早春伊豆の旅

 2月の初めのこと、用事があって奥さんと二人で千葉へ出かけた。

 その帰りがけ、千葉駅のホームで東京方面の総武線快速電車を待っていると、E259系特急「成田エクスプレス」が通過した。

 普段私が山手貨物線あたりで目にするE259系は6両編成ばかりであるが、この辺りではみな12両編成である。その長さを見送りながら一人で悦に入っていると、奥さんが「この電車に乗ってみたい」と言い出した。

 私としても望むところであったが、このE259系は成田空港へ向かう列車である。いまの私たちには縁がない。

 ただ、最近は別の行先に向けても走っている。伊豆である。

 それで私が「この車両はいま、伊豆の方へも行っているんだ」と説明すると、奥さんは「じゃあ、それ」と言った。

 そんなわけで、翌週末に伊豆行きの列車の指定券を取り、その一ヵ月後に私たちは伊豆の旅へ出かけることとなった。3月9日土曜日のことである。




 伊豆へ向かうE259系は、東京発伊豆急下田行きの特急「マリンエクスプレス踊り子」号という列車である。
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 このE259系が妙に気に入って長く見続けてきたが、ついにその車内に身を置き、その走りに身を委ねることとなった。格別の想いで、東京駅を旅立つこととなった。

 初めて動くE259系に乗ったが、その走りは実に滑らかであった。私の身贔屓があるのかもしれないが、乗っていて何とも心地よく感じられた。ただ、臨時列車の宿命として、なかなかスピードが出なかった。定期列車に挟まれダイヤが窮屈になっているためだろう。そんなところにもどかしさもあったが、別に急ぐ旅ではない。のんびりとE259系の走りを味わえば良いだけであった。

 やがて都内の区間を抜け多摩川に差し掛かると、空が広く見えてきた。春霞の空だ。奥さんが「いつの間にか春の空になったね」と言う。

 神奈川県に入ると速度も心地良く上がり、横浜駅を発車すれば車窓に梅花も増えてくる。この時期の風景にはあたりまえにある花だが、それを車窓に眺められるありがたさを想っていた。

 その途中、奥さんとなぜ私がE259系という車両を気に入っているのかという話になった。簡単に言えばそれは、昔ながらの特急車両の容姿を継承しているからである。九州出身の奥さんにわかりやすく言うと「RED EXPRESS」に形が似ているから、ということである。奥さんもそれで大いに納得していた。

 やがて相模に入ると、空はなおも霞んできた。右窓にちらっと見えるはずの富士山の姿もまったくない。でも、それが春らしさでもあった。

 平塚を過ぎると車窓がのどかになり、春がさらに深まってきた気がした。ただ、ここまでずいぶんと早く感じられた。

 そして小田原を過ぎれば、私の一番のお気に入りの区間である。相模の海の見えるところだ。襟を正すような気持ちになって、その車窓風景を待った。

 程なく現われた海原は、春の日に照らされ一面銀色であった。その日差しに、青色はだいぶ吸い取られてしまったかのようであった。でも、そんな眺めが春の海らしかった。これまでこの辺りには春先に来ることが多かったが、今年もここで春を感じることができた。

 海の眺めが終わって車窓への緊張が解けると熱海駅停車である。すでに列車は静岡県に入っていて、この先は伊東線を行くことになる。いよいよ伊豆半島を南下してゆく。

 その伊東線に入ると、列車の走りがだいぶ変わった。トンネルやカーブが多く、これまでのようにスピードが出せない。また、伊東から先の伊豆急行線の区間も含め単線なので、駅々で対向列車との交換のための停車も多かった。それで、これまで快調に進んできたE259系の旅もだいぶのんびりとしたものになってきた。列車はときに深い谷を渡り、入り江をかすめ、海岸に出たりしながら伊豆半島を南へ南へと向かう。その車窓には、早咲きの桜があちらこちらに見られた。
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 そして稲取の近くまで来ると、線路は海原の広く見えるところへ出た。太陽の位置や海を見る方向が変わった所為か、相模で見た海と違い伊豆の海は実に青々としていた。
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 さて、せっかく念願のE259系に乗車できたのだから、終着の伊豆急下田までたっぷりとその乗車を楽しむべきではあったが、私たちは一つ手前の停車駅で下車した。河津である。

