寝台特急富士最後の旅

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 3月7日、九州に飛び、大分から寝台特急「富士」最後の旅に出た。

 今回寝台券が取れたのは、1号車喫煙車のB寝台下段である。嫌煙家の私にとって、喫煙車はつらいのではないかという不安があったが、それ以上に1号車には魅力を感じる部分があった。寝台が右窓の海側にあるということである。これは車窓風景を眺める上で、大きな魅力であった。そこでそのまま乗ることにした。

 16時43分に大分を発つと、さっそく右窓には別府湾の海原が広がる。しかし天気は曇り空で、海面は泣き出しそうな青灰色であった。ブルートレインのような青い海原を期待していたのに、残念であった。

 海の眺めが尽きて別府を過ぎると、国東半島の低い山並が続く。そして宇佐を発つと、白い空が次第に青みを増してきた。早くも暮れ行こうとしている。次の停車駅中津を過ぎると、空が藍色に沈んでいった。さらに次の停車駅行橋を発つと、藍色から漆黒へ変わっていく。眩い小倉駅に着く頃にはすっかり暮れていた。暮れると同時に、日豊本線の旅も終わった。

 次の門司で「はやぶさ」と併結される。いよいよ九州からも出ることになる。憧れた寝台特急の旅路がどんどんと思い出に折りたたまれていくことに、切なさを感じた。
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 いつになく短く感じた関門トンネルを抜け、下関に着く。機関車交換を経て、山陽本線の闇の車窓が始まる。道沿いの白い街灯が車窓の後ろへ後ろへ飛び去って行く。下り線の青いシグナルが淡く光る。踏切の警報機の赤が目に染みる。

 そんな闇の窓辺にもたれるうち、下松を過ぎたところでおやすみ放送が入って減灯となる。寝台にいよいよカーテンを引くが、車窓にはかからないようにし、尚も闇の車窓と対峙する。寝台内の蛍光灯を切ると、車窓が淡く浮かび上がる。

 下松の次の停車駅柳井を発つと、線路は瀬戸内海沿いに出る。見えてきた海原は空よりも濃く暗く見えたが、やがて空と海の黒色は一つに交じり合い、青黒い無の世界を創り出す。何もない宙を漂うように列車は行く。

 岩国に至ると海の眺めは終わる。だが、その後も広島、尾道、福山と停車駅を見送る。福山を出たところで0時を回ったので、もう寝ようと思い寝台に横になったが、なかなか寝付けない。岡山も過ぎてしまう。

 そのうちに列車が急停車した。駅でもないところである。三十分くらい停まっていただろうか。夜が明けてからわかったことだが、列車が鹿と衝突したという。大事に至らなくて良かったが、列車はだいぶ遅れた。

 再び動き出してからも、眠れなかった。時計が3時になったところで、私は寝るのを諦めた。ちょうど列車は西明石を通過するところであった。闇に沈む明石海峡大橋を見つめ、真っ黒な須磨海岸を眺めた。そして神戸を過ぎ、山陽本線から東海道本線に入る。

 もうこのまま大阪も京都も見届けてやるぞと思うが、列車は尼崎から本線を外れた。北方貨物線と呼ばれる貨物線に入り、大阪駅は通らなかった。列車は宮原総合運転所にトワイライトエクスプレスの車両などを見ながら進み、新大阪駅の脇に出て、吹田操車場の貨物列車をかすめた。なかなか面白いものを見ることができた。

 本線に戻り、やがて京都駅に至る。深夜の京都駅をゆっくりと通過する。この駅を通過する旅客列車を目の当たりにするのは初めてだったので、何となく居心地が悪かった。

 列車は滋賀県に入り、早くも始発列車とすれ違う。そして米原で小休止の後、関ヶ原越えにかかる。街灯もない山間の闇を抜け、平地が開けてくると、ついに空も白み始めた。

 6時におはよう放送が入り、列車が五十分遅れであることが告げられた。そして岡山以来の停車駅名古屋には、約一時間遅れでの到着であった。すっかり夜が明けてから名古屋に着くことになった。

 空は昨夕と同じく白い。これでは富士山は望めそうにない。渡って行く矢作川・天竜川・大井川・安倍川・富士川もみな色を失っている。あとの楽しみは相模の海だけだ。

 丹那トンネルを抜け、熱海に至ると相模の海が見えてくる。白い空の下、薄青い海原が広がる。上り寝台特急「富士」の車窓風景の中で、最も憧れた景色だ。湯河原・真鶴を過ぎると、その海面がググッと迫ってくる。そして根府川に至れば、車窓一面に海原が広がる。心がスッとしてくる。ここから早川までが最大の見所だ。ブルートレインの色には程遠いけれども、青みを帯びた海がある。ただただ見とれる。
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 だが、小田原に至ると急に日常に引き戻される気になる。あとは見慣れた景色をぼんやりと眺め行くしかない。

 横浜を発って、青緑色の多摩川を渡ると、東京都に戻る。列車はゆっくりと都会へ入って行く。長い旅の終わりを惜しむかのようであった。

 終着東京駅には11時07分に着いた。ホームは見物客で溢れていて、喧騒の中にあった。ゆっくりと青き列車を眺める余裕もなく、私はひっそりと寝台特急「富士」に別れを告げ、帰途に就いた。
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 寝台特急「富士」最後の旅で、一睡もできなかったのは良い思い出になった。深夜の景色も含め、長い長い車窓風景を、しっかりとこの胸に刻んだ。



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by railwaylife | 2009-03-09 23:50 | 寝台特急 | Comments(0)
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