ソーチョーカクセー
この何ヵ月か、私は朝早く起きるようになった。
ちょっと前まででは、考えられないことである。以前は起きようと思っても起きられなくて、休みの日などは昼近くまで寝ていた。また、一度早くに起きたとしても、つらくてつらくて、また寝てしまうことも多かった。だから、例えば上り寝台特急「富士」「はやぶさ」を見に行こうと思っても、なかなか行けるものではなかった。いつも寝過ごしてしまい「また行けなかった」と悔やむばかりであった。 それが最近は、早朝に目が覚めるとスッと起きられる。そして、早くから活動できる。そうすると、休みの日などは得した気分になれる。自分の自由な時間が増えるからだ。別に何をするわけでもないけれど、朝のニュースを見ながら、旅の計画を企てたり、歴史の調べものをしたりするだけでも、ずいぶんと充実した時間を過ごせるものである。 しかし、朝早く目が覚めるのは「早朝覚醒」と言って、病気の前兆でもあるらしい。そこで念のため私はこの前、かかりつけの医者に「実は最近、ソーチョーカクセーでして」と言った。 すると医者は、待ってましたとばかりに「では、睡眠薬を」と言って処方箋を出そうとした。睡眠薬によって、入眠時からの適切な時間の睡眠を確保しようというのだろう。しかし私はそのとき、思わず「また薬かよ」とツッコミを入れたくなる気分であった。 折しも私は、今年の初めに、四年間飲み続けた精神科の薬を克服し、ようやく薬のない生活を手に入れたばかりである。それなのにまた、薬を常用する生活に戻るのは、絶対に嫌だった。 だいたい、睡眠薬による入眠の仕方は異常である。私も以前、寝つきがものすごく悪くて睡眠薬を常用していたことがあるからわかるが、睡眠薬を飲んで寝ると、まさに「眠らされる」という感覚を味わうことになる。そして何より怖いのは、薬を飲んでから入眠するまでの記憶がないということである。私は、その間に妻と交わした会話をまったく覚えていなかったということがあり、それを知ったときには愕然としたものである。 幸いにして今は、薬を飲まなくても、のび太くん並みに入眠は早いし、睡眠の質も状態も、問題がないことになっている。だから、睡眠薬を飲むのはイヤだ。 それで私は医者に「いやぁ、睡眠薬は効きすぎて困るんですよね、はっはっは」と言って丁重にお断りした。薬が効きすぎるというのもまた事実であり、ウソではない。 そんなわけで私は、薬も飲まずに「ソーチョーカクセー」を続けている。 ところで私は、早起きができたら見てみたい列車があった。それは、早朝に山手貨物線を走る貨物列車である。 山手「貨物」線と言っても、最近は埼京線や湘南新宿ラインの通勤電車がひしめき合っていて、貨物列車が走る余地はほとんどない。だから、日中はわずかに北行の2077レと南行の3086レが通るくらいである。 この二列車は、私にとってはいわば最も身近な貨物列車で、実は相当に思い入れが強いのであるが、その想いはまた別の機会にじっくり綴るとして、ここで取り上げたいのは、通勤電車がうごめきだす前の朝早くに、人知れずひっそりと山手貨物線を通過して行く貨物列車たちである。 そのいわば「早朝貨物」のうち、中でも見ものなのは、三本連続でやって来る北行の貨物列車である。これを是非とも見届けたいと思った。 しかし、一本目の名古屋貨物ターミナル発宮城野行きの4085レは、家から最寄りの東急東横線の始発電車で駆け付けたとしても間に合わないことがわかった。一番近い渋谷駅でも、寸手のところで行ってしまう。 そこで私は、二本目から見送ることにして、先々週の土曜日、東横線の渋谷行き始発電車に乗った。 この電車を5時17分着の代官山駅で降り、東横線とJR線が交差するところまで歩いて行っても、二本目の通過時刻に十分間に合う。 人気のない早朝に、オシャレな代官山の街を歩くのは気分がいいものだ。ただ、この辺りはちょうど東横線の地下化工事が真っ盛りで、道路を塞いでの夜間工事が明るくなってもまだ続いていた。それでも、辻々に立つガードマンがこの上なく丁寧に誘導してくれるので、何だか偉くなったみたいで気分が良かった。 そうやってJR線沿いまでたどり着いた私は、跨線橋の階段で貨物列車を待ち構えることにした。 すると、程なく三本のうちの二本目がやって来た。その列車がこれである。 笠寺発盛岡貨物ターミナル行きの4053レだ。モーダルシフトの旗手、トヨタロングパスエクスプレスである。恥ずかしながら、目にするのは初めてのことである。 整然と並ぶ青いコンテナにも目を奪われるが、私が何より注目したいのは、その機関車だ。この桃太郎ことEF210形を渋谷で見るなんて、なかなかできないことだからである。EF210形を見られただけでも、早くからここへ来た価値があるというものだ。 だが、その嬉しさの余韻に浸る間もなく、三本目がやって来る。川崎貨物発宇都宮貨物ターミナル行きの5585レだ。 残念ながらこの列車は、機関車の単機であった。週末で荷がなく、貨車をつないでいないということなのだろうか。もしかしたら良くあることなのかもしれない。 貨車のない貨物列車では眺めても仕方ないかもしれないが、私は満足していた。それはやはり、この「列車」の機関車が、渋谷ではなかなか目にすることのできないEF64形1000番台だったからである。これも貴重なことだ。だから、重々しく往くこの単機をじっと見つめた。 こうして私は、念願の「早朝貨物」見物を、存分に楽しむことができた。しかも朝日を浴びながら往く列車が見られた。ちょうど一年で一番日の長い時期であり、私が二本の貨物列車を見送ったときには、すでに日の出から一時間が経過していたからだ。そんな貨物列車を見ることができ、私はまさに「早起きは三文の得」という諺を実感することになった。 その上私はこの後、渋谷から王子、東十条へと移動し、あじさい列車や寝台特急「あけぼの」に「北斗星」まで見ることができた。残念ながら、寝台特急「あけぼの」の撮影には失敗し、このブログに写真が載ることはないが、私は確かに、朝日を浴びる青い客車を見送った。そういう意味で、いつになく充実した朝であった。 さて、これでも私は、睡眠薬を飲んで「ソーチョーカクセー」を予防すべきであろうか。 1枚目 4053レ EF210-118 山手貨物線恵比寿駅~渋谷駅にて 2010.7.10 2枚目 5585レ EF64-1038 山手貨物線恵比寿駅~渋谷駅にて 2010.7.10
by railwaylife
| 2010-07-24 23:51
| 貨物列車
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