転車台見学

 子供の頃、決して多くないとはいえ近所には空き地があり、そこに友達とこっそり入っては虫を探したり、ちょっとした隠れ家を作ってみたりした。そうやって、入ってはいけないところに入るということには、実にわくわくするものがあった。

 大人になって、入ってはいけないところに入ることなどまずないわけだし、そんなことができるわけもないのだが、普段は入れないところに特別に許可されて入るという機会はある。そういうときにはやはり、子供のときと同じようにわくわくするものがある。それが例えば、車両基地の公開などである。

 その車両基地の公開は、いまやイベントなども含め各地で行われているが、以前からぜひとも行ってみたいと思っていた公開に、先月ようやく行くことができた。天竜浜名湖鉄道の天竜二俣駅に隣接する運転区で開催されている、転車台見学である。これは、決まった曜日の決まった時間に定期的に開かれているものである。

 いまや地方の中小私鉄や第三セクターの鉄道はいろいろなものを売りにしていて楽しめるが、この天竜浜名湖鉄道には国登録有形文化財というものがある。国鉄二俣線として1940年(昭和十五年)に開業した当時に整備された施設を、今も大切に使用しているためである。登録された文化財は、現在10箇所にも及ぶ。

 中でも貴重なのが、天竜二俣駅の本屋(ほんおく)とホーム、そして隣接する運転区にある扇形車庫、転車台などである。転車台見学とは、運転区にある施設を間近で見ることのできる見学会である。

 こうした文化財が貴重であるのは、そのほとんどが現役で使用されていることだと思う。ただ保存されているというのではなく、今もこの天竜浜名湖鉄道の運行を支えている。それを見られるというところが、単に「文化財を見学する」ということとは違っていた。



 さて、見学会は天竜二俣駅本屋の改札口付近に集合して始まる。

 日曜日だったこの日は親子連れなどを含む10名前後が集まり、カップルで参加している方もいた。

 係の女性の方に促されて、まずは駅の構内を横断していく。改札を入ると目の前にホームが横たわっている。ホームへ行くにはその端に回り込み、踏切で線路を渡って到達する構造になっている。昔ながらの造りである。

 上下線のホームを見ながら線路を横切り、そこでまずホームについての説明を受けた。古風な造りのそのホームもまた、開業以来のものであるという。
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 1940年(昭和十五年)といえばもう戦時中で、決してものの豊かな時代ではなかった。そのためこのホームには古いレールが使われているという。国産では1929年(昭和四年)の八幡製鉄所製のものがあり、1911年(明治四十四年)製のアメリカ製のレールも使われているのだという。何とも古い歴史を背負ったホームである。

 そのホームはもともと4両編成分に対応していたが、今は2両分だけを嵩上げして使っているということであった。

 ホームを見ながら線路沿いの道を運転区の方へ進んで行くと、いくつもの側線が見えてくる。入れ換えをするための線路である。鉄道の車両は平行移動ができないため、何本もの側線を行ったり来たりしながら横へ移動していく。これは敷地の狭い場所ならではの工夫だという。歩いているうちに、何か油っぽい鉄っぽい匂いが漂ってきた。分岐器の匂いなのだろうか。線路際独特の香りである。

 やがて運転区の建物が近付いてくると、まず目を引くのが大きな給水塔である。
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 水を多量に必要とする蒸気機関車が現役だった時代には、欠かせない設備であった。70tもの水が入るそうだが、蒸気機関車は一回の給水で7tもの水を蓄えるそうだ。

 いま、蒸気機関車はもちろんおらず給水をすることもないのだが、まだ給水塔として使われているという。車両の洗車をするための水を蓄えているのだそうだ。そしてその水は井戸水であるという。係の方が「エコでしょう?」とおっしゃっていたが、たしかに洗車の水を井戸水で賄えるとはすごいことだ。

 給水塔を見上げながら、いよいよ運転区の敷地へ入って行く。建物の間の細い道を伝う。この運転区の建物も古いもので、そこにある浴場も登録文化財の一つであった。ただ、浴場としてはもう使われていなかったが、天浜線歴代のヘッドマークが保管してあってそれはそれで魅力的であった。

 魅力的と言えば、浴場のとなりの事務室にさりげなく置かれていた運賃表にも目を奪われた。二俣線の尾奈駅にあった、昭和39年4月1日当時のもののようだ。
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 物価がいまと違うわけだから驚くこともないわけだが、もし今このくらいの運賃で各地を往来できたらどんなに楽しいだろうかと思ったりした。

 さて、建物の間を抜けるといよいよお目当ての転車台がある場所に出る。扇形車庫の前にある転車台だ。
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 もともとは蒸気機関車を方向転換することが主目的であったが、いまは両運転台のディーゼルカーのみしか存在しないため、方向転換をするという目的はない。それでも、扇形車庫へ入る際の進路方向変更のために使われているそうだ。ただ、この見学会では車両を一周させてくれるという。嬉しいことである。

 さて、いよいよ見学会のメインイベントとなった。扇形車庫から一両のディーゼルカーがゆっくりと転車台という舞台へ上がってくる。
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 車両が停止してわかったが、転車台の長さと車両一両の長さは同じくらいで、けっこうぎりぎりであった。うまく停めるのが難しいのではないかという気がした。

