<   2009年 12月 ( 8 )   > この月の画像一覧

2009年総括

f0113552_23434768.jpg

 2009年も間もなく終わろうとしている。鉄道への想いについて、この一年を振り返ってみると、まず年明けは寝台特急「富士」「はやぶさ」廃止のカウントダウンから始まった。3月の廃止に向けて、最後の勇姿をできるだけ目に焼き付けておきたかったが、あいにく年明けから新しい仕事に就いたばかりで、生活にあまり余裕がなく、ほとんど「富士」「はやぶさ」の姿を見ることなく時が過ぎてしまった。それでも、いま一度「富士」に乗っておきたいと思い立ち、廃止一週間前の上り「富士」に乗り込んだ。私は九州寝台特急への幼い頃からの想いのすべてを込めて、その車窓に見入った。それで興奮したのか、結局一睡もすることなく夜を明かしてしまった。しかしそのことは、私にとって忘れがたい思い出となった。

 その乗車の一週間後、寝台特急「富士」「はやぶさ」は廃止となり、東京から九州へ向かう寝台特急はすべて消え去った。私が幼い頃から最も憧れてきた列車がなくなり、私は旅する気持ちや鉄道への憧れも薄らいでしまった。

 それでも、夏の終わり頃から少しずつ旅に出るようになった。仕事にも慣れ、生活に余裕が出てきたということもある。8月の終わりに甲州へ出かけ、9月には秩父、そして11月には京都と伊勢を旅した。いずれも妻との二人旅であったが、私は旅する楽しさを改めて感じることができた。特に京都・伊勢への旅は、久しぶりの大きな旅だっただけに、旅の良さというものを強く実感した。そして、この旅では二年ぶりに新幹線に乗ることもできた。昨年は新幹線に乗ることができず、ちょうど一年前の2008年総括では「来年こそ新幹線に乗って旅をしたい」と誓っていただけに、それが実現できて本当に良かったと思う。

 そんな一年であったが、やはり今年は九州行き寝台特急が消滅した年という意味で、大きな区切りになった。一番の憧れの対象を失った喪失感は大きかったが、旅への想いや鉄道への憧れは変わらず続いている。そんな気持ちをこれからも大事にして、来年もまた、鉄道の旅を楽しめるようにしたいと思っている。


今年一番の思い出である寝台特急「富士」 日豊本線大分駅にて 2009.3.7



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2009-12-31 23:45 | 生活 | Comments(2)

宵の新宿駅

f0113552_2315193.jpg

f0113552_23154657.jpg

f0113552_23161523.jpg

f0113552_23164198.jpg
f0113552_2317437.jpg

 先月の京都・伊勢の旅において、たそがれの京都駅で特急列車を撮って巡って以来、日の暮れた駅のホームで列車を撮るのが楽しくなってしまった。


 駅のホームはわりと明るいし、カメラのISO感度を目一杯大きくすれば、フラッシュなしでも夜の列車を狙うことができる。

 そんなこともあって、身近な駅で夜の列車を見送ってみることにした。選んだのは、通勤途中に通る新宿駅である。先日、会社帰りに妻との待ち合わせまで時間があったので、立ち寄ってみた。

 新宿駅も、京都駅ほどではないにせよ、さまざまな特急列車が発着していて楽しいものだ。そして、行先もいろいろだ。甲州、信州、北関東、成田空港、湘南、伊豆と、各地への列車がある。

 中でも想いは、中央本線の甲州、信州へといざなわれる。山岳路線の特急列車に揺られてみたいと思う。

 それにしても、特急列車の発着するホームは、帰宅ラッシュの通勤電車ホームをよそに、わりと静かだ。その静寂さの中に、旅情が漂っているようにも思えた。

 結局、一時間半の間、新宿駅のホームをうろうろして、七形式の特急車両を眺めることができた。なかなか面白いひとときであった。


1枚目 新宿駅駅名標
2枚目 特急「スーパービュー踊り子」10号 中央本線新宿駅にて 2009.11.26
3枚目 特急「あずさ」31号 中央本線新宿駅にて 2009.11.26
4枚目 特急「スーパーあずさ」33号 中央本線新宿駅にて 2009.11.26
5枚目 特急「成田エクスプレス」44号 中央本線新宿駅にて 2009.11.26



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2009-12-26 23:21 | JR東日本 | Comments(0)

