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トワカニ

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 朝、寝ぼけまなこでインターネットを見ていると、昨夜大阪駅を発った東京駅行きの寝台急行「銀河」が大幅に遅れて運転されているという情報を目にした。3時間近く遅れているらしい。定時の東京駅着は6時42分だから、東京へやって来るのは9時を過ぎるだろう。これから家を出ても、普段は早起きしないと見られない上り「銀河」が見られるかもしれない。そう思うと居ても立ってもいられなくなり、そそくさと支度をして家を出た。

 東急大井町線で大井町駅に出て、京浜東北線で品川駅まで行こうと思った。そこで「銀河」を待ち構えるつもりであった。しかし、大井町駅のホームで京浜東北線の電車を待っているうちに、東海道本線上に「銀河」がやって来てしまった。しかも折り悪く、京浜東北線の南行電車が手前に入ってきてしまい、「銀河」の姿はしかと見られなかった。9時20分過ぎのことである。

 ガックリしながら京浜東北線に乗り、品川駅に向かう。このまま乗っていても仕方ないので、品川駅でホームに降りる。すると、向こうの臨時ホームに青い車体が見えた。「銀河」だ!どうやら追いついたようである。跨線橋の人ごみをかいくぐって、10番ホームへ行ってみる。

 ひっそりしたホームに降りると、間もなく客車の灯りが消えた。遅れたせいか、今日の「銀河」はここで打ち切りのようであった。乗客は途中駅で新幹線に振り替えられたのだろう。客が降りてきた様子もなかった。もはや東京駅まで行く必要もない。この「銀河」の昼間のねぐらは、すぐ目の前の田町電車区だからである。

 編成の後方へ行ってみる。最後尾は電源車だ。この車両だけ車体の色が違った。深い緑色である。大阪駅と札幌駅を結ぶ寝台特急「トワイライトエクスプレス」専用の電源車だ。通称「トワカニ」である。運用の関係で、たまに「銀河」に使用されるようである。

 寝台特急「トワイライトエクスプレス」は日本海側を通るため、東京とはまるで縁のない列車である。そのため私も、数回しか目にしたことがない。こうやって間近で見るのは初めてのことだ。追いかけてきた甲斐があった。
 車体の深い緑色に、この車両が本来の運用に就いたとき車体に映し出す日本海の眺めが浮かんだ。夕暮れの日本海である。いつか「トワイライトエクスプレス」に乗ってみたいものである。
 回送となった列車は、やがてねぐらへ向けて静かに動き始めた。

寝台急行「銀河」 東海道本線品川駅にて 2007.5.31

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by railwaylife | 2007-05-31 23:02 | 寝台特急 | Comments(0)

日暮里諏訪の台

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 日暮里諏訪の台は、上野の山から王子の飛鳥山へと続く台地の中程にある。安藤広重の『名所江戸百景』に描かれている高台だ。当時は江戸郊外の行楽地で、遠く日光や筑波の山並が望めたという。
 現代の日暮里諏訪の台は、西日暮里駅のすぐ西側に当たる。急な崖の上に諏方神社があり、その境内から眺望が利く。山並を眺めるのは難しいが、建て込んだ都会の街並を見渡せる。そしてすぐ真下には、線路が幾重にも重なっている。
 京浜東北線、山手線、東北新幹線、東北本線の線路が並ぶ。右手には京成線の高架も見える。ひっきりなしに列車の走行音が響く。通る列車もさまざまで、鉄道好きなら見ていて飽きないだろう。こんもりとした杜の緑を背後に、列車が行き交うさまを眺められる。最高の展望台だ。京浜東北線の快速、東北新幹線、東北本線の列車が競って北へ向かって行くときなど、ゾクゾクする。
 私は勝手ながら、安藤広重の『名所江戸百景』になぞらえて、ここを『東京鉄道百景』の一に数えようと思い立った。そしてこれから『東京鉄道百景』を探していこうと考えた。百までいくかどうかわからないが、ブログのテーマの一つとして、やってみたい。
 さて、諏訪の台のある「日暮里」の字は、江戸時代、人々が日の暮れるのも忘れて四季折々の景色を楽しんだところから来ているとも言われている。私もいつか、日の暮れるのを忘れるくらい、ここで列車の行き交うさまを楽しみたい。そして暮れかけた頃、北へと向かう寝台特急を見送りたいものだ。

