金曜日が最後であったが、仕事帰りの電車で、降車駅の高田馬場に着いたときには、何となく寂しい気がしたものである。それなりに、愛着を感じていたのだと思う。

 振り返ってみると、西武新宿線には列車種別と車種が多く、それが通勤の楽しみでもあった。今度はどんな車両が来るのかという期待感があった。車種でいうと、2000系に6000系、20000系に30000系があって、それぞれに特徴のある車両であった。特に2000系は、以前にも書いたように、車両ごとに細かな相違点があって、それをチェックするのも楽しかった。また、稀に3000系や101系といった旧型の3ドア車が来ることもあり、それはそれで興味深かった。これらの車両は、私が幼い頃には「西武の顔」という感じで、それだけに懐かしい思いがした。

 ただ、毎日のように利用していても、車窓風景はあまり楽しむことがなかった。行きは通勤ラッシュと逆方向で毎回座れるため、ついつい居眠りしてしまい、帰りはすでに日が暮れていて外は真っ暗であった。そのため、沿線の車窓風景というものに、あまり印象がない。それについては、もったいないことをしたと思う。
 
 だから今度、通勤とは関係なしに西武新宿線を利用して、ゆっくりと車窓を楽しんでみたいと思う。また、特急「小江戸」号にも乗ってみたいものである。通勤で利用した路線を特急列車から眺めてみると、また違ったものが見えてくるかもしれない。

 通勤での利用は終わってしまったけれども、西武新宿線は私にとって少し特別な存在になった。だから、これからも注目していきたいと思う。


西武新宿線2000系 西武新宿線沼袋駅にて 2010.1.28



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by railwaylife | 2010-01-31 12:17 | 生活 | Comments(2)

サヨナラ209系

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 京浜東北線からの209系の引退がいよいよ今日となり、最後まで残った二編成のうち一編成に、一週間前からヘッドマークが付き始めた。それで沿線も撮影者で賑わってきたそうであったが、私は209系にさほど思い入れもなく、別に追いかけようという気もなかった。

 しかし、運行最終日前日の昨日土曜日、午前中にたまたまある掲示板を眺めていたら、この日のヘッドマーク付き209系の運用が夜まですべて掲載されていた。それと時刻表を付き合わせれば、どこの駅に何時に209系がやって来るのかがすぐにわかった。

 ちょうど午後から出かける予定もあったし、それならちらっと209系を見に行くのも良いかなと思い、京浜東北線沿線へ行ってみることにした。なんのかんの言いつつも、やっぱり209系が気になっていたのだと思う。私は今まで、引退間際になった車両に急に群がるファンたちを、どこか冷ややかな目で見ていたが、結局自分もそういうファンの一員なのかもしれないなという気がしてきた。

 それはさておき、問題はどこで見送るかである。私はなるべく、人の少ないところでひっそりと見送りたかった。それでいろいろ考えた結果、品川駅を選んだ。

 品川駅の京浜東北線南行の4番線ホームは、向かいの東海道本線上りの5番線ホームから見渡すことができる。品川から東海道本線上りにわざわざ乗る人は少ないので、このホームはいつもひっそりとしている。それが狙い目であった。ただ、先頭側はもしかしたら見送りの人が多いかもしれないので、最後尾から見送ることにして、5番線ホームの東京寄りを見送り場所に決めた。

 午後から出かけて用事を済ませ、日の暮れかけた17時過ぎに品川駅に着くと、案の定5番線ホームは閑散としていた。209系狙いのファンが二、三人いるだけであった。

 ヘッドマーク付きの209系は、列車番号1619Aの磯子行きとして、17時19分に品川へやって来るはずである。私はその列車に狙いを定めていた。ただ、問題が一つあって、その209系が到着するわずか一分前の17時18分に、5番線から東海道本線上り東京行きの876Mが発車することになっている。もし、東海道本線の列車が少しでも遅れたなら、209系と被ってしまうことになる。それが心配であった。

 209系が来るのを待つうちに、薄暮の空が暗くなってきた。その間に4番線には、209系の後釜であるE233系が何本か入ってきた。新鋭のE233系にもすっかり見慣れた気がする。

 やがて5番線に東海道本線上りの876Mがやって来て、定刻通りにホームを出て行った。これで心配はなくなった。

 ほどなく、待ちわびた209系が薄い闇の中から近付いてきた。E233系を見慣れた目には、209系がいかにも古めかしい車両のように感じられた。

 列車が停まったところで、ひたすら209系にカメラを向けた。短い停車時間の間に、夕闇の品川駅でひっそりと佇む209系へ、自分なりの惜別の念を込めた。

 間もなく209系は動き出した。私はそれをじっと見送っていた。すると、大きなカメラを持った中年の男性が「209系はまた戻ってくるんでしょうかね」と聞いてきた。私は、この後の運用のことは調べてこなかったので、わからないと答えた。もうこれで私は、209系の見送りは終えるつもりであったからである。