青地に金帯

f0113552_0321589.jpg

 ちょうど一年くらい前に、JR東日本が電気機関車EF510形を新製導入するというニュースを知り、私はそのことを「寝台特急の機関車」というタイトルでこのブログに書いていた。当時私は、寝台特急の牽引機に新型が導入されるということで、たいそう喜んでいた。ちょうど寝台特急「富士」「はやぶさ」の廃止発表を控え、寝台特急にとっては暗いニュースばかり続いているときだったからである。

 そして私は、新しく導入されるEF510形がどんな塗装になるのかということを妄想していたが、寝台特急「北斗星」を牽くなら、客車に合わせてブルーに金帯が入った塗装が良いと書いていた。

 そんな記事を書いてから一年が経った今月、雑誌の「鉄道ダイヤ情報」で、JR東日本のEF510形の落成1号機が、12月18日から19日にかけて、製造元の川崎重工兵庫工場より田端操車場へ向けて甲種輸送されることを知った。私は、このEF510形がどんな色で出てくるのだろうかとワクワクしてきた。

 それで12月18日にさっそくインターネットでJR東日本のEF510形を検索してみると、甲種輸送の様子を追ったブログや鉄道ニュースのページがヒットした。恐る恐るそのページを見てみると、載っていた写真には青地に金帯を巻いたEF510-501号機の姿があった。しかも側面には、流星のマークもあしらわれていた。

 これは紛れもなく寝台特急「北斗星」専用の牽引機ではないだろうか。青地に金帯というブルートレイン「北斗星」の客車にぴったりマッチしている。私は嬉しくて仕方なかった。改めて、これでしばらくはブルートレイン「北斗星」が安泰であるような気がしてきた。そしてさらに、ブルートレイン「北斗星」の客車まで新製されるのではないかという期待まで抱いてしまった。

 それにしても、一年前に私が予想していたことが当たってしまった。本当にJR東日本のEF510形は、青地に金帯という塗装になった。まさか私の意見が採用されたわけではないだろうが、気分の良いことである。そして、ブルートレイン専用の機関車が新製されたということは、ずっとブルートレインに憧れてきた私にとって、この上なく嬉しいことであった。

 EF510-501号機は、翌12月19日に無事田端操車場へ到着したようである。実際の運用開始は来年春以降のようだが、早く青き客車を牽いた姿を見てみたいと思う。そして、そんな青ずくめの「北斗星」に、ぜひ乗ってみたいものである。

 ただ、これまで「北斗星」を牽いてきた真紅の機関車EF81形は、運用から外れることになる。EF81形の牽くブルートレインは、伝統的なブルートレインの姿であるし、機関車の赤と客車の青という対比も良かっただけに、それは少し残念だ。来年春からいきなり全ての運用がEF510形に切り替わるわけではないと思うが、今のうちにEF81形「北斗星」の姿をしっかりと目に焼き付けておきたいものである。


青地に金帯の寝台特急「北斗星」 東北本線上野駅にて 2009.11.29



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2009-12-21 23:53 | 寝台特急 | Comments(0)

北陸・能登のこと

f0113552_2326182.jpg

 本日、JRグループから2010年3月に行われるダイヤ改正の概要が発表された。その中に、上野と金沢を結ぶ急行「能登」と寝台特急「北陸」の廃止が明記されていた。事前の報道では「能登」が廃止で「北陸」が臨時列車化されると目にしていたような気がしたが、実際には両列車の廃止であった。JR東日本のプレスリリースでは、末尾の方に以下のような文面がひっそりと載せられていた。

□ ご利用の減少と車両の老朽化に伴い、寝台特急「北陸」(上野~金沢間)及び急行「能登」(上野~金沢間)の運転を取り止め、週末や夏休みなどお客さまのご利用の多い時期を中心に臨時列車を運転します。

 夜行列車に憧れる私としては、やはり寂しいものがあった。時代の流れだとはわかっていても、夜行列車が夜明けの星のように一つ一つ減っていくさまには、切ないものがある。

 今回廃止となる急行「能登」には、今まで三回ほど乗ったことがある。一回目は上り列車に乗った。もう二十年も前のことで、当時の急行「能登」は客車列車であった。座席車両のほかに寝台車両も連結されていて、私は寝台車両に乗ることができた。これは、私が初めて一人で乗った寝台車両であり、思い出深いものがある。また、この乗車は私にとって唯一三段式のB寝台に乗った機会でもあった。三段式のB寝台というと狭苦しいイメージがあるが、B寝台に乗れるだけでも嬉しかった私は、そんな狭さを感じることもなかったように思う。そして、寝台に寝転がり、遅くまで時刻表を見ながら対向列車をチェックしていた思い出がある。それから当時の急行「能登」は、今と違って信越本線経由であった。だから夜中に碓氷峠を越えていた。夜行列車で碓氷峠を越えるというのも、私にとってはこのときが唯一の機会であった。ただ、碓氷峠を通過するのは深夜なので、さすがに眠ったまま通り越してしまった。

