国鉄がなくなって、今日で二十五年が経つ。
二十五年前の国鉄最後の日、小学生だった私は友達と都区内をあちこち巡っていた。
通勤電車には「さようなら日本国有鉄道」というマークが付き、午後には各地へ向け「旅立ちJR」号なるものも出発して行った日である。また、汐留には蒸気機関車C56-160号機が停められ、汽笛を鳴らしていた。そんな風景を夢中で撮って回っていて、今でもその写真が残っている。
無論、小学生の撮った写真だから高が知れているが、その中に東京駅で185系特急「踊り子」の姿を捉えたものがある。
この日の185系は特に何の装飾もなく、普段通りの姿であった。だから小学生の私を惹きつけるものでもなく、この写真も何かのついでに撮ったものだと思う。
そんな185系が二十五年後のいま、当時とさほど変わらぬ姿で特急「踊り子」として走り続け、私を惹きつけている。思い入れの強い車両としてである。
二十五年も前にこの写真を撮ったときには、思いも寄らないことだっただろう。
でも、そのとき185系に向けシャッターを切っていた小学生の私がいるからこそ、いまの私がいるように思う。
185系電車特急「踊り子」7号 東海道本線東京駅にて 1987.3.31