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省エネ電車

 私が中央快速線の201系電車を初めて目にした日は、はっきりとしている。それは、昭和54年(1979)5月13日だ。この日、新製間もない201系が、原宿駅宮廷ホームでお披露目され、私は父に連れられてその会場に出かけたからである。

 初めて201系を見た私は、どんな想いを持ったのだろうか。残念ながら、今となってはそれはわからない。何しろまだ御年四歳のときのことだからである。

 ただ、このとき会場でもらったパンフレットが取ってあったなと思って、この前家の中を漁ってみた。すると、部屋の隅の古びた箱の中からパンフレットは出てきた。
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 懐かしいパンフレットであった。子供の頃は、これを良く眺めていた気がする。

 ところで当時、この201系は「省エネ電車」という触れ込みで登場した。パンフレットの「1.はじめに」という項にも、そのことが書かれている。


 国民の生活レベルの向上、昭和48年のオイルショック以来の省資源・省エネルギ施策への転換等々の背景があり、この新しい時代の要請に応えて、将来の通勤電車として試作されたのが、この201系電車であります。


 ここにある「省資源」とか「省エネルギ」という言葉が出てきたのは、まさにこの時代からであろう。今で言う「エコ」みたいなものである。その後、バブルの時代があって、そんな言葉は一旦影を潜めるのかもしれないが、私が育ってきた時代は、いかに資源を使わずに生きていくか、が問われてきたのだと言える。そのことは今、地球温暖化という課題に直面して、より切実になっている。

 さて、その201系の「省エネ」を具現化したのが、新しい制御方式である「チョッパ制御」であるという。電流をモーターに流すための方式のことで、その仕組みがこのパンフレットにも詳しく書かれている。
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 なかなか専門的で、物理が一番の苦手教科である私には、いまだに理解するのがちょっと難しい。きっと、子供の私には、ちんぷんかんぷんだっただろう。

 パンフレットにはほかに、乗り心地や客室設備が改善されたことなども記されている。七人掛ロングシートの一人分の配色が変えられていて、きちんと七人が座れるようにした工夫も、当時としては斬新であった。

 そして、このパンフレットの末尾にあった文字に、私の目は留まった。
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 この「東京西鉄道管理局」という文言も懐かしい。そういえば国鉄時代には、東京北鉄道管理局、東京南鉄道管理局なんていうものもあったなと思い出す。その中で、他の管理局に先駆けて、当時この最新鋭の通勤電車を導入できた東京西鉄道管理局はさぞ誇らしかっただろう。その誇らしさが、この文言には感じられた。

 パンフレットが作られた時代から三十一年を経た現在、新型のJR世代車両に紛れて走る201系の技術は、すでに「古いもの」になってしまったと言える。
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 そして、今の最新鋭であるE233系は、きっと「省エネ」という意味では、201系のそれをはるかに上回るはずである。201系が引退するのも、時代の流れとして当然のことだ。

 そんな中央快速線の201系を、私が最後に目にするのは、いつのことになるのだろうか。それはわからない。先日も書いたように、通勤で中央本線を利用している以上、好むと好まざるとに関わらず、201系を見ることになるからである。でも、私としてはもう「見納め」を済ませているから、それはいつでも良いと思っている。ただ、これから201系に偶然出会ったときには、その場所と日付を覚えておくようにはしておきたいと考えている。後で「ああ、あれが最後だったんだな」と思えるようにしたいからである。

 さて、先日から「中央特快」や「大月行き」など、201系に対する想いを綴ってきたが、これでもう、201系について、このブログで書いておきたいことは特にない。首都圏には、中央快速線以外にも、京葉線にスカイブルーの201系がまだ残っているが、蒼ざめた顔の201系にはほとんど思い入れがないから、別に見に行こうとも思わない。だから、せっかくこないだ作ったこの「201系」というカテゴリの記事が増えることも、もうないと思う。

