<   2009年 03月 ( 4 )   > この月の画像一覧

サンライズがある

f0113552_2334257.jpg

 子供の頃、眠れぬ夜は東京発のブルートレインの名を数え上げたものだ。「はやぶさ」に「さくら」に「富士」に「みずほ」に「あさかぜ」に「出雲」に「紀伊」に「瀬戸」と名を挙げる。それらの列車が今も走っているんだと思うと心強く感じて、安心して眠りに就いたものである。

 その東京発のブルートレインは、もうなくなった。東京から西へ、ブルートレインで旅立つことは、もうできない。東京からブルートレインの走らない夜の闇は、空虚である。

 だが、東京から西へ、寝台特急で旅立つことはまだできる。電車寝台特急「サンライズ出雲」「サンライズ瀬戸」があるからだ。この列車で、東京から夜の闇へ旅立てば、ブルートレインと同じ旅路をたどることができる。そしてその車窓に、ブルートレインの残影を味わうことができるだろう。そう思うと頼もしい。

 九州へ行くにも、この列車を岡山まで使えばよい。岡山からは新幹線を使うことになり、旅の醍醐味はだいぶ減るけれど、一夜を列車で明かして九州へ向かうというシチュエーションは保たれる。

 だから、これからは寝台特急「サンライズ出雲」「サンライズ瀬戸」に、旅への想いを馳せようと思う。いつか東京から「サンライズ出雲」「サンライズ瀬戸」で旅立つ日を夢見て、生きていきたい。


寝台特急「サンライズ出雲」「サンライズ瀬戸」 東海道本線東京駅にて 2000.4.8



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2009-03-16 23:08 | 寝台特急 | Comments(0)

最後の勇姿

f0113552_2225946.jpg

 いつも夕方18時03分になると外の空を見上げる癖があった。今日はこんな空の下、寝台特急「富士」「はやぶさ」は旅立って行くんだなあと思うためである。

 その旅立ちの最終日の昨日、私は職場のデスクで18時03分を迎えた。虚しく黒い空を見つめ、東京駅を想うしかなかった。

 明けて今日、最後の上り「富士」「はやぶさ」が東京に上ってくる朝である。列車は九州内のダイヤ乱れの影響で、一時間以上遅れているとのことであった。私は最後の勇姿をどこで見送ろうかとずいぶん考えた。天気は、雨が止みそうで止まない。止むのなら駅間の線路際が良い。止まなかったら、どこかの駅で見送るしかない。空模様をずいぶん気にしながら、家を出た。

 結局、雨は降り続いていたが、思い切って線路際で見送ることにした。いつだったか「富士」「はやぶさ」を見送ったことのある大森駅近くの跨線橋である。そこへ行ってみると、すでに多くの人がカメラを手に待ち構えていたが、何とか脇の方に入り込むことができた。

 列車を待つうちに雨は止んだ。そして11時20分、大森駅の向こうに機関車の光が見えた。最後だという緊張感が高まる中、グングンと列車は近付いてくる。カメラを構えて夢中でシャッターを切った。ファインダーの中には、いつもながらの「富士」「はやぶさ」の姿があった。

 振り返って、去り行く列車を見送る。雨上がりの空の下、客車の青色はいつになく深く沈んで見えた。遠ざかる青き列車をじっと見送る。見えなくなるまで見つめる。東海道本線でブルートレインを見られるのもこれで最後だと思うが、まるで実感がなかった。また、列車を見送ったのはあっという間のことで、想いを込めることもできなかった。でも、帰宅の途に就くうちに、寂しさが込み上げてきた。

 一昨年の11月に寝台特急「富士」「はやぶさ」の廃止報道が出て以来、今日まで瞬く間に過ぎた。でも、その間に「これが最後」との想いで結局三回もこの列車に乗ることができたのは良かった。幼い頃の憧れから、最後の乗車まで、九州へ向かう寝台特急への想いは、私の心に深く深く刻まれた。その姿を、その旅路を、その思い出を、私は決して忘れるものではない。


寝台特急「富士」「はやぶさ」 東海道本線大井町駅~大森駅にて 2009.3.14



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2009-03-14 22:27 | 寝台特急 | Comments(0)

