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通勤の途上で

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 日々の気だるい通勤のわずかな慰めは、車窓風景の花々である。

 都会でそれを見つけることはなかなか難しいけれども、今の時期、お気に入りの場所がある。原宿駅の臨時ホームに咲くツツジである。明治神宮の深い緑の杜を背にして、色とりどりのツツジが咲き誇っている。

 停車時間のわずかな間に、花に見とれるのが最近の日課であるが、今日は原宿駅のホームに降り立って、電車を一本見送ってみた。次の電車が来るまでの時間は意外と短かったけれども、いつもよりしっかりと花を眺めることができた。


JR山手線原宿駅にて 2009.4.30



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by railwaylife | 2009-04-30 23:07 | | Comments(0)

寝台特急富士の思い出

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 寝台特急「富士」「はやぶさ」が廃止されて一ヵ月が経った。この一ヵ月、何となく空虚な日々が続いている。一昨日、廃止以来初めて夕方の東京駅を通った。当たり前のことだが、もう青き車体の姿はない。それがひどく虚しかった。東京駅に停まる東海道本線の電車が、何とも味気なく見えたものである。

 廃止になった「富士」と「はやぶさ」のうち、寝台特急「富士」は私にとって一番のお気に入りの列車であった。

 ただ、幼い頃から一番気に入っていたわけではない。子供の頃の一番のお気に入りは「あさかぜ」で、その次が「はやぶさ」であった。この頃は「富士」に対してはさほど憧れを抱いていなかった。丸型に白い山の書かれた「富士」のヘッドマークもあまり好きではなかった。いつだったか、いつもは「あさかぜ」で下関からやって来る祖母が一度だけ「富士」に乗ってやって来たことがある。「あさかぜ」が満席で、切符が取れなかったためである。そのとき私は、なぜか「富士」がひどく憎らしかったのを覚えている。

 そんな「富士」ではあったが、この列車に対しては一種畏敬の念を抱いていたようにも思う。というのも、当時「富士」は日本で最長距離を走る列車だったからである。当時の「富士」は、東京から日豊本線経由で西鹿児島まで運転されていた。そのダイヤは、前夜東京を発った下り列車が、終着西鹿児島に着く前にもうその日の下り列車が東京を発つというものであった。これは幼い私にとって、とてつもないことのように思えた。

 しかし、その後まもなく「富士」は宮崎止まりに運転区間を短縮され、最長距離列車の座を「はやぶさ」に譲ってしまう。ただ、後に編成にはロビーカーやB寝台個室ソロが付け加えられるなど、華やかな一面もあった。

 その「富士」に私が初めて乗ったのは、大学生のときである。平成6年(1994)夏のことだ。このときは父と弟と山陰地方をぐるっと回り、その帰途に下関から乗車したものだ。初めてB寝台個室ソロにも乗ることができ、興奮したものである。ただ、すでに食堂車は営業しておらず、何となく寂しかったものである。また下関からの乗車であったため、中途半端な感じもあった。

 それから「富士」はさらに運転区間を短縮され、大分止まりとなってしまう。私にとって二度目の「富士」乗車は、その大分行きになってからのことであった。平成11年(1999)2月のことである。東京から大分まで「富士」に乗り、また大分から東京まで「富士」で帰ってきた。これは私が初めて一人で寝台特急に乗った旅でもあった。そこには、幼い頃からの九州行き寝台特急への憧れがすべて凝縮されていた。そこで、大分で巡った宇佐や国東の寺社とともに、この「富士」での旅は最も忘れがたきものとなった。私にとって「富士」が一番のお気に入りとなったのは、この旅があったからである。

 以来、私は「富士」とその行き先の大分に対して強い憧れを抱くようになった。そして二年後の平成13年(2001)にはまた「富士」に乗って大分へ出かけている。このときはB寝台個室ソロを利用した。

 それから後は、なかなか「富士」に乗る機会はなかった。その間に、九州行き寝台特急は縮小の一途をたどり、憧れの「富士」も「はやぶさ」と併結されるようになってしまう。これが九州行き寝台特急の最終形態でもあった。

 その「富士」「はやぶさ」もいよいよ廃止されるという報道が出た後の、昨年平成20年(2008)春に、私は最後の乗車のつもりで東京から大分まで「富士」に乗車した。利用した寝台は、ずっと憧れであったA寝台個室「シングルデラックス」である。夢のまた夢であったA寝台個室についに乗ることができた。そして、寝台特急の車窓に桜を眺めるという夢も叶えられた。最後の乗車にふさわしい旅だと思った。

 だが、廃止の発表が現実のものとなってから、最後にもう一度乗っておきたいという想いがあった。そこで乗車したのが先月の最後の「富士」乗車である。大分から東京までのB寝台での旅路では、一睡もすることができなかった。でも、それが良い思い出となっている。

 今、お気に入りの「富士」が廃止され、それに代わるお気に入りの列車はない。この「富士」ほど、思い入れのある列車はない。それだけに、廃止されてからの空虚な想いは埋めようがない。ただ、だからこそ「富士」への想いと思い出は、ずっとずっと私の心に残るものである。


寝台特急「富士」 山陽本線門司駅にて 2009.3.7



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by railwaylife | 2009-04-13 22:00 | 寝台特急 | Comments(0)

大井町線の春

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 昨年、8000系が去り、6000系の急行運転が始まって以来、すっかり大井町線にはカメラを向けなくなってしまった。でも、早いもので大井町線の急行運転が始まってから一年が経った。急行電車はすっかり大井町線に定着した。そして二度目の桜の下を、今6000系電車が駆けて行く。久しぶりに大井町線電車にカメラを向けたみた。

 大井町線は今年、7月に溝の口まで延伸されることが決まっている。大井町線にとってまた、大きな変革のある年である。


東急6000系電車 東急大井町線上野毛駅~二子玉川駅にて 2009.4.4



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by railwaylife | 2009-04-05 21:11 | 東急 | Comments(0)

池上線の春

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 毎年桜の咲く頃になると行くところがある。東急池上線の洗足池駅~石川台駅間の切り通しである。ここの切り通しの上に桜並木があって、花が線路に降りかかるようにして咲く。その下を、三両編成の電車がゆっくりと駆けて行く。都会の線路際では数少ない、春を感じられる風景だ。

 今日、その切り通しを訪れた。天気は薄曇りで、花が白っぽくなってしまっていたが、それでも紅みを帯びた花びらが勢い良く咲き揃っていた。

 春が来るたびに、ここの風景を見られる幸いを想う。ただ、この桜の下を7600系と7700系が駆け抜ける春はあとわずかのはずである。やがて7000系電車に置き換えられてしまうからだ。

 今日は7600系は走っていなかったが、桜の下を行く7700系の姿は良く目に焼き付けておいた。


東急7700系電車 東急池上線洗足池駅~石川台駅にて 2009.4.4



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by railwaylife | 2009-04-04 23:17 | 東急 | Comments(0)