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5300形の春

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 都営5300形が春を駆けて行くのは何度目のことなのだろう。

 そして、あと何度春を駆けて行くことができるのだろう。

 その数は、決して多くないはずだ。


都営
5300形電車 京急本線鶴見市場駅~京急鶴見駅にて 2018.3.17
by railwaylife | 2019-04-10 07:00 | 地下鉄 | Comments(0)

5300形の思い出

 都営浅草線の5300形は現在、後継の5500形に置き換えられつつある。

 たまにしか見ない車両なので、気付いたときには置き換えがけっこう進んでいたりするかもしれない。そこで、だいぶ早いのは承知で、この5300形の思い出を振り返っておきたいと思う。

 と言っても、この5300形にさほど多くの思い出があるわけでもない。都営浅草線はめったに乗らない路線である。それに、そもそも都営浅草線には他社線の車両が多く乗り入れて来ているので、この路線を利用しても必ずしも5300形に乗れるとは限らない。

 5300形はどちらかと言うと乗り入れ先の京急線で多く乗った気がする。エアポート急行として羽田空港まで乗り入れているから、空港へ行くときに良く乗る機会があった。ただ、せっかく京急線に乗るというのにこの都営の車両が来ると何となくがっかりしたものであった。

 あとはこの車両を京急線の横浜以南で目にすると、ずいぶんと違和感があるものであった。

 5300形の思い出と言うと、これくらいである。

 もうちょっと、思い出を作っておいた方が良いだろうか。
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都営
5300形電車 京急本線品川駅~北品川駅にて 2019.1.6
by railwaylife | 2019-02-24 22:40 | 地下鉄 | Comments(0)

ハマの5300形

 都営浅草線から京急本線へ乗り入れて来る都営5300形は、そのすべてが空港線へ入り、京急蒲田以南の本線には乗り入れていないのでは、という勝手な思い込みがあった。

 だが実際には、横浜やその先まで向かう運用もあるようで、こうした横浜市郊外の風景の中でもその姿を見ることができる。
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 こちらまでは来ないんじゃないかと思い込んでいただけに、この車両がこのあたりを往く風景は何とも新鮮に感じられたものであった。


早春京急の旅」にて
都営
5300形電車 京急本線京急富岡駅~能見台駅にて 2018.2.11
by railwaylife | 2018-04-15 17:15 | 地下鉄 | Comments(0)

早春5300形

 都営浅草線用の5300形車両にも、後継の5500形が登場した。

 これから徐々に、5300形は5500形に置き換えられていくのだろう。

 そうなると、5300形はあと何回早春を駆けて行くことができるのだろうか。

 ふとそんなことが気になった。
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早春京急の旅」にて
都営
5300形電車 京急本線梅屋敷駅~京急蒲田駅にて 2018.2.11
by railwaylife | 2018-04-08 23:50 | 地下鉄 | Comments(0)

世代交代

 京王線にも乗り入れて来る都営新宿線の車両は世代交代がだいぶ進んでいるようだ。昔から目にしていた10-000形がほとんど見られなくなり、新鋭の10-300形ばかりを目にする。正確な編成数は把握していないが、10-000形はもはや数えるほどなのだろう。
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 10-000形は一時期通勤で利用していただけに、馴染みのある車両である。

 そんな車両を、やがて消えゆく京王線地上区間の風景とともに、思い出の中に残しておきたい。
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都営
10-000形・10-300形電車 京王線桜上水駅~上北沢駅にて 2015.10.3
by railwaylife | 2015-10-18 22:00 | 地下鉄 | Comments(0)

梅見地下鉄

 地下鉄の車庫というのは、路線によって場所もさまざまである。本線と同じ地下にあるところもあれば、地上に作られているところもある。街中にあるところもあれば、海の近くに作られているところもある。



 そういうさまざまな場所にある地下鉄の車庫の中で、梅園沿いにあるなんていうのはなかなかしゃれていると思う。
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早春荏原の旅」にて
都営
5300形電車 都営浅草線馬込車両検修場にて 2013.2.22
by railwaylife | 2013-03-25 22:50 | 地下鉄 | Comments(0)

大江戸線全通十年

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 昨年の九月、東急目黒線と東京メトロ南北線・都営三田線との直通運転が始まって十年が経ったのを機に「直通十年」という記事を書き、十年前の直通開始当日に私が直通電車に初乗りして記した雑感を載せたが、その直通が始まった2000年には、東京の地下鉄でもう一つの大きな変化があった。それは都営大江戸線の全通である。

