シモシンメイ300系

 高校のとき、バスで遠足へ出かけ、帰り道に都内へ戻って来て首都高に入ったりすると、クラスの中に必ずこう言う人がいた。

 「オレ、この辺で降ろしてほしいんだよね!」

 高速の上でバスを降ろされたら大変なことになるが、その発言の裏には「オレんち、この辺なんだぜ!」というさりげないアピールがあったのだと思う。でも、家の近くを通っているのにわざわざ学校まで連れて行かれ、いつもの下校の通りに帰り道をたどらなければならないというのは、本人にしてみれば本当に面倒なことだっただろうと思う。



 私の場合、そんなふうに「この辺で降ろしてほしい」と思うことが、東海道新幹線に乗っているときにある。

 多摩川を渡って東京都内に入った東海道新幹線は、脇に品鶴線を従えながら、実に三つもの東急線の路線と交わる。多摩川の方から順に、多摩川線、池上線、大井町線である。

 もし、その三つの路線のどれかと交わるところで新幹線を降りることができたなら、東急線沿線に住む私としては、帰り道がぐっと楽になるのになと思う。

 そんなふうに「ここで降りられたら」と思うのは、面白いことに三つの路線とも新幹線との交点にちょうど駅がある所為でもある。多摩川線は沼部駅、池上線は御嶽山駅、そして大井町線は下神明駅である。

 だから私は、いっそのことそのどれかの駅に、新幹線の駅も作っちゃえばいいんだ、と思ったことさえあった。もちろん現実味のない話ではある。でも、3両編成分とか5両編成分しかない東急線の駅の脇に、16両編成分の長々としたホームが堂々とできあがったとしたら、それはそれで面白い風景かもしれないなと思ったりもする。山陽新幹線の新岩国駅や、九州新幹線の新鳥栖駅、新八代駅を彷彿とさせる風景にもなる。



 そんな妄想はさておき、ここで挙げた新幹線近くの三つの駅のうち、新幹線が一番よく見えるところといえば、大井町線の下神明駅であろう。

 品鶴線と山手貨物線大崎支線の合流点近くを跨ぐ大井町線の高架上にある下神明駅だが、新幹線はその下神明駅近くをさらに高い高架で跨いでいる。それでこの駅のホームからは、見上げるようにして新幹線が往くさまを眺めることができる。その風景は、大井町線に乗ったときの一つの楽しみであるとも言える。大井町行きの電車に乗り下神明到着直前の車窓に東海道新幹線の列車が見えたときなどには、ひそかに心躍るものがある。

 そんな下神明駅でも、新幹線300系を眺めてみたいとだいぶ前から考えるようになっていた。しかも、巧い具合に大井町線の電車と交差する瞬間をである。

 それで、300系の時刻表と大井町線の時刻表を突き合わせ、両者が巧く出会う時間はないものかと調べようかと思った。

 だが、新幹線はまだいいとしても、大井町線は通勤電車である。ちょっとしたことですぐに遅れたりする。たとえば、一つ前の戸越公園駅で誰かが改札から最後尾の車両めがけて駆け込み乗車をし、ドアの再開閉があったりしたら、それだけで300系との交差の瞬間はずれてしまう。

 そんなことを考えると、仮に「その瞬間」を見つけ一人ほくそ笑んだとしても、勇んで下神明駅に駆け付けたところで両者が巧く行き会うという保証はどこにもないと思った。また、下神明駅はホームの幅が狭いので、そう何度もチャレンジするというわけにもいかなかった。

 そうやってあれこれと思いを巡らし、ぐだぐだとしているうちに、300系がその下神明駅をかすめて行く機会もだいぶ少なくなってしまった。

 そこで、大井町線の電車と交差するとかしないとか関係なしに、ともかくも下神明駅を往く300系という風景を遺しておくことにした。それもまた、私にとって思い出の風景だからである。

 その想いを胸に、下神明駅のホームに身を置いてみた。1月も末のことである。



 下りホームで各駅停車溝の口行きが出て行くのを見送り、戸越公園寄りへと歩を進めた。ここからよく見える新幹線は下り列車で、品川駅発の時刻からだいたい2分程でその姿を現す。それに合わせて300系を待ち構えていたが、ようやく2分が経とうかという頃、新幹線の上り線にN700系が現れた。その長い編成が早く過ぎ去ってほしいと思ううち、今度は下の線路に大井町行きの8090系が勇ましく現れた。300系の出現に集中しようとしているのに、何かと気の散ることだ。

 そして、上りのN700系がようやく最後尾を見せ、大井町行きの8090系もホームに完全に停車して落ち着くかというそのとき、300系は品川方からのっそりと姿を現した。今しも目の前を、下神明駅を、300系が差し掛かってゆく。その瞬間を捉えようと思ったが、集中し切れておらず、外してしまった。やむなく、長々と走り去るその姿を見送り、後追いで捉えた。
f0113552_23161382.jpg

 残念に思う気持ちはあったが、確かに下神明駅で300系の姿を捉えることはできた。私の思い出を遺すことはできた。

 大井町行きも、300系も走り去ったその交点近くに取り残された私は、そう思っていた。


新幹線300系電車
「こだま」659号 東海道新幹線品川駅~新横浜駅にて 
2012.1.28
by railwaylife | 2012-02-15 21:00 | 300系 | Comments(0)
<< 都会の300系 馬込の朝 >>