 やがて転車台が厳かに動き出した。完成当初は人力で回していたそうだが、いまは電動である。
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 ところで、このとき転車台に乗ったのは「宝くじ号」という車両で、他の車両に比べて塗装が若干違った。その左右非対称の塗り分けがあることで、車両の回ってゆくさまがよりよくわかった。まるでモーターショーの自動車のように、ディーゼルカーはその容姿をたっぷりと私たち見学者に披露してくれた。
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 回る速度はけっこうゆっくりだったが、一周する時間はあっという間に感じられた。もっとじっくり見たかったという気さえしてしまった。でも、転車台の回る風景を堪能することができたと思う。

 一周して元の位置に戻ったところで、ディーゼルカーはまた扇形車庫へと帰って行った。楽しいショーであった。

 さて、見学はその扇形車庫の方へと移っていく。
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 かつては六つの格納庫があったそうだが、今は四つだけであり、しかも四番目の格納庫は昨年秋の台風で屋根が破損してしまい、現在修理中ということであった。昨年の台風はこの静岡の地にも大きな爪痕を残したようで、なんともいたたまれないことであった。早く復旧してくれるようにと祈りながら、扇形車庫を見つめた。

 ところで、その車庫の脇には資料館なるものがあり、そこへも入れるということなので見学させてもらった。

 館内には二俣線時代のさまざまな鉄道関係の文物が置かれていた。大きなものから小さなものまで、どんなものでも古いものをとっておくということは大事だなと思った。

 特に目を引いたのが、ホーロー製の細長い駅名標である。二俣線のほとんどすべての駅のものが揃っていた。紺地に白字で駅名が太く書かれ、周囲がオレンジ色に縁取られている。国鉄時代は、どこの駅にもこういうものがあったなと思い出が蘇ってきた。縁取りの色は、線区によって異なっていた気がする。

 この駅名標は今でも使われている駅もあって、ここへ来る途中の戸綿駅や、天竜二俣駅にもあった。懐かしく、印象的なものであった。

 他に気になったのは、蒸気機関車がいた時代の扇形車庫の写真である。見れば、転車台に乗っている機関車は、けっこう大型のC58形である。さっき目にした転車台は、ディーゼルカーでも乗るのがぎりぎりの長さで、そんなに大きく見えなかったのだが、C58も乗っちゃうんだなあと思って驚いたものである。

 展示品はたくさんあって、全部を細かく見るほどの時間はなかったが、実にさまざまなものが大切に保管されているということには大いに感心するものがあった。

 資料館の見学が終わると、見学会もいよいよ終了である。あとは運転区の中を通って駅へと戻るだけだ。約40分間の見学会は、本当にあっという間の時間であった。
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 こうした見学会が開かれているのは、本当にありがたいことであった。さまざまな文化財を間近で見られたのも良かったが、何より良かったなと思えたのは、普段の飾らない姿の運転区へ入ることができたことである。

 車両基地へ入る機会というのは、そのほとんどがイベントなどのいわば「ハレ」の場である。そういうときは場内も華やかになる。ヘッドマークをきらびやかに輝かせた機関車が展示されたりもする。

 それに比してこの天竜二俣運転区の見学には、そういった華やかな展示車両があるわけでもない。でもその分、日常のこの運転区の風景を目にすることができた。資料館からの帰りがけ、扇形車庫のとなりにある検修庫では、折しもディーゼルカーの下に潜り込んで作業をしている若い作業員の方の姿があった。それに気付いた案内係の方が気さくに声を掛けると、作業員の方は恥ずかしそうに作業の内容を話してくださった。そんな光景が、何より楽しかった。まさにこの運転区が天浜線の運行を支えている、ということがよくわかった。

 だから、ぜひまた来てみたいと思った。係の方の話では、平日開催だと参加者が少なく「苦戦している」とのことであった。平日に来るのはなかなか難しそうであるが、参加者が少ないときにじっくりと転車台や車庫を見に来るのもいいかなという気もした。

 また、今回は掛川駅からこの天竜二俣駅へ来て、帰路も同じ経路をたどったが、今度来るときはぜひ「天浜線完乗」も果たしてみたいものである。


天竜浜名湖鉄道天竜二俣駅・運転区にて 
2012.2.5
by railwaylife | 2012-03-07 23:28 | | Comments(2)
Commented by mattiew at 2012-03-08 18:13 x
こんばんは。

やっと「あの時」の見学記が拝見できて嬉しいです。
さっそく拝見しました。
私も何回か参加した事がありますが、
だいたい10名前後ですね。多い時はもうちょっと多いみたいです。
運賃表、懐かしいですね。
仰るように今その金額だったらあちこち行けますね。

転車台見学、楽しまれたようでなによりです。
天浜線にはこれからも頑張ってもらいたいと思います。

お暇が出来ましたらまたぜひいらしてください。
春は沿線の桜が綺麗ですよ。
Commented by railwaylife at 2012-03-08 22:24
mattiewさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

お待たせしてすみませんでした。
天浜線や転車台見学のよさが伝えられればと、じっくり想いを綴ってみました。本当に楽しい見学会でした。そして、天浜線の写真を私のブログに載せられたことも、嬉しいことです。

mattiewさんもリピーターのようですが、私もまたぜひ転車台を訪れたいです。

そうですね、天竜二俣までの車窓には桜の木が本当にたくさんあって、これが咲いたらどんなだろうなと思いながら眺めていました。いや、春だけではなく、夏になったら、秋になったらと、ずっと考えていました。どんな季節にもまた、天浜線に行ってみたいです。
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