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方向幕の話

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 車両の前面や側面に取り付けられた行き先表示板を、一般に方向幕という。もともと列車の行き先表示は横長の板に書かれ、それが車体側面に取り付けられていたが、やがて写真のような行き先表示器が各車両に設けられるようになった。その車両で表示する行き先が一枚の長い幕に書かれ、巻き取り式で可動するようになっている。

 しかし近年はデジタル式のLED表示へと変わってきている。LED表示の文字は当初オレンジ色の一色だったが、そのうちに赤色や緑色も表示されるようになった。さらに最新の東急5000系などではフルカラー表示となり、行き先の文字は白で表示されている。

 方向幕が本来の幕であったときは、終着駅でその表示が変更されるのを見るのが楽しかった。通常は両端の終着駅しか表示されないが、どこか途中駅止まりの表示に変わるときは、その駅が表示されるまでの間にいろいろな行き先の表示が出てきた。普段は終点とならない駅も行き先表示に含まれていて、珍しかった。あるいは他の路線の駅も表示される。さらに列車種別も表示されると、その種別と行き先の組み合わせも面白かった。

 子供の頃、上野駅で14系客車の方向幕が回転するのを見たことがある。この14系客車は当時国鉄の団体列車や臨時列車に使用されていたため、特にどこの線のどこの駅行きという限定がなかった。そのため、14系の方向幕には北海道から九州までの主要な駅が含まれていた。本当に見ていて飽きなかった。

 また昔の東急東横線では、先頭車両が中間車に組み込まれていたことがある。今はなき7000系や7200系の先頭車両である。これらの系列で中間車両となった先頭車の前面行き先表示は、ほとんど人の目に触れることがないからか、実際の行き先とはまったく異なる行き先表示となっていた。大井町線の駅だったり田園都市線の駅だったりした。それも中途半端な途中駅が表示されていた。ときには「こどもの国」なんていう表示がされていることもあった。現在の横浜高速鉄道こどもの国線の終着駅である。子供の私は、それを見るのがひそかな楽しみだった。

 現在のLED表示では、そんないい加減なことが許されない。すべてシステム的に制御されているはずだ。それに幕ではないから、終着駅で行き先表示が切り替わるのは一瞬だ。気が付いたら行き先表示が変わっている。幕が流れていくのを楽しむことはできない。

 それから最近気付いたのだが、LED表示の車両は、走行中に車体側面の行き先表示を非表示にしている。行き先表示が真っ黒になっていて、ぎょっとすることがある。確かに側面の行き先表示が必要なのは駅に到着したときだけである。だが、走行中に行き先表示がされないのは味気ない。

 昔ながらの方向幕には、幕の裏に蛍光灯が入っている。日も暮れた夜、列車が通過するのを見送るときはその蛍光灯の光がやけに白く、目にしみるものだ。また、深夜の寝台特急では車内灯も落ち、方向幕の白い光だけが、車両の数だけ列をなして連なる。遠くから見ていると、その白い列がチラチラチラチラとしながら遠ざかって行く。そして最後に紅い尾灯が淡く輝く。そんな文学的な光景も、やがて過去のものとなっていくのだろう。


写真は私のお気に入り列車 寝台特急「富士」の方向幕 東京駅にて 2006.6.17

by railwaylife | 2006-11-19 15:17 | その他 | Comments(3)

けさの8000系

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 今日も最寄りの駅に10分早く行った。また8000系が見られるかもしれないと思ったからである。
 駅に行くと、下り電車が少し遅れていた。この前8000系で運行されていた上り各駅停車渋谷行きが先にやって来る。
 案の定、やって来たのは8000系であった。しかも登場当初の姿に復元された8039Fである。ステンレス車体の銀色一色で、東急のトレードマークの赤帯がない。シンプルだが、これが昔の東急線のふつうの姿であった。
 朝日の中、渋谷へ発車していく姿を見送る。しかし、それを遮るように、下り各駅停車武蔵小杉行きがやって来た。この前はこの電車も8000系だったが、今日は5000系であった。新型のピンクの帯が、去って行く8000系の姿を隠す。私はこの電車に乗り、職場への途に就いた。