 ただ、201系は関西にもいる。大阪環状線には、中央快速線と同じオレンジ色の車両がわんさかいる。また、関西本線にはウグイス色の車両までいる。だから今後もし、私が関西へ行く機会があって、そういう201系を目にすることがあったとしたら、また201系への想いを綴ることはあるかもしれない。




 ところで、私が201系のパンフレットを発見した箱からは、子供の頃にためこんだ、さまざまな鉄道関連の資料が出てきた。いや、資料と言うと聞こえがいいけれども、他人から見ればゴミみたいなものがほとんどである。だが、どれをとっても私には、懐かしくて思い入れのあるものばかりであった。そこで、今後機会があれば、そのゴミみたいな資料に対する想いを、このブログにも綴っていきたいと思う。


中央快速線
201系電車 中央本線新宿駅にて 2010.5.23
by railwaylife | 2010-08-30 07:54 | 201系 | Comments(0)

大月行き

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 通勤で利用する中央快速線の下り列車には、さまざまな行先があって楽しい。通常は高尾行きであるが、車両のねぐらのある豊田行きや武蔵小金井行きも多い。また、立川行きや八王子行きなど、主要駅止まりの列車もある。それから、青梅線に乗り入れる青梅行きも数がある。これに加え、夕方の帰宅ラッシュ時には、武蔵五日市行き、箱根ヶ崎行きといった珍しい行先もある。

 そんな中で、始発の東京駅から最も遠いところまで行くのが、大月行きの列車である。
 いや、正しく言うと、富士急行乗り入れの河口湖行きが最長距離列車になるが、これは大月から富士急行に入ってしまうので、中央本線上だけで見れば、大月行きも河口湖行きも、最も遠くまで行く列車ということになる。

 そんな大月行きは、朝方と昼間、そして夕方から夜にかけ運行されているが、その列車を仕事の行き帰りにたまたま見かけると、大月まで行ってしまいたいなあという気になる。小仏トンネルを突き抜けるこの列車の車窓には、桂川沿いの緑深き車窓が展開するからである。その眺めを見てみたいと、私はいつも思う。

 ただ、この大月行きに用いられている車両は、他の中央快速線の列車と同じE233系であり、またいまだに201系が入ることもある。どちらも、言うまでもなく通勤型のロングシートを備えた車両だ。だから、いくら眺めの良い車窓が展開するとは言っても、通勤型のロングシートに座って、首を曲げながら窓外を見なければならない。それでは車窓を見る楽しみが半減してしまう。

 そう考えると、せっかく大月まで行くのなら、立川や高尾始発の115系普通列車に乗った方が良いなと思う。115系にはボックスシートがあるから、車窓を存分に楽しむことができる。もし車内がすいていれば、前の席に足を投げ出してくつろいだって良い。

 しかし、やはり東京や新宿から直通で大月まで行ける、というところに魅力がある。同じ車窓なのに、都心の窮屈なビル群の風景から、川沿いの緑深き風景にガラリと変わるということが面白いわけである。そう考えると、中央快速線の大月行きを乗り通してみたいという気持ちもある。それでも、座席のタイプがロングシートじゃなあ、という思いがやっぱりある。

 何だか堂々巡りになってしまっているが、いろいろと考えているうちに私は、そもそもなぜ中央快速線の大月行きはロングシートなのか、という疑問に行き当たった。

 時刻表を見ると、東京から大月までの営業キロは87.8kmある。これはけっこうな距離であり、ボックスシートのある近郊型電車が走っていてもおかしくないはずである。

 例えば、東海道本線で言えば、東京から86.0kmの早川に相当する距離であり、この早川の一駅手前の小田原行きには、近郊型電車が充てられている。また、東北本線で言えば、上野から87.1kmの自治医大に相当する距離であり、この自治医大の一駅手前の小金井行きにも、近郊型電車が充てられている。それから、高崎線で言えば、上野から86.4kmの神保原に相当する距離であり、この神保原の四つ手前の籠原行きにも近郊型電車が充てられている。さらに、常磐線で言えば、上野から88.7kmの羽鳥に相当する距離であり、この羽鳥の四つ手前の土浦行きにも、近郊型電車が充てられている。