 この全通は、ゾロ目の日に因んで2000年(平成12年)12月12日のことであったが、私はその当日にも新しく開通した区間に乗り、雑感を残している。そこで、それも十年が経過したのを機に、昨年の12月12日にこのブログに載せようかと思っていたが、コロッと忘れていた。十周年ということが、さほど私の中では大きな出来事ではなかった所為だろう。でも、十年前の雑感は載せておきたいので、十年と一ヵ月の記念ということで、今日2011年1月12日にその文章を掲載したいと思う。

 以前の「直通十年」の記事にも出てくる通り、当時の私は都営新宿線菊川駅近くの職場に勤務していた。以下の記録は、全通の当日、その職場からの帰途に新しく開通した区間に乗車したときのものである。




 今日2000年12月12日、都営大江戸線の国立競技場-六本木-上野御徒町-都庁前間25.7kmが開業した。これにより大江戸線は光が丘-都庁前の放射部と併せて全線が開業となった。

 都心の地下を環状する都営大江戸線は、「地下の山手線」と期待され、今まで鉄道のなかった地域も通ることで「東京の人の流れを変える」とまで言われてきた。そして首都の混雑緩和に一役買うものと開業が待たれていた。

 しかし、環状と言っても、実際は山手線のように電車がぐるぐると回る構造ではない。光が丘-都庁前-六本木-上野御徒町-都庁前と6の字に運転される形態となっており、そういう点では利便性を欠いている。そして、そのことで「環状線」を名乗れなかったという経緯もある。そこで、いわば苦肉の策として大江戸線という名が付けられたと言える。

 私は当初からこの大江戸線という呼称が気に入らなかった。江戸なんて言っているけど、路線の全てがかつての江戸を通っているわけではない。江戸=東京ではない。江戸はごく限られた地域の呼称である。光が丘なんてどう背伸びしたって江戸ではないし、新宿や青山だって江戸なのかどうか怪しい。

 それに、東京と改称して百年以上も経つ今になって何故江戸を持ち出すのかも不可解である。江戸を東京と改称した意味は何だったのか、と問いたくなる。だいたい、江戸というのは一地域の地名に留まらない名詞である。江戸時代というように近世という時代そのものを指す言葉でもある。そういうものを、たかが地下鉄の線名に軽々と使って欲しくないと思う。

 この線名を設定した東京都交通局によれば、江戸は「古くて新しい」呼称であるということであったが、新しくも何ともない。歴史認識が欠如していると言える。

 というふうに文句ばかりを並べてみたが、新しい鉄道が開通するとなれば気になる。ましてや私にとっては、わりと身近な路線になる。今通っている職場の近くに新駅「清澄白河」が開業するからである。これは通勤に利用できるかもしれない。

 新しい通勤経路として、清澄白河から六本木まで大江戸線に乗り、そこで日比谷線に乗り換えて、中目黒で東横線に乗り継ぐというルートが考えられる。日比谷線には東横線への直通電車が走っているから、うまくすれば乗り換え一回で済むかもしれない。通勤時間も現行のルートである都立大学-渋谷-神保町-菊川というルートと比べ、いくらか短縮されるのではないかと推測される。

 ただ、職場から清澄白河駅までの距離は、現在利用している菊川駅までの距離よりも若干遠いようであった。そこで、駅までどのくらいかかるのかということが、清澄白河経由のネックになっていた。それを確かめる意味も含め、一度新ルートを辿ってみる必要があると思い、大江戸線全線開業の今日、私は仕事帰りに清澄白河経由を実践してみることにした。まあ、通勤に利用できるかどうかというのは表向きの理由で、要は新線に乗ってみたかっただけであろう。

 連日遅くまで残業する日々が続いていたが、この日は仕事を適当に切り上げ、19時33分に職場を出た。外へ出るとかなり冷え込んでいた。歩き回るには不向きな夜であったが、私は勇んで清澄白河駅へと歩き出した。

 職場の建物から大門通りへ出て、いつも菊川駅へ向かうときとは反対方向の南へ歩を進める。すぐに清洲橋通りへ出る。この道に沿って西へ行き、清澄通りにぶつかったところが清澄白河駅である。

