LSEの旅

 この春は東急東横線の変化ばかりに目が行きがちであったが、都内の私鉄ではもう一つ大きな変化がある。

 3月23日に行われる小田急小田原線代々木上原-梅ヶ丘間の地下化である。

 同じ地下化でも、この区間の地下化は東急東横線の渋谷-代官山間とは少し意味合いが違う。その違いの一つは、踏切の「除去」による交通渋滞の緩和、交通安全の向上である。

 こう書くと踏切の「除去」はいいことばかりのように感じられるが、そうではない。踏切にもそれぞれ歴史があるという。そんな歴史を持った踏切が、この地下化区間では一気に九つも消え去ってゆく。

 その歴史をこれまで丹念に調べ、これらの踏切に格別の思い入れを持ってきた父を誘い、踏切見納めの旅に出た。それは、普段とはちょっと違う角度から踏切を見ておこうというものである。すなわち、ロマンスカーの展望席から踏切の風景を眺めることだ。

 それを実現するため、先月に入ってからインターネットのロマンスカー予約で躍起になって展望席の指定券を求めた。

 展望席の争奪戦にインターネットで手軽に参戦できるようになったのは良いものの、その戦いはなかなか熾烈であった。発売日時を過ぎると、あれよあれよという間に展望席は埋まっていった。展望席のある列車を探しながら席を選んでいる場合ではなかった。

 結局、下りはいい時間の列車を取ることができず、上り列車の展望席を得ることになった。

 そこでこの旅はまず、小田原へ向かうこととなった。2013年3月2日土曜日のことである。



 久しぶりに横浜から東海道本線を下った。その車中、父から地形の話をずっと聴いた。伊豆半島が本州にぶつかってアルプス山脈ができたという壮大な話である。そういう話を聴いていると、旅の行程が次第に立体的になっていく感じがした。

 小田原に到着し、ロマンスカーの発車時間まで街を少し歩いた。
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 早春の小田原は明るく暖かなイメージがあった。ここは文士町でもあるが、その暖かさを求めてやって来た文豪もいたそうだ。

 そんな文士たちの活動の痕跡を眺めてから、鈎型になった旧街道を歩き、商店街を冷やかした後、駅へと戻った。

 駅弁を買い込んで、ロマンスカーを待った。

 乗車するのはLSEこと7000形の特急「はこね」18号である。
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 ロマンスカーの中では最古参になってしまったが、前面展望は利く車両だ。

 進行方向左手の最前列に座り、12時35分、いよいよ展望の旅が始まった。
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 さて、ここに掲げた小田原駅発車時の写真から約20分間は撮影をしていない。駅弁を食べていたからである。

 小田原から急カーブを経て酒匂川を渡り、新松田を過ぎて谷間に入って行く辺りはなかなか見応えのある車窓である。左手には春霞に包まれた富士山の容姿もあったし、沿線には折しも白梅が盛んに咲き誇っていた。そんな風景を撮影すれば良かったのかもしれないが、私と父は黙々と駅弁をほおばっていた。小田原駅の駅弁で私が一番好きな「おたのしみ弁当」である。その駅弁を味わうのに、この区間の車窓は最高の味付けであった。ここで駅弁を食べておいて良かった。都心に近付き車窓が建て込んできてから食べたりしたら、それこそ「メシがまずくなる」というものだ。

 ただ、この間も線路の勾配やカーブの確認に忙しかった。勾配があればそのパーミルを確認し、カーブがあればその曲線半径を確かめた。そして「いい勾配だ」とか「いいカーブだ」とか言いながら駅弁を食べていた。

 ようやく食べ終わると、列車は鶴巻温泉駅に差し掛かっていた。
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 ここからもしばらく、勾配とカーブがいい具合に続いた。

 ふつうの電車に乗って側面の車窓から見て感じるよりも、ずいぶん勾配やカーブが多いんだなあということに改めて気付かされた。

 でも、そうやって地形に従いながら敷かれている線路を往くのは、心地よいことに想われた。

 ただ、進むにつれ次第に高架区間が多くなり、建物も増え、梅花が減ってきた。
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 そして登戸駅にさしかかれば、いよいよ複々線区間が始まることになる。

 多摩川橋梁を挟んで、整然と4線の並ぶ区間が続く。幅の広いがっしりとした高架橋に守られたその道筋は、まさに壮大な眺めであった。今までの道のりとは雲泥の差があった。
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 もちろん、この複々線区間にもカーブがあり勾配があった。特に地下の成城学園前駅から高架上へ再び戻るところにある30パーミル超の上り勾配は壮観なものであった。

 しかし、この複々線区間のカーブや勾配には、何か必然性が感じられなかった。それは、地に根ざしたカーブや勾配ではないからかもしれない。味気ないというのであろうか。

 その点、駅弁を食べていた頃の前半の区間には味のあるカーブや勾配があった。まさに駅弁を食べるのにふさわしい区間だったと言えるだろう。

 そんなことを考えているうちに早くも列車は梅ヶ丘駅に差し掛かり、地下へと切り替わる区間が迫ってきた。この旅の目的の場所である。それで、二人ともそわそわしながらカメラを構えた。

 梅ヶ丘駅を通過すると、現在の本線の間に割り込むようにして地下区間の入口が黒い口を開けていた。いつでも電車を呑み込める状態といった感じであった。
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 そんな口を車窓の下に追いやり、こちらは地上区間を往く。ここから父が、ひとつひとつの踏切の名を、まるで弔いをあげるようにして口にした。それに合わせて私も慌ただしくカメラのシャッターを切った。

 世田谷代田の駅を過ぎると、半地下のような下北沢駅に差し掛かる。井の頭線とのX交点を見上げていると、父が「東北沢6号は駅を出たらすぐだからな」と注意喚起する。一番緊迫したところであった。
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 その後はシモキタの街並を目に入れる間もなく、東北沢駅まで連続する踏切の一つ一つに見入った。そして、あっという間に東北沢駅に差し掛かった。

 この駅を過ぎれば高架へ浮上し、代々木上原駅が見えてくる。本線の左側に、地下から這い上がってきた真新しい線路が現れる。それが見えてきたときに父が「こうなっちゃったらもうおしまいだよ」と寂しげに言った。
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 そして、代々木上原駅に至った。左手には早くも終着点のビル群が見えてきた。

 目当ての地上区間の風景は、あまりにもあっけなかった。それで何となく物足りない気もしていたが、最後にもう一つ見所があった。それは、代々木八幡駅へ入るところの急カーブである。このカーブは全線の中でも一番すごいんじゃないかという急なものであった。そして駅自体もカーブ上にあった。よくこんなところに駅を作ったなと改めて思った。父によるとこれは代々木八幡神社の境内を避けるためであるという。

 そのカーブを過ぎれば、いよいよ終着が見えてくる。南新宿駅を出ると、まさに正面にタイムズスクウェアのビルがどんと立ちはだかった。私にとっての日常へ帰ってきた。
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 いや、日常と言ってしまうとつまらない。そこはこの旅のただの終着点に過ぎなかった。

 13時49分、特急「はこね」18号は終着の新宿駅に到着した。小田原から約1時間15分の乗車であったが、本当にあっという間であった。こんなにも1時間15分を短く感じたことは、今までなかなかないことであった。

 その余韻に浸る間もなく、私たちはすぐにJRへ乗り換え、帰途へと就いた。

by railwaylife | 2013-03-21 23:40 | | Comments(0)
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