ヘッドマーク付き209系電車 京浜東北線品川駅にて 2010.1.23



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by railwaylife | 2010-01-24 21:55 | JR東日本 | Comments(0)

上野駅のボンネット型

 ここ最近ずっと、3月のダイヤ改正で急行「能登」の運用から外れ、定期運用が消滅してしまうボンネット型の489系を、上野駅でじっくり眺めたいものだと思っていた。

 しかし、急行「能登」が発着する16番線は、特急・急行専用ホームで、特急券か急行券を持っていないと入れるものではない。だから、乗車券しか持っていなければ、となりの15番線ホームから線路越しに眺めるしかない。

 たしか十年くらい前には、上り「能登」は13番線に到着し、特急券や急行券を持っていなくても気軽に近付けた記憶があるが、いつからか16番線に変わっていた。到着ホームを変えたのは、ボンネット型車両に群がるファンを遠ざけるためではないかと思ったりしたが、そんなことが理由ではなく、乗客の急行券をきちんとチェックするためであろう。

 とにかく急行「能登」のボンネット型車両には容易に近付けなくなっている。だが、何とかして16番線ホームに入ろうと、私はいろいろと考えた。一番良いのは急行「能登」に、上野から一番近い停車駅である大宮まで乗るか、大宮から乗って来ることであるが、大宮まで乗ってしまうと終電で帰宅することはできなくなり、大宮から乗るには家から始発で駆けつけても間に合わない。

 だったら、16番線かとなりの17番線に発着する他の特急列車に乗ることにして、そのホームに入れば良いとも考えたが、そのためにわざわざ特急券を買ったりするのが何だか馬鹿らしくなってきた。

 それに、489系という車両そのものをじっくり見たいのであれば、別の方法があった。その方法とは、急行「能登」用の489系が間合い運用で使用されているホームライナーを見に行くというものである。489系は、上野発18時40分の「ホームライナー鴻巣」3号と、上野発21時03分の「ホームライナー古河」3号に使用されている。これらの列車の発車番線は、通勤列車用のホームである8番線であり、乗車券さえあれば自由に出入りすることのできるホームだ。だから、じっくりと489系が見られるだろう。

 ただ、ホームライナーは平日しか運転されない。18時40分だと、仕事を定時に切り上げて上野駅に駆け付けたとしても間に合わない。でも、21時03分なら余裕を持って上野駅に行ける。そこで私は「ホームライナー古河」3号を見に行くべく、金曜夜の上野駅に向かった。

 20時30分頃に8番線へ行くと、帰宅ラッシュでそわそわするホームに、ボンネット型の489系が厳かに入線してきた。風格のある国鉄色の車体は、古めかしいが気品にも溢れていた。
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 そんな姿は良いとしても、ヘッドマークのデザインは、どうもいただけない。色が良くないし、何となく見にくい。どうせ字だけのヘッドマークなら、白地に黒字で「ホームライナー」と大きく表記し、その下に赤字で小さく「HOMELINER」と入れて、国鉄時代のヘッドマークみたいにしたらいいのに、などと思ってしまう。

 そういうわけで、なるべくヘッドマークを入れずに、ボンネット型車両を撮ってみた。
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 それにしても、長く使い続けてきた車体は何だか痛々しい。老朽化による引退というのも、やむなしといったところだ。よくぞこの車体で、北国の厳しい風雪に耐え、夜通し走っているものだと感心してしまった。

 また、ボンネット型の前面には今でもデザイン的に斬新なイメージはあるが、やはり全体的には、いかにも古い車両という印象が否めない。その古さは、となりに停車している新鋭のE531系と比較すると、余計に際立ってくる。よく今日までこの車両が現役で残ったものだと思う。

 そんな感想を持ちつつも、私はボンネット型の489系の姿を、幼い頃見た上野発の特急電車に重ねていた。この8番線を含む、高架上のいわゆる「高いホーム」は、今でこそ通勤列車専用のホームになっているが、かつてはここにも、ひっきりなしに優等列車が発着していたものである。その幼い頃の記憶が、今いる489系によって、鮮明によみがえってくる。幼い私の心に、強烈な憧れを植え付けた、上野駅の特急電車たちの姿である。

