忘れ物をとりにゆく

 忘れ物があった。





 いや、正確に言うとそれは、忘れ物ではない。ずっとずっと覚えていたものだ。忘れようとしても忘れられないものであった。でも、もう忘れたことにしようと思っていた。そして、例えば来月の20日過ぎくらいに思い出したことにして「あ、忘れてた」とか言うつもりであった。

 なぜならそのことは「本当は行きたいけどもう行けないもの」だと思っていたからである。そういうふうに自分に思い込ませていたからである。

 だが、考えてみれば、行くことがそんなに難しいものでもなく、自分で「行きたい、行ってやる」と強く念ずれば行けるものであった。





 だから、行ってきた。



 忘れ物を、とりにいった。



 忘れ物を、撮りに行った。





 何を忘れたかと言えばそれは、昨年7月に載せられている「石橋300系」という記事に話がさかのぼる。

 この「石橋300系」は、東海道新幹線小田原-熱海間にある玉川の谷で300系を捉えたときの想いを綴ったものであった。

 玉川の谷というのは石橋の名で知られる場所で、併走する東海道本線とともに、新幹線越しに相模の海が望めるところでもある。

 そこで、青い海原を背景に300系を見送りたいという想いがずっとあった。

 だが、この「石橋300系」のときは、梅雨時ということもあって天気が悪く、海は色を失っていた。そこで海の背景は諦め、山を背景のメインにして300系を捉えた。

 それはそれで、この相模の海沿いを往く風景らしいものだとは思ったが、本当は青い海を背景にした300系の風景を見たかったという想いが残っていた。そういう想いが、強く、強く残っていた。

 でも、なかなかそれを見に行く機会もなく、いよいよ300系が相模の海沿いを走るのもあとわずかの間となってしまった。

 だからもう、石橋へ300系を見に行くのは無理だなと思った。そう自分に思わせていた。本当は「行きたい!」という気持ちを抑え込んでである。

 そしてその想いを断ち切るためにも「惜別300系のおわり」という記事まで載せて、300系を見送ることさえ締めてしまったわけであるが、それでも心残りはあった。

 だったら、その心残りを打ち消せばいい。想いのままに、意のままに、その場所へ行けばいい。石橋は、何も地の果てにあるわけではない。行こうと思えばすぐに行けるところである。





 そういう自分の本当の気持ちに従い、私は小田原へと出かけた。

 ただ、現地へ行ってみると、いろいろとあって石橋へ行くのはやめた。別に石橋にこだわることはなかった。大事なことは、相模の青い海を背景にして300系を見送ることであった。そしてその風景を、独りでひっそりと、ひっそりと見送りたかった。

 その気持ちのままに、山道をずっと上った。ただ300系を見送るために、山道をずっと上った。

 そして、青い海を遠くに見ながら、300系を眺めた。

 折しもこの日は「ありがとう300系」マークの付いた臨時「のぞみ」も運転されていたので、計四本の300系を見送ることができた。

 ただ、遠目なので、マークが付いているのかいないのかもよくわからなかった。
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 でも、私にとって何より大事なのは、相模の海沿いに往く300系という風景を見送ることであった。憧れて止まない相模の海沿いの風景に、この300系という車両も在った。そのことを、しかと、しかと目に焼き付けておきたかった。それだけであった。
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 そして私は、柔らかな早春の海風に吹かれながら、本当の300系の見納めの瞬間に、強く、強く、切なく、想いを籠めた。
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 その最後に、車体に書かれているであろう文字を心の中で読み上げた。



 「ありがとう、300系」




新幹線300系電車
1枚目 「のぞみ」343号 東海道新幹線小田原駅~熱海駅にて 2012.2.24
2
枚目 「こだま」650号 東海道新幹線小田原駅~熱海駅にて 2012.2.24
3
枚目 「ひかり」477号 東海道新幹線小田原駅~熱海駅にて 2012.2.24
4
枚目 「のぞみ」371号 東海道新幹線小田原駅~熱海駅にて 2012.2.24
by railwaylife | 2012-02-26 11:35 | 300系 | Comments(2)
Commented by mattiew at 2012-02-27 00:01 x
,こんばんは。

晴天の中、忘れ物、とりに行けてよかったですね。
レィルウェイライフさんの想いが伝わってくる記事です。

24日は晴天の所が多かったみたいですが、
こちらは曇りでした。
でもそれはそれ、やはり会いに行かないと…ですね。
さすがに私も残りはあと1回くらいになるかもしれません。

海バックの俯瞰は新幹線ならずとも憧れの景色です。
Commented by railwaylife at 2012-02-27 08:04
mattiewさん、おはようございます。
コメントありがとうございます。

おかげさまで、行ってくることができました。
俯瞰の風景を捉えるのはなかなか難しいものでしたが、青い海が見られただけで嬉しいものでした。

300系の走る機会も本当に限られてきましたね。
どんな空模様でも、もし時間が許されるのなら見に行きたいものです。

海バックの俯瞰では、東海道本線の列車を見ることもできたので、いずれまたその風景を掲載できればと思っております。
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