前面展望
相模の旅2010初夏の帰途には、往路同様に特急「スーパービュー踊り子」を選んだ。その指定された座席は、10号車1番A席で、やはり展望席だ。行きに最後尾だった10号車が、今度は先頭車となる。すなわち、私の席は「前面展望」である。せっかく、往路に「後方展望」を楽しんだのだから、帰路には「前面展望」を楽しまないと、ご先祖様に申し訳が立たない。
冗談はさておき、ともかくも私の「前面展望」の旅が、熱海駅からの特急「スーパービュー踊り子」6号で始まった。 結局この日は、私が相模にいるうちに止むことがなかった。だから「前面展望」の旅も、雨でのスタートとなった。 熱海駅を発った列車は、さっそくいくつかのトンネルを抜けて行く。この「前面展望」からは、入口に掲げられたトンネル名がよく見える。最初が逢初山トンネルで、これは源頼朝と北条政子が初めて出会った場所に由来するのだろう。次が伊豆山トンネルで、こっちは伊豆山神社に由来するのだろう。そして三つ目が泉越トンネルだ。でも、そうやって全部のトンネル名をチェックしていくのは大変そうなので、この辺でやめておく。 ところで、三つ目の泉越トンネルはけっこう長く、トンネル内には白い蛍光灯が続く。その光が前面のガラスをチラチラと照らし、幻想的に見えてくる。何度も通ったことのある泉越トンネルだが、こんなにきれいに見えるのは初めてであった。 トンネルを抜け神奈川県に入り湯河原駅を過ぎると、間もなく「あじさい街道」であるが、前面のガラスから見るその花々はあっという間に過ぎ去って行ってしまった。 やがて真鶴トンネルを抜ければ、相模の海が広がってくる。私のA席は、海に一番近い右端の席である。席のすぐ右手にも窓があるので、この辺りでは私は「前面展望」を見ずに、右窓ばかり気にしていた。 それでも私は、前日に見た米神のあじさいだけは、しっかりと「前面展望」から捉えていた。 その後は、海の眺めをしっかりと見つめた。この旅で何度眺めたかわからない、早川-根府川間の海である。それもいよいよ、今回の旅では最後だ。さまざまな景色を見せてくれたこの海に、私は感謝の念を送っていた。 そして早川駅を過ぎ、小峰トンネルへと向かう。ここが、相模の海を眺められる区間からの「出口」だ。私は、旅の終わりを実感しなければならなかった。 小峰トンネルを抜けて小田原駅を通過しても、雨は止まなかった。いや、むしろ強くなってきたようで、前面のガラスには無数の水滴が踊った。せっかくの「前面展望」なのに、そんな水滴ばかりを見せられるようになってしまった。 もちろん、前面ガラスは展望席の乗客のためだけのものではなく、運転士のためのものでもあり、その運転に支障がないようにワイパーが付いているけれども、それが動いているのは、運転士の視界の部分だけである。だから、私の視界の正面のガラスは、水滴だらけであった。それで、その眺めはまるで画像編集ソフトでにじませたような絵になってしまった。 また、貴重なロクロクとの離合も、何だかぼやけたものになってしまった。 私は、できれば前面のガラスの隅々まで、ワイパーで水滴を払ってほしいものだと思った。でも、それは「贅沢」というものだ。やっぱり「前面展望」を楽しむなら、雨ではない日に乗るしかないなと思った。ただ、雨滴のおかげで、往路のようなガラスのほこりっぽさは、洗い流されたようであった。 その雨景色も、行くうちに解消されてきた。いつしか雨は止んだようだ。空も明るくなってきた。そして、大船を過ぎれば横須賀線も合流し、いよいよ線路の数が増えてくる。 そんな中、ついに相模の出口となる清水谷戸トンネルに迫る。相模の旅も、名実ともに終わりだ。 そしてこのトンネルを抜けると、皮肉にも空がさらに明るくなってきた。私には天気の回復が、恨めしく思えた。 やがて横浜駅に到着する。 ここで、展望席の最前列にいた私以外の乗客が降りたので、ゆったりすることができるようになった。そして、行きの「スーパービュー踊り子」1号は新宿始発で横浜まで山手貨物線・横須賀線経由だったものの、この帰りの「スーパービュー踊り子」6号は東京行きのため、ここから先も東海道本線である。その意味では、これからが本番と言っても良い。 横浜駅を出ると、京浜東北線に京浜急行まで併走して、いよいよ眺めは壮観になってくる。 だがそれも、鶴見を過ぎ横須賀線や貨物線が分岐し、京浜東北線との「複々線」になると落ち着いてくる。 そして、ついに多摩川を渡る。 東京に着地する瞬間だ。とうとう帰ってきてしまった。あとはどんどんと都心へ吸い込まれていくだけだ。 あっという間に品川駅へ至る。 ここからはもう、都心のビルの谷間を往くだけである。気付けば、私のニガテなウグイス色の帯の電車も現れている。 そんな電車を見送るうちに、終着東京駅が見えてきてしまった。 残念な想いでいっぱいだったが、到着するのはなんと、かつて九州寝台特急が出入りしていた10番ホームであった。これには少し、胸躍るものがあった。 こうして、私の「前面展望」の旅は終わった。 10番ホームに降り立ってみると、何やら工事が行われていた。このホームの屋根に太陽光発電のパネルを付ける工事だそうだ。ブルートレインが出入りしていた頃の風景から、どんどんと変わっていくような気がして、何だか寂しかった。 