<   2009年 11月 ( 4 )   > この月の画像一覧

京都・伊勢ふたり旅2

 京都・伊勢の旅の二日目である11月22日は伊勢神宮参拝である。名古屋にある弟の家に泊まった私たち夫婦は、近鉄特急で伊勢へ向かうことにしていた。

 すでにインターネットで予約してある特急に乗るため、朝は余裕を持って出発したが、名古屋駅でロッカーを探すのに時間がかかってしまい、近鉄名古屋駅に着いたのは発車数分前であった。そこから券売機で特急券を発行しなければならなかったが、それにも手間取り、まさに駆け込むようにして特急列車に乗り込むことになってしまった。近鉄で伊勢へ向かうのは初めてのことだったし、座席はビスタカーの二階席だったので楽しみにしていたが、大慌ての乗車の所為で、その期待感もどこかに吹き飛んでしまった。

 近鉄名古屋を発ち、ようやく落ち着いた頃、列車は木曽三川の紺碧の川面を次々と渡って行った。そして四日市を過ぎると、車窓には田園地帯が広がった。白い空の下、刈り入れの終わった田圃が余計に寒々しく見えた。

 朝早かったせいか、やがて二人とも眠ってしまい、気が付くと間もなく伊勢市到着というところであった。慌てて身支度をして、伊勢市駅で列車を降りた。
f0113552_21191667.jpg

 伊勢に着いてまず向かうのは伊勢神宮の外宮である。連休中のこととはいえ、参拝客が想像した以上に多かった。それでも、木立の中の参道を歩いて行くうち、自然と心が洗われるような気がしてきた。

 無事に外宮の参拝を終え、次にバスで内宮へと向かった。参拝の前におかげ横丁で伊勢うどんを食べ、いよいよ内宮参拝となった。

 新しく架け替わったばかりの宇治橋を渡り、五十鈴川の清流や境内の紅葉を眺めながら、一番奥の正宮へと進んだ。しかし、ここは外宮以上の人出で、正宮の前には参拝客が長い列をなしていた。その列は石段を覆いつくし、一向に進む気配がなかった。根気のない私たちは、石段の下から正宮を拝み、また改めて来ようといいながら、来た道を引き返した。それにしても、伊勢神宮の集客力には驚くべきものがあった。江戸時代のお伊勢参りの伝統を目の当たりにしたようであった。
f0113552_21194936.jpg

 内宮を後にし、おはらい町で土産物を選んだり買い食いをしてから、タクシーで月讀宮へ向かった。伊勢神宮の別宮であるが、こちらは参拝客もまばらでひっそりとしていた。ようやく神聖な静寂さを感じ取ることができた。

 伊勢参りは思ったよりも早く終わったので、帰りの電車を早めることにした。妻が行きよりもきれいな列車に乗りたいと言うので、伊勢志摩ライナーを予約した。

 五十鈴川駅から各駅停車に一駅乗り、次の宇治山田駅で特急を待った。
f0113552_21201742.jpg

 やがて鮮やかな黄色の伊勢志摩ライナーが颯爽とやって来た。乗車すると、車窓はすでに薄暮で、雨も降ってきたようであった。ビスタカーよりも明るいイメージの車内であったが、私たちは参拝の疲れでいつしか居眠りしていた。

 目覚めると窓外は藍色一色であった。やがて漆黒の木曽三川を渡り、程なく終着近鉄名古屋へ到着した。伊勢志摩ライナーの乗車はあっという間に終わってしまった。
f0113552_21205680.jpg

 名古屋からは新幹線で一気に帰途に就く。乗車予定の「のぞみ」も二本早いものに乗変した。もともとはN700系に乗る予定であったが、変更した「のぞみ」の車種は700系であった。私は少し残念であったが、妻は700系の方がシートがゆったりしていると言って喜んでいた。

 乗り込んですぐに、名古屋で買った駅弁を開いた。今回の旅では列車の中での弁当も、いろいろと楽しむことができた。

 駅弁を食べ終わった後は、ぼんやりと闇の車窓を眺めながら過ごした。暗い窓外を見ていると、再びこの東海道の闇を、寝台特急で駆けてみたいという気分になってきた。

 列車は一時間余りで新横浜に着き、ここで下車した。二日間の旅は瞬く間に終わってしまったが、久しぶりの泊りがけの旅を存分に楽しむことができた。そして、旅する楽しさを、また思い出させてくれたような気がした。また近いうちに、二人で旅に出たいものだと思った。



