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特急電車の旅

 11月20日、日帰りでささやかな旅に出かけた。

 特急電車に乗りたいと思った。それでまずは新宿駅から中央本線の特急「スーパーあずさ」15号に乗り込んだ。
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 着席した自由席は左窓際である。桂川の眺めや、甲府盆地の眺めを考えると左側の方が良い。だが、列車が12時00分に発車してすぐに左へカーブして行くと、昼の高い日差しがまっすぐに窓から入ってくる。眩しさに耐えながら、車窓を眺めていくことになった。

 山岳路線である中央本線の車窓はひじょうに魅力的だが、東京を抜け出すまでがちょっと退屈である。そこで、新宿駅で買った「新宿弁當」を開く。卵のそぼろご飯が薄味で美味しく、また山の幸の詰まったおかずも食べ応えがあった。

 弁当を食べているうちに、列車はススキ野原の多摩川を渡り、八王子駅に停車する。ここからいよいよ山間の眺めである。高尾駅を過ぎると、色とりどりに染まった山並が見え始めた。そして、トンネルをくぐるにつれ山並が重なっていく。色付いた山肌に日の光で陽と陰ができ、彩りをさらに加えていく。時折、桂川の川面がギラギラと照り輝く。

 やがて長いトンネルを抜けると、パッと視界が開ける。勝沼ぶどう郷駅を過ぎた辺りだ。甲府盆地である。白い建物が散らばっている。
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 それを高みから見ていたのが、どんどんと高度を下げ、やがて盆地に着地する。枝だけになった桃や葡萄の果樹園が目立ち始める。山並の向こうには、富士山の頂がポコッと見えてきた。

 13時28分、甲府駅に停車する。ここで「スーパーあずさ」を降りる。東京よりも冷え込んだホームに降り立って、身延線ホームへと向かう。ここから乗るのは特急「ふじかわ」8号だ。
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 13時48分、甲府駅を発つ。着席した自由席は右窓際である。また日の差し込んで来る側であるが、こちら側の車窓の方が見応えはある。富士川の流れが見えるし、後で富士山も見渡すことができる。

 列車は富士山を見ながら甲府盆地を南下して行く。やがて、ゆったりとした笛吹川を渡り、市川大門駅、鰍沢口駅の停車を経ると、山並が迫ってくる。緑色や黄色や茶色の木々が日に照らされて輝く。だが、線路沿いの山は高くそそり立ち、時折早くも日の光を遮ってしまう。

 山間を抜け、波高島という小さな駅を過ぎると、ようやく富士川の川面が姿を現した。青灰色をした川の流れが、日を受けてギザギザと輝いていく。

 建物が増えてくると身延駅である。身延駅を発ってからも、線路はなおも川沿いを行く。ゴツゴツとした岩に囲まれた川は、雄大にクネリクネリと曲がっていく。線路もそれに従い、右へ左へカーブする。列車は車輪を軋ませスピードを落とす。眩しい日差しに顔をしなめながら、のんびりと進む川の車窓を眺めていると、心までゆったりとしてきた。

 やがて、川に沿って南下してきた線路が東へそして北へ向かい始めると、線路際の木立の向こうから、大きくなった富士山がヌッと現れた。頂の純白の雪はまだ少なく、青茶色の広い裾野がグッと広がっている。
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 その富士山が右窓から左窓へ移っていくと、間もなく富士宮駅である。身延線の旅も終わりに近付いてきた。あとは富士の製糸工場の煙突へ向かって進むだけである。

 15時31分、富士駅に到着したところで特急を下車する。ここから東海道本線で帰途に就くが、熱海駅までの普通列車はみなロングシートの車両である。車窓が楽しめないのがつらいが、それでも首を懸命に曲げて、背中の富士山を見つめた。

 列車が沼津駅を過ぎた辺りから、辺りの白い建物がオレンジ色に染まり始めた。昼からさんざん悩まされた日の光が、いよいよ沈もうとしていた。そして、ウトウトと夢心地のうちに丹那トンネルを抜け、薄暮の熱海駅に到着する。