 だが、そんな光景を思い出させてくれる489系も、あとわずかで上野駅から姿を消すことになる。やはり、残念でならない。

 21時03分の発車までの間に、私は惜別の念を込めながら、じっくりとボンネット型車両を眺めることができた。ただ、3月までの間には、あと何度か急行「能登」の姿を見に来たいと思っているので、これで見納めではないような気がした。  

 それでも私は、上野駅のボンネット型車両の姿を、しっかりと記憶の中に仕舞い込んだ。


489系「ホームライナー古河」3号 東北本線上野駅にて 2010.1.22



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by railwaylife | 2010-01-23 01:41 | 昔の写真 | Comments(0)

西武2000系

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 昨年の7月に勤務地が新宿から上石神井に移転し、西武新宿線で通勤するようになってちょうど半年が経った。最近では西武新宿線での通勤にもすっかり慣れた。都内の路線ながら、今まで何の縁もゆかりもなかった西武新宿線に、今ではだいぶ馴染んでいる。

 そんな西武新宿線に乗ると、一番多く遭遇するのが2000系という車両だ。昔ながらの黄色い車体がいかにも西武らしい車両である。新宿線では最大勢力を誇っているようだ。私は行きに各駅停車、帰りに急行か準急を利用しているが、この2000系は各駅停車にも急行にも準急にも使用されている。だから余計に乗る機会は多くなる。それで自然と2000系には注目するようになる。

 さてこの2000系であるが、一口に2000系と言ってもいろいろな種類がある。まず、大きく分けて新型と旧型がある。これは製造時期の違いによるものらしく、それぞれ新2000系、旧2000系と呼ばれているようだ。新2000系は旧2000系からマイナーチェンジしており、両者はよく見ると違いがある。

 大きな違いは前面だ。新2000系は窓と行先表示が黒く縁取られ、旧2000系よりも引き締まった面持ちになっている。また、屋上機器のベンチレーターも異なる。旧2000系は丸型のグローブ型で、旧国鉄の101系や103系を彷彿とさせる。一方の新2000系は角型の押し込み型で、近代的な感じだ。他にも戸袋の有無や車番の表記方法に違いがある。旧2000系の車番表記は車体にじかになされているのに対し、新2000系の車番は銀色の板に表記されている。そんなさまざまな相違点があり、両者の見た目はだいぶ異なる。

 さらに、新旧の2000系とも最近車体更新されたものがあり、行先表示の機器が車両によって異なっている。従来の幕式のものもあれば、LEDに更新されたものもあり、LEDでも三色LEDとフルカラーLEDのものがある。この行先表示の違いでもかなり印象が異なるものだ。新2000系のフルカラーLEDを装備した車両などは、斬新な感じがする。

 こうした車体固有の相違点に加え、編成の組成方法にも各々違いがある。新宿線の列車は、急行・準急などが10両、各駅停車が6両または8両となっているが、2000系の場合、それらの編成が2両編成、4両編成、6両編成、8両編成の車両によって構成される。各駅停車の場合は6両固定編成または8両固定編成のことが多いが、急行・準急などの10両は2両編成+8両編成の場合や4両編成+6両編成の場合など、列車によって組成がまちまちである。それも新2000系と旧2000系がくっ付いたり、旧2000系のみで組成されたりと、組み合わせは実にさまざまだ。また、2両編成には運転台の上にパンタグラフのあるいわゆる「前パン」と言われる車両があり、それが先頭車両になっているとまた印象が違う。その上、パンタグラフにもシングルアーム型と従来の菱型のものがあって、それも大きな相違点になっている。

 このように、2000系の編成は実にバラエティに富んでいて、見ていて飽きない。今日はどんな2000系が来るのかと楽しみでもある。それが通勤のわずかな慰めにもなっている。

 しかし、そんな西武新宿線での通勤も間もなく終わってしまう。というのも、来月初めから勤務地がまた変わるからである。今度は荻窪であるという。中央線での通勤になる。今までより通勤距離が短くなり定期券代も安くなるので文句は言えないが、せっかく慣れ親しんできた西武新宿線で通勤ができなくなってしまうのは少し残念である。

 だから今度は、通勤とは関係なしに、ゆったりと西武新宿線を楽しんでみたいと思う。気になる2000系も、ここに掲げた写真は出勤の途中に慌てて撮ったものであるが、今度は線路端でじっくりと撮影してみたいものである。


西武鉄道
2000系電車 西武新宿線上石神井駅にて 2009.12.1
by railwaylife | 2010-01-21 23:47 | 西武 | Comments(0)