 二回目と三回目の乗車は、電車化され長岡経由になってからのことである。十年前と九年前のことだ。いずれも下り列車の乗車で、北陸方面へ旅するときのことであった。夜明けに見る日本海が印象的だったのを覚えている。

 もう一方の寝台特急「北陸」には、まだ乗ったことがない。もちろん、憧れのブルートレインの一員であるし、乗りたいという気持ちはずっと強かった。それで何度か「北陸」を利用する旅を企ててはいたが、その度に他の計画を実行したため、結局「北陸」の旅は実現していない。ただ、一度だけ寝台券を買おうというところまで計画が進んだことがあったが、あいにく週末で寝台が満席だったため、翌日に新幹線と在来線特急を乗り継いで北陸へ向かったということもある。私にとってはなかなか縁のない列車である。日本で一番距離の短い寝台特急なので「いつでも乗れるさ」という気軽さがあったのかもしれない。

 ずっと乗りたいと思っていた列車だから、できれば来年3月までの間に乗っておきたい。もちろん、急行「能登」にだって、もう一度くらい乗りたいという想いがある。だが、あと三ヵ月足らずという短い間では、なかなか難しいところである。せいぜい上野駅に、両列車の発着を見送りに行くぐらいだろう。

 その上野駅を発着する夜行列車も、これで本当に残りわずかとなる。上野駅から夜行列車で北へ旅立つというスタイルが、ずっと私の憧れであるだけに、何とも寂しい。せめて少しでも賑やかな来年3月までの間に、その雰囲気をいくらか味わっておきたいものである。

 せめてもの慰めは、廃止される「能登」と「北陸」の代替として、繁忙期に臨時列車が運転されることである。JR西日本金沢支社のプレスリリースによれば、それは急行列車であるという。どんな愛称になるのか、どんな車両が使われるのか、いろいろと気になるところである。

 やはり車両は座席車両だろうか。この期に及んで寝台車両が投入されることはないだろう。また、客車列車というのも考えがたい。方向転換する長岡で機関車を付け替えないといけないという手間がある。そう考えると、各方面の快速「ムーンライト」のように、昼行の特急型車両が充てられるのではないだろうか。いずれにせよ、臨時列車の詳細がはっきりするのはもう少し先だろう。それまでいろいろと考えを巡らすのが、わずかな楽しみではある。



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2009-12-18 23:30 | 寝台特急 | Comments(0)

さらば夜汽車

f0113552_21295569.jpg

 JRグループでは、毎年春3月にダイヤ改正を実施するが、その概要が正式に発表されるのが前年の12月中旬くらいである。ここ数年、3月のダイヤ改正といえば、ほぼ毎回夜行列車が廃止されるという残念な改正になっているが、そんな夜行列車廃止の正式発表を目にするのも、年が押し詰まった師走の時期ということになる。それで、何となく寂しい気持ちで年末年始を過ごし、年が明ければいよいよその廃止される列車のカウントダウンが始まることになる。そして、一時の惜別ブームが過ぎ去った後、桜の咲く頃にはその列車のいない日常が当たり前のように過ぎていくことになる。

 そんな冬から春を、この何年かは毎年のように繰り返している。2005年3月の「あさかぜ」「さくら」の廃止、2006年3月の「出雲」の廃止、2008年3月の「あかつき」「なは」「銀河」の廃止と「北斗星」「日本海」の減便、2009年3月の「はやぶさ」「富士」の廃止と、いずれも同じような想いで、そのときを迎えた。

 そして2010年、またその寂しい季節が繰り返されることになるようである。一部の報道によれば、2010年3月のダイヤ改正で、上野と金沢を結ぶ急行「能登」が廃止され、さらに同区間の寝台特急「北陸」も臨時列車化されるという。またも夜行列車の削減である。それは、私にとって何より寂しいニュースである。