『東京鉄道百景』其之一「日暮里諏訪の台」 2007.5.28


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by railwaylife | 2007-05-29 22:14 | その他 | Comments(2)

皐月の機関車を追って

 いろいろあって、また休養を与えられた。

 心は不自由でも、体は自由だ。家にばかりいると余計に気が滅入ってくる。それに午前中は、症状や薬の副作用で眠気が激しい。だから活動的になった方が良い。

 そこで朝から出かけた。五月の空が広く高い。自然と足は線路のあるところへと向かう。それも機関車の走る線路だ。

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 いくつかの機関車を追いかけた。色とりどりの機関車が、五月の薫風を切って目の前を駆け抜けて行った。心に少しだけ五月晴れを取り戻した気になった。

機関車EF81-95 東北本線赤羽駅~尾久駅にて 2007.5.28
機関車EF64-36 常磐貨物線田端操車場~隅田川貨物駅にて 2007.5.28
機関車EF65-1059 常磐貨物線田端操車場~隅田川貨物駅にて 2007.5.28


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by railwaylife | 2007-05-28 21:10 | JR東日本 | Comments(0)

オクシナのロクイチ

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 東北本線尾久の車両基地から、東海道本線品川の車両基地へ回送される列車を通称「オクシナ」という。この列車は山手貨物線を経由するので、池袋・新宿・渋谷といった都心を抜けて行く。

 曇り空の夕暮れ時、今日のオクシナは「ロクイチ」こと機関車 EF58-61の牽く24系寝台客車の回送であった。これを恵比寿駅の近くで見送った。

 帰宅ラッシュの通勤電車が溢れる中、こげ茶色の機関車 EF58-61の牽くオクシナが重々しくやって来た。すでに製造から50年以上を経た機関車が、黙々と仕事をこなしている。
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 茶色い機関車に牽かれるのは青い客車だ。暮れていく空の下、遥かブルートレインの旅路が想われる。この青い客車は、20日日曜日の団体専用列車に使用されるという。

「オクシナ」 山手貨物線恵比寿駅~目黒駅にて 2007.5.18

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by railwaylife | 2007-05-18 21:38 | JR東日本 | Comments(0)

歌舞伎顔

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 東急線車両のうち、7600系・7700系・8000系の一部には、先頭車両の前面に黒い塗装を施しているものがある。側面から伸びてきた赤帯が、前面の貫通扉を縁取るように上へ向かい、その間の貫通扉が黒く塗られている。これは、銀色のステンレス車両が遠目に見えにくいので、車両の接近を識別させるために塗られたものであるという。

 この、黒い扉を赤く縁取った車両の「顔」が、まるで歌舞伎役者の「隈取り」のようであるところから、いつしかこうした塗装の車両は「歌舞伎顔」と呼ばれるようになった。

 「歌舞伎顔」の車両はすでに老齢で、老い先は短い。先日、東急電鉄の今年度事業計画が発表されたが、今後も新鋭5000系の大量導入が続き、その波は7600系や7700系が走る多摩川線・池上線へも及ぶそうである。新参者の5000系が、古参の歌舞伎役者を追いやる日は近い。だが、まだまだ「歌舞伎顔」車両には、大見得を切って味のある走りを見せてもらいたいものである。

1枚目 東急7600系歌舞伎顔 東急多摩川線蒲田駅にて 2007.3.27
2枚目 東急7700系歌舞伎顔 東急池上線蒲田駅~蓮沼駅にて 2007.3.27
3枚目 東急8000系歌舞伎顔 東急東横線自由が丘駅にて 2007.4.17

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by railwaylife | 2007-05-17 23:34 | 東急 | Comments(0)