上野発の急行列車

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 先週末は早朝に寝台特急「北陸」と急行「能登」を見に行こうとそわそわしていたが、今週末はその必要がない。土曜朝着と日曜朝着の両列車が、大雪の影響で運休になってしまったからである。運行情報の詳細を見てみると、上越線や信越本線が雪の影響をひどく受けているらしい。改めて、北国の冬の厳しさを知る思いである。今夜は「北陸」と「能登」に加え、寝台特急「あけぼの」と「日本海」と「トワイライトエクスプレス」と急行「きたぐに」も運休だという。日本海側を通る夜行列車は、軒並動いていない。こんな夜は、何となくむなしい気分になるものである。

 ところで、昨日発売の雑誌「鉄道ダイヤ情報」を書店で立ち読みしたところ「JRグループ  2010(平成22)年3月13日ダイヤ改正概要」に、急行「能登」について次のような記述があった。

489系金沢車9両で運転している急行「能登」を、485系新潟車6両の臨時列車に変更する。

 昨年末にJRグループから発表されたダイヤ改正の概要を読んだ限りでは、寝台特急「北陸」と急行「能登」の両方が廃止で、別に臨時列車ができるような書きっぷりであったが、実際には新しく臨時列車ができるのではなく、急行「能登」が臨時列車として残るようである。

 ただし、使用する車両は金沢総合車両所の489系から新潟車両センターの485系に置き換わるため、ボンネット型車両が定期運用から撤退するという事実は変わらない。

 それでも、新潟車両センターの485系には国鉄色の車両があるため、上野駅からの国鉄色の特急車両消滅はかろうじて回避されることになる。しかし、485系になると、ヘッドマークはどのようになるのであろうか。489系のように絵入りマークを掲げてくれればよいが、赤字で「急行」とだけ表示されるようだったら味気ない。

 それにしても、臨時列車化というのはすっきりしないものである。定期列車で廃止となれば、廃止の日で華々しく散っていけるが、臨時列車の場合は、いつの間にか運転されなくなっていたということもある。だから、惜別も何もあったものではない。

 ともかく、急行「能登」の臨時列車化で、上野駅から定期の急行列車は消滅し、臨時の急行列車だけが細々と出発していくことになる。まさに上野発の急行列車は風前の灯である。

 だが、私が幼い頃、上野駅には特急列車とともに急行列車が溢れていた。思い付くだけでも、昼行では「まつしま」「ざおう」「なすの」「ばんだい」「ときわ」「佐渡」「よねやま」「信州」「ゆけむり」など、そして夜行では「八甲田」「おが」「十和田」「津軽」「天の川」「越前」などがあって、ひっきりなしに上野駅へ出入りしていた。それらの列車は、ヘッドマークを掲げた特急列車ほど華やかさはなかったが、幼い私にとって憧れの対象ではあった。

 しかし、多くの急行列車は新幹線開業後に急速に姿を消していった。特急列車に吸収されたり、また「新特急」というよくわからない種別に置き換えられたりもした。

 そして、今やJRの急行列車は「能登」を含めて全国に三本しかない。しかも、そのいずれもが夜行列車であり、昼行の急行列車は一本もない。もはや、急行列車はその役割を終えたと言えるのかもしれない。

 現在のJRでは、列車の種別が特急と快速・普通へ二極化している。そして、特急の一部が、かつての急行の役割を果たしているような線区もある。例えば、常磐線の特急「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」や、中央本線の「スーパーあずさ」と「あずさ」や「かいじ」などは、昔で言えば特急と急行の関係のようでもある。

 急行が特急になったのだから、サービス向上とも言えるかもしれないが、その分高い特急料金を払わなければならない。それでも、停車駅はかつての急行並みで、時間のかかる特急列車もあるから、割に合わないと思う。急行列車というのは、特急よりも時間はかかり、設備も劣るが、その分料金は安いという良さがあったわけで、そういう選択肢というのは残して良かったのではないかと思う。今では、否応なしに特急や新幹線に乗せられてしまうところがある。

 ただ、最近では料金の必要ない快速列車というのも増えてきて、それがかつての急行列車に劣らない速さを誇るものもある。また、中には「特快」などという種別もあって、そんな列車は停車駅もかつての急行並みか、急行よりも少なかったりする。

 それを考えると、やはり料金的にも設備的にも中途半端であった急行列車は、不要になってしまったのかなと思う。しかし、急行がないのに、特別な急行である特急があるというのは、不思議な状態でもある。

 とはいえ、JRから急行列車がなくなる日はそう遠くないことであろう。その日までに、急行「能登」を含め、JRの急行列車というものをしっかりと記憶にとどめておきたいと思う。


かつての上野発急行列車
1枚目 急行「なすの」  東北本線上野駅にて 1985.1.12
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枚目 急行「まつしま」 東北本線上野駅にて 1985.1.12
by railwaylife | 2010-01-17 01:49 | 昔の写真 | Comments(0)

