払暁の上野駅

 新しい年が明けた。今年まず注目の列車はやはり、3月に廃止が決まった寝台特急「北陸」と急行「能登」であろう。

 昨年末にその寝台特急「北陸」と急行「能登」の廃止が発表されて以来、私はせめて廃止前にいま一度両列車を上野駅にでも見に行きたいと思っていた。ただ、どちらの列車も短距離の夜行列車のため、夜遅く出て朝早く着く。それで上野駅の到着と発車のどちらを見に行くかずいぶん悩んだが、私は早起きしてその到着を見届けることにしようと思っていた。

 そして、正月の三が日はこれと言った予定もなかったので、いずれかの日に行こうかと考えていた。だが、三が日は仕事が休みの所為もあってついつい毎日夜更かししてしまい、早起きするどころではなかった。結局、上野駅には行かないまま、正月休みは終わってしまった。

 ただ、そもそも1月1日着と1月2日着の「北陸」と「能登」は大雪のため運休していた。雪国を通る列車だから、そういうこともありうる。海沿いを行くので、強風で運休することや遅延することもある。この季節は、両列車にとって厳しい時期である。それで私は、毎日のようにこれらの列車の運行状況をチェックするようになった。この今になって、慌ててその運行を案じるようになるのは愚かなことではあると思ったが、やはり廃止までには見に行っておきたいと考えていた。

 そんな状態で迎えた昨日金曜日の夜、まだまだ正月休みのリズムが抜けず、ついついまた夜更かししてしまった。気が付くと午前2時であった。もし、上野駅の到着を見に行くとすれば、4時に起きて5時前には家を出なければいけない。だったらもう、寝ないでいようと思い、頑張って4時まで起きていた。そして、そそくさと身支度を始め、始発電車に乗るべく5時前には家を出発した。

 外に出てみると、さほど寒くは感じられなかった。しかし、冬の夜明け前にわざわざ出歩くとは酔狂である。こんなに早い時間に出かけるのは、昨春に廃止直前の寝台特急「富士」の寝台券を取りに行ったとき以来である。

 さて、東急東横線沿線に住む私が上野駅に行くとすれば、渋谷に出て山手線か銀座線に乗り継ぐというルートになるが、いろいろと調べた結果、自由が丘から大井町線の始発に乗って大井町に出て、京浜東北線に乗り継ぐのが最も早く上野駅に着くルートであることがわかった。それでいそいそと自由が丘駅まで歩いた。

 大井町線の始発電車から、大井町で予定より一本早い京浜東北線の電車に乗り継ぐことができ、5時45分には上野駅に着いた。まずは6時05分に到着する急行「能登」を見るべく、地平ホームの16番線に急ぐ。ただ、16番線は特急・急行専用ホームであり改札があるため、特急券でも持っていない限り入ることができない。それで頭端式になったホームの先端で待つことになる。すでにそこにはカメラを構えたファンが二十人ばかり陣取っていた。私もその群れに紛れ込んだ。

 上野駅地平ホームは半分屋外みたいなものなので、けっこう冷え込んでいた。そこで突っ立って待つのは寒かった。今朝は遅れの情報は入っていなかったが、果たして「能登」は時刻通りに到着するのか不安になってきた。

 だが、6時を回ると、ホームの先にある小さな接近灯が点滅し始めた。周囲に緊張が走る。そして、三つ目の眩いライトが近付いてきた。ボンネット型の489系急行「能登」である。列車が停まると、あとはひたすらシャッターを切っていた。
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 ボンネットはうっすらと雪化粧していた。天気の概況はチェックしてこなかったが、今朝も上越国境辺りでは降雪があったのだろうか。

 頭端式ホームの先端を離れ、15番線側から「能登」を眺める。国鉄型特急の塗装そのままの姿だ。その車両が地平ホームに佇むさまは、かつて在来線特急がひっきりなしに出入りしていたさまを思い起こさせる。私が幼い頃に憧れて止まなかった、上野駅の特急電車の姿そのものである。あの頃よりもホームはだいぶきれいになったけれども、地平ホーム独特の雰囲気は変わっていない。
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 そんな「能登」に夢中になっているうちに、反対側の14番線には、6時19分着の寝台特急「北陸」が接近してくる。いつのまにか14番線側にも人だかりができていた。私も「北陸」を待ち構えた。

 パワフルなEF64-1053号機に牽かれ、上野駅地平ホームに青き客車が入って来た。思わず憧れの嘆息が漏れる。そして、青き車体に魅せられる。ブルートレインが、北国の香りを、空気を運んできた。
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 ホームには「北陸」から降りてきた乗客、待ち構えていたファン、車内整備の係員が入り乱れ、にわかに賑やかになった。早朝の上野駅が活気付いてきた。地平ホームには、やはり青き車体が似合う。しかし、そんな光景も、近いうちに見られなくなってしまうのだろうか。この「北陸」が廃止になれば、上野駅に残るブルートレインは「北斗星」と「あけぼの」だけになってしまう。
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 客車をじっくりと見つめた後、最後に機関車を眺めた。上越国境を越えてきたこのEF64-1053号機には、力強さがみなぎっていた。
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 こうやって寝台特急「北陸」を見ているうちに、私はこの列車に無性に乗りたくなってきた。この青き列車で、闇の関東平野を北上してみたい。雪の上越国境を越えてみたい。冬の日本海沿いを往きたい。そして、金沢まで行ってみたい。ぜひ寝台特急「北陸」に、乗ってみたい。それはただただ、寝台特急への憧れである。

 そんな想いを抱くうちに、時刻は6時30分を回っていて、列車はゆっくりと尾久車両センターへ向けて推進運転を始めた。私はそれを静かに見送った。

 地平ホームにいるうちに、すっかり体が冷えてしまったので、私は構内の蕎麦屋へ駆け込んだ。そこで蕎麦をすすって入谷改札を出ると、辺りはすっかり明るくなっていた。すでに日の出まであと三分であった。そんな朝焼けの空の下にある上野駅を見つめ、私はここからの「北陸」での旅立ちを夢見ていた。


急行「能登」・寝台特急「北陸」 東北本線上野駅にて 2010.1.9



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by railwaylife | 2010-01-09 20:24 | 寝台特急 | Comments(0)
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