回3493Mを追え!1

 毎日の通勤の途中で、気になる車両があった。

 それは、中央快速線の201系ではない。もちろん、201系も気にしてはいたが、やつは毎日違う運用に入り、神出鬼没であった。運用によっては、私の通勤の時間に高尾辺りをうろうろしていて、出会わないこともあった。

 そうではなくて、毎日決まったところで出会う車両があった。それは、新宿駅6番線に佇んでいる185系である。調べてみるとこれは、小田原からの「おはようライナー新宿」22号として7時42分に新宿駅へ到着した列車が、そのまま停車しているものらしかった。

 6番線に停車中の列車は、新宿駅到着前の山手線からよく見える。それで私は、上石神井に通っている頃からこの185系が気になっていたし、またこの車両を眺めるのが楽しみでもあった。というのも、185系はけっこうお気に入りだからである。

 なんだ、この前「成田エクスプレス」の話を書いていたときは「低運転台の特急車両は好きじゃないんだよね」とか言って気取ってたくせに、と思われるかもしれないが、185系だけは特別である。というのは、やはりこの車両が、私の愛して止まない東海道本線早川-根府川間を特急「踊り子」として通るからだろう。私はいつも、185系の白い車体に相模の青々しい海原を投影しているのだと思う。

 だったら、同区間を走る特急「スーパービュー踊り子」の251系もお気に入りなのかと聞かれると、251系にはあまり思い入れがない。どうにも一貫性のない話であるが、車両の好き嫌いなんて、そんなものである。ただ、251系の展望席にはちょっと惹かれたりもしている。

 話がそれてしまったが、それにしても、この朝の新宿駅6番線の185系はずいぶん長いこと停まっているように思った。不真面目な私は、通勤の途中に遊び回っているので、新宿駅に着く時刻が多少前後することもあるが、いつ行っても185系は6番線にいるような気がした。

 折しもそれは、8時台というラッシュアワーのピークで、周囲を通勤電車がせわしなく行き交っている時間である。そんな中で、185系は一人ぼんやり停まっている。皆が忙しく働いているときにぼうっとしているなんて、まるで仕事中の私のようでもある。

 いや、185系は決してぼんやりしているわけではない。それは、自分の「ねぐら」である田町車両センターへ、回送として帰る機会を窺っているのだということに、私はあるとき気が付いた。

 というのも、その帰宅の途にあたる山手貨物線は、埼京線と湘南新宿ラインの通勤電車が入り乱れて、大変なことになっているからだ。

 実際、時刻表で朝8時台に新宿駅を発車する山手貨物線経由の南行列車を調べてみると、埼京線が12本、湘南新宿ラインは、8時02分発の特急「成田エクスプレス」13号を含めて7本あり、両者を合わせるとだいたい3分間隔で列車が走っていることになる。もちろんこれは、同時間帯の山手線内回りの本数に比べればいくぶん少ないが、もともと旅客線ではない山手貨物線の許容量としては限界なのではないだろうか。その間を縫って、185系回送は「ねぐら」へ帰らなければならないことになる。

 その上、朝の山手貨物線のダイヤは乱れやすい。考えてみればそれは当たり前のことで、川越線・埼京線と、高崎線、東北本線という三方向から来た列車が、りんかい線、東海道本線、横須賀線という三方向にまた分かれていくわけで、このうちの一つの路線でも何かあると、その影響が全列車に波及するわけだから、無理もないことである。そんな状況の中で、185系は帰途に就かなければならない。

 それに、新宿駅の6番線から山手貨物線南行の本線に出るのは、なかなか大変なことである。北行の列車が行き交う4番線への線路を跨いで行かなければならないからだ。例え、南行の線路に隙ができたとしても、その前を北行の列車が横切ったりしたら、出て行く機を逃してしまうことになる。この185系は、えらい時間にえらい場所に入ってしまったものだと思う。

 稀に、少し遅めの時間に山手線に乗ったりすると、185系の回送とすれ違うこともある。ただ、その時刻は一定ではなく、ずいぶん早くすれ違ったものだと思うこともあれば、まだこんなところにいるのかと思うときもある。おそらく、頻繁にダイヤ乱れに巻き込まれて、思うように帰ることができていないのではないだろうか。

 山手貨物線のダイヤが乱れたときなどは、回送列車だからきっと、肩身の狭い思いをして帰ることになるのだろう。当然、旅客列車のダイヤ回復が優先されるわけであるから、回送列車など後回しにされるに違いない。そして、わずかな隙ができたところで「それ行け」と言って、本線上に出てみるものの、急いでいる客からは「なんだ回送か」と白い目で見られ、185系は「すいません、すいません」と言いながら帰って行くさまが思い浮かぶ。