青ガエル 赤ガエル

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 現在、東急線の主力となりつつある5000系は、二代目の5000系である。初代の5000系は1954年に製造され、1986年まで東急線で活躍していた。緑色一色の車体と、下ぶくれした構造から「青ガエル」というあだ名が付いていた。私が幼い頃にはまだ東横線でも活躍していて、何度も乗った覚えがある。車内の緑色のシートや窓の小さな片開きの扉など、断片的な記憶が残っている。ただ、それらは後に本で見たときの記憶かもしれない。はっきりしたものではない。私があまり成長しないうちに、初代5000系は新造のステンレス車両に次第に追いやられ、大井町線や目蒲線に移って行ってしまったからである。

 また初代5000系は、同じ東急線内だけでなく、地方の中小私鉄にも譲渡されていった。福島の福島交通、長野の長野電鉄、静岡の岳南鉄道などである。それらの車両は、各私鉄のコーポレートカラーに塗り替えられ、活躍を続けた。各社の車両とも赤を基調にした塗装が多かったことから、譲渡車両は「赤ガエル」と呼ばれていた。

 そんな「赤ガエル」となった初代5000系に、旅の途上で出会うことがあった。福島の福島交通と、長野の長野電鉄においてである。1984年のことだ。そのときは懐かしいという感覚よりも、違和感があったように思う。それでも私は「赤ガエル」を一所懸命に撮影した。その写真が残っている。

 だが、肝心の東急線を走る5000系の写真は、まともに撮れたものが残っていなかった。撮る機会はいくらでもあったと思うのだが、あまり撮影することがなかったようだ。小学生の頃は、国鉄の特急電車やブルートレインに夢中になっていたからだろう。今にして思えば残念だ。叶うことなら、デジカメを持って25年くらい前にタイプスリップしたいものだ。

 しかし今、東急初代5000系の姿は、渋谷駅ハチ公口に見ることができる。足回りはなく車体のみの姿だが、緑一色のいでたちで、ハチ公像の近くに鎮座している。渋谷区がモニュメントとして設置したものだ。車内は開放され、昔の渋谷の町の写真などが展示されているという。設置された当初の昨年は、シブヤに集う若者の落書きの餌食になるのではないかとファンの間で怖れられていたが、何とか今まで美しい「青ガエル」の姿を保っている。
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 一方、二代目5000系は、今急速に増殖しつつある。二代目5000系も正面の顔が多少下ぶくれで、初代の姿に通じるところもあるが、「カエル」というような生々しさはない。無機質で鋭い顔である。
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1枚目 福島交通5000系 福島駅にて 1984.3.27
2枚目 長野電鉄2600系 桐原駅にて 1984.8.23
3枚目 東急5000系 渋谷駅ハチ公口にて 2007.5.13
4枚目 東急5000系 東急東横線新丸子駅~武蔵小杉駅にて 2007.5.8

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by railwaylife | 2007-05-15 23:10 | 昔の写真 | Comments(0)

9000系の21年

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 東急東横線の主力として活躍する9000系車両は、すでに登場から21年の時を経ている。最初の編成が走り始めたのは、私がまだ小学生の頃である。手持ちの「昔の写真」の中に、登場間もない9000系の試運転姿がある。元住吉駅で撮ったものだ。どういうわけか、このときは9000系が試運転をしているという情報を聞きつけ、友達とカメラを持って出かけたものである。写真の9000系はまだ新しくピカピカだ。ちょうど21年前の1986年5月13日に撮っている。

 身近な路線での新車の登場は、衝撃的なものであった。まず角型の大きなヘッドライトが目を引いた。それから車内では、車両の端にボックスシートが設けられていたのに私は目を輝かせた。ボックスシートといえば、国鉄の長距離列車にしかなかったものである。それが、近所を走る東横線の車両にも付いた。これは大きなことであった。

 私は登場時から、9000系のボックスシート窓際に座って、渋谷駅から桜木町駅まで乗り通すことを夢見ていた。渋谷駅から通い慣れた区間を通り、多摩川を渡って神奈川県に入り、最後には横浜の港が見えてくる。そんな車窓風景をボックスシートで楽しんでみたいと思っていた。だが、結局それは未だに実現していない。もっとも、今では東横線が桜木町駅に行くこともなくなり、車窓から横浜港は見えなくなってしまった。

