敦賀へ行くなら

 ここ数日忙しくしていて、ブログを更新している暇がなかった。昨日、大きな用事が片付いたので、夜にはブログをやりたいと思っていた。しかし、疲れ果ててうたた寝してしまい、その元気もなかった。

 今日も何だかんだと用事があってあちこち出かけていて、夕方は東京駅まで行ってきた。

 日曜日の夕方でごった返す構内を抜け、改札を出て振り返れば、北へ向かう新幹線の発車案内板に見慣れない文字がある。
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 それが「敦賀」である。

 昨日のダイヤ改正で北陸新幹線の金沢-敦賀間が開業して、北陸新幹線「かがやき」は東京から敦賀まで直通するようになった。仙台、山形、新潟、湯沢、那須塩原、秋田、かつての上野駅の発車案内板を彷彿とさせる行先の中にある敦賀は、まだ居心地が悪そうだ。

 福井県でも関西に近い方にある敦賀へ行くなら、やはり東海道経由が王道だろうとずっと思ってきた。実際、私が初めて敦賀へ行ったときは米原経由であった。今から三十五年前、この東京駅から臨時の座席夜行急行「銀河」に乗り、早朝の米原駅で北陸本線の普通列車に乗り換え敦賀駅に降り立った。私にとってそれが初めての北陸地方への旅であったため、北陸地方の西の玄関とでも言うべき敦賀駅に降り立ったときには「ついに北陸へ来た」という大きな喜びがあった。その喜びのままに、気比神宮に参拝したときは、実に清々しかった。そして、これが正しい敦賀への行き方のようにずっと思っていた。

 東京から北へ向かって北陸へ行くなら、福井が限度かなと思っていた。今から二十五年前、上野駅から座席夜行急行「能登」に乗り、高崎線・上越線・信越本線・北陸本線経由で一夜をかけ福井へ向かった。急行「能登」といえば金沢行きというイメージがあるが、当時は福井が終着であった。とは言え、ほとんどの乗客が早朝の金沢駅で降りていき、そこから先の車内は閑散となってしまった。でもその車内で、朝日を浴びながら緑多き車窓を眺めていると、あぁ、遠くへ来たなあ、旅しているなあという感覚になれたものであった。その、遠くへ来たという感覚のままに古刹永平寺に参詣した。

 もっとも、どちらもずいぶん昔の話なので、こうやって新幹線がどんどん延びていけば、いろいろなことが塗り替えられていく。北陸新幹線で東京から敦賀までは乗り換えなしで3時間ちょっと、米原経由で行く人は、今後ほとんどいないかもしれない。

 いつか私も、東京から北陸新幹線の直通で敦賀へ行くことがあるだろうか。そのときはまた、気比神宮に参拝しようと思う。


東京駅丸の内北口にて
2024.3.17
# by railwaylife | 2024-03-17 23:50 | 新幹線 | Comments(0)

富士はやぶさの記録と記憶

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 九州行き最後の寝台特急「富士」「はやぶさ」は私にとって、記録よりも記憶に残る列車である。

 2005年に「富士」「はやぶさ」の併結が始まってから、この列車には何度か乗車することができた。そのときのことは、今もはっきりと記憶に残っている。

 一方、この列車を撮影した記録というのはあまり多くない。都内の東海道本線沿線に何度か撮りには行っていたが、そんなに回数は多くないし、何より撮った写真がヘタクソである。そういう意味では、満足な記録を残せなかったと言える。

 だからもし、今も「富士」「はやぶさ」が走っていたとしたら、あの場所であんなふうに撮るのになあ、なんて思うことが時々ある。

 だが、私にとって「富士」「はやぶさ」はやはり、記録よりも記憶に残る列車で良いと思う。

 これほど記憶に残り、これほど愛着を持つ列車も、今後現れないことだろう。

 そんな列車が走らなくなって、もう十五年が経った。


寝台特急「富士」「はやぶさ」 東海道本線品川駅~川崎駅にて
2006.4.17
# by railwaylife | 2024-03-13 23:05 | 寝台特急 | Comments(0)

停車中なら

 シャッタースピードを相当落とさないとLEDの行先表示が切れて写ってしまう西武40000系であるが、駅に停まっているところなら、シャッタースピードを落とし、行先表示も切れずに、またブレずに撮ることができる。
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 40000系をうまいこと撮ってやったぜ、と得意気になっていた。

 すると偶然にも、となりにも40000系がやって来た。
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西武
40000系電車(40103F40152F) 西武池袋線池袋駅にて 2024.2.10
# by railwaylife | 2024-03-12 21:25 | 西武 | Comments(0)

高島平行き

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 東急目黒線の都営三田線直通電車の行先と言えばほとんどが「西高島平」だが、時々「高島平」行きという電車がある。高島平駅は西高島平駅の一つ手前で、志村車両検修場という車両基地があることから、そこへ入庫するためにこの駅止まりの電車が設定されているようだ。

 かつて東急東横線の日比谷線直通電車のほとんどが「北千住」行きで、稀に「南千住」行きがあったのと同じことである。南千住駅にも千住検車区という車両基地がある。

 ただ、その「南千住」行きの行先表示にさほど違和感がなかったのに比べ、この「高島平」行きの行先表示はどうもしっくり来ない。たぶん「南千住」行きと「北千住」行きは文字数が同じなのに対し「高島平」行きと「西高島平」行きは文字数の違いがあるからだろう。どうも字が足りないような感じがする。いっそのこと、高島平駅は東高島平駅にしてもらった方がいい。

 でも、その駅名もまだるっこしいから、この「高島平」行きを何度も目にして、見慣れるしかない。

 いや、別に見慣れなくてもいいかもしれない。たまに見るこの行先表示が「どうも落ち着かないんだよなあ」という感覚を楽しめばいいのだと思う。


東急
3000系電車(3110F) 東急目黒線奥沢駅~田園調布駅にて 2024.2.20
# by railwaylife | 2024-03-10 23:30 | 東急目黒線 | Comments(0)

211系同士

 かつて東海道本線東京口の近郊型電車は113系が主力であった。そこに国鉄末期、211系が登場した。ただ、211系は113系を完全に追いやったわけではなく、両者が併存する時代が長く続いた。

 JRになりやがてE231系という車両が現れ、113系を完全に追いやることになる。113系が東海道本線から引退したのは今から十八年前のことである。

 そんな頃に撮ったのがこの211系の写真である。
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 113系は去ってゆくけど、211系はまだまだ健在である。そんなことを思い知らされた場面であった。


JR東日本211系電車 東海道本線小田原駅にて 2006.3.8
# by railwaylife | 2024-03-09 23:35 | 東海道本線 | Comments(0)