 熱海駅からは特急「踊り子」号に乗りたいところであったが、接続が良くないので快速「アクティー」のグリーン車の客となった。
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 16時51分、藍色に染まりかけた空の下、熱海駅を発つ。ここからは夕暮れの相模湾の車窓が見所だ。湯河原駅を過ぎて、後方を見ると、初島の先の空がまさに夕焼け色であった。オレンジからピンク、水色、そして藍色と、空がグラデーションを描いていく。だが、それもあっという間に藍色に呑み込まれ、海原は黒色を纏って闇に沈み始めた。そんな暗がりを背景に「根府川」の駅名標が白く浮かび上がるとき、グッと心が高鳴った。

 相模湾に別れを告げ、小田原の駅を過ぎて、真っ暗な酒匂川の流れを見送ると、あとは何だか気が抜けてしまった。せめて暗がりの東海道本線の車窓を、先日乗った寝台特急「はやぶさ」の車窓に見立ててみようと思った。

 そうやって、闇をぼんやりと見送りながら、都心へと戻ってきた。そして、黒々とした多摩川を越え、いよいよ東京へ戻ってきたとき、ピョーッという物悲しい汽笛とともに、寝台特急「はやぶさ」「富士」とすれ違った。18時15分のことである。一瞬のことだが、その青き車体に想いを込めた。

 18時20分着の品川駅で下車し、山手線へと乗り換える。帰宅ラッシュの大勢の客に紛れたとき、短い旅は終わりを告げた。



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by railwaylife | 2008-11-21 16:49 | | Comments(0)

新幹線の名前

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 2011年春、九州新幹線の博多駅~鹿児島中央駅間が全通する。これに伴い、山陽新幹線と九州新幹線を直通する、新大阪駅~鹿児島中央駅間の列車が登場するという。JR西日本とJR九州では、今その列車名を募集している。

 鹿児島へ向かう列車と言えば、私の中では「はやぶさ」が真っ先に浮かぶ。現在東京駅~熊本駅間で運行されている寝台特急「はやぶさ」はかつて、東京駅~西鹿児島駅間を結んでいた。幼い頃から憧れを抱いていた「はやぶさ」は、西鹿児島行きの列車である。

 だが、寝台特急廃止後のこととは言え、その名が新幹線に取られてしまうのは何となく面白くない。やはり「はやぶさ」は寝台特急の名であるからこそ、良いのだと思う。

 それに考えてみると、西へ向かう新幹線の愛称はどれも三文字である。四文字の「はやぶさ」は馴染まないかもしれない。

 三文字で考えてみると、例えば「はやと」などというのはどうだろう。勇ましい名だし、鹿児島へ向かう特急としてふさわしいのではないだろうか。ただ、東北新幹線に一文字違いで「はやて」があるから、みどりの窓口などで混乱するかもしれない。

 区間を重ねて考えると、かつて新大阪駅~西鹿児島駅を走っていた寝台特急「なは」や「明星」なども候補に挙がる。寝台特急「なは」は、沖縄の本土復帰を願って命名されたという歴史的経緯もある。その想いを引き継いでいくのも良いかもしれない。だが、やはりこれらは三文字ではないし、新幹線の名前として「なは」や「明星」は少し地味な感じがする。

 また、列車の名を考えるとき、ついつい中央から地方への視点になりがちであるが、地方から中央への視点で考えることも大切である。そうなると、新大阪行きを意識して「なにわ」はどうだろうか。ちょっとしっくり来ない。

 いろいろ考えてみたが、実は心のどこかで「はやぶさ」という名が受け継がれて生き残って欲しいという想いもある。それで今は、この「はやぶさ」という名で一票を投じようかどうか、迷っているところである。



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by railwaylife | 2008-11-11 16:00 | 新幹線 | Comments(0)

結果発表

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 8月に受験した国家資格の試験の結果発表があった。合格であった。正直言ってホッとした。そして嬉しかった。これでようやく、未来が開けていくような気がしてきた。

 そして何より、ほぼ一年前の決意を形にできたことが良かった。ずっと渋谷の資格学校まで通っていたことが報われた。雪の日も、夏の暑い日も通った。その成果があった。

 今回の合格を糧に、これからまた、新たな目標に向かって頑張っていきたい。


渋谷行き東急9000系 東急東横線学芸大学駅~都立大学駅にて 2008.11.4



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by railwaylife | 2008-11-07 10:00 | 生活 | Comments(0)