 9000系で他に特徴的なのは走行音である。VVVF制御装置を用いたために、発車時の駆動音が人間の裏声のように甲高かった。子供の頃はよく電車の走行音を真似して遊んでいたが、さすがにこの9000系の駆動音は真似できなかった。

 やがて9000系は量産され、東横線では14編成にまで勢力を増やしたが、今は新参の5000系に最大勢力の座を奪われてしまった。それでも東横線の主力であることには変わりない。まだまだ東横線で頑張ってほしいものである。
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 ただ、最近の9000系は、さすがに顔が薄汚れてきている。

1・2枚目 東急東横線元住吉駅にて 1986.5.13
3枚目 東急東横線新丸子駅~武蔵小杉駅にて 2007.5.8


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by railwaylife | 2007-05-13 23:26 | 東急9000系 | Comments(0)

若葉のころ

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 連休が終わって、また日常が始まった。今週は一週間が長く感じた。

 そんな中、久しぶりに東急8000系を撮りに出かけた。

 8000系の顔を撮ったら、知らず知らずのうちに若葉が入っていた。

 季節は初夏へと向かっていく。夏のすがすがしさが待ち遠しくもあり、蒸し暑さが思いやられる気もする。

東急8000系 東急東横線 都立大学駅~自由が丘駅にて 2007.5.8

by railwaylife | 2007-05-12 23:35 | 東急8000系 | Comments(0)

あぁあ上野駅2

 最近、年のせいか朝早く目が覚める。連休最終日の今日もそうだった。もう少し眠ろうと思ったが寝付けず、そのまま起きた。せっかく早く起きたので、出かけることにする。連休の行楽列車も今日が最終運転日である。それを見に行こうと思い付いた。目指すはまた上野駅である。このところ、上野駅の郷愁に憧れている私である。

 地下鉄に乗って、上野駅に着いたのが 7時少し前である。間もなく13番ホームに青森からの寝台特急「あけぼの」が到着する。紅い機関車に牽かれたブルーの車体がゆっくりと暗いホームに入ってくる。
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 機関車が完全に停まると、駅員が案内放送を始める。「ぅえのぅ、ぅえのぅ」という駅員の低い声が響く。この言い方は私が幼い頃から変わらない。小学生の頃、友達が上野駅の構内放送を収録したレコードを持っていて、それを二人でよく真似ていた。低い音程と、語尾を伸ばすのが特徴だ。間延びした声が、「やれやれ、やっと終着駅に着いたか」という乗客の気持ちを代弁しているかのようでもある。だからこの声は、長距離列車の到着にこそふさわしい。

 寝台特急「あけぼの」の到着と回送を見送ってから、構内のバーガーショップでトーストの朝食をとる。それからまた13番ホームへ戻る。今度はここに、上越線の水上へと向かう快速「EL&SL奥利根」号が入線してくるはずである。列車は8時ちょうどの発車だ。途中の高崎まで電気機関車、高崎からは蒸気機関車が牽引する臨時列車である。今時珍しいこの客車列車を眺め、かつての上野駅を思い描こうと私は考えていた。

 しかし、発車時刻が近付いても列車は一向にやって来ない。案内放送によると、列車が車両故障を起こし点検をしているという。列車を待つわずかな乗客も困惑気味である。混乱した駅員が、同じ放送を繰り返すうちに「ただいま車内清掃を行っており到着が遅れております」などと言い始め、今さら車内清掃かよ!と突っ込みたくなったりしたが、とにかく列車は遅れた。またも「あぁあ」とガックリする。

 そうこうしているうちに、となりの14・15番ホームには、こちらも臨時快速列車の「足利藤まつり」号の列車が入線してきている。快速「EL&SL 奥利根」号は一旦諦めて、そちらの列車を見に行く。この列車は先日の臨時特急「水上」91号と同じく、懐かしの「クリーム色のボディに赤い帯の入った」車両を用いている。藤の花が描かれたヘッドマークも掲げている。
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 14・15番ホームに居並ぶ両列車を眺めつつ、かつて在来線特急がせわしなく出入りしていた頃を思い浮かべる。しかし、この「足利藤まつり」号にしても 「EL&SL奥利根」号にしても、先日の「水上」91号にしても、関東の中をウロウロする列車である。上野駅を発つ在来線列車で、関東を脱して「遠く」へ行くものはほんのわずかだ。