209系という車両

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 鉄道に興味のある人は、常に自分が乗ったり見たりした車両のことが気になるものであろう。通勤で今朝何系に乗ったとか、どこかへ出かけたときに乗ったのは何系だったとかチェックしているし、旅に出て乗った車両もよく覚えているのではないか。あるいは、実際に乗っていなくても、あの車両に乗ってみたいと思うこともあるだろう。

 そんなところから、自分にとって愛着のある車両や、憧れの車両ができてくるはずである。通勤で毎日のように乗る車両なら愛着もわくだろうし、旅先で乗った車両なら、思い出深い車両になるだろう。また、いつか乗ってみたいという車両は憧れの対象になると思う。

 そんな鉄道車両にも寿命があり、老朽化した車両はやがて引退していく。もし、自分にとって愛着のある車両や憧れの車両が引退するとなれば、それはそれは寂しいものである。だから、惜別の念をもって最後に乗っておきたいとか、写真を撮っておきたいとかいうことになる。それが惜別ブームである。引退が決まった車両の周囲はにわかに騒がしくなる。

 だが、最近のブームは少し異常ではないかと感じる。引退が決まった車両を追いかける人たちの中には、惜別の念を持っているとは思えないこともある。単にブームに乗っているだけで、いわゆる「ネタもの」として追っかけているようなところがある。そして、公共のルールを無視して写真を撮ろうとしたり、果ては車両の備品をいたずらしたり、盗んだりする輩も出てくる。そういう行為を見聞きすると、本当に嫌になってくる。だから、引退する車両を追いかける人は「葬式鉄」などと揶揄されるのだと思う。

 とはいえ、かく言う私も、惜別ブームに乗っかっているようなところがある。最近では、廃止の決まった急行「能登」と寝台特急「北陸」に夢中だ。でも、夜行列車には昔から格別の思い入れがあったから、両列車はやはり特別な存在であるし、惜別の念は強い。それに全ての引退する車両を追っかけているわけではない。

 だいたい、最近は車両の入れ替えのサイクルが早過ぎるから、引退する車両も多く、私にはついていけないところがある。例えば、今年引退する車両を挙げてみても、急行「能登」の489系、寝台特急「北陸」の14系寝台車、京浜東北線の209系、中央快速線の201系、特急「成田エクスプレス」の253系、山形新幹線「つばさ」の400系、東海道・山陽新幹線「のぞみ」の500系、さらに西へ目を向けてみれば、大糸線のキハ52、嵯峨野線の113系、私鉄でいえば京王3000系や6000系など、枚挙にいとまがない。また、いつ引退するかわからないが先が長くない車両としては、常磐緩行線の203系、京葉線の201系、房総地区の113系、中央東線の115系スカ色、東海道新幹線の300系、私鉄でいえば小田急5000系や京急1000系などがあって、それらを全部追っかけられるわけもないし、いちいち思い入れをもっているわけにもいかない。

 さて、前置きが長くなったが、こうした引退予定の車両の中で今年初めに姿を消すのが、京浜東北線の209系である。今月24日が最終運転であるという。

 209系といえば文字通り京浜東北線の顔であったが、正直私はさほど思い入れがない。私にとって京浜東北線といえば、幼い頃目にしていた、スカイブルー一色の103系の方が印象は強い。209系の登場は、調べてみると平成5年(1993)で、今から十七年前のことだという。何だかもっと前から走っていたような気もするが、103系ほどインパクトはない。

 そもそも京浜東北線は、目にすることは多くてもそんなに乗る機会はない路線である。横浜方面へ行くには東横線を使ってしまうし、大井町や蒲田へ出るのも東急である。赤羽や大宮へ行くには埼京線を使う。稀に、上野や東京から帰るときに気が向いて、渋谷経由ではなく大井町経由で帰ることがあって、そのときに乗るくらいである。あとは、品川-田町間は山手線よりも京浜東北線の方が田町車両センターが良く見えるので、わざわざ乗ったりすることもあった。

 また、一時期大森にある会社に勤めていたことがあったので、大井町-大森間を通勤で使い209系に乗っていたが、一駅の間だけだし、その会社に派遣されている期間も短かったので、209系に愛着を持つほどではなかった。

 209系についての一番の思い出と言えば、都内で九州からの寝台特急を撮ろうとすると必ず目にする車両ということであった。京浜東北線は東海道本線と併走しているので、いつも寝台特急に209系が被ってしまうのではないかとヒヤヒヤしていた。そういう意味で209系は、寝台特急の撮影機会を奪うかもしれない憎い存在でもあった。それでも、寝台特急を待つ間の暇潰しに、けっこう209系を撮ったりもしていた。掲げた写真はいずれも、寝台特急を撮るために出かけたときついでに撮った209系である。