 大横川を扇橋で渡り、少し歩けば三ツ目通りの交差点だ。この通りを北へ進み、新大橋通りにぶつかったところが菊川駅である。つまり、ここから直進した清澄通りまでの距離と、三ツ目通りへ曲がって新大橋通りへ出るまでの距離が、職場から清澄白河駅と、菊川駅までの距離の違いということになる。

 三ツ目通りの交差点を過ぎると、清洲橋通りの真ん中に巨大なプレハブの建物が見えてきた。地下鉄の工事現場だ。この清洲橋通りの直下では、営団半蔵門線の延伸工事が行われている。現在の終点水天宮前から清澄白河を通り、四ツ目通りの地下を伝って住吉、錦糸町を経て、押上まで延長されるという。これが完成すれば、私の通勤はぐっと楽になる。渋谷から一本で職場近くの清澄白河や住吉まで来られることになるからだ。

 しかし、完成までにはまだ数年かかるらしい。それまで私が今の職場にいるかどうかはわからない。せめて清澄白河まででも伸びてくれればいいのにと思う。

 この辺りの沿道には、小さな町工場や雑居ビルが並んでいる。道の真ん中が工事現場なので、余計に雑然としている。ただ、点滅している工事用の黄色い小さなランプはクリスマスのイルミネーションのようでもあり、殺風景な街並に彩りを添えていた。

 さて、今日は清澄白河駅まで何分かかるか把握するということが目的でもあるので、もちろん時間も測りながら歩いている。でも、今日は何となく足が急いてしまう。何かと大江戸線に対して文句はあるが、やはり新しい地下鉄は楽しみだからである。けれども、それではこれからの参考にならない。標準的な所要時間を測らなければいけない。私は、急げば渡れそうな信号もきちんと待ち、時間を調整しながら歩くことにした。

 やがて清澄通りとの交差点に着いた。四つ角の周囲は商店が集まって賑やかだ。ここに清澄白河駅があるはずだが、地下鉄の入口がどこだかわからない。新しい駅だから、既存の地図にも入口は出ていない。

 とりあえず清澄通りを右へ曲がってみる。すると、赤札堂という大きなディスカウントショップがあった。そして、その建物の隅に地下鉄を示す案内板が見えた。清澄白河駅の入口である。急いでそこへ行ってみると、真新しい階段が地下へと続いていた。時計を見ると、職場を出てからちょうど十五分が経っていた。

 階段を下り、さらにエスカレータへ乗って地下深くへと向かう。たどり着いた地下道はずいぶん広かった。改札の方へ歩いて行くと、電車の到着する音が聞こえてきたが、とてもその電車には間に合いそうにない。私はゆっくりと新駅の感触を噛み締めながら歩いて行くことにした。

 汚れのない通路は明るく、壁もきれいだ。ただ、壁にはなぜか正方形の穴がいくつも開いていて、中には鏡が埋め込まれていた。ちょっと変な感じだ。構内を歩く人はまばらであったが、寂しいという感じはしなかった。

 改札へ行くと、さっき到着した電車から降りてきた人たちがちょうど出てきたところであった。下車客はみな地図に見入っていた。こういうところは開業初日らしい。

 でも、他の都営地下鉄の駅にあるのと同じポスターがあちこちに貼ってあるし、客が何気なく自動改札を通過している。まるで以前からあったような雰囲気だ。この清澄白河駅でも、すでに日常が始まっていると言える。

 私はちょっとドキドキしながら改札を入った。首都圏私鉄の共通カード「パスネット」を持っているので、切符は不要だ。自動改札に「パスネット」をそのまま通せばよい。

 改札を入ってホームへ降りて行こうとしたが、私はそこで驚いた。何とこの駅には4番線まであったからだ。びっくりである。

 六本木方面の3・4番線へ下りていく。すると、ちょうど19時47分発の光が丘行き電車が行ってしまうところであった。時刻表を見ると、次の電車は19時55分であった。また、六本木までは十九分という案内であった。この所要時間はだいたい予想したとおりであった。

 ホームは二面あり、そこに三線が敷かれていた。真ん中の線路は両側のホームに挟まれる形になっている。どうやら、この駅発着の電車が設定されているらしい。清澄白河はこの辺りでは要衝ということになるのであろうか。実は後で路線図を見て気付いたのだが、清澄白河駅は楕円の環状部の中で、要となる都庁前駅のちょうど対極にある。それで折り返し機能を備えた駅となったのだろう。