 夜行列車は、私にとって物心ついたときからの憧れの存在であった。特に東京と九州を結ぶ寝台特急に強い思い入れがあったが、憧れの対象は全国の夜行列車であった。夜通し走り続けるという夜行列車に力強さを感じていた。夜が明けたら知らない土地に着いているというところに不思議な魅力を感じていた。遠いところの香りを運んでくれる夜行列車に、私は惹かれていた。

 成長して自分で自由に旅ができるようになると、私は夜行列車ばかり利用していた。週末に二泊三日くらいで旅に出るとき、夜行列車で旅立つと、次の日の朝から目的地で動けるという大きなメリットがあるからだったが、それ以上にやはり、夜行列車に乗ること自体が楽しみであった。夜行列車から真っ暗な車窓を眺めることが、何より魅力であったからである。

 夜行列車に乗って、暗い窓辺に身を寄せながら、過ぎ去っていく景色に人生を重ね、自分の行く末を幾度も考えた。闇の車窓に未来を案じたこともあったが、自分を励ますことの方がずっと多かった。そしていつしか、夜行列車で車窓を見つめることが、自分自身を振り返るための大事な儀式となった。過ぎ去りし日を想い、これからを考え、自分の道が夜行列車の走るレールのように、間違っていないんだと認識する機会でもあった。だから夜行列車は、私にとってかけがえのないものであった。

 だが、そんな夜行列車は、衰退の一途をたどっている。ほとんどの列車には新型車両も導入されず、動かす側は古い車両が朽ち果てていくのをただただ見ているだけである。

 集客力を上げるための努力もあまりなされていない。料金設定も旧来の方式のままで割高だ。夜行列車のための格安な切符があっても良いと思う。また、設備を改善することでも、料金は下げられるだろう。寝台特急「サンライズ出雲」「サンライズ瀬戸」のノビノビ座席や、寝台特急「あけぼの」のゴロンとシートはその例だと思うが、そうした施策を、もっと積極的に導入しても良いはずだ。

 航空機や新幹線の発達で、遠隔地への移動手段は格段に進歩したが、夜を利用して遠隔地へ移動するという需要はないわけではないと思う。

 先週の土曜日、私は友人と銀座線の京橋駅近くの店で飲んでいた。友人の家が京浜東北線沿線だったので、帰りに私たちは東京駅まで歩いた。すると、23時前の東京駅八重洲口には、各地へ向かう深夜バスがずらりと並んでおり、そのバスを待つ客で駅前は賑やかであった。高速道路1000円の影響を受けているとは言われているが、まだまだ深夜バスは盛況なのではないだろうか。やはり、夜移動するという手段を選ぶ人は多いのだと、改めて思った。

 それに比して、東京駅から発つ夜行列車はわずかに二本である。この時間だとすでに寝台特急「サンライズ出雲」「サンライズ瀬戸」が発った後であり、残る一本の臨時快速「ムーンライトながら」が、ひっそりと旅立ちのときを待つのみであった。あまりに寂しかった。夜行列車の惨状を表すような寂しさであった。

 このまま夜行列車というものは衰退し、やがて消え去っても良いのだろうか。夜行列車という移動手段は世の中からなくなっても良いのだろうか。

 いや、夜行列車にもメリットはある。深夜バスと違い、設備を整えれば乗客が横になることができる。一度に大勢の乗客を運べるし、時間にもわりと正確だ。乗客の利便性を考慮したサービスを提供すれば、必ず需要はあると思う。

 だが、そんなことをいろいろ考えてみても、もはや趨勢ははっきりしている。夜行列車の復権は望めない気がする。いまや日本の長距離鉄道輸送は、新幹線だけに委ねられているように思うからである。だから、夜行列車はやはり遅かれ早かれ、消え行く運命にあると思う。

 現在、かろうじて人気を保っている夜行列車といえば、北へ向かう寝台特急「カシオペア」と「トワイライトエクスプレス」くらいなものであるが、それらは移動のための手段ではなく、移動そのものを楽しむだけの列車になっている。本当に移動のための手段であり、人々の足となっている夜行列車は、もはや風前の灯だ。

 だから、いつか近い未来に言わなければならないかもしれない。

 「さらば、夜汽車」と。


臨時列車化が報道された寝台特急「北陸」 東北本線上野駅にて 2006.9.15



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2009-12-16 21:31 | 寝台特急 | Comments(0)