寝台特急富士最後の旅

f0113552_012116.jpg

f0113552_0131689.jpg

f0113552_0134748.jpg

 3月7日、九州に飛び、大分から寝台特急「富士」最後の旅に出た。

 今回寝台券が取れたのは、1号車喫煙車のB寝台下段である。嫌煙家の私にとって、喫煙車はつらいのではないかという不安があったが、それ以上に1号車には魅力を感じる部分があった。寝台が右窓の海側にあるということである。これは車窓風景を眺める上で、大きな魅力であった。そこでそのまま乗ることにした。

 16時43分に大分を発つと、さっそく右窓には別府湾の海原が広がる。しかし天気は曇り空で、海面は泣き出しそうな青灰色であった。ブルートレインのような青い海原を期待していたのに、残念であった。

 海の眺めが尽きて別府を過ぎると、国東半島の低い山並が続く。そして宇佐を発つと、白い空が次第に青みを増してきた。早くも暮れ行こうとしている。次の停車駅中津を過ぎると、空が藍色に沈んでいった。さらに次の停車駅行橋を発つと、藍色から漆黒へ変わっていく。眩い小倉駅に着く頃にはすっかり暮れていた。暮れると同時に、日豊本線の旅も終わった。

 次の門司で「はやぶさ」と併結される。いよいよ九州からも出ることになる。憧れた寝台特急の旅路がどんどんと思い出に折りたたまれていくことに、切なさを感じた。
f0113552_0141928.jpg

 いつになく短く感じた関門トンネルを抜け、下関に着く。機関車交換を経て、山陽本線の闇の車窓が始まる。道沿いの白い街灯が車窓の後ろへ後ろへ飛び去って行く。下り線の青いシグナルが淡く光る。踏切の警報機の赤が目に染みる。

 そんな闇の窓辺にもたれるうち、下松を過ぎたところでおやすみ放送が入って減灯となる。寝台にいよいよカーテンを引くが、車窓にはかからないようにし、尚も闇の車窓と対峙する。寝台内の蛍光灯を切ると、車窓が淡く浮かび上がる。

 下松の次の停車駅柳井を発つと、線路は瀬戸内海沿いに出る。見えてきた海原は空よりも濃く暗く見えたが、やがて空と海の黒色は一つに交じり合い、青黒い無の世界を創り出す。何もない宙を漂うように列車は行く。

 岩国に至ると海の眺めは終わる。だが、その後も広島、尾道、福山と停車駅を見送る。福山を出たところで0時を回ったので、もう寝ようと思い寝台に横になったが、なかなか寝付けない。岡山も過ぎてしまう。

 そのうちに列車が急停車した。駅でもないところである。三十分くらい停まっていただろうか。夜が明けてからわかったことだが、列車が鹿と衝突したという。大事に至らなくて良かったが、列車はだいぶ遅れた。

 再び動き出してからも、眠れなかった。時計が3時になったところで、私は寝るのを諦めた。ちょうど列車は西明石を通過するところであった。闇に沈む明石海峡大橋を見つめ、真っ黒な須磨海岸を眺めた。そして神戸を過ぎ、山陽本線から東海道本線に入る。

 もうこのまま大阪も京都も見届けてやるぞと思うが、列車は尼崎から本線を外れた。北方貨物線と呼ばれる貨物線に入り、大阪駅は通らなかった。列車は宮原総合運転所にトワイライトエクスプレスの車両などを見ながら進み、新大阪駅の脇に出て、吹田操車場の貨物列車をかすめた。なかなか面白いものを見ることができた。

 本線に戻り、やがて京都駅に至る。深夜の京都駅をゆっくりと通過する。この駅を通過する旅客列車を目の当たりにするのは初めてだったので、何となく居心地が悪かった。

 列車は滋賀県に入り、早くも始発列車とすれ違う。そして米原で小休止の後、関ヶ原越えにかかる。街灯もない山間の闇を抜け、平地が開けてくると、ついに空も白み始めた。

 6時におはよう放送が入り、列車が五十分遅れであることが告げられた。そして岡山以来の停車駅名古屋には、約一時間遅れでの到着であった。すっかり夜が明けてから名古屋に着くことになった。