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2009-11-30 21:22 | | Comments(0)

京都・伊勢ふたり旅1

 11月21日からの三連休を利用して、妻と二人で京都・伊勢の旅へ出かけた。

 この旅はそもそも、秋口頃に妻が突然伊勢へ行きたいと言い出したのがきっかけであった。そして、せっかく西へ行くのなら京都へも行きたいと妻は言っていた。京都は私たち二人にとって憧れの地で、これまで毎年のように出かけている。

 どこかへ行きたいと聞くと、私は旅の計画を立てずにはいられなかった。ただ、旅費のことを考えると少しためらいもあったが、思い切って出かけることにして、準備を着々と進めてきた。

 旅の初日、まず向かうのは京都である。旅の始まりは新横浜だ。ここから東海道新幹線「のぞみ」で西へと旅立つ。新幹線に乗るのは二年ぶり、列車で西へ旅立つのも一年ぶりのことだったので、自然と心は湧き立つ。そして、乗車するのはN700系だ。恥ずかしながらこれが初めての乗車である。それで、ホームにN700系が入ってきたときには、久しぶりに心が高鳴った。客室内に入ると、座席の番号表示が妙に大きいのに驚いた。窓上の座席表示はひっそりとあるべきだと思った。

 窓外は快晴であった。そして、新横浜を発っていくらも経たないうちに、純白の富士山が車窓に現れた。新幹線から富士山を見られたのが初めてだという妻は、とてもはしゃいでいた。私も思わずカメラを取り出し、新丹那トンネルを抜けてから一段と大きくなった山容をひたすら追いかけていた。
f0113552_21122765.jpg

 青々とした大井川・天竜川を渡り、新横浜を発って一時間を経過すると、程なく浜名湖に至る。深い青色に澄んだ湖面は、早くも冬の装いであった。やがて豊橋を過ぎると、空が雲に覆われてきた。そんな白い空を映した冴えない色の矢作川を渡って行った。だが、名古屋の街並を眺める頃には晴れ間が戻ってきた。

 名古屋を発ち、駅弁を食べながら妻と一緒に関ヶ原の古戦場を探すうち、霧が立ち込め車窓が白くなってきた。寒々とした山間の風景が広がる。名古屋からのこの急激な車窓の変化が好きだ。それが京都に至るまでの重要な通過儀礼でもある。

 米原を過ぎる頃には天気も持ち直し、緊張の中、晴れ渡った京都に着く。ホームに降り立つと、空気がひんやりとしていた。

 紅葉シーズン真っ只中の京都はさすがに混み合っていて、駅に荷物を預けることができなかった。それで重い荷物を引き摺りながら、恒例の東西本願寺参拝に出かけた。

 参拝を終え、大荷物でこれからどうしようかと悩んでいると、観光タクシーの客引きにつかまった。運転手が、紅葉の綺麗なところに行っていい思い出を作りましょうと言ってきた。荷物を抱えた私たちには、渡りに船であった。運転手の勧めるままに、タクシーに乗り込んだ。

 車は鴨川沿いを南へ下り、京阪電車とJR奈良線の踏切を越え、行き着いたのは東福寺の塔頭である光明院というお寺であった。そこは枯山水庭園に紅葉を配した見事な眺めであった。
f0113552_21133467.jpg

 さらに紅葉の名所として超有名な東福寺にも案内された。見所の通天橋はまさに紅葉の見頃であったが、人波もすごかった。

 その後、泉涌寺近くの戒光寺・今熊野観音寺にも案内された。ともに小さなお寺であったが、戒光寺では私のお気に入りの慶派の仏像に出会えたし、今熊野観音寺の紅葉もなかなかのものであった。良い所に案内してもらえたが、運転手がせっかちなのが玉に瑕であった。もう少しゆっくり見て回りたかったが、運転手としてはあちこち見せたかったのだろう。