さて、こうして熱海駅から東京駅まで「前面展望」を眺めてきてみると、何だか私は、自分が東京へ帰るというさまを、まざまざと見せ付けられたような感じがあった。もちろん「前面展望」の眺めは楽しかった。しかし、そこでは、小峰トンネルを抜けて「相模の海の区間」を出るさま、清水谷戸トンネルを抜けて相模を出るさま、横浜駅に到着するさま、多摩川を渡って東京都へ戻るさま、品川駅に至るさま、そして東京駅に到着するさまというものを、正面からはっきりと印象付けられてしまった。それは、ふつうの座席から側面の車窓を眺めているよりも、一層印象的なことであった。自分が東京へ帰るという「虚しい」行動を、これでもかと見せ付けられたわけである。だから、余計に虚しくなってしまった。 私は、この特急「スーパービュー踊り子」の「前面展望」を楽しむなら、やはり下り列車の先頭、グリーン車の1号車に乗って、東京から旅立つというさまを、まじまじと見るしかないなと思った。そのためには、グリーン券を奮発しなければならないけれど、今度いつか、妻も誘って、伊豆まで本当の「前面展望」の旅を楽しみたいと思った。
by railwaylife
| 2010-07-04 09:09
| 251系
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Comments(6)
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Yu-1300 at 2010-07-04 12:35
こんにちは、お久しぶりです、写真を見させていらだきました、特急 スーパービュー踊り子から見る前面展望は、運転士になった気分にさせてくださいますね。
また、来ますね。
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やままさ鉄
at 2010-07-04 20:17
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す・・すごい!
なんだか本当に運転席に座ってる気分になってしまいました。 やっぱり、この席はいくつになっても憧れですね。 昔は、運転士さんがすれ違いのときに、手を上げていましたが、最近はしなくなりましたね。ちょっと寂しいけど、安全重視には代えられません。 新交通システムのかぶりつきより、運転士さんの後ろがいいのは、どうしてでしょう・・。 伊豆急のリゾート21で女性運転士の指差呼称を聞くたびに、自分の方がしゃんとなる思いです。 今年の夏休みは、家族で、横浜八景島+中華街を計画中です。 グリーン車を奮発できるか・・悩みどころです。
こんばんは。
「スーパービュー踊り子」の展望席は私も過去一回だけ体験しました。その時は下りでしたので後方展望でしたが、やはりいくつになっても展望席は憧れですよね。今年の春九州へ行った時は「ゆふDX」の展望席に乗りましたし…。 ただ寝台特急「カシオペア」「トワイライトエクスプレス」の展望スィートは絶対乗れそうにないですね(笑)。 この日、私は鉄道博物館見学を終えた後東京14時56分発の「こだま665号」に乗車して帰宅しました。新幹線と在来線の違いとはいえ、途中で行き違いになっていたとは…。
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railwaylife at 2010-07-05 21:50
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railwaylife at 2010-07-05 21:52
やままさ鉄様、スーパービュー踊り子の展望席の評判は、ネットではあまり良くなかったのですが、私には十分に楽しめる展望席でした。乗ってよかったと思いました。
伊豆急のリゾート21も展望席があって良いのですが、いま私は、伊豆急の8000系に乗りたいです。
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railwaylife at 2010-07-05 22:00
mattiew様、春の「ゆふDX」の展望席の乗車、羨ましく拝見しておりました。東海道本線の展望も良かったですが、今度はもっと緑の多い展望席がいいな、なんて思っています。
でも、究極の展望席は、やはり「カシオペア」と「トワイライトエクスプレス」の最後尾ですね。ただ、それに乗るにはお金だけでなく、運も必要ということで、夢のまた夢です。 このスーパービュー踊り子は、東京着15時10分でしたから、すれ違っていたとすれば、品川辺りでしょうか。こだま665号は300系ですね。そういえば、田町辺りで、300系に目を奪われたような気がします。それにmattiew様が乗車されていたとは。 それと、私が雨だれのガラス越しに見ていたEF6627を、同じ日にmattiew様が見事に捉えられていたので、思わず嬉しくなりました。
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