5月の半ば、ある路線の線路際で目にしたこの花の名を、なかなか知ることができなかった。
いろいろと調べてみたものの、出てこなかった。
そもそも何をキーワードにして調べてよいのかもよくわからなかった。特徴としては色ということになるのだろうが、紫色の花と言ってよいのか、赤色の花と言ってよいのか、青色の花と言ってよいのか、だんだんわからなくなってきた。そしてそのいずれのキーワードでも、この花は引っ掛からなかった。
名前がわからないのでその花と電車を捉えた風景に想いを持たせることができず、記事にすることもできなかった。
別に「名もわからぬ花越しに電車が往く」みたいに書けば済むことではあったのだが、何となくそれもすっきりしなかった。それに、この花はどこか見覚えのある気がしたし、そんなに名の知られていない花ではないように思えた。だから「名もわからぬ」では済まされぬように感じていた。
でもそれゆえに、名前のわからないというのは実に気持ちの悪いことであった。
しかも、この花の名のことが気になり出してから、街のあちこちで同じ花を見かけるようになった。いやというくらいにである。
おそらくどこにでもある花で、今までも季節になれば視界には入っていたのだろうが、意識はしていなかったのだと思う。それが気になりだした途端、急に目に付くようになった。そして、その花を目にするのがだんだん苦痛にさえなってきた。名がわからずに悩んでいる私を嘲笑うかのように、その花が在ったからである。
やがて自宅のすぐ近くにある緑道にも、この花を見つけた。
こんなところにもあるのか、という驚きがあったが、家の近くだけに家族の誰かが目にしているかもしれないと思った。
そこで試しに母に聞いてみた。母は見たことがなかったが、私から話を聞いた翌日にわざわざその花を見に行ってくれた。
するとそこへ、まさに花を植えたという近所のおばあさんがたまたま出てきたそうだ。そのおばあさんが言うにはアオイの一種だということであった。
そんな話になったので、母が調子を合わせて「きれいな花ですね」などと話していると、おばあさんは花を分けてあげましょうと言い出したそうだ。
さすがにそれには母も困惑し遠慮したそうだが、私としてもそうしてもらって良かったと思っている。単に花の名が知りたかっただけなので、もらって来られても困るところであった。
それはさておき、アオイの花ではないかという手がかりから、この花の名はすぐに判明したという。
母が調べたところによると、この花はゼニアオイというそうだ。
そのゼニアオイという名を母から聞いたとき、すぐに浮かんできた花があった。
タチアオイである。
数年前から気になるようになったタチアオイであるが、思えばゼニアオイもタチアオイも幹がスッと上へ伸びたさまとそこへの花の付き方がよく似ている。花の大きさは違うが、小振りのゼニアオイの方は文字通り小銭のようでもある。
そんなことが想われ、両者の姿が急にぴたっと重なったものである。
こうして、ようやくに私は、ゼニアオイという花の名を知ることができ、この写真も載せられるようになった。
東急世田谷線沿いに咲くゼニアオイである。
これでやっとすっきりした気分になった。そして、ゼニアオイという花にも親近感がわいてきた。
ただこうなると、まったく身勝手なものだが、ゼニアオイのある風景をもっと楽しめばよかったという気がしてきた。でもその頃には花期はもう終わりであったので、来年の楽しみとしてとっておこうと思った。
東急
300系電車 東急世田谷線宮の坂駅~山下駅にて 2012.5.13