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18時03分-雨の始発駅

 18時03分、ふだんこの時刻に気付いたら、すぐに空を見上げる。東海道本線下り寝台特急「はやぶさ」「富士」の東京駅発車時刻だからである。今日はこんな空の下で列車は旅立つんだなあと、想いを東京駅へ巡らす。



 だが想うだけでは足りず、実際にその時刻その場所へ身を置いてみた。
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 列車は17時50分少し前には10番ホームに入線する。そして旅の扉が開かれる。
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 ホームに佇む青き車体に見とれるうち、旅立ちの準備は整っていく。
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 発車のときが来る。
 首都圏では今どき珍しく、メロディではなくベルが鳴り響く。

 ベルと同時に、発車を告げる駅員の野太い声が響く。ドアが閉まると、駅員が言う。

 「側灯オーライ」

 各車両のドア閉め完了が確認された。旅立ちの支度はすべて整った。



 それから、ひと呼吸、ふた呼吸おく。機関車が発車のために深呼吸をしているかのようだ。この間がいい。

 機関車が重々しく、客車を引っ張り出す。
 列車全体が動き出す。旅が始まる。


 夕刻になり、東京駅を取り囲むビルから漏れる蛍光灯の白色は、くたびれかけている。その下を青き車体が往く。列車は闇に向かって走り始めた。
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 駅に取り残された私の瞼の裏には、最後部の赤い尾灯の光が、いつまでもいつまでも残っていた。


東海道本線東京駅にて 2007.6.29


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by railwaylife | 2007-06-29 21:55 | 寝台特急 | Comments(0)

あじさい電車6(終章)

日照り続きで、線路端のあじさいは、もはや枯れてきている。
色が褪せ、鮮やかさを失った。
今年のあじさい電車はもう終わりだろう。
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今日は線路端に別の花を見つけた。
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それを電車と絡めてみた。
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やがて夏が来る。次はどんな「良い景色」を追い求めようかと思案中である。


1枚目 東急大井町線 等々力駅~上野毛駅にて
2~5枚目 東急大井町線 九品仏駅~尾山台駅にて


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by railwaylife | 2007-06-28 22:18 | 東急8000系 | Comments(0)

富士はやぶさへの想いを繋ぐ

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 インターネットを見ていると、寝台特急「富士」「はやぶさ」を追いかけている人たちのたくさんいることがわかる。しかも毎日欠かさず見送っている人もいる。頭の下がることである。その人たちのブログの写真を眺め、コメントを読んでいると、この列車への熱き想いが伝わってきて、切なくなってくる。そして、私の「富士」「はやぶさ」への想いなど小さいものに過ぎないんだなと思ってしまう。

 朝方東京駅へ到着する上り寝台特急「富士」「はやぶさ」を見送る人は、静岡県下から神奈川県下に分布している。その人々の想いをつなげながら、列車は東京都内へ入ってくることになる。

 私はさすがに毎日というわけにはいかないけれど、ときどき都内で想いを込めながら「富士」「はやぶさ」を見送り、撮影している。拙い写真でおこがましいことだが、私のこの列車への想いも、つなげてもらいたいと思う。



 ファインダーの中に青き車体が見えてくると、胸がどんどん高鳴る。すると、体の中を青い風が吹き抜ける。無我夢中で接近する車体に向けシャッターを切る。

 あとは去り行く列車を見送るだけだ。中途半端に開いたり閉まったりしている客車のブラインドの向こうに、一夜を明かした乗客たちを羨む。そして、最後尾に山型のテールマークを見定めると、あとは寝台特急への憧れだけが線路に散り残る。



 終着まではあとわずかだ。駆け抜けろ!「富士」「はやぶさ」!