 今回の旅はここへ来るのが目的であった。その理由は降り立ったホームから下を覗けばすぐにわかる。
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 早咲きの桜、河津桜を見るためであった。長年、奥さんが「見たい」と言っていた桜である。

 駅前から線路沿いに続く桜並木には菜の花も咲き、この日はかなりの人出であった。
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 さらにその道がぶつかる河津川沿いにも並木は続く。そこに、花と人の波が延々とあった。
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 花はたくさんあった。もったいないくらいにたくさんあった。ただ、この早咲きの花を見るには暑過ぎるくらいの気温であった。体感的にも20℃以上はあったと思う。

 でも、花のある風景にいっぱいの春を感じることができたのは、本当にありがたいことであった。

 ところで、桜並木に沿った道にはさまざまな出店や出し物があったが、私たちはただぶらぶらと歩くだけであった。そして、河津川の河口まで出た。そこでしばらく海を見ながらぼんやりとした。
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 そうこうしているうちに昼もだいぶ回ったので、事前に目をつけておいたお寿司屋さんへと向かった。川沿いを少しさかのぼったところにある店だったが、行ってみるとすでに暖簾がしまわれ、店の入口は閉じていた。もしかしたら混雑でネタ切れして早仕舞いしたのかもしれない。店の前には、私たちと同じように閉店にがっかりする観光客の姿が何人もあった。

 残念だったが、気を取り直しさらに花見を続けた。そして歩きながら、桜並木近くの道沿いに並ぶ出店も冷やかし食べるものを探した。だが、これといったものは見つからなかった。

 そんなことをしているうちに、二人とも人混みに疲れてきてしまった。それで河津駅へと戻ることにした。河津駅から電車に三駅乗れば伊豆急下田駅だから、そっちへ行って食べるところを探してもいいかなと思った。

 しかし、駅へ戻ってみると次の伊豆急下田行きまで少し時間があった。それを待つのもどうかなと思いつつ混み合う駅の中をうろうろしていると、入口の隅にあった弁当屋さんにちょうど売れ残りの弁当が二つあるのが目に入った。おいしそうな釜めしであった。そこで昼食は決まった。

 売店でお茶も買い、駅の喧騒を後にし、桜並木とは反対側にある小さな公園へ向かった。河津に着いて最初に見つけておいた場所である。

 人もまばらな公園でのんびりと駅弁を食べ、ぼんやりと過ごした。その公園にも桜はわずかだがあった。花があふれんばかりの並木の桜を眺めるのもいいが、わずかな花をゆったりと眺めるのもいい。そんな過ごし方が、私たちの旅のスタイルでもある。
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 そうやって帰りの列車までのひとときを過ごし、適当な時間になったところで駅へと戻った。

 さて、帰路に選んだのは251系特急「スーパービュー踊り子」である。
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 以前に一度展望席に乗ったことがあったが、なかなか面白かったので今回もそこに乗ることとした。

 ただ、席が取れたのは前から二番目の席であった。この席は、ちょうど目線の高さに正面窓上の横枠がくるようになっていて、先頭の座席ほど眺めは開けていなかった。それでも、前面展望を十分に楽しめる席であった。

 河津を出た列車は、日の傾きかけた伊豆の山間を北へと向かい走った。

 伊豆急行も伊東線も、山間を往くだけに勾配やカーブは多い。だが、何か劇的なカーブや勾配があるわけでもない。あまり地形に根ざした線路の敷き方ではないからであろう。深い谷は高い橋梁で跨いでしまう。