 列車に見とれているうち、時刻は8時20分になっていた。今日の私は、9時までに渋谷へ行っていなければならない。そろそろ上野駅を発たねばならない時刻だが、依然として「EL&SL 奥利根」号はやって来ない。諦めておとなしく通勤電車のホームへと向かう。

 後で確認したところ、この「EL&SL奥利根」号の発車は一時間以上遅れ、9時05分になったという。悔しいので、本来見るはずだった「EL&SL奥利根」号の牽引機EF64-1001の写真を掲げておく。二十年前のものである。
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1枚目 寝台特急「あけぼの」 上野駅にて 2007.5.6
2枚目 快速「足利藤まつり」 上野駅にて 2007.5.6
3枚目 電気機関車EF64-1001 高崎機関区にて 1987.8

by railwaylife | 2007-05-06 20:40 | JR東日本 | Comments(0)

特急「そよかぜ」

 昔の写真をブログに掲げようと考えていたのに、最近は「今の鉄道」のカテゴリばかり書いている。せっかく昔の写真をデジタル化したのにもったいない。それで今日は「昔の鉄道」のカテゴリで書くことにする。

 しかし、いざ昔の写真を眺めてみると、なかなか書くことが浮かばない。そんな中で、かろうじて今の季節に合いそうな列車があった。新緑の五月、風薫る五月ということで、特急「そよかぜ」を取り上げたい。

 特急「そよかぜ」は、上野駅と軽井沢駅を結んでいた季節特急である。今で言えば長野新幹線の臨時「あさま」軽井沢駅行きといったところであろうか。

 先述のように、私は幼い頃からよく父に連れられて上野駅へ行っていた。小学校の中・高学年になると、友達同士でも上野駅へ特急列車を見に行くようになった。そんなとき撮った写真の中に、特急「そよかぜ」の姿は何枚か残っている。季節特急でたまにしか見られないから、顔を合わせれば写真を撮っていたのだろう。
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 水色の地に、緑色の「風」が抽象的に描かれた特急「そよかぜ」のヘッドマークは、見るからに涼やかだった。行き先の軽井沢が、都会の人にとって憧れの避暑地だったことを、幼い私がどの程度認識していたかは疑問だが、上野駅まで涼しい風を運んできそうな感じがあった。そんな愛称名の印象に加え、季節列車という珍しさもあり、幼い私には憧れの特急の一つであった。
 列車で初めて軽井沢へ行ったのは、小学校六年生夏休みの家族旅行においてである。昭和61年(1986)のことだ。しかし、このとき利用したのは急行「軽井沢」という列車であった。上野駅発中軽井沢行きの臨時急行列車である。
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 結局、特急「そよかぜ」には乗ることができないまま廃止を迎えてしまった。平成9年(1997)の長野新幹線開業によって、在来線特急「そよかぜ」はもう走らなくなった。廃止までの数年の間は、欧風客車を利用した特急「サロンエクスプレスそよかぜ」という列車も走っていたようだが、これは高嶺の花であり、あまり興味はなかった。
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 上野駅にもう「そよかぜ」は吹かなくなって十年も経つが、風薫る五月、上野駅からどこか「そよかぜ」の吹く北へと旅立ちたいものだ。

1枚目 特急「そよかぜ」 上野駅にて 1986.2.11
2枚目 特急「そよかぜ」 上野駅にて 1986.4.20
3枚目 急行「軽井沢」 上野駅にて 1986.1
4枚目 イベント用に「サロンエクスプレスそよかぜ」のヘッドマークを掲げた
    EF70-1001 高崎機関区にて  1987.8

by railwaylife | 2007-05-05 23:08 | 昔の写真 | Comments(0)