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国鉄型車両

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 今年の4月でJRが誕生して二十周年を迎える。JR十周年のときは3日間JRの全列車乗り放題の切符が発売され、私も嬉々として列車を乗り回していたものだが、二十周年の記念は毎年シーズンに発売される青春18きっぷの値下げだという。ちょっと悲しい。
 さて、JR誕生二十周年ということは、国鉄が消滅して二十年経つということにもなる。そんな節目の春、各地で国鉄時代に製造された車両が現役から撤退することになっている。仙台地区、常磐線、中央本線、静岡地区などで、国鉄型車両から新型車両への置換が進んでいる。
 国鉄型車両はすっかり数を減らし、JR化後に新造された車両が幅を利かせるようになっている。そんな中、ファンの間では国鉄型車両に対する人気が高まっている。最近では国鉄時代を懐古する雑誌も多く刊行されている。私も幼い頃に憧れた国鉄型車両を懐かしみ、今回の撤退を寂しく思っている。
 だが、古い車両を懐かしむことは、単なる郷愁ではないかという批判もある。確かに国鉄型車両は古びていて、故障も多い。新型車両に比べ、消費エネルギーも多く効率が悪い。断熱材にアスベストを使用しているような車両もある。それらが一掃されることは、鉄道の安全性・効率性が確保されることにもつながる。
 それでも、国鉄型車両には古いものを懐かしむという以上に憧れがある。何故だろうか。
 国鉄は、日本全国に画一的な車両を走らせていた。直流・交流や寒地仕様・暖地仕様などの違いはあったものの、車両の顔は全国的に同じであった。カラーリングも似通っていた。だから、実際に乗ったことのない路線の、見たことのない車両であっても、何となく親しみを覚えたものである。私の住む首都圏を走る車両と同じような車両が、はるか遠くを走っていたからである。それで、見果てぬ地を走り行く車両の姿を思い浮かべたりした。国鉄型車両を通じ、遠い地への夢や憧れを抱くことができた。
 今のJRは、各社が独自のデザインの車両を製造し、走らせている。また分社化したことにより、長距離列車は次第に姿を消し、近距離都市間輸送に力が注がれるようになった。新幹線の整備は進んだものの、各社の地域性は強くなっている。だから、首都圏では見られない車両が全国には数え切れないほど存在する。そんな車両に憧れを抱くことは少ないし、現役から撤退する時期が来たとしても、さほど寂しさを感じないだろう。
 国鉄により日本全国の車両が画一化されていたことは地域性がなく、良くないことだったかもしれない。しかし、全国津々浦々につながっていた国鉄には夢があった。希望があった。見知らぬ地への憧れがあった。国鉄型車両は、そんな想いの象徴であると思う。
 そういえば、わがお気に入りのブルートレインも国鉄型車両だ。しかし、こちらは新型車両に置き換えられることもなく、列車自体が淘汰されていくのだろう。それはもっと寂しい。

写真は今春で撤退のJR東海御殿場線115系 2006.3.31 山北駅にて
by railwaylife | 2007-02-19 23:12 | JR東海 | Comments(0)