 それにしてもホームはやけに明るかった。地下鉄の駅らしくない。蛍光灯の使いすぎではないかと思う。税金の無駄だ。そういえば、都庁前駅の柱には大理石が使われているという。一時テレビで取り上げられて問題になっていた。

 19時52分、真ん中の2・3番線に門前仲町方面からこの駅止まりの電車が入って来た。そして、すぐにこちらの電車、19時55分発の光が丘行きもやって来た。到着前、電車が駅に近付いたときには、線路の向こう側の壁の駅名標に「電車がきます」という表示が点滅していた。これは斬新であった。

 到着した電車は12-000系という。ちょっと小ぶりな車両だ。掘削するトンネルの断面を狭くするために、車体を小さくしたそうだ。

 開業初日ではあるが、車体はずいぶん汚れていた。以前から既存の開業区間で使用されていた車両なのだろう。今日のために新規投入された車両もあるようだが、それとは違うようだ。

 車内に乗り込むと、車体がずいぶん縦に長いような気がした。普通の電車よりも横幅が短いように感じる。車体の断面が六角形になっていて、天井と床付近がきゅっと締まっているからそう感じるのであろうか。何となく落ち着かない。

 乗客はそれほど多くなかった。長いシートにそれぞれ二、三人が座っているだけだ。この辺りは利用客が少ない区間なのだろうか。それともまだ大江戸線の開業が周知徹底されていないから乗客が少ないのだろうか。私は先頭車両の一番前の座席に腰掛けた。開業初日だけに、運転席の後ろにかぶりついて前方を注視している客もいる。

 ところで、この電車の行先は光が丘だ。練馬の光が丘へ向かう電車に乗って家路に就くというのも不思議な気分だ。車内の広告には練馬方面のものが多かった。放射部の区間を行ったり来たりしていたときのままなのだろうが、都心を走る電車にしては、あまりにローカルな広告ばかりである。

 さて、清澄白河を後にした電車は、門前仲町、月島、勝どきと停車していく。各駅ともそれぞれ意匠を凝らした模様が施されている。門前仲町では東西線、月島では有楽町線と接続するため、乗客がそこそこあったが、その次の勝どきは乗り換えがないため、乗ってくる客はそれほどいないように感じられた。

 車内を見渡してみると、乗客はほとんどが会社帰りの人たちであった。開業初日とあって、みなキョロキョロとして落ち着かない感じであった。連れのある客は路線図を片手に乗り換えの話題に花を咲かせている。

 でも、地下鉄だから外が見えるわけでもなし、乗客は手持ち無沙汰な様子であった。車窓には闇が続くだけである。月島という海の近くに来ても汐の香りがするわけではないし、勝どきといっても橋や隅田川が眺められるわけでもない。そして、当たり前のように駅が次々と現れ、当たり前のように客が乗ってくる。あまり新鮮な驚きがない。

 二ヵ月前に、延伸開業した三田線に乗ったときは、新規開業区間に入っていくときの緊張感や目黒線に乗り入れたときの何とも言えない感慨があったが、今回はそういうものがない。新線に乗ったという歓びがない気がした。

 勝どきの次は築地市場という駅である。日比谷線の築地駅に近いのであろうか。ここから六本木までは、都心へ突っ込んで行く日比谷線と比べると、海岸沿いを行くこの大江戸線の方が早く着くような気がする。

 築地市場の次が大門である。大門までの駅間距離は長かった。将来は途中に汐留という駅ができるそうだ。貨物駅跡の再開発が遅れているから駅の開業も先延ばしにされたのであろう。

 大門からは大勢乗ってきた。浅草線との接続駅でもあるし、駅名の後には(浜松町)と付されている。JRの浜松町駅にも近いようだ。だが、こういう駅名の付け方は何となくインチキくさい。浜松町駅までは、けっこう距離があるのではないだろうか。

 それでも、この駅からの乗客は多く、席はたちまち埋まった。立つ客も出てきて運転席の後ろには大勢が群れた。みな前方の小さい窓を覗き込んで興味津々だ。

 でも、座席に就いて本を読んでいる客もいた。新線なのに何の好奇心もないのだろうか。新しい環境に早く順応できているとも言える。私などは落ち着かない性質だ。ただ、さすがに居眠りしている人はいなかった。