 また、九州行きの寝台特急の中から209系を目にすることもあったし、209系の中から寝台特急を見ることもあった。209系から見る寝台特急は憧れの的であったし、寝台特急から見る209系は、東京の車窓の象徴でもあった。東京から寝台特急に乗ったときに見る209系は、旅立ちを盛り立てるものであったし、寝台特急で東京に戻ってきたときに目にする209系は、帰京したことを強烈に印象付けるものであった。大船あたりで209系が見えてきたときには、ああついに帰ってきてしまったなとがっかりしたものである。

 そんなことを考えてみると、私にとっての209系の思い出は、九州行き寝台特急とともにあるような気がする。そして、九州行き寝台特急はすでに消え、その盛り立て役であった209系も消えようとしている。九州行き寝台特急の在った景色は、どんどんと変わっていくことになる。

 あと十日ほどで京浜東北線209系は引退する。最後まで残った車両はわずかであり、目にすることは難しそうだし、わざわざ見に行こうという気もしない。それでも、最後まで無事にその役目を果たしてほしいと思う。それが私の、わずかながらの209系への惜別の念である。


JR東日本209系電車
1枚目 京浜東北線川崎駅~鶴見駅にて 2007.4.10
2枚目 京浜東北線蒲田駅~川崎駅にて 2007.8.1
3枚目 京浜東北線大森駅~蒲田駅にて 2008.10.16



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by railwaylife | 2010-01-13 23:25 | JR東日本 | Comments(0)

ボンネット型

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 今度の3月のダイヤ改正で急行「能登」が廃止されることにより、JRからボンネット型特急車両の定期運用が消滅することになるという。これにより、昭和33年(1958)に特急「こだま」に151系電車(当初は20系電車)が導入されて以来続いた、ボンネット型特急車両の伝統が終焉することになるそうだ。今回の「能登」の廃止は、一つの歴史が終わる瞬間であるとも言える。

 今でこそ貴重になったボンネット型特急車両であるが、私が幼い頃はまだ各地で多く見られたものである。印象に残っているボンネット型特急車両といえば、181系の特急「とき」や、485系の特急「ひばり」「あいづ」「ひたち」などが挙げられる。

 それらの特急には当時、旧式のボンネット型車両と、新型の平面顔をした車両が併用されていたが、幼い私は平面顔の新型車両の方が好きであった。というのも、新型の前面には絵入りのヘッドマークが掲げられていたのに対し、ボンネット型の車両のヘッドマークには字しかなかったからである。

 特急の絵入りヘッドマークというのは、子供心を強烈に引き付けるものであり、その絵入りヘッドマークのないボンネット型車両は、私にとって「つまらない」ものであった。ただ、後にボンネット型車両にも絵入りヘッドマークが入るようになったが、それでもボンネット型車両はさほど好きにならなかったように思う。

 とはいえ、今回昔撮った写真からボンネット型車両をかき集めてみると、けっこう枚数があった。やはり、それなりにボンネット型車両には惹かれるものがあったのだろう。

 今はボンネット型車両をどう思っているかというと、やはり幼い頃から見ていた車両として、懐かしいものを感じる。だから、今回のボンネット型車両の引退は残念である。

 急行「能登」の廃止は、車両の老朽化が原因でもあるから、使用されているボンネット型車両も廃車ということになるのだろう。そうなると、本線上を走るボンネット型車両の姿ももう見られなくだろうから、3月までの間に機会があれば、もう何回かボンネット車両の特徴的な顔を、眺めに行っておきたいと思う。


ボンネット型車両
1枚目 特急「ひたち」 東北本線上野駅にて 1986.1.12
2枚目 特急「そよかぜ」 東北本線上野駅にて 1986.2.11
3枚目 特急「有明」 鹿児島本線熊本駅にて 1987.3.27
4枚目 特急「北越」 信越本線長岡駅にて 1989.1.15
5枚目 特急「白鳥」 信越本線新津駅にて 1989.1.15
6枚目 特急「しらさぎ」 北陸本線福井駅にて 1989.4.2
7枚目 特急「加越」 北陸本線金沢駅にて 1989.4.2
(昔の写真なので、場所と日付は多少あやふやなところもある)



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by railwaylife | 2010-01-11 17:22 | 昔の写真 | Comments(0)