 こうして見てみると、首都圏の他の幹線ではいずれも、東京-大月間と同等かそれより短い距離の列車に、ボックスシート車両付きの編成が充当されていることがわかる。それだけに、大月行きはなぜロングシート車両だけで組成されているのかという疑問は出てくる。

 しかし、中央本線と他の幹線の列車には決定的な違いがある。それは、一編成あたりの車両の数である。東海道本線、東北本線、高崎線、常磐線の列車がいずれも最大15編成であるのに対し、中央快速線の列車はすべて10両編成である。

 10両編成に、着席定員の少ないボックスシート車両を組み込むことは、都心部での混雑度を考えれば、不可能なのだろう。

 だったら中央快速線も15両編成にしたらいい、などと思ってしまうが、そうするためには快速線停車駅のすべてにおいて5両分のホーム延伸工事を行わなければならない。そこまでしてボックスシートを付ける意義があるのかと言えば、せいぜい私の欲望を満たすくらいであろう。もちろん、多少の混雑度緩和にはつながるのだろうが、費用対効果という意味では、それほどの効果があるとも思えない。だから、中央快速線を15両編成にしてボックスシートを付けろ!という意見は、まったく無駄なものであると言えよう。

 それにそもそも、大月まで行く列車にそれほど長い編成が必要なのか、という根本の問題がある。

 考えてみれば、先に挙げた小田原、小金井、籠原、土浦というのは、いずれも関東平野内の駅であり、沿線には宅地も多くそこそこ乗客が見込めるだろうと思う。それに対して大月は、関東平野から山間部に突っ込んだところにあるから、残念ながらそれほど乗客は見込めないのではないか、という気がする。そういう意味ではきっと、今の10両編成で十分なわけであり、閑散時間帯の日中に至っては過分であると言えるのかもしれない。だから、15両編成にするなんてことは、やはり無意味なのだろう。

 だったら高尾あたりで編成を分割して、ボックスシート付きの5両くらいだけ大月まで行けばいいのではないか、と思ったりもする。しかし、それも無駄なことである。編成をくっ付けたり離したりするには、それなりに手間がかかる。そこまで言うなら、高尾で115系の列車に乗り換えてください、という話でおしまいであろう。

 そんなことをいろいろ考え合わせれば、東京発大月行きにボックスシートを付けてくれという私の切なる願いは、いわば「妄想」であり、車窓にこだわる私の「戯言」と言えるだろう。

 まあ、そんなに都心から郊外への車窓の変化を楽しみたいというなら、休日朝のホリデー快速に揺られるか、特急料金をおとなしく払って「あずさ」か「かいじ」に乗ればいい、というだけの話である。


大月行き中央快速線201系電車 中央本線中野駅にて 2010.3.4

by railwaylife | 2010-08-29 16:51 | 201系 | Comments(0)

中央特快

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 まもなく引退する中央快速線201系を、私は6月19日に早々と「見納め」してしまったが、その後も201系は粘り強く走り続け、この8月になってもまだ定期運用に就いている。

 遅くともさよなら運転の始まる先月下旬には運用を離脱するだろうと思っていたので、いまだに走り続けていることは、私にとってはある意味驚きであった。

 そんなこともあって、私は「見納め」をしてから六、七回は201系を偶然目にしている。通勤で中央本線を利用しているから、それは当然のことと言えるかもしれないが、運用も何も調べていなくてもこれだけ遭遇できるものなんだなと、私は思い知らされた。

 しかし私はもう、201系を撮ろうとも、また201系に乗ろうとも思わなかった。自分では「見納め」を済ませたつもりだからである。だから、心残りはない。いつまで追っかけをやっていても切りがないし、また突然運用を離脱したときの喪失感も味わいたくない。それに何より、一編成しかない車両を追いかけるという行為に疲れてしまった。今は、もっと自由に、何にも縛られず、自分が見たままの中央本線というものを捉えたいと思っている。

