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きえゆくもの

 2007年3月のJRダイヤ改正が近付いてきた。首都圏におけるダイヤ改正の大きな変革は、東海道本線の特急「東海」の廃止と、常磐線中距離電車へのグリーン車導入であろう。
 特急「東海」は、東京駅と静岡駅を結ぶ在来線特急である。新幹線と併行する区間のみを走る特急だが、新幹線の停車しない中規模の駅にもこまめに停車することで、その独自性を保っていた。それでも乗車率は悪いようで、廃止の憂き目を迎えてしまった。
 常磐線のグリーン車は、東北本線・高崎線のグリーン車が好評であったことを受けて、導入が決まったものである。これにより、上野駅-土浦駅間の中距離電車が、E531系という新型にすべて統一されることになる。そこで、これまで常磐線で活躍してきた415系が上野駅に姿を見せることがなくなる。
 ダイヤ改正を機に、きえゆく列車や車両がある。
 そんなきえゆくものたちの姿を追うため、わずかな時間の隙を縫って東京駅と上野駅へ出向いた。まずは特急「東海」2号の東京駅到着を見に行った。しかし、時間ギリギリにしか行けなかったため、到着ホームの9番線に着いたときにはすでに列車が入線してきていた。前面のヘッドマークを見るため慌てて先頭車へ駆け寄る。だが、早くも回送の準備が始まっており、ヘッドマークの幕が動いていた。特急「東海」の絵入りマークを拝むことはできなかった。一応写真を撮ったが、ヘッドマークは全く関係のない「新快速」になっていた。特急「東海」の見送りはまた改めなければならない。
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 さて、東京駅に来たら、もう一つきえゆくものを見ておかなければならない。中央本線快速の201系電車である。オレンジ色の電車だ。こちらも新型E233系が導入され始め、淘汰が進んでいる。ただし、来月のダイヤ改正までに消滅するわけではないので、まだ余裕はある。だがJR東日本による車両の置き換えスピードは急速で、気が付いたら旧型がすっかりいなくなっていたということが多い。見られるときに見ておかなければならない。
 201系は昭和54年(1979)にデビューした通勤電車である。私は幼い頃、原宿駅の宮廷ホームに、この201系の完成お披露目会を見に行った覚えがある。正面窓周りの黒い塗装が印象的な電車であった。以来、中央本線快速を中心に長年活躍してきたが、ついにその働き場を追われることになってしまった。
 東京駅1・2番線ホームに上がり、201系を見送る。すでに新型のE233系も増えている。無愛想な顔の新型はあまり好きになれない。
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 201系の中央特快に乗り、神田駅で山手線に乗り換え、上野駅へと向かう。ここでは常磐線の旧型415系を見送る予定であった。しかし常磐線のホームに行ってみると、新型のE531の姿しかなかった。時間もあまりなく、415系の登場を待つことができない。上野駅での415系見物は諦めざるを得なかった。仕方なしに、味のないカレーライスを食べただけで上野駅を退散する。
 幸い、行きに秋葉原駅脇の側線に415系回送の姿を認めていたので、京浜東北線快速を秋葉原駅で下車する。ホームから415系を撮影する。白のボディに青いラインの入った姿だ。確か、昭和60年(1985)のつくば万博に合わせて、この塗装に変わったような気がする。以来、常磐線の415系には良く乗ってきたものである。
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 きえゆくものは、幼い頃から馴染みのものであった。古くからの知り合いがいなくなってしまうようで、何となく寂しい。帰り際、上野駅に東北本線・高崎線の新型E231系と、常磐線の新型E531系しか見えなかったときは、何だかぞっとしてしまったものである。

写真1枚目 特急「東海」373系 東京駅にて 2007.2.27
写真2枚目 中央本線201系 東京駅にて 2007.2.27
写真3枚目 中央本線E233系 東京駅にて 2007.2.27
写真4枚目 常磐線415系 秋葉原駅にて 2007.2.27
by railwaylife | 2007-02-27 23:18 | JR東日本 | Comments(0)

夜の奥沢駅

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 東急目黒線奥沢駅には車庫がある。小さな車庫だ。正式には奥沢検車区という。仕事の帰りが遅くなると、奥沢駅からタクシーで帰ることが多い。そんなとき、検車区には一日の仕事を終えた車両たちがひっそりと停まっている。
 今日は帰りが早かったが、この奥沢駅に寄ってみたくなった。夜の検車区をしっかり見てみたかったからである。奥沢駅の大岡山駅寄りの線路端に、検車区を見渡せる場所がある。
 駅を降りてそこへ行ってみると、時間が早いので停まっているのは一編成だけであった。しかし白い灯の下で、淡く輝く電車の尾灯が鬼火のように浮かんでいた。夜の検車区には怪しい光がある。だがそれも、黒一色の闇の下では、頼るべき希望の光にさえ映る。
 思えば幼い頃、父に夜の奥沢検車区へ連れて来てもらったことがある。21時頃だったのだろうが、当時の私にはひどく遅い時間のように感じた。その頃は目黒線がまだ目蒲線といい、緑色の旧型電車がのんびり走っていた時代である。夜の検車区には、そんな緑色の電車が何編成も停まっていた。街灯に照らされて、緑色の車体が不気味に浮かび上がっていた。幼心に、そんな電車がちょっぴり怖く見えた。
 時代は変わって今、奥沢検車区には最新鋭の5000系や3000系、そして東京メトロ南北線の9000系などが停まっている。いずれもステンレスの車体で、緑色の電車のように、闇の中に不気味に浮かび上がったりはしない。