日の入り前の旅立ち

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 東京駅や上野駅から、寝台特急で日の入り前に旅立つのが好きだった。かつての東京発16時56分の寝台特急「富士」や、上野発16時50分の寝台特急「北斗星」1号などでそれができた。

 まだ明るいうちに始発駅を発ち、寝台特急の車窓から日が暮れていくのを目の当たりにすることになる。茜色に染まった空が、次第に藍色に呑み込まれていき、やがて紺色から黒一色に変わる。そうやって、一晩中付き合うことになる闇の車窓が創られていくさまを見ることで、暗い車窓風景がより一層味わい深いものとなる。だから、暮れていく空を見ることが、寝台特急の旅における最初の楽しみであるとも言える。

 しかし、いまや首都圏発の寝台特急で日の暮れていくさまを見ようと思ったら、上野発16時20分の「カシオペア」に乗るしかない。それ以外の列車は、いずれも日が暮れてからの発車である。日の入り後に旅立つ寝台特急に乗って、いきなり闇の車窓が始まってしまうと、何だかもったいないような気がするものである。

 だったら「カシオペア」に乗れば良いという話になるかもしれないが、豪華寝台特急「カシオペア」は高嶺の花である。簡単に乗れるものではない。

 私が寝台特急に憧れていることを知っている妻がよく「宝くじに当たったらカシオペアに乗ってもいいよ」という話をする。もし宝くじに当たって大金を手にしたなら、ぜひ「カシオペアスイート」の展望室に乗ってみたいものだ。だが、この部屋の指定券を入手するのもまた非常に困難なことであり、運も必要だ。宝くじに当たって、その上「カシオペアスイート」の展望室の指定券を手にするなど、どれだけ運が必要になるのかと思ってしまう。

 さて、そんな想いのある寝台特急「カシオペア」であるが、今日久しぶりに何となく上野駅へ「カシオペア」旅立ちの風景を眺めに行ってみた。どうしても「カシオペア」が見たかったというわけではなく、買い物のついでにちょっと寄ってみただけである。

 上野駅の寝台特急「カシオペア」は、入線時刻から発車時刻までの時間が長く、じっくりと旅立ちのさまを眺めることができる。すでに登場から十年余りを経た銀色の車体には、風格すら出てきた。

 だが、実際に「カシオペア」を眺めてみても、この列車に乗りたい!という強い想いがわいてこない。ブルートレインを見たときのような、その列車にいざなわれる感覚がない。同じ憧れの寝台特急なのに、不思議なものだ。やはり寝台特急は、幼い頃から見慣れてきた「青」でないと駄目なのだろうか。

 だが、そんなことも言っていられない時代がすぐにやって来るかもしれない。老朽化したブルートレインは、もうあまり先が長そうにない。だから、そのうちに首都圏から発車する寝台特急は「カシオペア」しかないなどという状況になることも考えられる。そうなったら、この「カシオペア」に、寝台特急への想いを込めるしかない。

 とはいえ、今はまだやはりブルートレインにひたすら憧れている。日の暮れ行くさまが見られないとしても、今あるブルートレインに乗っておきたいと思う。だから、寝台特急「カシオペア」に乗って、暮れていく空を楽しむのは、もう少し先のことになりそうである。


寝台特急「カシオペア」 東北本線上野駅にて 2010.1.10



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by railwaylife | 2010-01-10 23:57 | 寝台特急 | Comments(0)

駅弁大会

 現在、新宿の京王百貨店で「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」が開かれている。これは、百貨店で開かれる駅弁大会の中でも最大規模のものであるという。

 私は列車の旅が好きだから駅弁も好きで、旅先では楽しみの一つでもある。それで、今までに都内で開かれた百貨店の駅弁大会には何度か行ったことがあるが、この京王百貨店の駅弁大会には行ったことがなかった。ただ、有名な大会だし、以前から気にはなっていた。

 それで今年も、この一月に開かれるということは何となく知っていたが、今日たまたまテレビで大会の様子が放送されており、改めて今開催中なのだということを知った。

 すると、そのテレビを一緒に見ていた妻が、駅弁を食べたいと言い出した。ちょうど私は午後から出かける用事があったし、新宿は通勤経路の途中で定期券も持っているので、京王百貨店へ行ってみることにした。

 15時過ぎにJR新宿駅に着き、京王百貨店へ行ってみると、店内はやけに混んでいた。三連休の初日だから仕方ないが、駅弁大会の会場の混み具合が思いやられた。

 7階の催事場に着き、会場へ入ると、案の定かなりの人出であった。何より熱気がすごく、人々の食に対する思いの強さが伝わってきた。それで、各地の駅弁をじっくり楽しむという余裕もなく、目的のものだけ買って帰ることにした。