寝台特急「富士」「はやぶさ」 東海道本線蒲田駅~川崎駅にて 2007.6.27

by railwaylife | 2007-06-27 22:16 | 寝台特急 | Comments(0)

梅雨晴れの空の下で

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 今朝は久しぶりに、余命いくばくもない東横線8000系を眺めに行った。ただ、よく行く都立大学駅と自由が丘駅の間の踏切では飽き足らず、都立大学駅から学芸大学駅方面へ線路際を進んでみた。

 都立大学駅を発車した電車が目黒通りを渡って来るのが見えるところで8000系を待ち構えた。手前に架線が入ってしまい、撮影には不向きだったが、この場所の8000系を目に焼き付けておきたかった。

 良くも悪くも、私の旅立ちの駅はこの都立大学駅である。旅に出るときは、この駅から電車に乗って、渋谷方面へ向かうことが多い。だからここは、まさに旅が始まる瞬間だ。動き出した車窓に、これから始まる旅への期待を込める。朝日が差すときは、この日差しが旅先でも見られるようにと祈る。空が白いときは、目的地までに雲が取れることを祈る。闇夜の旅立ちもある。夜行列車に乗るときだ。この闇が明けるまで列車に揺られるのかと思うと不安になるときもあるが、それよりも、これから始まる旅路への期待の方がはるかに大きい。

 ここを通る8000系に、そんな旅立ちの思い出を込めた。8000系に揺られ、何度旅立っただろうか。

 都立大学駅を発つ8000系、私の旅の思い出とともに、その光景も間もなく過去のものになろうとしている。

東急東横線8000系 都立大学駅~学芸大学駅にて 2007.6.27


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by railwaylife | 2007-06-27 21:59 | 東急8000系 | Comments(0)

リゾート21

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 臨時列車「リバイバル急行8000系号」運転の情報を得て、かつて東急線を走った臨時列車のことを思い出した。ちょうど今から21年前のことである。列車の名は「田園都市線開通20周年記念号」といった。

 この列車は文字通り東急田園都市線の開通20周年を祝うものであった。ただ、列車の運転経路は田園都市線に限らず、東横線も含まれていた。田園都市線を走った列車は、二子玉川園(現・ 二子玉川)駅から大井町線に入り、さらに大岡山駅で目蒲線(現・目黒線)に乗り入れ、田園調布駅から東横線を走るという経路になっていた。

 そしてこの列車に充当されたのが、東急のグループ会社の一つである伊豆急行からやって来た「リゾート21」こと2100系電車である。この車両は、伊豆半島の相模湾沿いを走る伊豆急行線で、車窓の眺めを楽しむために製造された観光用のものであり、編成の両端では乗客が前面展望も楽しめる構造になっていた。

 当時小学生だった私は、その展望席に座って、普段とは違う眺めで東急線の車窓を楽しむことが夢だった。しかし、この「田園都市線開通20周年記念号」の乗客は抽選に当たった人だけとなっていた。私も自ら応募したが当たるはずもなく、当日は線路端で見送ることとなった。

 大岡山駅辺りで見送った後、自転車で先回りして東横線の都立大学駅付近でも眺めた覚えがある。私は、展望席に乗っている人を羨望の眼差しで見送っていた。



 あれから20年あまりを経て、当時東横線の主力であった8000系の引退運転が行われようとしている。そして、すでに東横線から淘汰された8000系の多くは、リゾート21の所属する伊豆急行へと譲渡されている。今回、臨時列車「リバイバル急行8000系号」に充当される8000系車両も、引退の後は伊豆急行へと譲渡されるらしい。

 東急8000系が「セカンドライフ」を送る伊豆急行は、私がお気に入りの相模湾沿いを走る路線である。乗り慣れた8000系に揺られながら、相模湾の車窓を眺められるとはこの上ないことであるが、私は8000系の走る伊豆急行へはまだ行ったことがない。行ってみたい気もするし、都落ちした8000系を見たくない気もしている。

臨時列車「田園都市線開通20周年記念号」 
大井町線大岡山駅~緑が丘駅/東横線都立大学駅~学芸大学駅にて 1986.6.22


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by railwaylife | 2007-06-24 21:55 | 昔の写真 | Comments(0)

新幹線リレー号

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 東北新幹線が開業して今日で25周年だという。今日は記念列車も運転されたようだ。25年も経ったのかと思うとぞっとする。

 25年前、まだ幼かった私は、開業当時のことを明確には覚えていない。だが、あまり良い気はしなかったように記憶している。新しい新幹線に乗りたいとも思わなかった。それまで憧れていた上野発の在来線特急が、新幹線に取って代わられることに寂しさを感じていたせいではなかったかと思う。

 開業当初の東北新幹線は、大宮駅から盛岡駅までの部分開業であった。起点とされていた東京駅から大宮駅までについては、用地買収の遅れなどによる工事の遅延から、上野駅までが3年後、東京駅までが9年後の開業となった。