 ここまで乗ってきた感じで、新しいルートは意外に楽であったが、実際この経路で通うかとなると迷うところである。朝方はどうなるかわからない。余計に時間がかかるかもしれないし、新しい路線だけにいつどんなトラブルが起きるとも知れない。一度チャレンジしてみたいが、遅刻する可能性もあるのでちょっと怖い。

 それに、この経路上に用のありそうな場所もない。既存のコースの方が神保町あり渋谷ありで余程有益である。そういう面でも、大江戸線経由はメインルートになりきれないような気がしてきた。

 電車は赤羽橋、麻布十番とお洒落なエリアへ入って行く。そして、六本木に到着する。自動の車内放送によれば、日比谷線にお乗り換えの方は後方の階段をご利用ください、とのことであった。一番前に乗ってしまったのは失敗のようであった。

 20時14分に六本木に到着する。案内の通り、清澄白河からちょうど十九分であった。下車すると、ホームは渋い金色と黒色でまとめられたシックな装いであった。

 さて、日比谷線との乗り継ぎはどうであろうか。これも重要なポイントである。ぶらぶらと後方へ歩き、エスカレータで上って行く。何だか乗り換えの通路は長そうであった。

 改札を出るにはエスカレータを乗り継いで行かなければならなかった。ずいぶん上って行く。日比谷線はどれだけ上を走っているのだろうか。そういえば六本木駅は大江戸線の中で一番深いところにあるという。

 やっぱり日比谷線までは遠かった。こういう場合は駅名を変えて欲しいと思う。名前が同じなら乗り換えが楽なのではないかと期待してしまうではないか。大江戸線の方には六本木に北でも南でも東でも西でも付けてくれと言いたい。

 今は帰りでのんびりエスカレータに身を委ねていてもよいが、朝方はそうもいかないだろう。階段を駆け下りなければならないかもしれない。朝の一、二分は貴重だ。

 改札を出ても少し歩き、ようやく日比谷線の改札にたどり着いた。中目黒方面の電車がちょうど来たところであった。急いでホームへ降りていくと、電車の最後尾に出た。都立大学駅の階段は一番前なので、つらい位置である。ただ電車は東横線直通の菊名行きであった。これはラッキーである。乗り換えが一回で済んだ。20時19分の発車である。結局、乗り継ぎには五分もかかってしまった。

 日比谷線の乗り慣れた車体に身を委ねてホッとする。でも、ここから中目黒まではけっこう長い。こうしてみると、時間的には従来の新宿線経由とさほど変わらないようである。電車の接続具合でどっちが早かったということになるのだろう。まあ、大江戸線が全線開業しても、通勤経路のオプションが一つ増えたという程度のことにしかならないと思う。

 十分以上かかって中目黒に到着した。今日は直通だからよいが、ここで東横線に乗り換えるとなると難儀である。日比谷線に接続すると、東横線の電車はものすごく混むからである。

 都立大学には20時35分に到着した。今日は駅近くで食事していくが、まっすぐ帰るとすれば20時45分には家に着くだろう。職場から一時間十分ちょっとというところである。やはり新宿線経由とあまり変わらない。それにしても都立大学に帰ってきたという感じがしない。ふわふわした気分だ。もしかしたら、これが新線開通の実感なのかもしれないと思った。

(2000年12月12日執筆)





 この記録を綴ってから十年余りが経ったわけであるが、今になって読み返してみると、大江戸線という線名への痛烈な批判などは、ちょっと気恥ずかしくなるくらいである。だが、当時の若き私は、今よりもずっと深く歴史を学び、確たる歴史認識を持っているという自負があったように思う。それに比べて今の私は何だかふわふわしていて、確たるものを持っていない。そういう意味では、以前のようにもっと歴史というものを深く学ばなければならないと思っている。いや、学ばなければならないではなく、学びたい。

 それはさておき、私はこの十年の間に、大江戸線というものをさほど頻繁に利用してこなかった。一時期仕事の外出で利用していたこともあったが、私用ではほとんど利用していない。

 それはやはり、十年前の記録にも出てくるように、乗り換えが不便だからではないかと思う。とにかく大江戸線の駅は地下深いところが多く、既存の路線との乗り継ぎが楽ではない。
確かにある区間に関しては短絡線になったり、また既存の路線では近くに駅のなかった場所へ行くには便利にはなったが、そんな場所へ行く機会がそうそうあるものでもなかった。