 夕方にタクシーを降り、妻は着物の着付教室へ行った。私は一足先に京都駅へ戻り、行き交う列車を眺めていた。普段見慣れない列車が次々にやって来て、見飽きることはなかった。
f0113552_21141191.jpg

 妻と合流し、上りの新幹線に乗り込んだ。だが、旅はまだ終わらない。次の行先は名古屋である。その名古屋までの短い乗車時間の間に、京都伊勢丹で買い込んだ老舗弁当を楽しんだ。
f0113552_21144121.jpg

 名古屋で下車し、地下鉄東山線の沿線にある弟の家へ向かった。そこで一泊し、翌日は伊勢へと向かう予定であった。



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2009-11-30 21:16 | | Comments(0)

旧型客車への想い

f0113552_23515329.jpg

f0113552_23523359.jpg

f0113552_2353471.jpg

f0113552_23534650.jpg

f0113552_23541420.jpg

 尾久車両センターの一般公開には、旧型客車も展示されていた。昔懐かしい茶色の客車だ。これらは高崎車両センターに所属し、東日本各地で蒸気機関車が運転される際には欠かせない存在となっている。また、蒸気機関車以外にも電気機関車やディーゼル機関車に牽かれ、レトロ列車として運転されることもある。イベント列車として大活躍する客車だ。

 一般公開では寝台特急の栄光を追うのに夢中だった私であるが、会場を去る前に旧型客車もじっくりと眺めてみた。こう書くと旧型客車はついでのようだが、私は旧型客車に興味がないわけではない。幼い頃から憧れがあって、旧型客車の鉄道模型もたくさん持っていた。

 歳幼くして旧型客車に興味を持つとは渋い趣味であったが、旧型客車に憧れる要素はいろいろとあった。一つは、当時まだ現役として鈍行列車に使用されていた旧型客車に何度か乗ったということである。私は東北本線や奥羽本線、常磐線、磐越西線などで旧型客車の鈍行列車に乗っている。小学校低学年の頃だ。幼い私にとって、旧型客車は強烈な印象があった。そのとき旧型客車の印象として残っていることといえば、何度も塗り直してテカテカになった外観、車内に入ったときの薄暗い感じ、そして木製の座席に塗られたニスの匂い、さらに淡い橙色にともるグローブ灯などである。その独特の雰囲気が憧れの対象となった。私は、かろうじて現役の旧型客車を記憶にとどめることができた世代であると言えるだろう。

 もう一つの要素は、アニメの『銀河鉄道999』への憧れである。蒸気機関車C62が牽く銀河鉄道999の客車は、いわゆる旧型客車であった。物心ついたばかりの頃に、私に強烈な印象を刷り込ませた『銀河鉄道999』によっても、私は旧型客車で旅することに憧れるようになったと思う。

 そんな憧れの旧型客車も、国鉄末期には急激に淘汰され、定期列車からは瞬く間に撤退していった。そして私が自由に列車の旅を楽しめるようになる頃には、すっかり姿を消していた。もはや旧型客車に乗ることは難しくなっていた。

 その中でも、今回展示された数両の旧型客車は、イベント用として現在まで走り続けている。だが、私はその車両にまだ乗ったことがない。特定の日に特定の場所で臨時に走るイベント列車には、なかなか乗りづらいものである。だから、この高崎車両センターの旧型客車をじっくりと眺めるのは初めてのことであった。

 昔から憧れていた茶色の客車を目の前にして、懐かしい思いがあったが、少し違和感もあった。幼い頃私が見ていた旧型客車よりも、車体がスベスベしている感じがした。何度も塗り直したような重厚さがなく、小ぎれいな印象があった。そこが幼い頃の記憶と大きく違った。

 でも、古い車両をここまできれいに保ち、また本線上の走行を維持できるようメンテナンスするのは、蒸気機関車ほどではないにせよ、相当な苦労があるだろう。大変なことではあると思うが、この旧型客車たちには末永く活躍してもらい、古き良き旅の雰囲気を伝え続けてほしいものである。


高崎車両センター所属旧型客車 尾久車両センターにて 2009.11.14



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2009-11-19 23:55 | JR東日本 | Comments(0)

尾久車両センター~寝台特急の姿を求めて

 今年の3月に、田町車両センターから寝台特急「富士」「はやぶさ」の客車が消えて以来、都内で日中にブルートレインの姿を見られるところといえば、寝台特急「北斗星」「あけぼの」「北陸」を受け持つ尾久車両センターだけになってしまった。