 東北新幹線開業当時、それまで東北方面への玄関口であった上野駅から、新幹線の起点である大宮駅までは、在来線経由の「新幹線リレー」号なる列車が運転されていた。新幹線に似たカラーリングの185系200番台という新車が導入され、大宮駅発の新幹線に接続していた。

 東北新幹線そのものに対してはあまり興味のなかった私であるが、この「新幹線リレー」号には乗ってみたいと思っていた。しかし、東北新幹線に乗らなければ利用する意味のない列車である。結局私は、乗らずじまいで新幹線の上野駅開業を迎えてしまった。この間私は、一度だけ上越新幹線に乗る機会があったが、大宮駅からは在来線の普通列車で東京へ戻ってきた記憶がある。そのときは残念で仕方なかった。ただ、今になってみると、なぜそんなに「新幹線リレー」号に乗りたかったのかはよくわからない。単に格好良い車両に憧れていただけかもしれない。




 大好きな在来線特急を追い払った憎き東北新幹線であったが、その後私が成長して毎年のように東北を旅するようになると、大いに役立った。短い旅程で東北地方の多くの名所・旧跡を巡ることができたが、それは東北をはじめ、上越・山形・秋田各新幹線のおかげだと思っている。

 ただ今後、新幹線が青森、函館、札幌へと延長されていくことには抵抗がある。整備新幹線を整備する時代はもはや終わったと思う。これ以上、無駄に自然を切り崩し、国費を湯水の如く使うことは許されない時代だからである。

「新幹線リレー」号 東北本線上野駅にて 1985.1.12


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by railwaylife | 2007-06-23 22:18 | 昔の写真 | Comments(0)

むかしの8000系

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 東急電鉄のホームページによると、来る6月30日と7月 1日に、東横線で臨時列車「リバイバル急行8000系号」を運転するという。これは「東横線8000系引退記念イベント第1弾」 と銘打たれている。いよいよ東横線からの8000系消滅が現実のものとなってきた。

 この臨時列車の運転についてホームページは、残存している東横線用8000系 3編成のうち 1編成の「ラストランを記念して、車体などを可能な限り全盛期の姿に近づけ」るとしている。ホームページに掲げられた絵や写真を見ると、前面の方向幕は白地に黒文字となっており、急行用の紅いヘッドマークを小脇に付けている。

このような姿で8000系が急行として活躍していたのは私がいくつくらいまでのことだっただろうか。小学校低学年くらいまでかもしれない。

 私にとって、8000系の全盛期の姿といえば、ここに掲げた写真のような、黒字に白抜き文字の方向幕を掲げているスタイルである。このときはすでに後継の8090系や9000系が登場しており、8000系は主として各駅停車の運用に入っていた。そして最寄り駅に急行が止まらず、各駅停車ばかり利用していた私にとってみれば、どこへ行くにも8000系だった。ちょっと渋谷まで行くときも、遠くへ旅をするときも、たいてい8000系に乗って出かけて、8000系に乗って帰ってきた。幼い頃から一番身近な車両だった。

 そういう意味では、この「リバイバル急行」運転による臨時列車は、私の思い描く「全盛期の姿」とは少し異なるが、東横線8000系引退記念ということになれば、やはり感慨深いものがある。



 臨時列車の運転に際しては、きっと少なからぬ数の鉄道ファンが集まることだろう。今はただ、何の支障もなく臨時列車が運行され、東横線8000系が有終の美を飾ってくれることを祈るだけである。私はどこかでひっそりとそれを見送ることができれば、と思っている。

「全盛期」の東横線8000系 東急東横線元住吉駅にて 1986.5.13


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by railwaylife | 2007-06-22 23:08 | 東急8000系 | Comments(0)

急行8000系!

