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変わる東京駅

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 東急東横線沿線に住んでいるので、東海道を西へ下るときは、在来線なら横浜、新幹線なら新横浜から乗るのが早い。でも、時間に余裕のあるときは、なるべく東京駅から東海道を下ることにしている。その方が、清く正しい東海道の下り方だと思う。それに何より、東京駅を発車するときの気分が良い。いよいよ東京を旅立つのだという想いを、より一層強く印象付けてくれるからである。

 新幹線で北へ向かうときも同じだ。渋谷から湘南新宿ラインで大宮へ出てしまう方が時間の短縮につながるが、北への新幹線もやはり、東京駅から乗ることを選んでしまう。東京駅から北へ向けて旅立つのも、西へ向かうときとは別の趣があってワクワクしてくるものだ。

 そんな旅立ちの駅東京駅が、今大きく変わりつつある。駅の周囲には、次々と背の高いビルが現れている。そして、丸ノ内の赤レンガ駅舎自体も変わろうとしている。創建当時の姿に戻されるということだ。今の姿がすっかり見慣れていて、これぞ東京駅という印象がすっかり定着しているので、その風景が変わってしまうことには多少抵抗がある。でも、設計された通りの形に戻されるということであれば、それが本来の姿であり、良いのかもしれない。

 秋空の下、変わりゆく東京駅を見つめてから、ふと皇居の方を見ると、沿道のイチョウが早くも色づき始めていた。猛暑の影響で、都会の葉の色づきは遅いはずだが、ここのイチョウはすでに黄緑色に染まっていた。東京駅の周囲は、季節も移ろっていく。この駅から秋の旅立ちが叶うよう、色づく葉の向こうの赤レンガ駅舎に願いを込めた。
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東海道本線東京駅にて 2007.10.28



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by railwaylife | 2007-10-30 23:53 | | Comments(0)

グランスタと寝台特急

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 つい先日、東京駅の地下にエキナカ「グランスタ」がオープンした。日曜日の夕方、様子を見にぶらっとそこへ行ってみた。オープンしたての休日なので、エキナカはだいぶ混み合っていた。新しい商業施設ができた分、東京駅には人が増えたという印象である。

 「グランスタ」にはスイーツや弁当・惣菜を売る店がいろいろと出店していた。そんな店を横目にしながら、私が最初に思ったのは「ここで美味しいものを買い込んで、寝台特急に飛び乗りたい!」ということである。

 それでそのまま10番ホームへ上がった。寝台特急を見送るためである。日の暮れたホームは、九州への寝台特急「はやぶさ」「富士」を待ち構えている。だが、ホーム上の弁当屋はすでにシャッターが閉まり、KIOSKさえも開いていない。わずかにコンビニが営業しているだけだ。さらに、青い客車が入線すると「この列車に食堂車と車内販売はございません」という構内放送が流れる。列車にはわずかな客が乗り込むだけである。同じ東京駅の中でも、寝台特急出発の風景は「グランスタ」の賑わいと対極にあった。

 それでも、休日ということもあってか、寝台特急を見送る人の数は多かった。小さな子供もいた。かつての私と同じように、寝台特急への憧れが幼い心に刻み込まれていくだろうか。

 18時03分、いつものように、列車はゆっくりと旅立った。過ぎ行く青き車体の窓に、駅弁を広げた乗客の姿がちらっと見えた。青い残影を見送ると、私は急にお腹がすいてきた。


寝台特急「はやぶさ」「富士」 東海道本線東京駅にて 2007.10.28



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by railwaylife | 2007-10-29 01:04 | 寝台特急 | Comments(0)

特急鳥海の旅

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 先日、上野駅で寝台特急「鳥海」の方向幕を目にした。「鳥海」という列車愛称はもともと夜行急行列車のもので、その後寝台特急になったが、一時期昼行特急の愛称に用いられていたこともある。上越新幹線開通後数年間のことである。そんな時代の特急「鳥海」の写真が出てきた。小学生の頃、新発田駅で撮ったものである。

 撮影した年の時刻表を紐解いてみると、特急「鳥海」は上野発青森行きとなっている。大宮から高崎線・上越線・信越本線を通って、新津から羽越本線に入る。さらに秋田からは奥羽本線を経由するルートである。今の寝台特急「あけぼの」とまったく同じルートだ。本数は一日一往復である。