キハ58系の思い出

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 クリーム色のボディに朱色の帯を巻いたキハ58系ディーゼルカーは、いかにも国鉄型らしい車両である。昭和36年(1961)に急行型ディーゼルカーとしてデビューした車両で、全国の非電化区間を中心に、急行列車として活躍した。

 しかし、今から二十年程前に、私が幼くして目にし始めた頃のキハ58系は、各地のローカル線の普通列車として活躍する姿であった。だから私にとってキハ58系は、本来の急行用車両というより「ローカル列車」としての印象の方が強い。ローカル線の象徴のような車両である。それでも、車内はデッキと客室が区切られ、たしか車端部にはトイレはもちろん洗面台も備わっていたから、何となく重厚な感じがしたものである。

 そんなキハ58系も、老朽化による置き換えが進み、今では全国でもわずか数両を残すのみとなってしまった。JR化後は各地のラインカラーに塗り替えられた車体も、最近ではオリジナルの塗装に戻され、イベント列車やリバイバル列車として運転されたりもしている。だが、その活躍も、もう残りわずかなようである。

 イベント列車やリバイバル列車といった限られた運用に乗ることはなかなか難しいが、叶うことならいま一度、キハ58系の車内からローカル線の車窓をゆっくりと眺めてみたいものである。


キハ58系ディーゼルカー 小海線小淵沢駅にて 1988.1.6



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by railwaylife | 2008-11-06 11:56 | 昔の写真 | Comments(0)

ススキと東横線

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 久しぶりに近所の線路端を訪れたら、ススキが風に揺れているのを見つけた。ススキの穂は日の光に照らされ白く輝き、電車が来るとそれが激しく揺らいだ。

 身近な路線に、深まる秋を感じることができた。


横浜高速鉄道
Y500系電車 東急東横線都立大学駅~自由が丘駅にて 2008.11.4
by railwaylife | 2008-11-04 16:49 | Y500系 | Comments(0)

青ガエルと出会う

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 寝台特急「はやぶさ」で熊本駅に着いた後、普通列車で一駅戻って上熊本駅に降り立った。その駅前ロータリーの片隅に、緑色の電車が停まっている。熊本電鉄上熊本線の電車だ。これは、もともと私の地元の東急電鉄を走っていた青ガエルこと5000系である。幼い頃に乗り慣れた電車だ。熊本まで来たら、ぜひこの車両を見ておきたいと思っていた。

 実は青ガエル5000系は、東京の渋谷駅前にも保存されていて、いつでも見に行くことができる。しかし、こちらの熊本電鉄5000系は何と言っても現役でまだ動いている。その動いている姿が見てみたかった。

 ただ、ロータリーに現れたその顔は、東急時代と少し違っていた。青ガエルが潰れたような顔をしている。この片方の運転台は、熊本電鉄に来てから取り付けられたものである。一両で動けるようにするためである。

 それでも、反対側に回ってみれば、写真のように元通りの顔である。懐かしかった。青ガエルが東急から引退したのは、もう二十年以上前のことである。

 動いている5000系に乗りたくて、一駅だけ行ってみることにした。車内に入ってみると、昔のままである。ワインレッド色の座席が懐かしい。吊り革の広告は「東横のれん街」に「東急百貨店」と、東急時代から変わっていない。

 間もなく電車は走り出した。東急線を走っていたときの走行音までは記憶になかったが、ゥーンという低い唸り声には何となく聞き覚えがあった。

 韓々坂という小さな駅で降りた。そこでしばらく待って、折り返しでやって来る電車を捉えた。
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 本当は潰れ顔ではなく膨れ顔を撮りたかったが、久しぶりに生きた青ガエルに出会うことができて、満足であった。


熊本電鉄5000系電車
1枚目 熊本電鉄上熊本線上熊本駅にて 2008.10.24
2枚目 熊本電鉄上熊本線韓々坂駅~池田駅にて 2008.10.24



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by railwaylife | 2008-11-02 15:17 | 東急 | Comments(0)