私にとって最も身近な大河である多摩川にはいくつもの鉄道橋梁が架かっているが、みなそれぞれに思い入れがある。
この関戸を通る京王線多摩川橋梁も、大学時代の通学で幾度となく渡った思い出の橋梁である。
長かった通学路の中で、この橋梁は一つの転換点であるように思えた。下り電車で多摩川を渡り切り対岸の聖蹟桜ヶ丘駅に着くと、ずいぶん遠くへ来た気がしたものであった。
ただ、橋梁を渡るときの風景にはさほど思い入れがなかったように思う。今ここを日常的に通っていたらきっと「橋梁の上に広がる空が心を開いてくれる」などと言ってありがたがっているだろう。
でも、大学生のときはそういう感覚がなかった。ぼうっと見送っていただけのような気がする。
そう思い返してみると、大学のときはいったい何を考えて生きていたんだろうと不思議になってきた。
いや、もちろんそのときはそのときでいろいろと懸命に考え、生きていたことだろう。
そんな過去の自分があってこそ、今の私がある。
京王
8000系電車 京王線中河原駅~聖蹟桜ヶ丘駅にて 2014.10.24