 空は昨夕と同じく白い。これでは富士山は望めそうにない。渡って行く矢作川・天竜川・大井川・安倍川・富士川もみな色を失っている。あとの楽しみは相模の海だけだ。

 丹那トンネルを抜け、熱海に至ると相模の海が見えてくる。白い空の下、薄青い海原が広がる。上り寝台特急「富士」の車窓風景の中で、最も憧れた景色だ。湯河原・真鶴を過ぎると、その海面がググッと迫ってくる。そして根府川に至れば、車窓一面に海原が広がる。心がスッとしてくる。ここから早川までが最大の見所だ。ブルートレインの色には程遠いけれども、青みを帯びた海がある。ただただ見とれる。
f0113552_0145749.jpg

 だが、小田原に至ると急に日常に引き戻される気になる。あとは見慣れた景色をぼんやりと眺め行くしかない。

 横浜を発って、青緑色の多摩川を渡ると、東京都に戻る。列車はゆっくりと都会へ入って行く。長い旅の終わりを惜しむかのようであった。

 終着東京駅には11時07分に着いた。ホームは見物客で溢れていて、喧騒の中にあった。ゆっくりと青き列車を眺める余裕もなく、私はひっそりと寝台特急「富士」に別れを告げ、帰途に就いた。
f0113552_0153358.jpg

 寝台特急「富士」最後の旅で、一睡もできなかったのは良い思い出になった。深夜の景色も含め、長い長い車窓風景を、しっかりとこの胸に刻んだ。



にほんブログ村 鉄道ブログへ
by railwaylife | 2009-03-09 23:50 | 寝台特急 | Comments(0)

寝台特急の機関車

f0113552_21304077.jpg

 田町車両センター(旧東京機関区)で開催されたブルートレインの機関車撮影会に参加した。会場には、EF65形500番台、EF65形PF、EF66形機関車が展示されていた。それぞれがヘッドマークを取り付けての展示である。
f0113552_21311513.jpg

 EF65形500番台は現役で寝台特急を牽いているところは見たことがなかった。写真や模型の世界で目にした姿である。私がお気に入りの「あさかぜ」のヘッドマークを付けた姿は美しかった。
f0113552_2131463.jpg

 EF65形PFは、私が寝台特急に憧れを抱き始めた頃に、まさに現役であった機関車である。寝台特急の機関車といえば、私にとってはこれである。ピンク地に白い花形の「さくら」のマークも懐かしい。
f0113552_21321574.jpg

 そしてEF66形は、一番見慣れた寝台特急の機関車である。青い「富士」「はやぶさ」のマークがすっかり定着した感がある。でも、この姿を見られるのも、あとほんのわずかの間のことである。

 撮影時間の二十五分間、幼い頃からの寝台特急への憧れを胸に抱きながら、夢中で機関車にカメラを向けていた。旧東京機関区で寝台特急の機関車を眺められるなんて、夢のような時間であった。ただ、撮影時間には多少余裕があったので、途中でヘッドマークを付け替えたりしてくれたら、もっと良かった。でも、このような機会を設けてくれたJR東日本には感謝したい。

 会場への行き帰りには、旧東京機関区の建物の中を通った。機関車の整備をする場所のようであったが、そこはもう機能していないようで、半ば廃墟のようになっていた。それが何だか悲しかった。寝台特急「富士」「はやぶさ」の運転が終わってしまえば、ここに寝台特急の機関車が留まることもなくなってしまう。旧東京機関区の伝統も消え去ってしまうことになる。寂しいことだ。

 撮影会に参加して、いよいよ寝台特急「富士」「はやぶさ」の廃止が迫ってきたことを実感した。今週末はいよいよ最後の「富士」乗車である。旅を楽しみつつ、最後の乗車機会をしっかりと噛み締めたいと思う。


EF65-501EF65-1106EF66-53 田町車両センターにて 2009.3.1
by railwaylife | 2009-03-01 21:34 | 寝台特急 | Comments(1)