遠くへ行きて想うこと

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 先週土曜日から三日間、九州は福岡を訪れていた。

 最近、遠くへ旅すると想うことが二つある。

 一つは、日常の自分がいかに狭いところで小さくなって生きているかということである。

 世の中は広く、自分が普段過ごしている場所はその中のごく狭い範囲である。そのことはもちろん頭の中では常にわかっている。しかし、日常に縛られていくうち自分のいる場所が世界のすべてであるかのように縮こまってしまうことがある。

 そういう思い込みは、旅に出て遠くへ行けばあっさりと打ち破られる。世の中は何と広いことだろうか。空や山や海がどこまでものびのびと続いている。その風景を眺めていると、自分の心ものびのびとしてくる。そして、普段の自分がいかに縮こまって生きているかを知ることにもなる。

 そんなふうに私の心を解放させてくれる風景は、何といいものだろうとも思う。格別にいい風景でなくていい。絶景でなくていい。いつもと違う風景に、ただただ憧れる。

 しかしここで、もう一つ想うことがある。

 そうやって憧れを抱く風景は、その場所のほんの一瞬の風景に過ぎないということである。例えば今回であれば新緑の風景はあちこちで見られたが、同じ場所の紅葉や、落葉して枝だけになった風景を見られるとは限らない。そのことが何だか虚しく感じられる。いいなと思った場所の移ろいを、私は知ることができない。

 でも、日常を過ごす場所ではその移ろいを手に取るように知ることができる。毎日眺めることができるからである。それは、何とありがたいことだろうかと思う。

 こうして、遠くへ旅することによって自分の日常を改めて知ることとなる。それはとても貴重な機会である。だから私は、旅の思い出を大事にしたいといつも思っている。

 ただ、大事にし過ぎて、なかなかこのブログに旅の思い出を掲載することができないでいる。今回の旅の思い出もいつ載せられることやら、と思っている。

 でも、別に焦る必要はないといつも自分に言い聞かせている。旅の思い出は、じっくり楽しみながら振り返るものだからである。


JR九州787系電車・885系電車 鹿児島本線博多駅にて 2014.4.28
by railwaylife | 2014-04-30 23:40 | | Comments(0)
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