 そんな中で面白いと思ったのは、西へ向かう区間があったということである。時間が時間だけに、その区間では展望窓が金色に染まった。
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 ひたすら伊豆半島の北を目指していると思っていただけに、これは面白いことであった。それにしても、前面窓の汚れを見てわかる通り、この日は黄砂ひどかったようだ。

 伊東からJRに入り、さらに熱海からは東海道本線に入った。

 一日良い天気だったが、この夕方になって雲が増えてきてしまい、くすんだ夕暮れになってきた。相模の海沿いの風景も冴えないものとなってしまったが、展望席からまたここの風景を眺められるというだけで嬉しいことであった。

 海沿いの区間も終わり小田原を通過すると、列車はガッシリとした複々線区間へ入った。走り方も伊豆のときとはだいぶ変わり安定してくる。もちろん、線形に合わせて速度の上下はあったが、何だか抑揚のない走り方ではあった。

 そんな走りを感じているうち、窓外は次第に薄暗くなってゆく。でも、だいぶ日が伸びたなあという気がしてきた。

 ところで、展望座席には照明があまりない。座席の頭上に間接照明があるくらいだ。それで、外が暗くなるにつれ車内も薄暗くなってきた。暗くなったからといって照明を増やすわけにもいかない。運転席との間に何も仕切りがないので、車内を明るくするとそれが正面の窓に映り込んで運転がしづらくなってしまう。そんなわけで、普段とはちょっと違う雰囲気の車内で夕暮れ時を過ごすことになった。

 次第に車窓が明るみを失くしていく中、前面展望に目立つようになったものがあった。シグナルの光である。

 場内信号などの一部を除き、行く手のシグナルは常に青色を指す。その青色が夕闇の藍色の中で妖しく灯る。そしてその光は、この列車の進む二条のレールの一部を照らし、闇に浮かび上がらせる。そんなレールを見るのが楽しくなってきた。きっと、寝台特急の運転席からもこんな光景が見られるのだろう。

 光あふれる横浜駅を過ぎると、列車は品鶴線に入る。この「スーパービュー踊り子」は新宿・池袋を経由して大宮まで行く列車である。

 品鶴線の車窓は意外と暗い。鶴見川や新鶴見の操車場跡地は明かりがない。多摩川を渡ってからの新幹線との併走区間も切り通しの底で、灯は少ない。この辺りは明るい方が面白いと思う。奥さんも帰路は疲れて眠っていたので、展望席はまた改めて乗ってみたい。

 品鶴線から山手貨物線に入れば、旅もいよいよ終わりである。私たちは新宿駅で下車する。渋谷駅に停車しないのが恨めしかったが仕方ない。

 その渋谷駅を通過する手前、東横線のトラス橋梁をくぐった。折しもその橋梁を5050系電車が渡ってゆくが、もう一週間後にはここに電車が走ることはなくなっている。そんなところまで来ているんだなあと改めて思った。

 渋谷を過ぎた列車はやがて減速し、ちょうど原宿駅のあたりで完全にストップしてしまった。同じ線を走る埼京線の電車が遅れているようであった。降りる直前で焦らされることになった。

 ようやく動き出し、列車は新宿駅の場末の5番線に到着した。そこで、この短い春の旅は終わりを迎えた。

by railwaylife | 2013-04-14 11:10 | | Comments(2)
Commented by HERO at 2013-04-14 15:12 x
こんにちは。
581系以来のデザインは、JR各社が上手く昇華しているように思います。E259系以外では、651系・E351系・285系・287系・681系・683系・789系が挙げられます。よいものは時代を超えて継承される典型だと思います。
Commented by railwaylife at 2013-04-15 21:51
HEROさま、こんばんは。
コメントありがとうございます。

子供の頃に、特急車両といえばこの形、と国鉄型特急車両のデザインを刷り込まれた身からすると、JR各社で今もこのデザインが継承されているのは嬉しいことです。

581系から始まる国鉄型特急車両のデザインがいかに優れていたかということの証だと思います。
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