 ただ、中央快速線の201系に対する想いについて、いくつか綴っておきたいことがあるので、今のうちにその記事を載せておこうと思う。

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 冒頭に掲げた写真は、まだ寒い頃に、夜の中野駅で捉えた201系中央特快のマークである。

 この中央快速線の列車種別マークは、幼い頃からカッコいいなと思って眺めていた。もっとも昔は、今のような幕式のものではなく、着脱のできる形式のマークであった。

 そのマークは、201系の一世代前の101系も付けていたようだが、そんな101系の姿は写真の中の存在であり、私の記憶に残っているのは、やはり201系がこの種別マークを誇らしげに掲げた姿である。

 マークの掲出方法は昔と変わってしまったけれど、その字体は以前と変わらぬように思う。いわゆる「国鉄フォント」とでも言うのだろうか、独特の筆致である。そんなところに私は、懐かしさを感じたりしている。

 しかし、この「国鉄」っぽいマークが中央快速線の電車に掲げられるのもあとわずかの間のことであり、私は今後そのマークを目にすることはないのではないかと思う。でも、こうやって記録して、記憶にも残っているから、もう十分だと考えている。

 そしてこれからの中央快速線は、前面に種別マークなどを掲げることのないE233系の独壇場となる。

 その種別マークのないE233系は、どうやって列車種別を表示しているかというと、最新式のフルカラーLEDの特性をいかんなく発揮し、行先表示に色別で種別を表示している。中央特快なら青色、青梅特快なら緑色、通勤特快なら濃いピンク色、通勤快速なら紫色、といった具合である。また、通常の快速の表示はオレンジ色だし、朝晩の各駅停車運用では黄色を表示する。文字通りカラフルな表示である。特に中央特快の青色表示などは、白色と銀色とオレンジ色の車体にあっては良いアクセントになっており、けっこう見栄えがする。

 とは言え、このE233系のLED表示は、201系の種別表示に比べれば格段にサイズが小さくなっている。だから、これで乗客は種別の識別がちゃんとできているのだろうかと疑問に思うことがある。

 だが、このE233系のLED表示は、ご丁寧に側面に次の停車駅を表示できたりもするから、サービスレベルとしては向上していると言えるのかもしれない。きっと、私が心配している程に誤乗もないのだろう。

 ただ、LEDによる列車種別表示や行先表示は、どんなにカラフルで鮮明になったとしても、やっぱり何となく味気ないんだようなあと思ってしまうものである。 


中央快速線201系電車 中央本線中野駅にて 2010.2.19

by railwaylife | 2010-08-28 14:13 | 201系 | Comments(0)

君にサヨナラを

 今年の2月から、通勤に中央本線を使うようになったのをいいことに、私は引退間際の中央快速線201系を執拗に追いかけてきた。今まで何十編成と走っていた201系を、残り二編成とか一編成になって慌てて追うのはいかにも間抜けであったが、この201系の追っかけは、私にとって特別な意味を持っていた。

 だが、そんな日々も、いよいよ本当に終わりである。今日6月20日には「さよなら中央線201系」キャンペーン<第1弾>の最終ツアーが行われ、残り二編成のうちの一編成であるH4編成は、今まさに長野送りの途をたどっている。

 そして、4月末から定期運用に復帰して最後の活躍を見せてきた、最後の一編成H7編成についても「さよなら中央線201系」キャンペーン<第2弾>と銘打って“さよなら運転”が行われることが、6月17日に発表された。

 そのキャンペーンの期間は来月の1日からとなっているが、実際に“さよなら運転”が行われるのは、7月25日からのようである。こうなると、H7編成も定期運用から離脱し、“さよなら運転”に備えることとなるが、いったいいつまで定期運用に就くのかということが気になる。キャンペーン期間に入る7月になったらすぐに離脱するのか、あるいは“さよなら運転”開始直前まで、定期運用で頑張るのか、ということである。