 時刻表を見ながら、特急「鳥海」の旅を始めた。 

 下り特急「鳥海」の上野発は10時30分となっている。通勤ラッシュが一段落した上野駅を発つことになる。ゴミゴミとした都会を抜け、大宮から高崎線で関東平野を北上するうちに、車窓には緑が増えていき、心が開けてくる。さらに高崎から上越線に入ると、次第に山並が迫ってくる。壁のように聳え立つ山肌に向かって行くにつれ、緊張感と期待が高まる。そして長い新清水トンネルを抜けて新潟県に入れば、また越後平野が開けてきて、ホッとしてくる。列車は秋田・青森への客を運ぶことに使命があるから、大都市新潟は無視し、新津から羽越本線に入る。すでに上野を発ってから4時間が経過している。傾きかけた日差しを受けながら、列車は日本海岸へ出る。季節によっては海に日の沈むさまも見られるだろう。あるいは吹雪の中、次第に闇へ沈んで行く荒々しい日本海の波を見つめることになるかもしれない。秋田へ着くのは、出発からちょうど8時間後、18時30分である。あとは暗闇の中、心細くなりながら奥羽本線を北上することになる。終着青森の到着は21時13分だ。始発から終着まで乗り通せば、まさに一日がかりの行程である。でも、そんな特急「鳥海」の旅をしてみたかった。


特急「鳥海」 羽越本線新発田駅にて 1984.3.27



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by railwaylife | 2007-10-26 23:37 | 昔の写真 | Comments(2)

激走8000系

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 このところ、大井町線の8000系ばかり追っていたが、今朝は久しぶりに東横線の8000系を見に行った。わずかに残った2編成のうち、今日は1編成しか稼動していなかったようである。

 学芸大学駅と都立大学駅の間はほぼ直線で、下り電車は各駅停車でも速度の出るところである。環七通りの日丘橋をくぐる頃には、時速100kmに達している。その区間を8000系は、低い唸り声を上げながら全力で突っ走って行く。そんな轟音が聞けるのもあとわずかだ。


東急8000系電車 東急東横線 学芸大学駅~都立大学駅にて 2007.10.25



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by railwaylife | 2007-10-25 22:02 | 東急8000系 | Comments(0)

客車急行能登の思い出

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 上野発の夜行急行といえば、かつては「八甲田」「津軽」「十和田」「天の川」「おが」「越前」など、数多くの列車があった。今、上野発の急行列車として唯一残る金沢行きの急行「能登」は、その残影である。

 現在の急行「能登」は特急型電車で運行されているが、昔は他の急行列車と同じく客車列車であった。座席車と寝台車が併結された編成だ。そんな客車急行の「能登」に、私は一度だけ乗ったことがある。北陸を旅した帰り、金沢から上野まで利用した。

 当初は座席車に乗るつもりであったが、直前に奮発して寝台券を購入した。寝台車は三段式であった。後にも先にも、客車三段に乗ったのはこのときだけである。ただ、下段であったので、さほど窮屈さは感じなかった。中段や上段に乗客もいなかったと思う。

 金沢を出てから寝台に寝転がり、時刻表を広げて対向列車を確認したりしていたが、富山辺りで眠ってしまったように思う。当時の「能登」は、今と違って信越本線経由であり、真夜中に碓氷峠を通過するのが楽しみであったが、次に目が覚めると辺りは明るかった。すでに赤羽付近を通過中であり、だいぶ焦った記憶がある。旅の終わりで疲れていたのだろう。

 早朝の上野駅に到着して、写真を撮った。
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 14系寝台客車のテールサインは「急行」である。牽引機は直流区間がEF62であった。交流区間はEF81の牽引であったと思う。すでに東北・上越新幹線は開通していたが、まだまだ上野駅を発着する急行列車が何本もある時代であった。

 今や、全国のJRから「急行」という種別が消え去ろうかという時代である。


急行「能登」 1枚目 北陸本線金沢駅にて 1989.4.3
       2枚目・3枚目 東北本線上野駅にて 1989.4.4



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by railwaylife | 2007-10-24 22:47 | 昔の写真 | Comments(0)