 しかしそんな185系は、考えてみれば気の毒なことだ。自分は早起きして、混み合う前の時間に新宿駅へやって来たというのに、後から後から押し寄せた列車が遅れを引き起こし、185系の帰り道を塞いでしまう。それでなかなか帰れなくなってしまうわけである。

 いったいこの185系回送は、本当は何時何分に新宿駅を発つのだろうか。私はそのことがひどく気になり始めた。

 そこでインターネットで調べてみたが、新宿発の時刻はどこにも載っていなかった。いや、そんな回送列車の時刻なんて、誰も興味を持ってないだろうし、載っているはずがない。

 それでも私は、185系の運用表を見つけることができ、この回送列車に回3493Mという列車番号が付いているということを知った。また、その運転経路は、まっすぐ田町へ向かうのではなく、なんと品鶴線を経由して、一旦鶴見に出てから東海道本線経由で田町へ帰ることがわかった。たかが新宿から田町へ行くのに、多摩川を二度も渡らないといけないというのは、何ともかわいそうなことだ。

 そんな運用はわかったが、私が知りたかったのは新宿を発つ時刻である。でも、調べてもわからないのなら、自分で調べてみようと私は思い立った。それで、今月になってからずっと、私はこの回3493Mが発車する瞬間を、通勤途中の新宿駅で見張っていた。
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 その調査結果は以下の通りである。

  2010年6月1日 8:40発
  2010年6月2日 8:48発
  2010年6月3日 8:39発
  2010年6月4日 8:42発
  2010年6月7日 8:40発
  2010年6月8日 8:41発


 そして次の6月9日、この日はいつもより若干遅く家を出た上に、東急東横線が遅延するという不測の事態が起き、渋谷駅の到着がかなり遅くなってしまった。前日までの「見張り」で、回3493Mはだいたい8時40分くらいに新宿駅を発つことがわかっていたが、この日はもう、渋谷駅到着の時点で新宿駅に8時40分には着けないことがわかっていた。

 そこで私は、12日ぶりに山手線に乗って、代々木駅に向かった。代々木駅の中央緩行線下りホームからは、新宿駅6番線ホームがよく見渡せる。そこから回3493Mの発車を見届けるつもりであった。

 代々木駅に着くと、すでに時刻は8時40分であった。急ぎたいところであったが、ホームや階段は乗り換え客で混み合っていたので、思うように進めなかった。でも私は、急ぐ必要はないなと思った。どうせ今朝も山手貨物線のダイヤは乱れていて、回3493Mの発車も遅れるだろうと高をくくっていたからである。

 それでゆっくりと中央緩行線の下りホーム先端に歩いて行った。すると何と、見えてきた新宿駅6番線ホームは、すでにもぬけの殻であった。

 そんな6番線ホームの状態を見た私は、発車を見逃してしまったという強い絶望感にうちひしがれるとともに、自分は今まで何をやっていたのだという空虚感にも襲われた。回送列車の発車時刻を調べて何になるのだという話である。だいたい、ここにご丁寧に「調査結果は以下の通りである」とか言って書いてみても、別に誰も興味を持たないだろう。

 そもそもこいつは、通勤の途中に何をやっとるんだと思われるだろう。しかし、私にとっては、この新宿駅の185系がいつ発車するかということは非常に気になることであり、いわば通勤七不思議の一つであった。

 通勤に七不思議なんてあるか、だいたい他の六つは何なんだ、と今度は問い詰められそうだが、そんなものはない。ちょっと言ってみたかっただけである。

 とにかく、この日でもう調査は終えることにした。約一週間見張ったのだから、十分だろう。それに、予想通り発車時刻は毎日違ったけれど、最も早くて6月3日の8時39分だったわけだから、これが定刻ではないかという気がしてきた。

 また、この調査によって、回3493Mは8時33分発の湘南新宿ライン2140Y快速小田原行き、8時38分発の埼京線732K普通新木場行きの続行で新宿を発つということもわかった。そうすると、やはり8時39分発というのが妥当だろうと思った。

 さて、今回の無意味な調査により、回3493Mが新宿駅を発つところは捉えられた。これからは、できるだけこの列車が山手貨物線で申し訳なさそうに帰って行くさまを、沿線で捉えてみたいと思っている。別に前面の種別幕も回送表示なんだから、撮ってみても仕方ないが、考えてみると何だか哀れな列車なので、同情してみたくなってしまった。

185系回3493M 山手貨物線新宿駅にて 2010.6.1,2,3,7,8



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by railwaylife | 2010-06-22 23:18 | 185系 | Comments(0)
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