 なぜ定期運用の終焉が気になるかといえば、私は“さよなら運転”というものにどうも興味が持てないので、定期運用からの離脱をもって201系の「見納め」としようと思っていたからである。

 だいたい、<第1弾>にしても<第2弾>にしても、“さよなら運転”の旅程はいずれも三鷹以西となっており、私が日常利用する区間には入って来ない。日常の区間をはみ出てまで、乗りに行ったり撮りに行ったりするのはどうかなという気がしていた。

 また、<第1弾>も<第2弾>も、最終ツアーの区間は豊田から松本までということで、ほぼ中央東線を走破することになり話題にもなっているが、これもどうなんだろうと思ったりしている。何が悲しくて、景色の良い「山線」をロングシートの車両で往かなければならないのかと思う。せっかく「山線」に乗るなら、特急列車のゆったりとしたシートに身を沈めるか、せめて115系のボックスシートに座って車窓を楽しみたいものである。

 こんなことを書くと「オマエ、本当の201系ファンじゃないナ」と言われそうだが、私はこの最終ツアーに関しては正直そう思う。でもきっと、ファンの間では201系が「山線」に入るのは「レア」だということで、乗るのも撮るのも盛り上がるのだろう。

 それはそれで事故なく勝手にやってもらうとして、私はやはり、H7編成が定期運用に就いているうちに「見納め」をしたいと考えていた。

 しかし、先に書いたように、その定期運用がいつまでなのかということがはっきりしない。また、3月のダイヤ改正のときみたいに、何の前触れもなく運用を離脱してしまうかもしれない。

 もちろん私は、こないだから201系を見送るときは毎回「これが最後」という想いで見届けている。どんな場所でも、オレンジの車体が見えなくなる最後まで見送ってきた。

 それでも、きっと愚かな私のことだから、ある日突然の定期運用離脱を迎えたときには「いやぁ、まさかあれが最後になるとはねぇ」とか言って、またわざわざ豊田車両センターまで離脱後の201系を見に行ったりしだすかもしれない。挙句の果てには、結局“さよなら運転”を見に行ってしまうかもしれない。そして、集まった人の多さやマナーの悪さに辟易して、嫌な気分になって帰ってくるのだろう。

 そんな想いをするのは嫌だ。だから私は、自分で「見納め」の日を作ることにした。そしてそれを、昨日の6月19日と定めた。きっと、6月20日にH4編成が完全引退となれば、ファンは「次はH7編成だ!」とか言って、今まで以上にH7編成が注目を浴びるだろう。そうなる前に私は、ひっそりと「見納め」をしておきたかった。

 その「見納め」の場所は、今まで何度も201系を眺めてきた東中野の桜並木と決めた。私のお気に入りとなっている場所である。そこで「見納め」をすれば、思い残すこともないだろうと考えた。

 それで昨日の夕方、私は休日にも関わらず通勤経路をたどって、夕刻前の東中野駅に降り立った。

 黒々とした葉桜の並木の下を抜け、いつもの跨線橋に駆け上がる。幸いにして、橋上にカメラを持った人の姿はなかった。予定通り、ひっそりと「見納め」ができそうである。

 橋上には白く曇った空と、ムシムシとした大気が在った。そこに時折、弱い日差しがぼんやりと注いでくる。すると突然、辺り一帯に光化学スモッグ警報の発令を告げる声が響き渡った。

 そんな景色の中、まずは中野方を向き、上り東京行きとしてやって来る201系を待ち構える。今まで朝の青い空、夕刻のオレンジの空を見てきたこの場所であるが、この日は何とも冴えない空である。でも「今日が見納め」と決めたからには、もはやどんな空でも良い。