写真は東急8000系 都立大学にて 2006.11.14
by railwaylife | 2006-11-14 22:47 | 東急8000系 | Comments(2)

8000系離合

 通勤のとき、いつもより10分早く最寄りの駅に着いた。するとやって来たのは8000系の各駅停車武蔵小杉行きであった。久しぶりの8000系である。しかも、反対側の上り方面のホームにちょうど入って来た各駅停車渋谷行きも8000系であった。期せずして8000系が並んだ。今日は良い日だと思う。
 通勤で東急東横線に乗るのは一駅区間である。その間、8000系の重厚な走りを楽しむ。以前は当たり前だったこの感覚が、最近はなかなか味わえない。
 9月のダイヤ改正以降、8000系の運用はラッシュ時に限られているようだ。東横線では、日比谷線直通を除くと平日は最大35本の列車が走っているが、朝から夜までほぼ一日中走っているのはそのうち25本であり、あとの10本は朝夕のラッシュ時に限って運行されている。東横線に残る8000系3編成はもはや、このラッシュ時の10本の運用に限って使用されているらしい。だから目にする機会は非常に少ない。
 そして次に5000系が増備されたら、いよいよ8000系は東横線から撤退である。その日がなるべく早く来ないように祈っている。
by railwaylife | 2006-11-09 22:33 | 東急8000系 | Comments(0)

帰京

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 朝ホテルを出て、長野駅前からタクシーで市内の東山魁夷館へ向かった。東山魁夷は嫁の好きな画家で、二人で東京国立博物館に唐招提寺の壁画を見に行ってから、私もその魅力にとりつかれている。時節柄、展示には秋の作品が多かった。東山魁夷の絵は昨日の無言館の作品と違って、ゆったりとしていた。余裕があった。のびのびとしていた。
 東山魁夷館を出て、すぐとなりの善光寺へ行った。おまいりをして、土産物屋を冷やかして、「ぶっこみ」という、ほうとうのようなうどんを食べ、長野駅へ戻った。
 長野駅からは新幹線に乗り帰途に就いたが、途中軽井沢に立ち寄った。長野市内に比べるとだいぶ寒かった。ショッピングモールを見て、土産を買い、寒いので予定より早めに帰京した。
 短い旅ではあったが、芸術の秋を満喫することができた。

写真は長野新幹線E2系 2006.11.04 長野駅にて
by railwaylife | 2006-11-04 22:42 | | Comments(0)

信州へ

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 嫁と二人で小さな旅に出た。目指すは信州の美術館である。まずは長野新幹線で一気に東京を脱出して、上田駅へと向かう。ここで上田電鉄別所線に乗り換える。この路線を走るのは、かつて東急目蒲線を走っていた7200系電車である。かつての丸窓電車風に装飾された2両編成は、ゆっくりと塩田平を行く。目蒲線の工事区間を走っていたかつての7200系より尚ゆっくりだ。車窓を彩るのは柿の実である。木の枝にも、家の軒先にも、柿がたわわだ。
 塩田町駅で下車し、シャトルバスに乗り換えて、無言館を目指す。先の大戦での戦没画学生が遺した絵画が展示されている。昨年、東京駅のステーションギャラリーでこの美術館の作品を目にして以来、一度来たいと思っていた。暗い館内に彼らの溢れる生命を見た。彼らの生きた証を見た。ただひたすら描きたいという想いを見た。
 薄暮の塩田平をバスで巡って、別所温泉駅から再び別所線に乗った。上田駅まで行くうちにすっかり日が暮れた。それからしなの鉄道で長野駅まで出て、駅近くのホテルに泊まった。明日は東山魁夷館を見学する予定である。

写真は上田電鉄7200系 2006.11.03 別所温泉駅にて
by railwaylife | 2006-11-03 22:12 | | Comments(0)