江戸ヲ称シテ東京ト為ス

 慶応四年(1868)七月十七日(西暦では九月三日)、明治天皇より「江戸ヲ東京ト称ス」の詔書が発せられた。

 詔書というのは天皇が発する公文書で、広く国民に公示されるものだという。

 この詔書の中で江戸は「東国第一の大鎮四方輻輳の地」と位置付けられ、その江戸を東京と改め、明治天皇が東京で政務を執るという宣言がなされている。

 つまり、今日平成三十年(2018)九月三日で、東京が誕生してちょうど百五十年が経ったということになる。

 その東京が誕生した慶応四年(1868)七月といえば、江戸もまだまだ政情不安定な時期だったであろう。江戸城が開城されたのが四月、上野の彰義隊が鎮圧されたのが五月、そして東北では戊辰戦争がまだまだ続いていたときである。それでも「御一新」が次々と行われていたわけであるが、当時江戸に暮らしていた人々は東京という名をどう思っただろうか。使い慣れた江戸の名がいきなり東京に変わるとなったら、どんな気分だろう。現代では想像の付きにくいことだ。

 でも、このとき江戸が東京とならなかったら、いま何気なく使っている「東京」が「東京」じゃなかったかもしれない。

 東京駅も、東京駅じゃなかったかもしれない。
f0113552_16343329.jpg
f0113552_16345097.jpg
f0113552_16350159.jpg
f0113552_16352659.jpg
f0113552_16354868.jpg
 それを思うと「江戸ヲ東京ト称ス」の詔書は大事なものだ。

 さて、その東京誕生百五十周年のこの時代に生きる私が想うのは、百五十年後も東京が人の住める街であってほしい、ということである。

 ちょっと極端な話かもしれないが、最近の異様な気候や災害を考えればまんざら杞憂でもない気がする。

 それに、住めるといってもただ住居があればいいということではない。東京の文化や、歴史や風習が息づいた上に人々の暮らしが続いていてほしいということである。

 だから、誕生百五十年の東京に生きる身として、さらに百五十年後の東京のために、できることを探していきたい。

by railwaylife | 2018-09-03 00:00 | その他 | Comments(0)
<< 西武2018夏 夏はあけぼの >>