 やがて201系の姿が見えてきた。すると、緩行線上りのE231系の姿も見えてきた。珍しく併走してくる。複々線区間という場所で、いつか私は201系と緩行線電車の併走を捉えたいと思ってきたが、最後の最後にそれが叶った。
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 とは言え、それとてもこれまで数え切れないほど繰り返されてきた光景なのだから、今さら取り立ててどうこう言うものでもない。でも、私の「見納め」にはちょうど良いことであった。

 振り返って葉桜をかすめるオレンジの車体を見送り、私の「見納め」第一弾は終わった。
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 ところで、話は少しそれるが、私が跨線橋に着いたときにちょうど通りかかかった近所の中学生三人組が、この橋上から東京スカイツリーが見えるのだという話をしていた。それで新宿方を見てみると、確かにちょうどビルとビルの間に、うまい具合にスカイツリーの姿が見えた。
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 もっともこの日は、光化学スモッグ警報が発令されているくらいであったから、白い塔はずいぶんぼんやりとしていた。そのうち、スカイツリーが完成したら、冬のよく晴れた日にでもまた眺めに来たいと思う。

 さて、いよいよ「見納め」の最後として、私は東京から折り返してくる201系を待つことにした。ただ、折り返してくるには三十分以上かかるし、光化学スモッグ警報も発令されている。201系を待つ間に私自身がヤラれてしまっても困るので、一旦駅前の喫茶店に退避することにした。蒸し暑くて喉も渇いていたのでちょうど良かった。

 その後、201系がやって来る五分くらい前に跨線橋へ戻った。最後のアングルは決まっていた。桜並木の横を往くオレンジの車体である。花の咲くときに捉えられなかったという心残りはあるにせよ、今の時期のどんよりとした黒い葉桜の横を往く姿でも、残しておくことに価値はあると思った。

 前走りのE233系が過ぎ、そろそろ201系が来るだろうと待ち構えたが、若干遅れているのか、なかなか姿が見えなかった。その間に私は「これが最後だ」と気を引き締めた。

 そして、いよいよそのときは来た。しかし、気負い過ぎた私は、シャッターのタイミングを逃してしまった。
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 自分で緊張感を高めておき、その所為で機を逸するとは、どれだけ間抜けなんだと私は自分を嘲ったが、すぐに振り返って去り行く姿を見送った。
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 そして201系は、架線柱の横ポールの間に間に、オレンジの姿を消した。最後の最後に失敗をして、やり直したい気持ちはあったけれど、自分で「見納め」と決めたことだから、もうやり直しはしない。私は、201系が過ぎ去ったばかりの線路を見つめながら「これでいい」と思った。
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 それからしばし跨線橋に佇んだ後、東中野駅へと歩を進めた。

 これで私の、201系を追う日々は完全に終わった。もう、中央快速線の201系を追いかけることはないし、このブログに「今日も201系を追いました!」とかいう記事を載せる必要もない。もちろん、今までに撮った201系の姿がこのブログに載ることはあるかもしれないが、今日以降、新たに201系を撮って記事にすることはない。私はそう決めた。

中央快速線201系電車 中央本線東中野駅~中野駅にて 2010.6.19



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by railwaylife | 2010-06-20 12:40 | 201系 | Comments(0)

定番に挑む

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 中央本線御茶ノ水駅の西側、外堀に架かるお茶の水橋からの駅の眺めは、いわば「定番」である。

 堀端に停まる中央快速線の電車、特異なアーチを描く聖橋、そして運が良ければ堀を渡る丸ノ内線の電車と揃う。さらに、日が暮れれば、背後にビルの夜景を従えた聖橋が幻想的にライトアップされ、夜の街並を彩る。

 そんな夜の鉄道風景はあまりにも有名で、言ってみれば「絵葉書の写真」のようなものだ。そういう写真を、腕も機材も拙い私が真似をすると、自分の性格みたいにぼんやりしたものになって、一人でがっかりする結果になることは見えている。