たそがれ京都駅

f0113552_23485951.jpg

f0113552_23493126.jpg

f0113552_2350467.jpg

f0113552_23504390.jpg

f0113552_23511823.jpg

f0113552_23514561.jpg

 11月21日に京都・伊勢の旅で妻と京都を訪れた際、夕方だけは別行動になった。妻が着物の着付教室へ行く予定だったからである。その間、時間を潰さなければならなくなった私は、何をしていようかといろいろ考えた。時期的に紅葉の寺でも巡りたいところであったが、日が暮れかかった時刻だけに、拝観時間も過ぎている。ならば、梅小路へ蒸気機関車に会いに行こうかと思ったが、こちらも閉館時間を過ぎた後のことだった。

 そこで私は京都駅へ戻り、在来線のホームに発着する特急列車をひたすら見送ることにした。

 京都駅は特急の宝庫である。各地へと向かう特急列車が、ひっきりなしに発着する。そのさまは、かつての上野駅を彷彿とさせる楽しさがあるはずだ。

 私は京都へ旅立つ前に、時刻表から夕刻の京都駅に発着する特急列車を引っ張り出し、エクセルで表にしてメモ帳に貼り付けておいた。

 そのメモ帳を手に、烏丸口で入場券を買った私は、在来線ホームに次々やってくる特急列車を見て回った。

 京都駅を発着する特急列車は、行先もさまざまだ。大阪、関西空港、南紀、北近畿、山陰、北陸、信州、東北と、想いはあちらこちらへ飛ぶ。そんな各地への拠点となっている京都駅には、かつての都の威厳を感じされるものがあった。

 使用されている車両も色とりどりだ。国鉄型車両もあれば、ディーゼル特急もある。そのほとんどが普段目にすることができない車両なので、見ていて飽きなかった。

 結局、入場券の有効期限ぎりぎりの二時間近く、私は特急列車を眺めていた。気が付くと、空はすっかり暗くなっていた。日のとっぷりと暮れた晩秋の京都駅ホームはさすがに冷え込んで、空気がピンと張り詰めてきたが、私は多くの特急列車に出会うことができ、心地良い満足感に浸っていた。


1枚目 京都駅駅名標
2枚目 特急「オーシャンアロー」22号 東海道本線京都駅にて 2009.11.21
3枚目 特急「スーパーはくと」10号 東海道本線京都駅にて 2009.11.21
4枚目 特急「はるか」51号 東海道本線京都駅にて 2009.11.21
5枚目 特急「はしだて」7号 東海道本線京都駅にて 2009.11.21
6枚目 特急「雷鳥」38号 東海道本線京都駅にて 2009.11.21



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2009-12-11 23:54 | JR西日本 | Comments(2)

惜別乗車

 500系は、1997年に登場した東海道・山陽新幹線用の車両である。東京-博多間の「のぞみ」に使用され、その鋭い流線型のフォームとシックな装いから、鉄道ファンの間でも人気の高い車両として知られてきた。

 その500系が、来年2月末をもって「のぞみ」の運用から引退するという。登場からわずか十三年で一線を退くとは早いような気もするが、新幹線の運用は過酷だろうから、車両の劣化も早いのかもしれない。また、独特の流線型を持つため先頭車両の出入口が少なく、そのことが運用上のネックになっているという話も読んだことがある。特異な機能美が仇になってしまったということである。

 現在の「のぞみ」の運用を退いた後、500系は山陽新幹線の「こだま」に転用されるというので、もうあと数ヵ月のうちに東京で500系を見ることはできなってしまう。それで私は、東京から姿を消してしまう前に、500系「のぞみ」に乗っておきたいと思った。

 ただ、私はそれほど500系に思い入れがあるわけではない。500系に乗ったのは、多分一回きりである。多分というのは、乗ったときの記憶が曖昧だからである。その一回というのは七年ほど前のことで、以前に勤めていた会社の出張で広島まで利用したような記憶が残っている。プライベートな旅で利用していたなら、どんな車両に乗ったか細かく記録しているし、大切な旅の思い出として記憶にも残るが、出張のときとなると、あまり記憶にも残らないものである。ましてやそのときは不慣れな出張で緊張していて、新幹線の乗車を楽しむ余裕もなかったような覚えがある。

 それ以外に、500系を利用する機会はなかった。500系に乗りたいと思うこともなかったように思う。だいたい、500系の「のぞみ」は本数が限られているから、旅のときに利用するのもなかなか難しかった。