 寒空の下、しばし佇んでいると、妖怪のような急行電車が目の前を駆けて行った。
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東急目黒線奥沢検車区 2007.2.20
by railwaylife | 2007-02-20 23:49 | 東急目黒線 | Comments(0)

国鉄型車両

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 今年の4月でJRが誕生して二十周年を迎える。JR十周年のときは3日間JRの全列車乗り放題の切符が発売され、私も嬉々として列車を乗り回していたものだが、二十周年の記念は毎年シーズンに発売される青春18きっぷの値下げだという。ちょっと悲しい。
 さて、JR誕生二十周年ということは、国鉄が消滅して二十年経つということにもなる。そんな節目の春、各地で国鉄時代に製造された車両が現役から撤退することになっている。仙台地区、常磐線、中央本線、静岡地区などで、国鉄型車両から新型車両への置換が進んでいる。
 国鉄型車両はすっかり数を減らし、JR化後に新造された車両が幅を利かせるようになっている。そんな中、ファンの間では国鉄型車両に対する人気が高まっている。最近では国鉄時代を懐古する雑誌も多く刊行されている。私も幼い頃に憧れた国鉄型車両を懐かしみ、今回の撤退を寂しく思っている。
 だが、古い車両を懐かしむことは、単なる郷愁ではないかという批判もある。確かに国鉄型車両は古びていて、故障も多い。新型車両に比べ、消費エネルギーも多く効率が悪い。断熱材にアスベストを使用しているような車両もある。それらが一掃されることは、鉄道の安全性・効率性が確保されることにもつながる。
 それでも、国鉄型車両には古いものを懐かしむという以上に憧れがある。何故だろうか。
 国鉄は、日本全国に画一的な車両を走らせていた。直流・交流や寒地仕様・暖地仕様などの違いはあったものの、車両の顔は全国的に同じであった。カラーリングも似通っていた。だから、実際に乗ったことのない路線の、見たことのない車両であっても、何となく親しみを覚えたものである。私の住む首都圏を走る車両と同じような車両が、はるか遠くを走っていたからである。それで、見果てぬ地を走り行く車両の姿を思い浮かべたりした。国鉄型車両を通じ、遠い地への夢や憧れを抱くことができた。
 今のJRは、各社が独自のデザインの車両を製造し、走らせている。また分社化したことにより、長距離列車は次第に姿を消し、近距離都市間輸送に力が注がれるようになった。新幹線の整備は進んだものの、各社の地域性は強くなっている。だから、首都圏では見られない車両が全国には数え切れないほど存在する。そんな車両に憧れを抱くことは少ないし、現役から撤退する時期が来たとしても、さほど寂しさを感じないだろう。
 国鉄により日本全国の車両が画一化されていたことは地域性がなく、良くないことだったかもしれない。しかし、全国津々浦々につながっていた国鉄には夢があった。希望があった。見知らぬ地への憧れがあった。国鉄型車両は、そんな想いの象徴であると思う。
 そういえば、わがお気に入りのブルートレインも国鉄型車両だ。しかし、こちらは新型車両に置き換えられることもなく、列車自体が淘汰されていくのだろう。それはもっと寂しい。

写真は今春で撤退のJR東海御殿場線115系 2006.3.31 山北駅にて
by railwaylife | 2007-02-19 23:12 | JR東海 | Comments(0)

再生

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 今年こそは良い年にすると元日に誓ったにも関わらず、年始から多忙な日々が続いていた。ブログを記すことも忘れ、文章を書く余裕もなく、ただ日々が過ぎていった。知らない間に自分を追い込んでいた。いつしか自分の居場所のページがめくれなくなっていた。頭の中にある、自分の車窓風景が動かなくなった。もはや、どうしようもない気がしていた。
 だが、ページは簡単にめくれるものだ。自分の車窓風景は自在に動かせるものだ。窓いっぱいに海原の広がる車窓、緑深い山並に純白の霧がたちこめる車窓、青い空が遠く遠く高くなる車窓、花の咲く車窓、藍色の大河が流れる車窓、どこへでも行ける。
 その車窓を実際に眺める日を夢見て、日常をまた生きていく。

写真は東横線で最後の力走を見せる8000系 2007.2.16 都立大学~自由が丘
by railwaylife | 2007-02-17 22:41 | 生活 | Comments(0)