早春荏原の旅

 2013年2月最後の金曜日であった22日は、一日休みを取った。

 特に用事もなかったので、日帰りであればどこへでも好きなところへ出かけられた。

 そういう状況で私が出かけたのは、自宅から比較的近いところで以前から行きたいと思っていた場所であった。しかも、この早春の時期にしか見られない風景のある場所であった。

 近いところというのは、いつでも行けるという気持ちもあってなかなか行かないものだ。たとえその時期しか見られない風景があったとしても、また来年行けばいいやという気にもなる。

 だから、あえてこの日は近場の旅を選んだ。




 その最初の目的地は、大田区池上にある池上梅園である。
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 ここで梅の花を愛でようという魂胆であった。

 傾斜地となった敷地に約370本の梅のあるこの梅園は、電車ではちょっと行きにくいところにある。でも、東急多摩川線の矢口渡駅からぶらぶらと歩きを楽しみつつここまでたどり着いた。

 花は咲き始めであった。それで訪れた人からは「まだ二、三分咲きだ」とか「満開はだいぶ先だろう」なんていう声が聞かれた。

 だが、私にとっては何分咲きでも構わなかった。満開でなくても良かった。花が咲いているというだけで十分であった。

 そもそもこの梅の花は、桜や桃などさまざまな春の花に先駆けて咲く。だから、満開になったとかならないということよりも、咲いたか咲いていないかということが大事なんじゃないかと思う。梅が咲いたというだけで、いよいよ春が来たと思えるものである。

 そんなことを考えながら、園内を散策した。
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 すっかり梅花のある風景を満喫したところで梅園を後にし、目の前にある国道1号線を走る東急バスに乗った。

 以前に300系を撮るため何度か訪れた馬込で東海道新幹線をくぐり、バスは東急大井町線の中延駅前に着いた。ここで下車し、大井町線で大井町駅へ出た。そして駅前のビルで昼食をとり、また東急バスに乗った。




 次に向かったのは、京浜急行の新馬場駅である。

 かつて東海道品川宿のあったこの辺りには寺社が多い。その中のひとつ、荏原神社に咲く寒桜を見に行った。

 この社に寒桜が咲いていると知ったのは前日のことであった。スマホでニュースサイトを見ているとき、偶然にもそのニュースを目にした。それで、この日の旅程に組み込まれることとなった。

 新馬場辺りには何度も来ていたが、荏原神社を訪れるのは初めてであった。
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 目黒川に面した小さな境内に、寒桜は咲き誇っていた。ずいぶんと色の濃い花である。
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 その花に見とれていると、木の下にいたおじいさんが声を掛けてきた。

 このおじいさんは桜のことについて非常に詳しく、ここの寒桜にまつわる話から桜の生態、都内の名所などについていろいろと教えてくれた。話を聞いているうちに、もしかしたらこの寒桜の化身か使いではないだろうかという気がしてきた。

 それで話をありがたく聞いていたが、いつしか内容はおじいさんの身の上話になり、延々と続いた。結局、一時間半くらい、この寒桜の下で物語を聞くことになった。その間、ずいぶん大勢の人がこの花を見に来ていた気がする。そして、朝から薄曇りで日差しもあった空がいつしかどんよりしてきてしまい、花も表情を暗くしてきた。

 次に行きたいところもあったので、その身の上話の切りのいいところで「すいません、これから予定があるので」と言って桜の下を離れた。寒桜の化身か使いかもしれないなんて思っていたから、どうも話を切りにくい雰囲気であった。だが、この寒桜の下でこのおじいさんに出会うことは宿命づけられていたような気もした。




 気持ちも新たに新馬場駅から京浜急行の普通電車に乗り南下した。都内区間の高架化が完成してから数度しか乗っていないから、車窓を眺めるのが新鮮なことであった。

 その新しい高架化区間の途中にある梅屋敷駅で下車した。文字通り、ここにも梅園がある。

 梅屋敷公園である。
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 安藤広重の「名所江戸百景」にも梅の名所として登場するこの蒲田の梅屋敷では今でも梅花を眺めることができる。ただ、公園は意外に小さく、梅の木もそんなにたくさんあるわけではない。それでも、歴史を感じながら花を十分に楽しむことができた。
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 一旦は曇った空もまた晴れてきて、花の明るい表情を見ることもできた。

 この日二ヵ所目の梅花を堪能したところで梅屋敷駅へ戻り、上り電車で品川方面へと向かった。




 この後は特に予定がなかったが、そのまま品川駅へ出てしまうのはちょっともったいない気がした。

 それで思い立って、一つ手前の北品川駅で下車した。

 この駅のすぐ近くに品川神社という大きな社がある。富士塚のあることでも知られるところだ。そこへ何となく寄ってみたくなった。
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 第一京浜に面した入口から石段を上って行くと、ここにも白梅が咲いていた。
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 花のあることは知らなかったが、期せずして三ヵ所目の梅見ができた。

 ちょうど夕日に照らされ、白い花がほんのりと紅味を帯びてきた。その表情が、この旅を締めくくるのにふさわしい気がした。




 こうして、近くの早春を探す旅は終わった。この日は風も弱くてさほど寒くもなく、春を感じるにはちょうど良い一日であった。

by railwaylife | 2013-03-24 21:15 | | Comments(0)
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