猛暑日の旅

 最近の私の旅のスタイルはだいたい決まっている。

 行きたいと思ったところへ列車で出かける。そして、目的の駅周辺をぶらぶらと歩く。また、沿線の風景や、史跡や、花を眺めては楽しむ。その行程はわりと気ままで、出かけた先で思い付いたままに立ち寄ってみる場所もある。

 今年の夏もそんなスタイルで旅をしたかったのだが、あいにく私が休みを取ったのが八月のはじめで、連日猛暑日の続く最も暑い時期であった。

 そんなときに出かけてぶらぶらと歩き回るのは危険だ。熱中症にかかり、見知らぬ土地で行き倒れになるかもしれない。そう考えると、普段のような旅は断念せざるを得なかった。

 それにしてもなんでそんな時期に休みを取ったのかと自分を恨みつつも、そういう時期に合った旅をすればいいんだと考え直した。

 そこで思い付いたのが、列車に乗ることを主目的として楽しむ旅である。冷房のよく効いた車内にいれば、熱中症になることもない。

 それで、列車を楽しむ旅に出かけた。




 まずは品川駅から横須賀線-総武快速線直通の列車に乗り込んだ。

 地下区間を脱けると、列車は東へ東へと進む。そして荒川・中川・江戸川と、大河を横切っていく。河川敷に出るたび、熱気で濁った青空と、その空を映す気だるい川面が広がる。夏の車窓だなあ、と思った。

 江戸川を渡れば東京都を脱し千葉県である。いつ以来の千葉県進入だろうと考えてみる。

 千葉県に入っても、車窓風景は建て込んでいる。そんな眺めからも、日常をなかなか脱せない気がした。でも、ぼんやり車窓を眺める時間を過ごせるだけで満ち足りてきた。外も暑そうだし、こんな日は冷房の効いた列車に揺られているのがいいと思った。

 とは言え、車窓の眺めはわりと単調である。それで少しウトウトしながら千葉駅到着を迎えた。乗っていたのは内房線直通列車なのでそのまま乗り続ける。ただ、大きなターミナル駅だから列車は一呼吸置いてから発車する。それで目がすっかり覚めた。

 地上に出てからずっと高架区間が続いていたが、蘇我駅付近から線路はようやく地上に下りる。車窓に緑が増えてきた。強い日に照らされた緑を眺めていると何だかホッとしてきた。

 蘇我駅から三つ目の五井駅で下車する。小湊鐵道の乗り換え駅である。
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 となりのホームから発着する小湊鐵道は、昭和にあった風景がそのまま残っているような路線である。まさに「跨線橋を渡るだけで時代が変わる」気がした。

 熱風がやわっと吹く中、そんなキャッチコピーを思い付き独りで悦に入っていたが、小湊鐵道には乗らない。後続の内房線の列車に乗り込む。209系の4両編成であった。

 沿線には田圃が広がった。すでに稲穂がほんのりと黄色くなっていた。最近は田圃の様子の移ろいで季節を感じることが少なくなった。

 五つ目の木更津駅で下車した。

 降り立ったホームの反対側には新しいディーゼルカーが1両でポツンと停まっている。キハE130という形式である。
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 これが、今回の旅の目的である久留里線の列車である。

 発車時刻が迫っており、車内のロングシートの座席ははすでに埋まっていた。それで、フリースペースに立って発車を待った。

 乗ってしまうと新型電車と変わらない気がした。ディーゼルカーにしては走り出しもスムーズである。ただ、つっかえた感じのない横揺れが単行らしい気がした。久々に乗る単行列車である。

 叢の中に蓮の花を見つけて驚いたりしているうち、列車は田園地帯に出た。色付き始めた稲穂が、くすんだ夏空の下で鮮やかに見えた。それにしても房総の実りは早いなと思った。
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 国鉄式駅名標のある馬来田駅で中学生が大挙して下車して行き、車内はガランとなった。それで、ロングシートにゆったり腰掛け、車窓を楽しむことにした。

 ここから列車は南へ下った。夏の午後の気だるさを吹き飛ばすように、新型気動車は速度を上げる。気が付くと左窓の山並かだいぶ迫っていて、小櫃駅を過ぎてからは初めて上り勾配の重みを腰に感じた。だいぶ奧まってきた気がした。

 さらに上って久留里駅に到着する。途中駅だが、この列車はここが終着である。終着まで乗っていたのは7人であった。

 次の列車まで時間があるので一旦駅を出た。駅前は思った以上に静かで、ただただ暑いだけであった。

 気候が良ければ久留里城にでも行ってみたいところだったが、何せ暑い。それで近くの久留里商店街へ行くだけにした。
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 少し歩くと幟の立ったそば屋が目に付いた。そこで昼食をとることにした。名水手打ちのそばである。

 手打ちならではの食感と、名水のすっとしたのどごしが感じられた。久留里にはこのそばを食べに来たんだな、と思った。

 食べ終わって駅へ戻り、後続の上総亀山行き列車を迎えた。2両編成であった。時間帯からして、普段は折り返しの上り列車が下校する学生を大勢乗せることになるのだろう。もっともこの日は夏休み中だったから、2両編成は過分な気がした。

 久留里駅から先は山深くなる。新型ディーゼルカーは低く唸りながら勾配を上って行った。やがて谷も深くなった。線路は段丘の上に出たようであった。この辺りまで来ると、心なしかこれまでより稲の生育が遅いように感じられた。

 草木が線路脇に伸び、主張の強い枝葉が窓をたたく。空は高曇りになった。すっかり雲が増えて空が白っぽい。酷暑の風景が余計にぼうっとしてきた。

 車窓に空と緑しかなくなり、上りながらトンネルをくぐると少し開けて終着上総亀山駅にたどり着いた。
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 中途半端な行き止まり駅に思えたが、線路の切れた先には山が立ちはだかっていた。戻るしかないように思われた。

 わずかな停車時間で折り返していく上り列車に乗る。

 この久留里線のような枝線に乗り往復する場合、帰路をどう過ごすかは大問題である。行きに見た車窓風景をまたすぐに 巻き戻しで見なければならないからである。

 今度は勾配を下って行くことになるが、列車は慎重に走って行く。ただ、行きに見て展開はわかっているからどうしても緊張感がない。しかも川沿いを下って風景が開けていくのだから気持ちは自然と弛緩してくる。

 それで空の様子を眺めて楽しむことにした。天気は回復し、青空にモクモクとした白い雲が出ている。夏に乗った証だなあと思う。

 そんなことを考えているうち、眠くなってきた。これはしめたものだと思った。ローカル列車に揺られて居眠りするのもまた贅沢である。

 しばらく眠り、目が覚めると横田駅であった。対向列車との交換待ちで7分停車した。のんびりした時間であった。

 横田駅を発ち、寝起きでぼんやりするうち木更津駅へ戻った。なかなか面白い久留里線の旅であった。

 木更津駅からは総武快速線・横須賀線直通の列車に乗り、都心へと戻った。

 ローカル線に乗ってから再び幹線に乗ると、その力強い走りを改めて実感することになる。でもその感覚が、旅の終わりの合図でもあった。

 こうして、久々に列車の旅をじっくりと楽しむことができた。

 帰宅してから気象庁のホームページで気象データを調べてみると、この日の木更津の最高気温は37.6℃であった。


写真はすべて
2015.8.7




 さて、次の記事からはこの旅で印象に残った風景をいくつか載せていきたい。

by railwaylife | 2015-10-29 23:40 | | Comments(0)
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