逆光8000系

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 夕日に輝く東急8000系を捉えることに、再び挑んだ。夕方、また大井町線の沿線を歩いて、西日の当たりそうな場所へ行ってみた。するとそこは、沿線の建物が接近していて、線路上にすでに日差しは当たらなくなっていた。もう少し早い時間に行かなければならなかったようだ。難しいものである。

 近くで他の場所を探してみたが、うろうろしているうちに8000系は行ってしまった。そこで今日も、西から折り返して来る8000系を撮ることにした。
 
 あえて逆光のところで狙ってみた。やって来る列車は、西日の中に溶け込みそうであった。

 8000系が残る東横線・大井町線には、今年度中に新型車両の導入される計画がある。8000系が走るのも、長くてあと半年くらいであろう。限られた月日の中で、思い出深い8000系をどう残そうか、試行錯誤しているところである。


東急8000系電車 東急大井町線 自由が丘駅~九品仏駅にて 2007.10.22



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by railwaylife | 2007-10-22 20:56 | 東急8000系 | Comments(0)

たそがれ8000系

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 ステンレスの東急8000系は、夕日を浴びると輝く。日を受けたその車体は、まるで金色のようになる。

 そんな姿をイメージしていると、秋の夕日を浴びた8000系が撮りたくなった。それで夕方の大井町線沿いを歩いた。西に向かって走る下り電車が狙い目だ。

 しかし、なかなか良い場所が見つからなかった。撮るところの定まらぬうちに、夕日を浴びた8000系が走り去って行った。

 秋の日が落ちるのは早く、たちまちに西の空が薄オレンジに染まった。その空を背負ってやって来る8000系に狙いを変えた。

 ようやく電車と夕空を捉えられる踏切を見つけた。その場所で、西からやって来た8000系を捉えた。すでに辺りは黄昏時であった。ステンレスの車体は、ほんのりと夕空色に染まっていた。


東急8000系電車 東急大井町線 中延駅~戸越公園駅にて 2007.10.20



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by railwaylife | 2007-10-20 21:56 | 東急8000系 | Comments(0)

田園都市線の秋

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 東急沿線に住んでいるが、田園都市線にはあまり馴染みがない。普段、利用する機会もほとんどない。特に多摩川から向こうに乗ることは稀である。

 昨日、伊豆急行8000系の旅立ちを見届けるため長津田駅へ行ったとき、久しぶりに田園都市線を利用した。改修工事をしている駅が多いことと、車両のバリエーションが豊富になっていることが印象的であった。

 かつて田園都市線は、東急8500系のほぼ独壇場であった。たまに営団8000系がやって来るくらいであった。それが今は、東急では2000系、8590系、5000系、東京メトロでは08系が増え、さらに半蔵門線延伸開業に伴う東武伊勢崎線との相互乗り入れにより、東武鉄道の車両も田園都市線を走るようになっている。特に東武の最新型50050系は、車体のオレンジ色が強烈で、異彩を放っていた。

 昔から田園都市線の象徴であった8500系は、あまり目立たない存在になっているように感じた。実際、新鋭の5000系に追われ、両数も減っている。そして今後も5000系の増備は続き、近い将来8500系は完全に淘汰されるようである。

 そんなこともあり、伊豆急行8000系を見送った後、田園都市線も少し撮影してみた。

 田園都市線というと、ほとんどが高架区間で自然とは無縁のような印象があったが、この時期に乗ると沿線にはススキの穂がけっこう目に付いた。それと電車を合わせて撮れるところを見つけた。

 何本か電車を見送ったが、今のところはまだ東急8500系のやって来る割合が高かった。しかし、8500系にとってはまさに今が「秋」である。これから一枚一枚葉が落ちていくように、数を減らしていくのだろう。

 8500系はわがお気に入りの東横線8000系と面持ちは似ているが、やはり似て非なるものである。細かに見ればだいぶ異なる。また、東横線の車両が8両編成であるのに対し、田園都市線の8500系は10両編成のため重厚感がある。走行音も8000系より重々しく感じられる。

 そんな田園都市線8500系の勇姿を記憶に留めるべく、これからも機会があれば記録を残していきたい。


1枚目 東急8500系電車
2枚目 東武50050系電車
3枚目 東武30000系電車
東急田園都市線 長津田駅~つくし野駅にて 2007.10.17



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by railwaylife | 2007-10-18 21:51 | 東急 | Comments(0)