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 東急東横線8000系は普段、朝のラッシュ時の運用にしか就かない。昨年のダイヤ改正で、日中の運転速度向上が行われ、その運用に8000系の性能が付いていけなくなったためである。

 しかし、今日は日中まで8000系が運用に就いていた。そこで定番の都立大学駅~自由が丘駅間で見送ることにした。

 自由が丘駅方面から、急行渋谷行きでやって来る8000系を出迎えるべく、踏切の脇に立った。しかし、警報機が鳴り始めてからだいぶ経っても8000系はやって来なかった。遠目の自由が丘駅に、前照灯のライトがちらついてはいるが、それがなかなか近付いて来ない。駅で何かトラブルがあったのだろうか。それとも、8000系急行が遅れていたのだろうか。見えていたライトは待ち合わせの各駅停車のものだったのかもしれない。

 自由が丘駅に一番近い踏切で、しびれを切らした人が遮断機をくぐって渡って行くのが見えた。いけないことだ。しかし、こちらの踏切にも人が増え、車の長い列ができてしまっている。

 そんな中を、急行8000系は悠々とやって来た。風格のある走りだと思った。ただ8000系の性能の限界がダイヤの乱れの原因になっていたとしたら、悲しいことである。 

 だが実際、8000系の性能が今の日中ダイヤに付いていけないというのが現実である。今日はそれを目の当たりにしたような気もした。

東急東横線都立大学駅~自由が丘駅にて 2007.6.19


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by railwaylife | 2007-06-20 00:38 | 東急8000系 | Comments(0)

あじさい電車5

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 あじさいのあるところに線路はある。

 線路のあるところにあじさいはある。

 この前から私は、何かに取り憑かれたように線路端のあじさいを探している。

 お金と時間が限られている日々の中、ここ何ヵ月か「撮り鉄」を気取って都内で列車の写真を撮ってきた。有名撮影地とされる各所を巡って撮影してみた。腕のない私でも、それなりに格好良い写真が撮れた。「ネタガマ」と呼ばれる珍しい機関車も追ってみた。今まで見たことのない機関車をいろいろと見ることができた。しかし、どこか満たされない気持ちであった。

 それはただ、列車を「きれいに」撮ろうとしているだけだからであった。カーブで編成が全部入ること、全体のバランスが良いこと、そういうことばかり気にしていた。そこには「風景」がなかった。そして、私の「想い」がなかった。

 別に編成が全部入らなくても良い。それよりも、列車の走る「風景」を入れるべきだ。そして、私の「想い」を込めるべきだ。最近はそう思うようになった。だから自分なりの撮影地を探すことにした。それから、自分の思い入れのある列車を捉えるようにした。それが寝台特急「はやぶさ」「富士」であったり、東急8000系であったりする。

 あじさいと列車を撮るのは、六月という季節の「風景」を撮りたいからである。この今の不安な気持ちと、それを慰めてくれる「風景」を表したい。その想いを込めて、写真を撮っている。

 今日は東急世田谷線を「あじさい電車」に仕立てた。あじさいよりも色とりどりの路面電車が次々と花をかすめて行く。

 梅雨晴れの日差しは強くきつい。あじさいはくたびれていた。そして色を失っていた。あじさいはやはり、曇った空の下でこそ輝くと思う。桜とは逆だ。あじさいは、不安な空の下でこそ鮮やかな「風景」を作り出すものだと思う。

東急世田谷線宮の坂駅~山下駅にて 2006.6.15

by railwaylife | 2007-06-17 00:30 | 東急世田谷線 | Comments(0)

白い河を渡る2

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 西から新幹線で帰ってくるときは、新横浜駅で下車するのが定例だ。新横浜駅から横浜線に乗り換えて一駅、菊名駅で東横線に乗り継げば、新幹線を降りてから我が家まで一時間かからずにたどり着けるからである。東京駅まで新幹線に乗ってから帰るより、はるかに早い。

 旅を終えて、日常の東京都に戻る瞬間が、新丸子駅と多摩川駅の間にかかる多摩川橋梁である。この橋梁で渡る多摩川の流れが都県境だ。帰途のことゆえ、たいていは夜である。真っ暗な多摩川の川原の向こうに、東京都の灯火が見えてくると、旅が終わった虚しさに、嘆息がもれる。そしてこれから始まる日常を憂える。

 そんなときに揺られている電車はこれまでたいてい、8000系だった。でも、その8000系も、旅の思い出とともに過去となる。

 さまざまな思いを込めて、この日は白い多摩川橋梁で8000系を捉えた。

東急8000系 東急東横線多摩川駅~新丸子駅にて 2007.6.14

by railwaylife | 2007-06-16 12:35 | 東急8000系 | Comments(0)