サクラ、E257

 先月の最終週から私は、勤務先で所属する部署のオフィス移転に伴い、就業場所が荻窪から新宿へと変わっている。

 通勤時間は短くなったし、移転先のビルは以前にも勤務したことがあって勝手知ったる場所なので、そんなに困ることはない。しかし私は、この勤務地の変更があまり嬉しくなかった。

 私は、新宿という街が好きではない。あの雑踏が苦手だからである。それで、山手線で新宿駅に着いた私は中央緩行線に乗り換え、一つ目の大久保駅で下車して職場へと向かっている。大久保駅の方が職場に近いからであるが、もちろん新宿駅からも歩けない距離ではない。それなのにわざわざ中央緩行線に乗るとは、我ながら酔狂だとは思っているが、それもこれも新宿駅の雑踏を避けるためである。

 そしてもう一つ、この中央緩行線への一駅だけの乗車には、重要な意味がある。それは、中央本線での通勤を続けるということである。

 荻窪への通勤で何が一番嬉しかったと言えば、中央本線に乗れることであった。単なる都会の通勤路線というわけではなく、遠く甲州や信州までつながっている中央本線は、日常の只中にいる私が旅心を乗せるのに格好の存在であった。それで、職場への行き帰りや昼休みに目にする特急列車に、いつもいつも旅への想いを馳せていた。

 その想いを継続し、日常の憂さを遠くへ飛ばすためにも私は、中央本線に乗るということを続けたいと思った。たった一駅ではあるが、日常の中で中央本線に関わるのと関わらないのでは、非常に大きな差がある。

 とは言え、中央本線の乗車時間が大幅に減ってしまったのは、何とも残念なことであった。特急列車を目にする機会も少なくなってしまった。

 しかし、勤務地が変わって嬉しいことも一つあった。それは、私が憧れの場所に近くなったことである。



 憧れの場所というのは、東中野の桜並木だ。

 初めてこの場所を訪れたのは、まだ中央快速線の201系を追いかけていた昨年の早春である。そのとき以来私は、すっかりここの風景が気に入ってしまい、通勤途中に何度も何度も訪れてきた。そして、草花や空の変化を目にしながら、季節の移ろいを感じてきた。

 その季節が一巡りした今、この東中野ではまた、線路際の桜の花が咲いている。

 昨年私は、その桜に憧れ、通勤途中だけでは飽き足らずに昼休みにもこの場所へ足を運ぼうと画策したくらいであったが、さすがに荻窪からでは難しかった。

 しかし、今の勤務地では、それが可能になった。最寄りの大久保駅から電車に乗れば、わずか一駅で東中野駅である。昼休みにも桜並木を訪れるということが、難なくできるようになった。

 それで私は先日、さっそく昼休みの東中野訪問を実行してみた。

 久しぶりに訪れる東中野であったが、すでに桜は五分咲きとなり、菜の花も咲き乱れていた。その花の列を横目に、私はいつもの跨線橋へと急いだ。
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 跨線橋からは、桜並木の全体が見渡せる。そして、その並木をかすめて行く電車も眺められる。
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 花はまだ咲き揃っていなかったが、一年前に私が憧れて止まなかった風景が、また目の前に現れていた。その、ありがたさを、私は胸いっぱいに感じていた。

 さて、昼休みの間に、この場所では二本の特急列車を見送ることができる。一本は新宿着12時33分の特急「あずさ」12号、もう一本は新宿発12時30分の特急「かいじ」107号である。この両列車を、私は昼休みの「お目当て」にしていた。

 新宿駅からこの桜並木までは、だいたい三、四分というところである。だから、まず「あずさ」12号が新宿方に向かって駆け抜け、それから二、三分したら「かいじ」107号が新宿方からのっそりとやって来るものだと予想していた。

 それで私は、時計が12時30分をそろそろ指そうという頃から、頻りに「あずさ」12号の現れる中野方の線路を見遣っていた。

 しかし、なかなか「あずさ」12号は姿を現さなかった。それで、やきもきしながら中野方を注視するうちに、時計は12時30分を回ってしまっていた。これは気を付けていないと新宿方から「かいじ」107号が来てしまうぞ、と思い、新宿方も気にし始めた。私は、跨線橋の上で両方を見ながらきょろきょろしていた。

 ようやく、中野方に「あずさ」12号の白い車体が確認できた。しかし、振り返ってみると、新宿方にある山手通りの橋の下に「かいじ」107号の白い車体も現われていた。

 私は慌てた。せっかく「特急列車が桜並木をかすめて行くさま」という風景を二度楽しもうと思っていたのに、同時に来るとは思ってもみなかったからである。

 それでも私は、予期せぬ風景を楽しむことができた。
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 二つのE257系が、桜並木の前で並んだ。そのさまを私は楽しんだ。

 東中野を何度も訪れているが、この桜並木の前でE257系同士が離合するというシーンは、今まで一度も見ることがなかった。もう少しで離合しそうだということは何回かあったが、これほどうまく並んだところを見たのは初めてである。

 できれば、もう少し手前で並んでほしかったと思った。架線柱が邪魔になってしまったからである。しかし、そんな考えは野暮だ。架線柱もまた、この憧れの風景を構成する大事な要素である。なぜなら、中央本線は電化区間だからだ。

 それに何より私には、この花のある風景に、ふつうに特急列車がやって来ることが、本当にありがたいことに感じられていた。


E257系特急「あずさ」12号
E257系特急「かいじ」107号 中央本線東中野駅~中野駅にて 2011.4.6

by railwaylife | 2011-04-10 22:22 | 中央本線 | Comments(0)
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