 そんな500系であるが、やはり名車であるし、人気も高い車両であるから、私としても記録にも記憶にも残しておきたいと思い、今回乗ることを思い立った。

 さて、500系「のぞみ」に乗るとすれば東京からどこまで乗るか。できれば山陽新幹線の区間まで乗って、500系の時速300kmを体感しておきたいところであるが、それは時間的にも金銭的にも難しいものがあった。それなら、せめて名古屋くらいまで乗りたいところであったが、正直言うとそれもきつかった。西へは先月旅をしたばかりだということもある。

 そこで、名古屋より手前の停車駅となると、新横浜になってしまう。東京から新横浜までとは、何とも乗り応えのない区間であるが、今の私にはそれが精一杯であった。とにかく少しでも500系「のぞみ」の感触を味わっておきたいと思い、惜別乗車としてその区間に乗ってみることにした。

 ところで、現在東京に現れる500系「のぞみ」は、わずか一往復である。すなわち、12時13分に東京駅へ到着する「のぞみ」6号と、その折り返しである12時30分発の「のぞみ」29号である。私は「のぞみ」29号に乗るべく、日曜昼の東京駅へと向かった。

 丸の内地下中央口でまず新横浜までの乗車券と特急券を買い、東海道新幹線の17番ホームへ歩を進めた。東京駅の新幹線ホームに来るのは、本当に久しぶりのことだ。そのまま遠くへ旅立つ気分になるが、今回はほんのそこまでの乗車である。

 ホームに行くと、品川寄りの先端にはすでに人だかりができていた。12時13分着の500系「のぞみ」6号を迎えんとする人たちの群れである。寝台特急を取り囲む群衆などと違い、小さな子供が多い。かつて幼い私が上野駅で次々と発車する在来線特急に憧れたように、今の子供たちは新幹線に憧れを抱くのだろうか。だが、そんな子供たちよりも、カメラを構えたお父さんたちの方が夢中になっている気がする。

 17番ホームから12時10分発のN700系「のぞみ」27号が発つと、息つく間もなく500系「のぞみ」6号が進入してくる。鋭い面構えが颯爽と近付いてきて、重厚な装いの車体を長々とホームに横たえる。
f0113552_03334.jpg

 停車したところで、先頭車の形状をじっくりと眺める。こんなにまじまじと500系を目にするのは初めてのことだ。改めて、その先頭車の鋭さを知る。
f0113552_04085.jpg

f0113552_045788.jpg

 先頭車に夢中になっているうちに、折り返し500系「のぞみ」29号となる列車の自由席乗車口は、だいぶ行列が長くなっていた。新横浜までの乗車とはいえ、自由席に乗る私はこのままでは座れないかもしれない。慌てて乗車口に並ぶ。

 発車時刻である12時30分の五分ほど前になって、乗車が始まった。私はどうにか三列席の窓際A席を確保した。落ち着く間もなく、12時30分定刻に「のぞみ」29号は発車となる。

 列車は滑り出すようにして駅を離れ、ビルの谷間を走り始めた。いかにも遥か西へ旅立つという気分が高まってくるが、今回の行先は知れている。

 車窓には街路樹の黄色いイチョウ並木が映る。もう来秋には、この500系から東京の黄葉を眺めることはできない。そう思って、車窓から去り行くイチョウ並木を見つめた。

 ところで、隣りのB・C席には、旅行客らしき二人連れが発車間際に乗ってきていた。京都のガイドブックを取り出したところを見ると、どうやら京都駅まで行くらしい。私は新横浜で降りづらくなってしまった。しかも二人連れは、座席の前のテーブルを引き出し、今にも昼食の弁当を広げようかという雰囲気になってきた。私は何だか居たたまれなくなった。もし、新横浜で降りるときに、二人連れが食事中だったりしたら申し訳ない。

 そう思って、通路越しに日差しを浴びた田町車両センターの電車群を眺め終えたところで席を立ち、二人連れに「すいません」と言いながら通路に出て、品川で降りるふりをした。二人連れも恐縮して道をあけてくれたが、私は東京から乗って品川で降りるという奇妙な客になってしまった。

 客室を出た私は、デッキのドア越しに立つことにした。この方がずっと気は楽である。

 品川を発った列車は高架に出て、快晴の空に覆われた都会の街並を軽やかに走り出した。遥か西へと続く空を見ながら、このまま遠くへ行きたいという想いは募るが、下車するのは次の駅である。