旅立つ8000系

 東横線を追われた8000系は、東急電鉄のグループ会社である伊豆急行へ譲渡されている。今年度伊豆急行へ譲渡される8000系が今日、長津田駅から発送された。伊豆急行まではJRの路線を通って運ばれる。その旅立つ8000系を見に行った。
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 8000系はディーゼル機関車に牽かれて、ゆっくりと横浜線をやって来た。すでに伊豆急行色のブルーを身に纏っていた。
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 今回譲渡されるのは合計10両で、そのうち6両が今日は横浜線を通って八王子駅まで運ばれたようだ。明日は残りの4両が長津田駅から運び出される。それが八王子駅で10両にまとめられ、中央本線、武蔵野線、東海道本線を伝って熱海駅まで運ばれる予定になっている。

 明日旅立つ残りの4両は、長津田検車区の隅に留置されていた。
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 新天地で、末永く活躍してほしいものである。


伊豆急行8000系 JR横浜線 長津田駅~成瀬駅にて 2007.10.17



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by railwaylife | 2007-10-17 20:44 | 東急8000系 | Comments(0)

湊線の秋

 ヤフオクで「鉄道の日記念・JR全線乗り放題きっぷ」一日分を入手した。どこへ出かけようかと、いろいろ考えた。朝から晩まで乗り潰すのもよし、古寺社を訪れるのもよし、列車を撮りにいくのもよし、想いは膨らんだ。

 ところで先日、テレビで放映された映画「フラガール」を見ていると、旧型のディーゼルカーが登場した。そのシーンが全編の中で一番釘付けになった場面であることは言うまでもない。あとで調べてみると、登場したディーゼルカーは映画の舞台からも近い茨城交通湊線のものだと知った。ここでは今でも古いディーゼルカーが現役で走っているようである。それを見に行きたくなった。

 昨日、その「鉄道の日記念・JR全線乗り放題きっぷ」を使って常磐線を北上し勝田駅へと向かった。途中、畦道のコスモスや空のうろこ雲を楽しみながら勝田駅へ着くと、ここが始発の湊線の車両は、レールバスのような新型であった。がっかりした。しかし、日中の湊線は二本の列車で運用されているとのことなので、もう一本に旧型が入っていることを願いつつ、那珂湊駅へ向かった。

 那珂湊駅では二本の列車が行き違いをする。反対側の阿字ヶ浦駅方面からやって来たのは、旧型のキハ222であった。昔から見慣れた朱色にクリーム色という塗装ではなく、薄い紺色に萌黄色という出で立ちであったが、紛れもない旧型だ。この車両を風景の中で撮ろうと思う。
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 那珂湊駅から一つ手前の中根駅方面へ歩いた。しばらくすると家並が途切れ、田園地帯に出た。さっき見送ったキハ222が勝田駅から戻ってくるところをまず捉える。最初はススキの穂を絡めて撮った。
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 ススキが風に流れて泳いでしまったのが残念であった。次は阿字ヶ浦駅から折り返してくるところを狙うべく、さらに田園地帯を歩いた。背後の空が青々しかったので、空を大きく入れて撮ることにした。
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 さらにまた、勝田駅から戻ってくるところを狙う。
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 少し雲が増えてしまった。反対側から来た新型の方が、青空を多く纏っていた。
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 結局、中根駅のすぐそばまで歩いたが、もう一度那珂湊駅に歩いて戻り、最後はキハ222に乗ってみた。車内に入ると、床が木であった。白く塗り込められた天井、薄緑色の壁、薄汚れた青いモケットが懐かしかった。走り出すと意外と軽快でつり革が横に踊り出した。すでに日が傾き、自分が歩いてきた辺りをオレンジ色に染め上げた。窓外の車窓も、乗客の姿も現代なのに、入れ物の車体だけは何十年か前のままで、不思議な感覚になった。過ぎ去る背後の空に紫雲がたなびいてきた。

 勝田駅に戻り、帰りはグリーン車に乗って水戸駅の駅弁を食すという「贅沢」をしながら帰った。幼い頃に本や模型で見て憧れた旧型のディーゼルカーを追い求めた一日であった。

茨城交通湊線 中根駅~那珂湊駅にて 2007.10.12


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by railwaylife | 2007-10-13 12:42 | その他 | Comments(0)