 それともう一つネックなのは、この路線が都営地下鉄であることだ。私の場合、都営地下鉄に乗るには、ほとんどの場合JRか東京メトロというワンクッションが必要になる。そうすると、大江戸線を利用しようとする場合、どうしても運賃が高くなってしまうということがある。特に、東京メトロとの地下鉄同士の乗り継ぎで二度も初乗り運賃を払わなければならないのがもったいない。これは何も大江戸線との乗り継ぎに限らず、東京の地下鉄に存在する大きな問題であるわけだが、そんなこともあって大江戸線を利用する機会が少ないのだと思う。

 だが、大江戸線に対して批判ばかりしていても仕方ない。形はどうあれ、できてしまったものは、有効に使わなければもったいない。

 だから、例えば今まで行ったことのないような都内の場所に、大江戸線でふらっと行ってみるのもいいかもしれない。そこにはきっと、私にとって新しい風景があるだろう。そんな風景を目にしたとき、旅が始まるかもしれない。

 都営大江戸線の旅、というのも面白そうだ。

by railwaylife | 2011-01-12 23:54 | 地下鉄 | Comments(0)

車両基地に入り込む2

 2010年12月4日、都営浅草線馬込基地の「都営地下鉄開業50周年記念フェスタ」を訪れた私は、運良く当選した車両撮影会にも参加した。

 指定された時刻に受付を済ませると、その場に並ぶように言われて少し待たされた。案内してくれたのは、この車両基地に勤めている職員の方々だろうと思う。こういう「接客」みたいなことには慣れていないだろうから、大変だなと思う。会場までの案内も、決してスムースとは言えなかったが、そのために待たされた「間」が、撮影会への期待を増幅させるものともなった。

 車両工場を通り抜けて案内された会場には、ずらりと車両が並んでいた。
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 やはり、車両基地の眺めはこうでなければいけないと思う。

 見れば、ずいぶん雑多な車両が顔を揃えている。京急や京成の車両が展示に加わることは事前の案内にも載っていたが、改めてそれらの車両が見られることを嬉しく思った。

 そんな中で私が注目したのは、この車両である。
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 京成の3300形だ。なんだかひどく「懐かしいなあ」と感じたものである。

 京成には昔からそんなに乗る機会がなかったのに、なぜそんなに懐かしいと感じたかというと、それは幼い頃によく本で眺めていたからであろう。子供向けの図鑑みたいなものに載っていた首都圏の私鉄のページには、この3300形のように、今やそろそろ引退しようかという車両が主力として紹介されていたと思う。当時、そんな車両たちを飽かずに何度も眺めていた私にしてみれば、懐かしい車両であると言える。

 それで私は、この3300形ばかりを眺めていた。
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 だが、せっかくだから他の車両もよく見ておこうと思った。

 何と言ってもこの日の主役は浅草線の5300形である。
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 そして、一番馴染みがあるのは京急の車両だ。形式は新1000形、で良いのだろうか。
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 ここで1000形が見られるのは珍しいことなのだろうか。まあ、珍しくても珍しくなくても、こういう撮影会という場で目にすることができたのは嬉しいことである。

 この撮影会は45分間であった。しかし、正直言うと、少し時間を持て余すところもあった。そういう意味では、展示車両にもう一捻り欲しかったところである。

 途中から手持ち無沙汰になった私は、会場の周囲の風景も捉えてみた。

 こんなふうに車庫に並んでいるところも、いかにも車両基地らしい。
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 何に使うのかよくわからない車両も並んでいた。
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 考えてみるとここは広軌である。そんな線路を間近で見られるのも、希有なことだ。
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 こうして周囲の風景も楽しんだが、それでも時間が余ってしまったので、私はだんだん空を広く入れて撮るようになった。
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 この車両の並びも、この日しかなかったものなのかもしれないが、この青空も、この日にしかなかったものである。そんな想いで私は、空を捉えていた。

 撮影会の会場は、ロープで区切られていたが、けっこう車両の近くまで行けるようになっていた。しかし、参加者はみな車両の並びが撮りたいようで、あまり近くへ寄らずに撮影をしていた。下手に車両の近くへ行ったら、他の人の撮影の邪魔になってしまうという遠慮もあったのだろう。だが、そのうちに一人が車両の近くまで寄って、写真を撮り始めた。するとみな、堰を切ったように前へ押し出して、思い思いに車両の近影を捉え始めた。そのさまが、何だかおかしかった。