 そんな尾久車両センターが、11月14日に一般公開されるというので行ってみた。田町車両センターには何度か入ったことがあったが、尾久車両センターには今まで足を踏み入れたことがなかった。それでブルートレインのねぐらがどんなふうになっているのか、是非見てみたいと思っていた。

 一般公開の会場へ行くと、遠目にではあるが、現役のブルートレインが見えてきた。嬉しいことであった。それにしても、青き車体を目にするのは久しぶりのことであった。
f0113552_22111029.jpg

f0113552_22113426.jpg

 そして会場に目を向けてみれば、歴史の中に過ぎ去っていった列車も含め、寝台特急の勇姿がいくつも見られた。幼い頃からの寝台特急への憧れの気持ちそのままに私はそれらに見入り、何度も何度もカメラのシャッターを切った。

 まずは機関車である。何両もの機関車に、寝台特急のヘッドマークが掲げられていた。これは嬉しかった。

 電気機関車で最初に目に付いたのは「あさかぜ」のヘッドマークを付けたEF65PF型である。ただ、せっかくの「あさかぜ」なのだから、レインボー機ではなく原色機にマークを掲げてほしかった。
f0113552_2212327.jpg

 そしてその原色機のEF65PF型である。寝台特急「さくら」のヘッドマークだ。私にとっては、九州行き寝台特急のマークとEF65PF型の組み合わせが何より憧れだ。ちょうど寝台特急に憧れるようになったときの姿そのものだからである。
f0113552_22123518.jpg

 反対側は「あけぼの」のマークであった。寝台特急「あけぼの」は現在も青い機関車EF64形が牽いているが、あの機関車と「あけぼの」のマークの組み合わせは何度見てもしっくり来ない。やはり、青い機関車に「あけぼの」のマークといえば、かつて牽引していたこのEF65PF型の方が断然似合っていると思う。
f0113552_2213655.jpg

 ディーゼル機関車にも、寝台特急のマークは掲げられていた。紅いDD51形に「エルム」の組み合わせである。北海道行き寝台特急であった「エルム」の道内牽引機といえば、青いDD51形であるが、登場した当初はまだこの紅色だったかもしれない。その辺りははっきりせず、この組み合わせが実際にあったのかどうかはわからないが、北へといざなわれる出で立ちではある。
f0113552_22134939.jpg

 DD51形の反対側は「ゆうづる」のマークであった。この「ゆうづる」の紅いマークはどことなく物悲しくて好きだが、紅いDD51形に付けると機関車の色に溶け込んでしまうような感じがあった。
f0113552_22142165.jpg

 会場には寝台特急の客車も展示されていた。寝台特急「北斗星」の予備車なのであろう。
f0113552_22145056.jpg

 普段は見ることのできない中間車両の妻面も見ることができた。
f0113552_22151577.jpg

 この青き車体は車内も公開されており、乗り込むことができた。車内は見学者でけっこう混んでいてどの寝台も埋まっており、会場で売っている弁当を広げている人たちもいた。それで通路を歩くだけになってしまったが、久々に寝台車両の雰囲気を味わうことができて満足であった。そして再び、寝台列車で旅をしたいものだと思った。

 この一般公開では、寝台特急の姿を存分に楽しむことができた。また、過去の勇姿を眺めることもできて、貴重な機会となった。そうした展示ができるのも、尾久車両センターが現役の寝台特急を受け持っているからこそであろう。これからもできるだけ長く、寝台特急のねぐらとして機能し続けてほしいものである。


1枚目 24系寝台車両
2枚目 24系寝台車両
3枚目 EF651118寝台特急「あさかぜ」
4枚目 EF651107寝台特急「さくら」
5枚目 EF651107寝台特急「あけぼの」
6枚目 DD51842寝台特急「エルム」
7枚目 DD51842寝台特急「ゆうづる」
8枚目 オハネフ2513寝台特急「北斗星トマムスキー」
9枚目 オハネ25229
いずれも尾久車両センターにて 2009.11.14



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2009-11-15 22:21 | 寝台特急 | Comments(0)