 それでも私は、中央本線で通勤するようになって201系を追い始めてから、一度はこの夜のお茶の水橋で、201系を捉えたいという衝動に駆られていた。

 と言っても、どうせ撮ってもろくな結果にならないのだから、やめときゃいいのに、という気持ちもあって、撮りに行く機会はなかった。そもそも、御茶ノ水駅は通勤の経路外でもある。

 しかし、昨日は悪いことに、201系が日没後25分でこの御茶ノ水駅上りホームへやって来ることになっていた。それを嗅ぎ付けた私は「日が沈みたての夜空の下で撮るのもいいな」などと思い立ち、気が付くと仕事帰りの中央緩行線を御茶ノ水駅まで乗り越していた。

 私がお茶の水橋に着いたのは、201系が来る三、四分前であったが、すでにそこには、堀越しの駅に向かってカメラを構えた人が、四、五名居並んでいた。私は少し驚いたが、ここは「定番」なんだから無理もないと思い直した。それで、平静を装ってカメラの列の一番端に立ち、おもむろに鞄からカメラを取り出した。

 それにしても、人通りの多い宵の口のお茶の水橋で、何人もがカメラを構えているのは何事かという感じであったが、それはカメラを構えた当事者になっている側の自意識過剰で、通りがかりの人は別に何とも思わないのかもしれない。あるいは最近は、夜な夜な201系を狙う人々が現れ、もはや橋上のカメラマンは日常風景になっているのかもしれない。とは言え、通行の邪魔にならないようにだけは気を付けなければならない。

 さて、待つほどもなく201系はやって来た。わずかな停車時間の間に「定番」の景色を狙う。私は、一応夜景も綺麗に撮れるという触れ込みで買ったコンパクトカメラを橋の欄干に据え、手にはもう一つ別のカメラを持つという二台体制で挑んだ。

 結果としては、手持ちのカメラの方がまだましだったかなという印象であるが、やはり、何となくぼんやりとした写真になってしまった。

 それでも、愚かにも「定番」に挑んだ私の記録として、また、引退直前の201系を執拗に追う私の記録の一枚として、ここに一応掲げておきたい。

中央快速線201系電車 中央本線御茶ノ水駅にて 2010.6.10



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by railwaylife | 2010-06-11 07:21 | 201系 | Comments(0)

入梅前

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 明日は暦の上で入梅だという。これはてっきり二十四節気の一つだと思っていたが、正確には雑節というものらしい。

 どちらにせよ、梅雨入りは近いわけで、実際天気予報でも、週明けには関東で梅雨入りか、と伝えている。

 今年の梅雨はしっかり降るのか降らないのか、長いのか短いのか、そんなことはわからない。ただ、今までよりジメジメした日々が多くなることだけは確かなような気がする。

 そういう時期が続いて、ようやく梅雨が明けようという頃には、あの中央快速線201系は、もはや定期運用から離脱しているかもしれない。

 そして愚かな私はまた、桜の時期に201系が走らなかったときみたいに「この夏空の下でオレンジの車体を見送りたかったものだ」とか言うのだろう。

 そんな自分の心がみえみえだった私は、入梅前の日差しの下で、201系をしっかりと眺めておいた。

中央快速線201系電車 中央本線東中野駅~中野駅にて 2010.6.10



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by railwaylife | 2010-06-10 23:30 | 201系 | Comments(0)

夕暮れ通勤快速

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 東中野の跨線橋は、空が広く見えて気持ちが良い。それで私は、桜並木の花が終わってからも、朝な夕なにちょくちょく訪れている。

 この跨線橋から中野方を見ると、晴れれば朝には青々しい空があり、夕にはほんのりとオレンジに染まる空がある。方向としては真西であるが、今の時期に日が沈むのはもっと北西で、夕日の姿は見えない。けれども、うっすらと染まる夕空に惹かれたりする。