 撮影会は混乱もなく、静かに終わった。参加者はそれぞれに楽しめたのではないかと思う。参加者の中には、若い女性の姿も何人かあり、熱心に写真を撮っている姿が印象的であった。ちょっと昔では、考えられないことである。

 私も私なりに、撮影会を楽しむことができた。時間を持て余していたとは言え、次の回の参加者たちが入って来てその場を出なければならなくなったときには、何となく去り難い感じがあったものである。

 今回は、いつも入り込みたいと思っている車両基地に入り込むことができ、楽しいひとときを過ごすことができた。撮影会に参加できたのも幸いなことであった。こうした機会があればまた、車両基地に入りたいという欲望を満たすべく、参加してみたいものである。


都営地下鉄開業50周年記念フェスタ 都営浅草線馬込車両基地にて 2010.12.4

by railwaylife | 2010-12-07 07:47 | 地下鉄 | Comments(0)

車両基地に入り込む1

 鉄道の車両基地、というのは興味深い。たくさんの車両が並んでいるからであろう。

 だから、列車の車窓に車両基地が見えるときは、窓にへばり付かんばかりにして身を寄せ、どんな車両がいるのかと目を凝らす。車両基地の近くを通ることがあるときは、中の車両がなんとか見えないものかと、その周りをぐるっと歩いてみたりする。しかし、どちらの場合もあまり良く見えないことが多い。それで、何とか車両基地に入り込んで、じっくりと車両群を眺めてみたいものだと思ったりする。とは言え、勝手に車両基地に立ち入ったりすることはもちろんできない。

 それでも、車両基地に入り込む機会はある。一般公開の日である。その日は堂々と車両基地に足を踏み入れることができる。

 そんな車両基地の一般公開へ、先週の土曜日に行ってきた。



 場所は、都営浅草線の馬込車両基地である。
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 ここでは「都営地下鉄開業50周年記念フェスタ」が開かれていた。浅草線が開業して五十年になることを記念しての催し物である。

 都営浅草線にはそんなに乗る機会もなく、格別興味があるというわけではない。でも、この馬込車両基地は、池上本門寺や池上梅園を訪れたときなどに何度か近くを通ったことがあって、ずっと気になっていた。終点西馬込の地下駅の先に忽然と地上の車両基地があるところも、興味を引かれる点であった。

 その車両基地に勇んで入り込んで行くと、さっそく居並ぶ車両を目にすることができた。
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 車両基地らしい、眺めである。

 悦に入って奥へ進んで行くと、グッズショップが並んでいた。首都圏の私鉄各社の出店がある。この都営浅草線と相互乗り入れしている京急や京成、北総鉄道のみならず、京王などの店もあった。みなとみらい線の横浜高速鉄道の店まで出ていたのには驚いたが、私の足は自然と地元の東急の店へ進んでいた。

 東急の店の品揃えはやけに少なかったが、だいぶ売れてしまった後のようであった。だが、そのわずかな残りの品の中に、私を惹き付けるものがあった。さようなら東急線8000系のストラップである。
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 8000系が引退してかれこれもう三年近くが経つが、まだそのときのグッズがあるということは、売れ残りなのだろう。引退記念のグッズが売れ残っているなんて、何だか8000系がかわいそうなので、私はそれを購入した。

 ところで、東急のとなりには京成の店があったが、そちらはやけに盛況で、行列ができていた。どうやら新しいスカイライナーのグッズが手に入るらしい。やっぱり、特急専用車両を持っている会社は強いなと思う。東急にも専用特急車両があって、そのグッズが飛ぶように売れるようなことがあったらいいのに、とふと考えてしまった。

 グッズ売り場会場の目の前に大きな建物があった。車両工場である。中が見学できるということなので、入ってみた。
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 広くて雑然とした工場内に、整備中の車両が置かれていた。ここでの的確な整備があってこそ、地下鉄が安全に運行できる。車両工場はまさに縁の下の力持ちだ。

 さて、この催し物では車両撮影会も行われていた。事前申込による抽選でその撮影会に参加できることになっていたが、珍しく運の良かった私は当選したので、参加してきた。その撮影会での想いは、記事を改めて綴りたいと思う。


都営地下鉄開業50周年記念フェスタ 都営浅草線馬込車両基地にて 2010.12.4

by railwaylife | 2010-12-06 23:58 | 地下鉄 | Comments(0)