 高架から切り通しに入った列車はいくぶん速度を上げたが、500系の本領はまだまだこんなものではない。高速の500系「のぞみ」をいま一度体感したかったものであるが、もはや叶いそうにはない。

 やがて列車は多摩川の深く青い川面を越えていく。旅のときなら「東京脱出の瞬間だ」と想いを込めるところであるが、今回は何十分後にまた多摩川を渡って東京へ戻るつもりなので、何の感慨もない。
f0113552_053519.jpg

 そして、神奈川県に入ったという実感を得る間もなく列車は減速し、新横浜到着を迎える。早くも降りるのかと残念に思っていると、小さな子供を連れた若い夫婦が降りる準備をしてデッキにやって来た。私と同じような惜別乗車の人たちかもしれないと思い、ちょっとホッとした。

 12時47分、新横浜に到着する。
f0113552_065857.jpg

 ホームに降り、慌てて1号車先頭に駆け寄り発車のさまを見送る。
f0113552_073872.jpg

f0113552_083888.jpg

 程なくして500系「のぞみ」は新横浜を発った。白い日差しにぼんやりと照らされて、力強く西への旅路を刻み始める。私も想いだけは500系とともに西へ行くつもりであった。

 せっかく新幹線に乗ったのに、これで帰途に就くとは何とも物足りない気分である。でも、今回はおとなしく、横浜線と東横線を乗り継いで、帰路へと就いた。

 今回は短い乗車であったが、何とか500系という車両を心の中に刻むことができたと思う。

 今後500系は、しばらく山陽新幹線で「こだま」として余生を送るという。山陽新幹線の「こだま」ではなかなか乗る機会がないが、少しでも長く活躍してくれればと思う。



500系「のぞみ」 東海道新幹線東京駅・新横浜駅にて 2009.12.6


にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2009-12-10 23:58 | 新幹線 | Comments(0)

青き車体に憧れて

 いまや都内で憧れのブルートレインが旅立つ風景を見ることができるのは、上野駅だけになってしまった。その上野駅を旅立つ「北斗星」「あけぼの」「北陸」という三本のブルートレインのうち、最も強く旅情を感じられるのは、やはり札幌行きの「北斗星」だろう。遠き大地北海道という行先に憧れる。古びてしまってはいるが、豪華な編成にも惹かれるものがある。そんな「北斗星」の旅立ちを見送りたくなって、日曜夜の上野駅にふらっと出かけてみた。
f0113552_2344632.jpg

 「業務放送、トオサンバン回1列車接近!」

 18時50分、閑散とした休日夜の上野駅に、構内放送が響く。すると、ホームの冷たい空気がピンと張り詰めてくる。そして、青き車体が厳かに13番線へ入って来る。闇に沈んでいた深い青が、ホームの白い蛍光灯で鮮やかに浮かび上がる。最後に、深紅の電機が重い車体をホームにゆっくりと横たえる。
f0113552_23444539.jpg

 列車が停止すると、ホームは慌しくなる。乗客や荷物が、青き車体へと吸い込まれていく。そんな光景を横目に、私はブルーの客車にただただ見入っていた。
f0113552_23453046.jpg

 少しくたびれた車体には、夜の旅愁が漂っていた。そして、ドア開放を示す赤いランプの列が物悲しく光る。私はたちまちに闇夜の車窓へといざなわれた。

 入線してから発車するまでの十三分間はあっという間であった。青き車列に沿って歩き、最後尾の電源車へたどり着く頃には、すでに旅立ちの19時03分が迫っていた。
f0113552_23461380.jpg

 程なくして、甲高い発車ベルが鳴り始めた。哀愁漂うブルートレインの出発には発車メロディーなど似合わない。やはり発車ベルが良い。

 19時03分、列車は滑り出すようにゆっくりと動き始めた。闇への旅路が始まる。私も、魂だけは青き車体に委ねて、北へ北へと動き始める。

 身体はホームに残り、去り行く青をじっと見つめている。いつか本当に、この青い列車で旅立ちたい。その想いを込めて、遠ざかるほのかな赤い尾灯を、ずっとずっと見送った。


寝台特急「北斗星」 東北本線上野駅にて 2009.11.29



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2009-12-01 23:47 | 寝台特急 | Comments(0)