 そんな夕暮れの東中野で、一度で良いから201系を見送りたいと思っていた。いや、そんな光景は、この三十年の間に何万回、何十万回、何百万回と繰り返されてきたのだろう。だが、あいにく私がこの跨線橋の魅力にはまったのは、つい三ヵ月ほど前のことだ。だから、ここで夕暮れ時の201系を捉えるのは、なかなか難しいことになっていた。

 しかし今日、仕事を終えて荻窪駅に行くと、今しも201系が東京方へ出て行くところであった。これには驚いた。

 もちろん、このところ毎日のようにネットで201系の運用をチェックしてはいるが、今日は朝から中央快速線のダイヤが乱れ、運用の変更などが発生してぐだぐだになっていたので、もうチェックするのが面倒になっていた。

 そんなところに偶然201系が現れたので、私はチャンスだと思った。こいつが東京まで行って、折り返してくるところを東中野で出迎えれば良い。何とか、日没までには間に合うだろう。そう考えて緩行線の上りに乗り込んだ。

 途中、夕日に魅せられて阿佐ヶ谷駅で無駄足を食ってしまったものの、何とか201系が来るまでには東中野の跨線橋にたどり着いた。

 201系が新宿を発つのが18時50分、中野に着くのが18時54分、今日の日没が18時51分で、まさに日が沈まんとするときに201系は東中野を通過することになっていた。

 かろうじて夕焼けの色を残した空に向かって、201系は車体の色を暗くしながらやって来た。青梅行きの通勤快速であった。都心から都下へ、多くの帰宅客を乗せ、201系は走り行く。それはまさに、通勤電車という使命を帯びた姿である。

 まだ、201系は日常の中にある。

中央快速線201系電車 中央本線東中野駅~中野駅にて 2010.6.1



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by railwaylife | 2010-06-01 22:44 | 201系 | Comments(0)

堀端を往く

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 江戸城の外堀に沿って走る中央本線飯田橋-四ツ谷間は、都内のJR線の中でも特異な眺めだ。この区間に乗ると、ついつい水辺の風景に見入ってしまうものである。

 幅の広い堀を横目に往く通勤電車は、さながら山間の大河の流れに沿うローカル列車のようでもある。

 それで私は、この堀の眺めを、どこか遠くの名も知らぬ川の流れに見立てて、自分の「旅心」を慰めていた。

中央快速線201系電車 中央本線飯田橋駅~市ヶ谷駅にて 2010.5.30



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by railwaylife | 2010-05-30 22:31 | 201系 | Comments(2)

五月空2

 先週の金曜日も良く晴れて、東中野で気持ちの良い青空を見上げたが、今日も朝から好天となった。私はまた、通勤の途中に、そして昼休みに、青空が広く見える線路端に立ち寄った。そこで、五月空の下を往くオレンジの車体を見送った。

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1枚目 中央本線中野駅~高円寺駅にて 2010.5.28
2枚目 中央本線荻窪駅~西荻窪駅にて 2010.5.28



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by railwaylife | 2010-05-28 22:26 | 201系 | Comments(0)

五月空

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 雨上がりの今朝は、雲ひとつなく晴れ上がった。

 こんな日は、青い空を見上げたいと思った。それで出勤途中に、空が広く見える東中野の跨線橋へ迷わず向かった。

 少し汗ばむくらいの強い日差しの中、跨線橋へ上ってみると、真っ青な空が在った。ただ、あまり澄んではいない。冬晴れのようだった先週木曜日みたいに、遠くの山並が見えることもない。しかしそれが、夏の空を想わせた。

 そんな空にすっかり魅せられたので、カメラを構えて次々と行き交う通勤電車を狙っても、空の青をできるだけ多く収めたいと思い、電車の姿は次第に隅へと追いやられた。

 今日の主役は、青空であった。

中央快速線201系電車 中央本線東中野駅~中野駅にて 2010.5.21



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by railwaylife | 2010-05-21 23:58 | 201系 | Comments(0)