 妻から頼まれた駅弁は、山陽本線姫路駅の「瀬戸内鯛寿司」と、函館本線森駅の「いかめし」と、奥羽本線米沢駅の「牛肉どまん中」の三点であった。いずれもテレビのランキングで上位に入っていたものだ。そのためさすがに人気が高く、森駅の「いかめし」と米沢駅の「牛肉どまん中」はかなり長い行列に並んで買わなければならなかった。それでも何とか目的の駅弁を買い揃え、早々に熱気溢れる会場から退散した。

 夕方に帰宅し、この三種類の駅弁が少し早めの夕食となった。量の少ない「いかめし」は二つ買ってきたが、あとの二種類は妻と二人で山分けである。

 いずれも人気の駅弁だけに美味しそうであったが、駅弁というものはやはり旅先で食べてこそ、味が深まるというものである。特に私にとっては、列車の中で食べるというシチュエーションが何よりの味付けである。それで私は、それぞれの駅弁を食べるときに、その駅弁に対する思い出や、食べたいシチュエーションを思い浮かべながら口にすることにした。

 まずは姫路駅の「瀬戸内鯛寿司」である。これは鯛の押し寿司だ。
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 この駅弁は正直言って今まで知らなかった。以前に一度姫路駅で駅弁を買う機会はあったけれども、栗おこわ弁当という平凡な駅弁を買ってしまっていた。

 だから初めて口にする鯛寿司であったが、鯛の身の肉厚があり食べ応えのある寿司であった。また、鯛の上に柚子と昆布が添えてあり、それが味のアクセントにもなっていた。

 この駅弁を姫路駅で買って、列車に乗って食べるとすれば、やはり山陽本線の上り新快速で食べるのが良いだろう。姫路を出て、明石を過ぎれば明石海峡が見えてくる。その青い海原を見ながらこの鯛寿司をつまめば、さらに味は深まるというものだ。

 続いては森駅の「いかめし」である。いかの中に米を詰め、甘辛く炊き上げたものだ。
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 これは超有名な駅弁であるし、私も何度か食べたことがある。ただ、それはやはりどこかの駅弁大会で買ってきたのを食べたものであり、北海道の現地で「いかめし」を食べたことはない。

 いつだったか函館本線の上り特急「スーパー北斗」に乗ったとき、長万部辺りからこの「いかめし」を携えた売り子が席にやって来た。私はそのときあまりお腹もすいておらず、買うつもりがなかったが、周りにはけっこう購入する客がおり、たちまちに車内に「いかめし」の甘辛い匂いが立ち込めた。それで私もお腹がすいてきてしまったという憶えがある。

 そんな思い出のある「いかめし」であるが、これを森駅で買って、列車の中で食べるとすれば、特急「スーパー北斗」ではなく、のんびりした鈍行のディーゼルカーの方が良いのではないかと思う。鈍行列車に揺られ、ゆったりと噴火湾の海原を眺めながら「いかめし」をほおばるというシチュエーションが良い。

 そして最後は米沢駅の「牛肉どまん中」である。ご飯の上に牛そぼろと牛肉煮が載せられた、いわゆる牛めしである。
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 この「牛肉どまん中」は現地で購入したことがある。米沢駅のホームで、売り子に勧められるままに買ったのが最初であった。そのときは確か東北の旅からの帰途であり、福島からの東北本線の車内で食べた気がする。初めて食べたときから、私はこの牛めしの味付けがいたく気に入った。甘すぎず辛すぎず、絶妙の味加減だと思う。

 その後も気に入って何度か食べているが、一番の思い出は、一昨年に東京から乗った寝台特急「富士」のシングルデラックスで食べたことである。これは、東京駅のグランスタで売っていたものを乗車前に買い込んだものであり、そのときの「富士」への乗車の思い出とともに忘れられない味になっている。

 ただ、米沢牛を使っている駅弁だから、やはり米沢駅で買って食べるのが一番良いと思う。この駅弁を食べるのに乗る列車としては、米沢から福島方面に向かう鈍行電車が良い。板谷峠を恐る恐る下って行く電車に揺られ、峠の深い緑を見ながら牛めしに食らいつきたい。

 そんなふうに、それぞれの駅弁の「食べ方」を思い描きながら、私は夕飯を楽しんだ。だが、やはり何よりも、実際に旅に出て行く先々で駅弁を楽しみたいと思った。明石海峡とか噴火湾とか板谷峠とか贅沢は言わないから、今年も旅に出て、どこかの列車の車内で駅弁を存分に味わいたいものである。



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by railwaylife | 2010-01-09 23:56 | 駅弁 | Comments(0)